インタビュー,ソシエテ・ジェネラル,会田卓司,財政政策
(写真=ZUU online)

ソシエテ・ジェネラル証券のチーフエコノミストとして数々のアナリストランキングで上位を獲得し、緻密なデータを使った高い分析力で国内外から評価を得ている会田卓司氏。同氏は2016年をどのような年だったと振り返るのか、また2017年はどのような年になると見ているのか。
(聞き手:ZUU online編集部 菅野 陽平)
※インタビューは2017年1月20日に行われました。

2016年は転換点であったと言われる可能性がある

——会田さんは日本経済がご専門ですが、2016年を振り返ると、どのような印象でしたか。

結論から言いますと、5〜6年後「振り返ってみると2016年が世界経済の転換点であった」と言われるようになる年だったのではないかと考えています。この5年間(2010年から2015〜2016年)を考えると、世界経済の特徴は「需要停滞」と「デフレ懸念」でした。

これはどこが起点になったかというと、2010年6月のG20トロント会合。G20諸国は、世界同時金融危機へ対処で拡大した財政出動を絞り、金融政策をさらに緩和していく枠組みで合意しました。「財政緊縮(再建)+金融政策(緩和)」で世界景気を支えるということですね。

——金融緩和のみで世界景気を支えることができたのでしょうか。

当時は「デフレというのは貨幣的現象で、金融緩和で需給ギャップが埋めることができ、デフレもインフレに戻すことができる」というのが金融経済学会の総意でした。従って、学会もG20トロント会合の合意をサポートしたわけです。

一般的に財政再建も金融緩和も金利低下要因です。実際に、グローバルに金利水準が大きく低下しました。金利が低下をすると、刺激されるのが新興国経済。新興国への投資が増え、最初はうまく物事が進んでいるように感じられました。ただ問題は、先進国は財政を緊縮または再建をしているので、米国をはじめ、なかなか先進国の経済成長率が戻ってこないことでした。

新興国は金利低下に刺激されて資本ストックを積み上げたのですが、何のために積み上げていたかというと、先進国、特に米国の成長が回復して売るものが増えることを見込んでいたからです。想定より先進国の需要が弱いと、この資本ストックが過剰ということで、2013年くらいから資本ストックの調整が始まり、世界経済の牽引役がいなくなりました。それが冒頭の「需要停滞」と「デフレ懸念」に繋がるわけです。

2016年はポピュリズムの頂点

——2016年は予想外の選挙結果が続きました。

需要停滞とデフレという状況ですから、なかなか雇用の質もよくならない。一部の先進国でも中間層以下の雇用が奪われたり、または中間層自体が没落してしまったりする動きがありました。所得の再分配を行ったり、社会保障を増やしたりすれば、社会の歪みを緩めることができるわけですが、財政再建や緊縮をやっているので、中間層の没落や、貧富の格差の広がりを食い止めることができませんでした。

そのなかで、民衆にとって心地よい政策を掲げるポピュリズムが台頭してきて、英国、米国、イタリアの選挙結果に現れているように、2016年はポピュリズムの動きが頂点に達した年と感じています。

——この傾向は続くのでしょうか。

政治や経済には、修正メカニズムが働いていて、2016年2月のG20や、2016年5月の伊勢志摩サミットではひとつの政策に頼るのではなく、今後は財政拡大と金融緩和の両方を使うことで合意しました。金融政策に関しては引き締めというより、これ以上の緩和はやめて、金融政策から財政政策に軸足を移すという表現の方がよいかもしれません。

5年前と逆方向の合意をすれば、結果も逆になるはずです。今までが需要停滞とデフレ懸念であれば、これからは「需要回復」と「インフレ復活」。この2つが向こう5年のキーワードになると思っています。

需要回復とインフレ復活の5年間のはじまり?

——となると世界景気も浮揚するのでしょうか。

これからは「需要回復」と「インフレ復活」といっても、なかなか実感はできないと思います。5年前も当初は実感がありませんでした。むしろ、2010年当時のマーケットや経済学会の考え方は、大規模な金融緩和を行ったら、インフレがコントロールできなくなってしまうのでは、という不安が大きかった。こんなにデフレ懸念が継続するとはほとんど予測されなかったわけです。

今回も同様に、多くの人が、金融政策から財政政策に軸足を変えただけで低迷していた需要が回復するのか、疑問を持っていると思います。しかし、これからは日本でも世界的にも、株式や不動産といったインフレをヘッジするリスク資産に追い風が吹くのではないかと考えています。

——トランプ大統領誕生で米国金利も上昇しましたね。

ポピュリズムの象徴的な存在といえるトランプ政権の政策軸は「財政拡大」と「保護主義」のふたつだと考えられます。言動が読みにくいタイプの大統領ですが、トランプ政権の政治目標から逆算していくというのが、実際に何が起こるのか考えるときに一番いいアプローチになると思います。

トランプ政権に限らず、歴代の大統領がまず最重要視することは、就任から約2年後の中間選挙で勝つということです。もちろん中間選挙では大統領に対する信任はないのですが、下院は全部改選されますし、上院も3分の1が改選される。特に上院は共和党と民主党が拮抗しているので、共和党政権はいい仕事をしていると米国民から評価されて、中間選挙で勝つことがとても大事です。

新大統領はそのような思いから、ハネムーン期間と呼ばれる最初の100日間で、政策を加速させて中間選挙に勝とうとするわけです。では、中間選挙に勝つためにはどうすればよいか?米国経済のパフォーマンスを良くすること、トランプになったから景気もよくなった、アメリカが強くなったと国民に感じさせることです。

現実的に財政拡大を優先か

——そのためにはどのような政策が取られるのでしょうか。

保護主義よりも財政拡大が推し進められると考えています。おそらく保護主義によって、企業を海外から米国に呼び戻し、米国民の雇用を拡大して、没落した中間層を支え、米国経済の足腰を強くするのがトランプ氏の思惑でしょう。しかし、重要なことは、保護主義をやって、企業が戻ってきて、アメリカの雇用が拡大して、実際の景気がよくなって、中間層の賃金が上がって、アメリカが強くなったと実感するためには「2年では足りない」ということです。

かなり長期スパンの経済政策なので、今、保護主義を優先しても、約2年後の中間選挙には間に合わない可能性が高い。逆に保護主義を前に出せば、金融マーケットが警戒をして、リスク資産が下落しかねません。保護主義的な発言は続くかもしれませんが、保護主義が実際に強く推し進められることは、ちょっと考えづらいです。

——財政拡大の実現性はどうでしょうか。

財政拡大は、規模の大小はあるにしても議会と合意すれば、すぐに始動することができて、早ければ2017年後半から2018年には効果を実感できるはずです。従って2018年後半に実施予定の中間選挙には「米国民が効果を実感できる」という観点からも間に合うということですね。

トランプ政権としては、1期目の前半は財政拡大に軸足を置いて、中間選挙で勝つ。その後、腰を据えて保護貿易を推し進めるという流れが現実的かと思っています。そうなると、ほぼ完全雇用状態の米国が更に財政をふかせるわけですから、景気を押し殺すような過度な金融引締めがなければ、2017年から2018年にかけての米国経済のパフォーマンスは良いでしょうし、米国株式も堅調な展開が予想されます。

——前述の需要回復とインフレ復活にも連動しますね。

ただ問題は、米国経済のパフォーマンスが良ければ、2017年や2018年の貿易赤字は拡大する可能性があるということです。となると、2018年の中間選挙は、景気改善や雇用拡大の実績に加えて、貿易赤字を問題視し、経済実績と保護主義をカップリングするような形で乗り切ろうとすると考えられます。

中間選挙後のトランプ政権1期目の後半、実際に保護主義的な政策が発動すると、安価な輸入品が入ってこなくなるわけですから、物価が非常に上がりやすくなってしまう。さらに企業間の取引も停滞するので、企業の生産性も落ちてしまうかもしれません。

2019年のインフレ圧力というのは、予想よりも大幅に強くなる可能性があります。FRBとしても景気後退をある程度覚悟した利上げに踏み込まないといけない可能性もあるので、そうなった場合には、循環的に米国経済がリセッションに入るリスクも頭に入れておく必要があると考えています。

——最後に、ご覧頂いている個人投資家の方へメッセージをお願い致します。

向こう5年単位で見れば、インフレに強い資産が必要になってくると思います。これまでのデフレ下の投資環境とは大きく異なってくるということですね。特に30代、40代はリスクを取れる年齢ですから、リスクを取ってインフレに打ち勝つ資産形成を考える重要な局面ではないかと思います。

会田卓司(あいだ・たくじ)
1998年ジョンズ・ホプキンズ大学(米・メリーランド)経済学 博士 前期課程 (経済学修士)修了後、メリルリンチ日本証券株式会社にてシニアエコノミストを務める。2005年バークレイズ・キャピタル証券株式会社にてチーフエコノミスト。2007年ブレヴァン・ハワード・ジャパン株式会社 チーフエコノミスト。2008年UBS証券株式会社 シニアエコノミスト。2013年ソシエテ・ジェネラル証券会社 チーフエコノミスト。 インスティチューショナル・インベスター誌エコノミストランキングで第2位、また2013年日経ヴェリタス誌エコノミストランキングで第3位を獲得するなど、日本経済担当エコノミストとして活躍し、緻密なデータを使った高い分析力で国内外から評価を得ている。