要旨

  • 安倍首相とトランプ大統領の初めての日米首脳会談が2月10日に行われ、安全保障、通商、経済協力などが協議された。
  • 日米同盟を強化することで一致し、日米の経済関係の強化に向けて、麻生副総理兼財務相とペンス副大統領の下に分野横断的な対話の枠組み「日米経済対話」を設置することで合意した。さらにトランプ大統領の年内訪日も固まった。
  • 首脳会談前、トランプ大統領は、自動車などの貿易不均衡問題を中心とした経済問題や米軍駐留経費などで日本を強く批判していた。そのような発言が会談中に出るのではとの懸念があったが、日米間の具体的な懸案への言及はなかった。緊密な日米関係を維持、深化させる意思が示されたといえる。日本にとっては満額回答に近い会談だったといえるのではないだろうか。

はじめに

安倍首相とトランプ大統領の初めての日米首脳会談が2月10日に行われ、安全保障、通商、経済協力などが協議された。

日米同盟を強化することで一致し、日米の経済関係の強化に向けて、麻生副総理兼財務相とペンス副大統領の下に分野横断的な対話の枠組み「日米経済対話」を設置することで合意した。さらにトランプ大統領の年内訪日も固まった。

首脳会談前、トランプ大統領は、自動車などの貿易不均衡問題を中心とした経済問題や米軍駐留経費などで日本を強く批判していた。そのような発言が会談中に出るのではとの懸念があったが、日米間の具体的な懸案への言及はなかった。緊密な日米関係を維持、深化させる意思が示されたといえる。日本にとっては満額回答に近い会談だったといえるのではないだろうか。

◆日米首脳会談共同声明の要旨

【日米同盟】
・日米同盟はアジア太平洋地域における平和、繁栄及び自由の礎
・日米安全保障条約第5条は尖閣諸島に適用
・関係国に対し、南シナ海における緊張を高め得る行動を避け国際法に従って行動することを求める
・北朝鮮に対し、核や弾道ミサイル計画を放棄し、さらなる挑発行動を行わないよう強く求める

【日米経済関係】
・総理及び大統領は、相互補完的な財政、金融、構造政策という3本の矢のアプローチを用いていくとのコミットメントを再確認
・自由で公正な貿易のルールに基づき、日米間や地域の経済関係を強化する
・日米間の貿易・投資関係の深化と、アジア太平洋地域における貿易、経済成長、高い基準の促進に向けた両国の継続的努力の重要性を確認
・米国が環太平洋経済連携協定(TPP)から離脱した点に留意し、最善の方法を探求。日米で2国間の枠組みに関する議論を行うことや、日本が既存のイニシアチブを基礎として地域レベルの進展を引き続き推進することを含む

【訪日の招待】
・安倍首相はトランプ大統領の本年中の日本公式訪問に招待し、ペンス副大統領の早期の東京訪問を歓迎した。トランプ大統領はこれらの招待を受け入れた

日米同盟強化、新経済対話~蜜月を演出

◆外交:日米同盟強化、尖閣は日米安全保障の適用範囲内

外交面では、共同声明で尖閣諸島が米国の対日防衛義務を定めた日米安全保障条約第5条の適用範囲であることを明記。「日本の施政を損なおうとするいかなる一方的な行動にも反対する」と盛り込んだ。名指しは避けたものの、中国を念頭に「南シナ海における緊張を高め得る行動を避け、国際法に従って行動することを求める」と明記。「核及び通常戦力の双方による米国の軍事力」との表現で米国が「核の傘」を含め抑止力を提供することも確認された。

◆経済:日米経済対話を新設、FTA進展は今後の交渉

日米の経済協力は、「貿易・投資関係の深化」と「アジア太平洋地域における貿易、経済成長及び高い基準の促進に向けた両国の継続的努力」が重要と確認した。安倍首相は共同記者会見で「日本の高い技術で大統領の成長戦略に貢献し、米国に新しい雇用を生み出せる」と述べた。アメリカ第一主義を掲げ、「一に雇用、二に雇用、三に雇用」と主張するトランプ大統領に呼応している。

今回新たに作られる経済対話では、(1)財政金融などのマクロ経済政策の連携、(2)インフラ、エネルギー、サイバー、宇宙などの協力、(3)2国間貿易の枠組み、の3テーマを取り上げる。ペンス副大統領が早期に東京を訪れ具体的な交渉をスタートする予定だ。

トランプ大統領がTPPの離脱を決めたことで、注目された日米FTAは、共同声明で「日米間で2国間の枠組みに関して議論を行う」と明記されたが、具体的提案が米国からなされなかった。共同声明は日米の貿易・投資関係の強化に向け「最善の方法を探求する。日米2国間の枠組みとともに日本が既存の枠組みを引き続き推進する」としている。

おそらく日米とも2国間FTAを意識はしているが、日本がTPP、RCEPなど既存の枠組みを維持していることに配慮した結果だろう。今後2国間FTAの是非は経済対話などで議論され、重要な焦点となってくるだろう。

今後の焦点「経済対話」:ペンス副大統領は、トランプ大統領のような不規則発言はなさそうだが、トランプ政権の一員。雇用第一を掲げる政権で、実績が伴わなければ強硬姿勢を鮮明にする可能性大

今回の会談では、トランプ大統領から、日本批判が一切聞かれず、日本政府の事前準備のうまさもあっただろうが、批判発言を覚悟していた市場関係者からすれば拍子抜けだ。

あれだけ自動車貿易について「日本は公正でない」と批判していたが、安倍首相は日本の自動車メーカーが米国工場での生産を通じて雇用に貢献していることを会談で説明し、それに対する批判はなかった。通貨政策について日本が円安誘導していると批判していたが、首脳会談では批判が出ず、双方の財務相が意見交換していくことで落ち着いた。

今後、日米の経済問題は今回新たに作られる経済対話で議論される。日本の交渉相手であるペンス副大統領は、政治経験も長く、共和党からも信頼が厚い。また元インディアナ州知事でもある。インディアナ州は、雇用が奪われたとされるラストベルトの中にある。そこでトヨタ自動車など日系企業が多くの雇用を生み出していることを良く理解している。トランプ大統領のような不規則発言はなさそうで、日本の交渉相手として最適だろう。

ただし、ペンス副大統領はトランプ政権の一員であり、雇用創出や貿易収支改善が進まなければ、強硬姿勢を鮮明にしてくるに違いない。今回鳴りを潜めた自動車問題や円安誘導への批判が再燃する可能性もある。

◆個別問題のフォーカスは避けるべき:自動車の貿易不均衡、為替円安問題

米商務省が発表した2016年のモノの貿易収支によると、日本に対する赤字は689億3800万ドル(約7兆7千億円)だった。赤字は前年とほぼ同じだったが、ドイツを抜き、中国に次ぐ2位に浮上した。自動車関連は赤字の8割弱と大半を占めている。

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現在、米国から日本に輸入する車への税率はゼロ。これ以上税率を下げて米国からの輸出を促進することは不可能だ。米国メーカーは「われわれが自動車を売る際、日本が販売を難しくしている」と燃費や安全規制が厳しいと主張してきた。

非関税障壁が問題だと米国は主張するが、現実にはドイツ車は販売を伸ばしている。日本の消費者の選好の結果であって、政府が民間に強制的に米国車を購入させることは難しい。やれたとしても例えば政府関係の車の一部を米国製にするくらいで台数的にはたかが知れている。

貿易収支を改善するとすれば、個別自動車会社の現地生産比率をさらに上げることになる。現在日本は、「米国市場で販売する日本車の6割は米国で生産され、約150万人の雇用を生み出している」と説明し、過去の日米貿易摩擦などで自動車産業は大きく変わったと過去の変化を主張する。米国が更なる雇用拡大を要求してくるだろうが、日本企業の投資にも限界がある。

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また為替についても円安誘導だとの批判が再び高まるのは避けなければならない。

「大胆な金融緩和」はアベノミクスの「第1の矢」と位置付けられている。米国からの批判を受けて金融政策運営の自由度が下がれば、デフレからの完全脱却を目指す政府・日銀にとって逆風となる。

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日本側の提案で協議の場が設置され、今回は自動車や為替といった個別の問題に焦点をあたることを避け、包括的な協議の場を設置できたことは大きな進展であった。しかし、日本の思惑通りに今後進ませるのは難しいとの慎重な見方が必要だ。

過去日米間に貿易摩擦が起き、米国の圧力を受けて、協議の場が設定されてきた。例えば1983年「日米円ドル委員会」、89年「日米構造問題協議」、93年「日米包括経済協議」など。日本はかなり厳しい米国の要求を呑んできた。

トランプ政権は、交渉の場で、オバマ政権で進めたTPPで自動車、医療、農業などの領域で勝ち取った以上のものは要求してくるに違いない。日米2国間でのFTAとなれば経済規模や安全保障を絡めて米国サイドは議論を展開し、有利な条件を引き出すことを行ってくるだろう。またトランプ大統領は米通商代表部(USTR)代表に、同元次席代表で弁護士のロバート・ライトハイザー氏を指名している。同氏は80年代のレーガン政権下でUSTR次席代表を務め、対日鉄鋼協議で日本に輸出の自主規制をのませた強硬派である。

日本に対して輸出入や、自動車メーカーが米国で現地生産をする上でも米国産の部品を今以上に使えとの数値目標などを主張する可能性も十分にある。

日本は今後2カ国間の包括的な枠組みを使い、日本の国益を守りながらもトランプ政権が重要視する米国内での雇用増や貿易不均衡是正をしなくてはならない。

おわりに

現在トランプ政権は、移民政策や外交を巡り、国際社会とあつれきを生んでいる。そのトランプ政権に接近することのリスクを問う声も上がっていたが、安倍首相はトランプ政権との親密ぶりを、海洋進出を進める中国、核・ミサイル開発を続ける北朝鮮に見せつける「戦略的蜜月関係」の構築を狙った。今回の日米首脳会談は、日本としては外交、通商、金融など幅広い分野で一定以上の成果をあげ順調な滑り出しとなった。

しかし、批判を強める各国とどのような関係構築を図るのか今後の大きな課題となったといえる。

また日米間の経済問題を包括的に話し合う2国間の経済対話設置が決まったが、日本の思惑通りに進むのかも予断を許さない。

さらに国内問題としては、安倍政権の成長戦略の柱であるTPPが米国離脱により絶望的な状況の中で、日米FTAをどのようなスタンスで望むのか、早急に決断することも必要になるだろう。

◆日米共同声明:全文

【日米同盟】
揺らぐことのない日米同盟はアジア太平洋地域における平和、繁栄及び自由の礎である。核及び通常戦力の双方によるあらゆる種類の米国の軍事力を使った日本の防衛に対する米国のコミットメントは揺るぎない。アジア太平洋地域において厳しさを増す安全保障環境の中で、米国は地域におけるプレゼンスを強化し、日本は同盟におけるより大きな役割及び責任を果たす。日米両国は、2015年の「日米防衛協力のための指針」で示されたように、引き続き防衛協力を実施し、拡大する。日米両国は、地域における同盟国及びパートナーとの協力を更に強化する。両首脳は、法の支配に基づく国際秩序を維持することの重要性を強調した。

両首脳は、長期的で持続可能な米軍のプレゼンスを確かなものにするために、在日米軍の再編に対する日米のコミットメントを確認した。両首脳は、日米両国がキャンプ・シュワブ辺野古崎地区及びこれに隣接する水域に普天間飛行場の代替施設を建設する計画にコミットしていることを確認した。これは、普天間飛行場の継続的な使用を回避するための唯一の解決策である。

両首脳は、日米安全保障条約第5条が尖閣諸島に適用されることを確認した。両首脳は、同諸島に対する日本の施政を損なおうとするいかなる一方的な行動にも反対する。日米両国は、東シナ海の平和と安定を確保するための協力を深める。両首脳は、航行及び上空飛行並びにその他の適法な海洋の利用の自由を含む国際法に基づく海洋秩序を維持することの重要性を強調した。日米両国は、威嚇、強制又は力によって海洋に関する権利を主張しようとするいかなる試みにも反対する。日米両国はまた、関係国に対し、拠点の軍事化を含め、南シナ海における緊張を高め得る行動を避け、国際法に従って行動することを求める。

日米両国は、北朝鮮に対し、核及び弾道ミサイル計画を放棄し、更なる挑発行動を行わないよう強く求める。日米同盟は日本の安全を確保する完全な能力を有している。米国は、あらゆる種類の米国の軍事力による自国の領土、軍及び同盟国の防衛に完全にコミットしている。両首脳は、拉致問題の早期解決の重要性を確認した。両首脳はまた、日米韓の3カ国協力の重要性を確認した。さらに、日米両国は、北朝鮮に関する国連安保理決議の厳格な履行にコミットしている。

日米両国は、変化する安全保障上の課題に対応するため、防衛イノベーションに関する2国間の技術協力を強化する。日米両国はまた、宇宙及びサイバー空間の分野における2国間の安全保障協力を拡大する。さらに、日米両国は、あらゆる形態のテロリズムの行為を強く非難し、グローバルな脅威を与えているテロ集団との闘いのための両国の協力を強化する。

両首脳は、外務・防衛担当閣僚に対し、日米両国の各々の役割、任務及び能力の見直しを通じたものを含め、日米同盟を更に強化するための方策を特定するため、日米安全保障協議委員会(SCC:「2+2」)を開催するよう指示した。

【日米経済関係】
日本及び米国は、世界のGDPの30パーセントを占め、力強い世界経済の維持、金融の安定性の確保及び雇用機会の増大という利益を共有する。これらの利益を促進するために、総理及び大統領は、国内及び世界の経済需要を強化するために相互補完的な財政、金融及び構造政策という3本の矢のアプローチを用いていくとのコミットメントを再確認した。

両首脳は、各々の経済が直面する機会及び課題、また、両国、アジア太平洋地域及び世界における包摂的成長及び繁栄を促進する必要性について議論した。両首脳は、自由で公正な貿易のルールに基づいて、日米両国間及び地域における経済関係を強化することに引き続き完全にコミットしていることを強調した。これは、アジア太平洋地域における、貿易及び投資に関する高い基準の設定、市場障壁の削減、また、経済及び雇用の成長の機会の拡大を含むものである。

日本及び米国は、両国間の貿易・投資関係双方の深化と、アジア太平洋地域における貿易、経済成長及び高い基準の促進に向けた両国の継続的努力の重要性を再確認した。この目的のため、また、米国が環太平洋パートナーシップ(TPP)から離脱した点に留意し、両首脳は、これらの共有された目的を達成するための最善の方法を探求することを誓約した。これには、日米間で2国間の枠組みに関して議論を行うこと、また、日本が既存のイニシアティブを基礎として地域レベルの進展を引き続き推進することを含む。

さらに、両首脳は、日本及び米国の相互の経済的利益を促進する様々な分野にわたる協力を探求していくことにつき関心を表明した。

両首脳は、上記及びその他の課題を議論するための経済対話に両国が従事することを決定した。また、両首脳は、地域及び国際場裏における協力を継続する意図も再確認した。

【訪日の招待】
安倍総理大臣はトランプ大統領に対して本年中に日本を公式訪問するよう招待し、また、ペンス副大統領の早期の東京訪問を歓迎した。トランプ大統領は、これらの招待を受け入れた。

(出典)外務省ホームページ

矢嶋康次(やじま やすひで)
ニッセイ基礎研究所 経済研究部 チーフエコノミスト

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