クリエイティブディレクターの「アイデア」ノート術
気鋭のクリエイターとして知られる嶋浩一郎氏。そのアイデアの源になっているのが、「モールスキン」(モレスキン)のノートに書き溜めたさまざまな情報だ。「アイデアはムダなものからこそ生まれる」と話す嶋氏、ノートに書く内容も、最初から有用なことに絞ろうとせず、ムダなこともなんでも書くという。それらをどのようにアイデアにつなげているのだろうか。
モールスキンの中は豆知識の宝庫
クリエイティブディレクターとして、広告制作の第一線で活躍する嶋浩一郎氏。その仕事において、「アイデア創出力」は生命線と言える。そのための必需品となっているのが、「モールスキン」のノートだ。アイデアの素材となりうる情報を書き留めるインプットツールにして、発想を生むアウトプットの拠点でもある。
とはいえ、「初めからアイデア創出のために使おう、思っていたわけではありません」とのこと。ごく単純に、「エンタテインメントとして」書き始めたものだという。
「昔から豆知識の類が好きで、面白い話を見聞きするたび本の余白や手帳の隅に書いていました。ところが、そのつど思い思いの場所に書くので、情報が散逸してしまう。そこで、一か所にまとめようと思ったのが出発点です。モールスキンのノートは旅行用に開発されたものとあって、頑丈で傷みにくい。常に携行し、すぐに取り出して書くことができるので便利です」
ノートを開くと、そこはまさに豆知識の宝庫だ。「マナティーの肉は美味で、缶詰としても売られていた」「初期ギリシャ語は、左右どちらから文字を書いてもよく、一行ごとに交互に替える人もいた」など、あらゆる分野の情報がぎっしり並ぶ。それらの「ネタ」に、一つひとつ番号が振られているのも特徴的だ。
「ナンバリングは、1日に何個くらいのネタをインプットしているのだろう、という軽い興味から始めました。数は日によってまちまちですが、一冊のノートはおよそ2~3カ月で使い切ります。1冊に入るネタの数はおよそ千個。この習慣を始めて十数年になりますから、これまで数万超のネタを書いたことになりますね」
長年続くこの習慣、昔も今も一貫しているのは「気楽に書く」というスタンスだ。
「『役立つ知識を得よう』と思って書いたことはありません。役立てようと思うと、義務感が伴いだして苦しくなります。ですから私は、書くときにその情報に価値があるか、を一切意識しません。ただ『面白い』と思ったことを、リスのように集めるだけです(笑)」
一軍ノートと二軍ノートを使い分ける
ルールや義務感に縛られずに書くのが一番だと語る嶋氏だが、情報収集のプロセスは一定のシステムにのっとっている。
「モールスキンのノートは、別名『一軍ノート』。その前段階として、『二軍ノート』があります」
二軍ノートはいわゆる「雑記帳」。日々の生活のなかで、気になる情報を得たら即座に書き込むツールだ。
「私は情報源として、『人』をもっとも重要視しています。友人知人と交わす会話、会議で出た発言、喫茶店の隣席から聞こえてきたおしゃべり。『面白い』と思えばすぐ、雑記帳に書き留めます。ほか、テレビから聞こえてきた面白い話や、美術館・博物館で得た知識なども書いています」
加えて、新聞・雑誌・本なども重要な情報源。読書時には、気になる箇所にこまめに付箋を貼る。
「読み終わった本は、ページの上から無数の細い付箋が飛び出して、ステゴザウルスのようになっていますね」
付箋がたくさんあるほど「気になる箇所」が多数に上ることの証と言えるが、その興味関心の基準はどこにあるのだろうか。
「まず、『知らなかったこと』。へえ、そうなのかと感じること全般ですね。それから、『自分との違い』を感じる他者の視点や見解も、多面的な物の見方をもたらしてくれます。はたまた、『ユニークな表現』も魅力的ですね。この事柄をこう言い表すのか、という驚きや発見が刺激になります」
このノートを書くことで、もともと旺盛だった好奇心がますます強まったという。
「知識を集めると、そこからさらに色々なことを知りたくなるものです。興味を抱く範囲が自然に拡張して、それまで素通りしていた分野の話にも目が向くようになりました」
集めた情報はいったん寝かせる
こうして収集した情報は、最終的に一軍ノートに書き写されていくことになる。ただし、それをすべて書くわけではない。その前に「いったん寝かせる」プロセスを置くことが大事なのだという。
「二軍ノートに書いたことは、その後1カ月くらい放置します。本に関しても、付箋を貼ったものが10冊程度溜まるまで、そのままにしておきます」
その期間を経た後に再び見たとき、さほど刺激を感じなければ一軍ノートには転記しない。つまり、寝かせるプロセスは自動的な「選別」の役割を果たすと言える。
「加えて、時間を置くと『なぜこれが気になったのだろう?』と反芻できるのもポイントです。言葉の意味を知らなかったからか、その事象が面白かったからか、だとすればどう面白かったのか。どの要素に刺激されたのかを振り返って味わうことに、意味があるのです」
反芻をすることで、個々の具体的な情報から「面白さの本質」が引き出される。それが、インプットした情報をアイデアへと転化させる原動力となるのだ。
「バックナンバー」を見返す理由とは?
個別の事象としては一見無関係な「ネタA」と「ネタB」を「交配させる」ことで発想が生まれる、と嶋氏は語る。
「たとえば、福岡県にあるラーメン店『つどい』は、有名なインスタントラーメンの味を普通の食材で完璧に再現するメニューが人気、というネタA。続いて、琳派の画家・鈴木其一は絵を縁取る表具部分にも絵を描く『描表装』を多用した、というネタB。両者はかけ離れているように見えますが、作り手の遊び心や、『一度で2回面白い』ところに同一性を感じます。そこから、『新しい企画でこの感じを出せないか?』と言う風に、イメージを喚起していけます」
交配させるネタどうしは、ジャンルが遠ければ遠いほど、奇想天外で面白いアイデアになるという。
「ですから私は、ネタをジャンルごとに分類して書くことはしません。仕入れた順に、ただ羅列するだけです。結果、物理学の法則の次にタレントのゴシップ、その次には歴史のこぼれ話が書いてある、という状態になります。それらのバラバラな情報を見渡していると、予想外な形で発想が湧いてくる。こうした偶発性が、新奇なアイデアを生むきっかけになるのです」
現在進行中のノートだけではなく、バックナンバーにもしばしば目を通す。
「出張先に数冊持って行ったり、枕元に置いて、寝る前にパラパラとめくったり。記憶から抜け落ちていた古いネタと、仕入れたばかりのネタが掛け合わされて『化学反応』が起こることもよくあります」
「アイデアを出すこと」を最初から目的にしない
「手軽にパラパラ見られる」という点は、手書きのノートならではのメリットだ。
「パソコンやスマートフォンアプリにアイデアのネタをストックする人が最近増えていますね。その場合、企画を考える際はアイデアの出そうなテーマや語句を毎回検索することになるでしょう。するとそこで見つかるのはその目的物、つまり『望んだ範囲内』の情報となります。
対して、手書きのノートをざっとめくると、目的以外の情報がどんどん目に入ってきます。望んでいた以上に、発想を広げることができるのです。検索性の高さはデジタルのほうが上ですが、一覧性とそこから生まれる偶発性は、アナログならではの強みですね」
日常生活で出会う発見を、ジャンルを混在させたまま羅列するだけのシンプルなノートは、こうして無敵のアウトプットツールとなる。
「ただし注意したいのは『アイデアを出すために書こう』と思わないこと。そうすると、『目的に合わない』という勝手な判断で、情報を選別してしまうからです。私がこのノートに書いている情報は、ほとんどが『ムダ知識』。役立つかどうかわからないものをひたすら面白がって集めるからこそ、その膨大な集積からブレイクが起こるのです。結果を求めず、まずは楽しむこと。これが一番です」
■二軍ノート
会話の中で出てきた言葉やテレビの情報、美術展や博物館で得た知識などはまずここへ記入。積極的に人と接し、収集の範囲を広げることが大切だ。「本来の趣味や興味の範囲外の場所にも、意識的に足を運びます。『地下アイドルのライブ』などは、未知の情報の宝庫ですね」
■本や雑誌
新しい知識や発見のあった箇所には、その行の真上に付箋を貼る。愛用している付箋は、3Mの「フラッグポインター」。貼りつける部分は無色透明なので、文字が隠れることがなく、そのままコピーをとることも可能。細いので行の幅とぴったり合う。ケースもコンパクトで、どこでも持ち歩ける。
■一軍ノート
一軍ノートは、集めたネタの「放牧場」。二軍ノートと、本・雑誌につけた付箋を定期的にチェックして書き写す。同時に、その情報についてネット検索し、知り得た「おまけ情報」も書き添えておくとなお良い。ただし、本格的な深掘りは禁物。負担にならない程度に、集めた情報をシンプルに書き記すのがコツだ。
嶋氏がこれまでに書き溜めたノート数年分。取材の場に持参してくれた。どれもモールスキンで、色や模様などがあるものもあるが、サイズは統一されている
嶋 浩一郎(しま・こういちろう)博報堂ケトル代表取締役社長
1968年生まれ。上智大学法学部卒業後、93年に博報堂に入社。02年に雑誌『広告』編集長となり、04年には「本屋大賞」立ち上げに参加。06年、博報堂ケトル代表取締役社長・共同CEOに就任。12年、東京・下北沢の書店「B&B」の設立をプロデュース。著書に、『なぜ本屋に行くとアイデアが生まれるのか』(祥伝社新書)など。(取材・構成:林加愛 写真撮影:長谷川博一)(『
The 21 online
』2017年1月号より)
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