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(写真=The 21 online/裵 英洙(医師/ハイズ[株]社長)

パフォーマンスを劇的に上げる「戦略的」睡眠術とは?

ビジネスマンにとって、スキルや資格は大切だが、それは、きびきびと動ける身体と、瞬時に正しい判断ができる頭脳があればこそ。身体と脳を常に良い状態にキープしておくためには、きちんと休ませる必要があり、それには「正しい睡眠」が欠かせない。では、どのような睡眠を取り、どのような準備が必要なのか。医師でありながらコンサルタントとしても活躍する裵英洙氏に話をうかがった。

睡眠をおろそかにするといつか燃え尽きる!?

精力的に働くビジネスマンは、ともすれば「睡眠」の優先順位を低く設定しがちです。眠る時間を削り、疲労を栄養ドリンクでごまかし、激務をこなす自分に充実感を覚える──という人は少なくありません。

こうした人は、仕事を「静止画」のように見ているのではないか、と私は思います。「朝イチで商談」「午後は会議」など、各場面を点のようにとらえて、「ここさえ乗り切ればOK」と考えながら、仕事をしているのです。

しかし、現実の生活は静止画ではありません。商談の前には準備や調査の時間があり、その間には食事や休息も必要になるはずです。つまり、どんな業務も継続性のある「動画」としてとらえ、スタートからゴールまで持続的にエネルギーを配分することが、本来の望ましい状態なのです。

ところが「静止画」思考の人は、ゴール地点でだけ瞬発力を出せばいい、と考えます。そして、ゴールごとに毎回瞬発力を絞り出します。言わば、絶えず「短期決戦」を繰り返しているのです。

この働き方は短期的には高い成果につながりますが、長期的に考えるとハイリスクです。

この状態にあるとき、人は疲労を感じにくくなります。脳の「前頭前野」は、気力がみなぎっているとその感覚を優先的に認識し、身体の疲れに「蓋」をします。すると、感知できない疲労がどんどん蓄積されます。そしてあるとき限界を迎え、急ブレーキがかかってしまうのです。

バリバリ働いていた人が突然大病をしたり、「うつ」になったりして仕事を継続できなくなるケースは、たいていこの道筋をたどった結果です。

睡眠は、その事態を未然に防ぎます。身体の疲れはもちろん、対人関係のストレスなどによる心の疲れや、頭脳労働による神経的疲労も、毎晩きちんと眠ることで、大半はリセットできます。

また、睡眠は疲労の「清算」と考える人が多いのですが、実は未来への「投資」の役割も果たします。質の良い睡眠を取ることで翌日のパフォーマンスが上がり、それを続けることで、元気に働き続けられる身体を維持できるからです。

眠りを考えることは、短期決戦用の「戦術」ではなく、何十年も続くビジネスマン生活全体で高いパフォーマンスを出すための「戦略」と言えるでしょう。

睡眠にまつわる「神話」にダマされるな

そこでまず、基本的な睡眠のしくみを知っておきましょう。

睡眠には2つの種類があります。「うとうと」程度の浅い睡眠が「レム睡眠」、「すやすや」「ぐっすり」に当たる深い睡眠が「ノンレム睡眠」です。この2種類の眠りは、それぞれ重要な役割を果たしています。

レム睡眠の役割は、「脳のメンテナンス」。レム睡眠中も脳は動き続け、記憶や感情の整理を行なっています。この時間をしっかりキープすることで、うつ病のリスクも下がります。

対してノンレム睡眠は、「身体のメンテナンス」のための時間。傷んだ筋肉の修復や肌の再生、血流停滞の解消、免疫力アップなど、肉体の疲れを回復する時間です。

睡眠中はこの2つが約90分の周期で交互に訪れます。しかしこれはあくまで「約」であり、個人差があることに注意しましょう。そこを押さえていないと、さまざまな情報に惑わされてしまいます。

たとえば、「睡眠時間は90分の倍数が良い」という説。この根拠は「浅いレム睡眠のタイミングが来たときなら、起きるのがラクだから」ということなのですが、周期が80分や100分の人には当てはまりません。

他にも、「8時間睡眠が理想」「夜10時~深夜2時は『睡眠のゴールデンタイム』」などの説も気にする必要はありません。

「10時就寝」は働く人にとって非現実的ですし、「早く寝ないと」というプレッシャーでかえって眠れなくなることもあります。時間帯にとらわれず、入眠直後のノンレム睡眠で熟睡することを心がけるほうが得策です。

このように、世間で言われている「睡眠神話」は基本的に万人には当てになりません。睡眠のありかたには個人差があり、良い睡眠を得る方法にも「万人向けの正解」はないのです。

良い眠りのコツは、「正解」ではなく、自分用の「最適解」を探り出すことです。自分に合った方法を見つけ、カスタマイズしていくことが大切です。

眠りを「見える化」する睡眠ログとは?

最適解を見つけるには、自分の「悩み」を明確化することが必要です。寝つきが悪い・眠りが浅い・早朝に目覚めたあと眠れない・長時間寝ても疲れが取れない……など、同じ「睡眠不足」でもさまざまな側面があるものです。自分がどれに当たるのか、もしくは複数該当するのか、つかむのが第一歩です。

次いで、客観的なデータとして、「睡眠ログ」をつけてみましょう。

方法は簡単です。①入眠時間(眠る時間) ②起床時間 ③両者から算出できる睡眠時間 ④目覚め感 ⑤その日の日中のパフォーマンスについて、メモするだけでOK(④と⑤は「〇・△・×」で表わす)。

なお、出張の前後や年末年始など、普段と違う環境にいるときのデータはあまり参考になりません。最初は、自分の「ごく典型的な1週間」をログにすることから始めましょう。

これを1週間続ければ、自分の眠りの傾向が見えてきます。

より詳細なデータを取りたいときは、「日中のパフォーマンス」を次の3項目に分けて記録しましょう。①日中の眠気とだるさ ②集中力の低下度 ③身体の疲労残存感を「〇・△・×」に分けて書くと、何時に入眠し、何時間寝れば良いか、よりつかみやすくなります。

こうして睡眠を「見える化」しながら、並行して睡眠習慣と環境の改善をはかりましょう。

良い睡眠を得る条件は一様ではありません。食事のタイミングや適度な運動、快適な寝具、寝室環境などが複雑に絡み合うものです。自分の行動パターンを考えて、何をどう変えたら眠りにどんな変化が出るかをチェックしましょう。

その際、1日のスケジュールを夜からスタートさせることがポイント。翌日のための準備は夜から始まっているからです。

さらに、すべての方法を同時に複数、試してはいけません。「朝、日光を浴びる」を試してみて、変化がなければ「日中の運動量を増やす」、それでも変化がなければ「寝室環境をひと工夫」などと、一つずつ試せば、何がネックだったのかがわかります。

そこを改善できれば、それがあなたの「最適解」。夜間の熟睡と、日中のハイパフォーマンスが実現するしくみが手に入るでしょう。

そして、自分にとって最適な行動がわかったら、それを毎日続け、習慣化していくことです。その場しのぎの対応ではなく、睡眠に対する意識を変えていくことが、仕事のパフォーマンスを上げるうえで何よりも大切なのです。

裵 英洙(はい・えいしゅ)ハイズ[株]代表取締役社長/医師/医学博士/MBA
1972年、奈良県生まれ。金沢大学医学部卒業後、金沢大学第一外科に勤務。医師として働きながら、慶應義塾大学大学院経営管理研究科(慶應ビジネス・スクール)を首席修了。ビジネス・スクール在学中に、医療機関再生コンサルティング会社を設立。現在も医師として臨床業務をしつつ、医療機関経営に関するアドバイスを行なう。著書に、『一流の睡眠「MBA×コンサルタント」の医師が教える快眠戦略』(ダイヤモンド社)など。(取材・構成:林 加愛 写真撮影:まるやゆういち)(『 The 21 online 』2016年12月号より)

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