江上剛,人気作家,朝型,時間有効活用,残業
(写真=The 21 online/江上 剛(作家))

銀行員時代から「朝型」の方が調子がいい

文芸作家というと夜型の人が多そう、というイメージがあるが、リアルな経済小説で知られる江上剛氏は朝型だ。デビュー作の『非情銀行』は、銀行に勤めながら、朝4時に起きて出勤前に書いていたという。今も朝型の執筆生活を続けている江上氏に、朝型であり続ける理由や、朝の時間をどのように有効活用しているのかについてうかがった。

睡眠で頭をリセットし最高の状態で机に向かう

周りが寝静まった夜中に原稿を書く作家は少なくない。しかし、元銀行員の人気作家・江上剛氏は完全なる朝型人間。毎朝四時に起床して原稿を書き始めるという。

「起きたらまずコーヒーか熱いお茶を飲んで、すぐに執筆です。朝4時だと外はまだ暗いですが、原稿を書いていると日が昇って少しずつ明るくなっていく。そうやって朝日を浴びながら書いたほうが、筆が弾みます。

逆に、夜は仕事に適していません。私は日中、さまざまな人と会って情報収集したり、テレビ番組に出てコメントを考えたりしているので、夜になると頭が熱くなっています。脳がそのような状態では、効率が悪い。ひと晩きちんと寝て、頭をリセットさせてすっきりしてからのほうが仕事は絶対に捗ります。

原稿を1時間から1時間半ほど書いたら、外に走りにいきます。56歳の頃、知人に誘われてマラソンを始めました。最初はサークルに参加して、月、水、土の朝5時に仲間と一緒に走っていましたのですが、今は一人で走っています。

走り始めてわかったのは、朝のジョギングは健康にいいだけでなく、仕事にもいい影響を与えるということ。無心で走っていると、頭の中はリラックスかつ集中力のある状態になっていきます。坐禅を組んでいるときに似ていると思うので、名づけて『走禅』です。本物の禅僧にそのことを話したら笑われましたが、走禅の状態に入ると、発想が豊かになります。原稿に行き詰まって困っていたのに、走っている最中にいいアイデアが浮かんだという経験は一度や二度ではありません。

ジョギングから帰ってきたら、お風呂で汗を流してふたたび原稿執筆です。作家にもさまざまなタイプがいると思いますが、私にはこのリズムが合っているようです」

デビュー作は銀行員時代、朝4時起きで書き上げた!

江上氏の早起き習慣は、今に始まった話ではない。幼少期から朝型だった。

「私は丹波の山奥の、鹿が飛び跳ねているような地域で生まれ育ちました。実家は商売をしていましたが、周りは農家が多くて朝が早い。物心ついたときには、自分も朝早く起きて活動する習慣が身についていました。受験勉強も、夜中ではなく早朝です。当時からなんとなく、何かやるなら朝のほうが効率的だということがわかっていたのでしょうね。

第一勧業銀行(現・みずほ銀行)に入行した後も、ずっと朝型でした。私だけでなく、銀行員はほとんどの人が朝型ではないでしょうか。トップが朝型だから、役員も朝早く来るし、その部下たちも早く出社せざるを得ない風土があるのです。ある役員があまりに朝早く出社するので、一度、『部下が困っています。もう少しゆっくり出社してください』と頼んだことがあります。その役員はしばらく喫茶店で時間を潰してから出社していましたが、結局、『喫茶店じゃ手持無沙汰だ』といって、再び朝早く出社していました。

そのような環境にいたので、私も朝は早かった。本部時代は朝八時に出社して、いきなり役員との打ち合わせです。説明資料を事前に準備する必要があるので、出社前に家でひと仕事していました。必然的に早起きになりますよね。

このようにもともと朝型の生活でしたが、小説を書き始めてから輪をかけて早起きするようになりました。私が作家としてデビューしたのは、ある編集者に小説を書くよう依頼され、月に100ページの原稿を書く約束を交わしたことがきっかけです。最初は週末に書けばいいと思っていましたが、土日は何かと用事があって時間を割くことができませんでした。となると、さらに起きる時間を早くして、毎日数ページずつでもコツコツ書いていくしかない。朝4時に起きるようになったのは、その頃からの習慣です。

それに、これは今もそうなのですが、休日なら時間があるからたくさん書けるかというと、そうでもないのです。時間がたっぷりあると思うと、つい気を抜いてしまいがちです。日中に別の用事があったり、出かけなければならなかったりするので、朝は時間が限られています。そのために集中できるという側面もあると思います」

無意味な残業は午前中の「サボり」につながる

銀行員時代は周囲もみな朝早かったが、といって夜に早く帰れるわけではなかった。とくに当時は、ムダな残業が常態化していたという。

「本部で下っ端として会議の手伝いをしていたときの話です。ある会議で、役員が支店長会議で行なう挨拶の文言について延々と議論していました。中身について議論するならわかりますが、『ここは「の」がいいか、「が」がいいか』というレベルの下らないことを、夜遅くまで話し合っているのです。夜の10時を回ると、私に『お腹が空いた。寿司の出前を取ってくれ』と言う。私は待たされている腹いせに、役員たちには並を、自分だけ上を注文していました。そうでもしないとやっていられないくらい無意味な時間でした。

このようにムダな残業はもちろんですが、必要性のある残業であっても、残業が仕事の生産性を落とすことは確かです。残業することが当たり前になっている人は、夜に頑張る体力を温存するため、午前中に手を抜きがちです。

実際、支店で営業をしていた頃の私がそうでした。早く帰るわけにいかなかったので、仕方なく残業する毎日。翌朝出勤してきても、『また今夜も遅いんだろうな』と思うと、朝から全力を出す気になりません。『行ってきます!』と元気よく声だけ出して、午前中は喫茶店でサボリです。これでは生産性が高まるはずがありません。残業をやめて、そのぶん朝に頑張ったほうが、ずっと質の高い仕事ができるはずです」

(写真=The 21 online)
(写真=The 21 online)

「残業ゼロ」を宣言し全店トップを達成

朝から全力で活動したくても、残業があるから無理だと思う人も多いだろう。しかし、その残業は本当に不可避なのか。ほとんどの場合、答えは「ノー」だ。

「その気になれば、残業はなくせます。私は意味のない残業が大嫌いだったので、高田馬場支店の支店長になったとき、真っ先に『残業なし』を宣言。当時、営業は12時まで働いていましたが、残業は7時まで。事務方は定時の5時に帰るように指示しました。

いきなり残業をゼロにすることは困難ですが、余計な仕事をなくし、効率を高める意識を持って仕事をすれば、残業を発生させる具体的な要因が見えてきます。それを一つずつ潰していけば良いのです。

また、一人ひとりに今年やりたいことを書いてもらったことも効果的でした。『新規開拓の実現』『英語の資格を取りたい』など、掲げた目標は人それぞれでしたが、目標が明確になれば、残業削減が他人事ではなくなります。自分の時間を確保するためには、自分で残業を減らさなくてはいけないという意識がみんなに芽生えたのです。

その結果、事務方は4時半に仕事が終わるようになりました。定時まで30分あるので、自主的に営業電話をかけ始める行員も現われました。営業も7時に帰って家族サービスするので、みんな表情が明るい。一人一人がイキイキと働くようになった結果、支店の業績は大幅に伸びて、全店一位になりました。

このように、残業をなくすことは不可能ではありません。それどころか、そのほうが成果が上がるのです」

時間の「量」を減らすより「質」を高める工夫を

同じ時間働くなら、夜より朝のほうが効率はいい。日本版サマータイムなど、夜の時間を朝にシフトさせる動きも活発だ。ただし、江上氏は「単に残業時間を早朝に付け替えただけなら意味がない」と指摘する。

「残業の代わりに社員を朝早く出社させるのは、学校に行きたくない子供を無理やり学校に行かせるようなもの。本人が好きで早朝出社するならいいですが、仕事があるから仕方なく早く行くというのでは、これまでと何も変わりません。

大切なのは、時間の量ではなく質にフォーカスすること。私は13時間かけて百キロマラソンを完走しましたが、好きで走っているから精神的にまったく苦にならない。仕事も同じで、法定労働時間を遵守することは当然ですが、人間は自分が楽しいと思った仕事なら、長時間働いていても案外平気なものです。ゲームなんか何時間でもやり続ける人がいますからね。

逆に、たとえ短時間でも、人から無理やりやらされているだけの仕事はつらいものです。先日も、広告代理店の女性社員が自殺する痛ましい事件が起きましたが、被害者は単純に長時間労働だったから死を選んだわけではないでしょう。パワーハラスメントの要素があったから、働くことがつらくなったのではないでしょうか。

ビシネスマンは、たとえ会社にいなくても、24時間ずっと仕事のことが頭の片隅にあるものです。それが苦になるかどうかは、好きで取り組んでいる仕事なのか、人にやらされている仕事かによります。まずは、仕事を楽しめるようになること。それが本当に必要な働き方改革ではないでしょうか」

江上 剛(えがみ・ごう)作家
1954年、兵庫県生まれ。早稲田大学政治経済学部卒業。77年、第一勧業銀行(現・みずほ銀行)入行。人事、広報等を経て、築地支店長時代の2002年に『非情銀行』で作家デビュー。03年に同行を退職し、執筆生活に入る。テレビ番組などのコメンテーターとしても活躍中。著書に、『起死回生』(新潮社文庫)、『銀行告発』(光文社文庫)、『翼、ふたたび』(PHP研究所)など多数。(取材・構成:村上敬 > 写真撮影:まるやゆういち)(『 The 21 online 』2016年12月号より)

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