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(写真=The 21 online/佐々木常夫(元東レ経営研究所社長))

「すぐやる」ではなく、「そもそも」を考える

「残業を減らす」というと、会社の制度の問題だと思われがちだ。だが、本当に重要なのは働く個人の価値観であり、現場のリーダーである中間管理職の取り組み方こそが問われるテーマである。自らもサラリーマン時代に「残業ゼロ」改革を成し遂げた佐々木常夫氏に、働く個人としての心構えをうかがった。

残業は人生を左右する大きなテーマである

東レの課長時代に職場の働き方改革に取り組み、自分も部下も毎日18時には退社できる体制を作りあげた佐々木常夫氏。日本全体が「長時間労働こそサラリーマンの美徳」という価値観に染まっていた1980年代に「残業ゼロ」を成し遂げた、まさに時代の先駆者と言える。

だが、それから30年が経った今も、長時間労働が常態化している会社は多い。その本質的な原因は働く個人の意識にあると佐々木氏は指摘する。

「ある企業で働き方について講演したとき、私の話を聞いた男性が『私にとっては夜8時か9時まで働くのが適度な残業時間です』と発言しました。理由を聞くと、早く家に帰ってもやることはないし、妻にも『どうして早く帰ってきたの』と文句を言われるとのこと。これこそが残業が減らない本当の原因ですよ。いくら会社が残業削減のための制度を整えたところで、働く本人が『残業をしないことが自分にとってプラスになる』と思わなければ、何も変わるはずがありません。

働き方とは、すなわち生き方です。『自分はどのような人生を送りたいのか』を真剣に考えない限り、残業を減らす意味も理解できないでしょう」

残業は、人生に関わる重大なテーマである。それを象徴するエピソードを紹介してくれた。

「先日、『7つの習慣』の著者であるスティーブン・コヴィー氏と京セラ創業者の稲盛和夫氏が対談をされていました。そのとき、コヴィー氏はこう話したのです。『私は組織で成功し、家族で成功しました。私には子供が9人、孫が36人います。その1人ひとりと向き合い、相談に乗ったり助言を与えたりして、全員を立派な社会人に育て上げました。これは何より私が誇りとすること。私にとって、家族の成功が最も大事で、組織での成功はその次なのです』。これを聞いた稲盛氏は、『自分には3人の子供がいるが、進学や就職のことも、すべて妻に任せてきた』と驚いていました。

稲盛氏は創業者ですから、80代になった今も、京セラに行けば自分の机があります。でも、一般の会社員はどうでしょうか。定年を迎えたら、もはや会社に居場所はないはずです。そうなったとき、会社の仕事だけをしてきた人はどうなるか。妻が出かけるので一緒に行こうとしたら、『邪魔だから来ないで』と言われてしまう。地域のコミュニティともつながりはなく、学生時代の友人とも疎遠になっている。そこで初めて、自分には何もないことに気づくでしょう。

そんな人生にするのは、他でもない自分自身です。早く帰ると妻に文句を言われるのは、自分がそういう夫婦関係を作ってきたからですよ。家族と過ごすことに喜びや生き甲斐を見出していれば、『早く仕事を終えて家に帰りたい』と思うはずだし、妻や子供も早く帰ってくるのを喜ぶでしょう。

今の働き方が、いかに今後の人生を大きく左右するか。それを自覚しない限り、いくら会社が『残業を減らせ』と言っても、社員が変わらないのは当然です」

「やる必要のない仕事」は探せばいくらでもある

佐々木氏は、「働き方=生き方である」と部下に教えるのも、上司の役目だと話す。

「欧米では子供の頃から教会で『人生とは何か』を教わりますが、日本では家庭でも学校でもそんなことは教えません。だったら、会社が教えるしかない。従業員を幸せにするのも企業の重要な役目ですし、部下を教育するのは管理職の仕事です。あなたの部下が遅くまで残業をしていたら、こう言わなくてはいけません。『こんな働き方をしていたら、奥さんとの関係が悪くなるぞ』『家族との会話が減って、子供が不良にでもなったらどうするんだ?』とね。

こうしてあなたの部下の意識が変わり、残業が減れば、それを見た他の部署も『自分たちもやってみよう』と思うものです。

私が残業削減に取り組んだときもそうでした。私は課長になったとき、自分の上司に『この課を残業ゼロにします。もちろん、成果はきちんと出します』と宣言しました。そして、残業時間がどれだけ減ったかを、定期的に経過報告したのです。

すると上司は『佐々木には必ずやり遂げるという覚悟があるのだな』と理解してくれました。また、『あの課は早く帰るがサボっているわけではなく、仕事はきちんとやっている』ということも伝わります。そのうち上司も私たちの取り組みを認め、会議で説明してくれるようになり、他部署にも伝わっていきました。すると社内に『佐々木さんの課は早く帰れていいなあ』という空気が広まったのです。

当時はハードワークが当たり前で、残業を減らすという発想がない時代でしたから、私が上司に宣言したときには『おかしなことを言うヤツだ』と思われたでしょう。でも、成功事例ができ、それが良いことだと周囲に伝われば、その取り組みは自然と評価されるようになります」

「すぐやる」がいいとは限らない!?

では、残業を減らしつつ、しかも生産性を高めるにはどうすればいいのか。この問いに佐々木氏は「よく考えてから動き出しなさい」とアドバイスする。

「巷では『すぐやる』がブームのようですが、仕事に取りかかる前に『そもそも、この仕事は本当にやらなくてはいけないのか?』と考えることも大事。やらなくていい仕事は、皆さんが思う以上に多いからです。

私は営業部門の課長も経験しましたが、着任した当初、部下たちは2カ月に1回、地方の得意先を回るために出張していました。ところが出張報告書を見ると、簡単な打ち合わせ程度の仕事しかしていない。そこで私は部下たちに、『毎週月曜の朝8時半に、得意先へ電話を入れなさい』と指示しました。その結果、たいていの用件は毎週の定期連絡ですむようになり、出張の必要がなくなりました。課全体の仕事量が減り、人員を3割減らしたほどです。上司には『人を増やせとはよく言われるが、人を減らせと言われたのは初めてだ』と驚かれましたが、部下の仕事をきちんと見ていれば、これくらいのムダは削れるということ。最近は自分の仕事で手一杯という管理職が増えていますが、上司はもっと部下の仕事に手を突っ込むべきです。

そのためには、管理職自身が『この仕事をやるべきか?』と考え、優先順位をつける時間が必要。少し早めに出社して1人で考える時間を作るといった良い習慣を身につけるべきでしょう」

佐々木常夫(ささき・つねお)佐々木常夫マネージメント・リサーチ代表取締役
1944年秋田市生まれ。6歳で父を亡くし、4人兄弟の次男として母の手ひとつで育つ。1969年東大経済学部卒業、同年東レ入社。30代前半に倒産しかけた会社に出向し再建。1987年社長のスタッフとして経営企画室で経営革新プログラムを担当。1989年繊維の営業でテグス(釣り糸)の流通改革を断行。1993年プラスチック事業企画管理部長。2001年取締役経営企画室長。2003年東レ経営研究所社長。2010年同社特別顧問。2013年より佐々木常夫マネージメント・リサーチ代表取締役。著書に『会社で生きることを決めた君へ』(PHP研究所)などがある。(取材・構成:塚田有香 写真撮影:長谷川博一)(『 The 21 online 』2016年12月号より)

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