藤田紘一郎,過剰清潔社会,腸内細菌
(写真=The 21 online/藤田紘一郎(東京医科歯科大学名誉教授))

腸が喜ぶ「健康でストレスのない生き方」とは

「電車のつり革につかまることができない」「宴会で鍋料理をつつけない」、あるいはオフィスでも「どの部屋に入るにも消毒が必要」「風邪でもないのに常にマスクをしている」……「清潔さ」について過剰反応する人が増えている。

だが、メディアへの出演も多い医学博士の藤田紘一郎氏は、「過剰な清潔志向は百害あって一利なし」と断言する。行きすぎた清潔社会に警鐘を鳴らすとともに、健康かつストレスなく毎日を過ごすための生活習慣について教えてもらった。

行きすぎた清潔社会のリスクとは?

ビルの入り口では抗菌剤で手を消毒。仕事中でもマスクを着用。他人が使ったペンや受話器をいちいちふき取る……。最近の職場でよく見かける光景だ。もともと清潔好きの日本人だが、少々窮屈にも思える。しかもこうした「行きすぎた清潔志向」は有害ですらあるという。

「日本人はマスクや殺菌剤などで菌を排除する傾向にありますが、実は非常に『もったいない』こと。菌は私たちにとってむしろ、良い働きをしてくれることが多いのです。空気中や土壌、そして人の身体についている雑菌と呼ばれる菌は、むしろ積極的に身体に取り込むべきです」

寄生虫の研究で知られる医学博士の藤田紘一郎氏はそう話す。通常は排除されるべきとされる「菌」を身体に取り込んでも大丈夫なのだろうか。

「実は最近の研究で、人間の健康の大部分は『腸内環境』で決まることがわかってきています。腸内にはおよそ200種100兆もの腸内細菌がいて、これら無数の腸内細菌が腸内に『腸内フローラ』という『細菌のお花畑』を形成しています。それが活性化すればするほど、健康にいい影響を与えます。そして、そのためにはより多くの種類の菌を取り込むのが一番なのです」

腸内細菌は三つに分けられる。善玉菌、悪玉菌、そして日和見菌だ。善玉菌を増やして悪玉菌を減らせばいいように思えるが、そう簡単な話ではない。

「本来、腸の中に善も悪もないのです。たとえば悪玉菌として『大腸菌』がありますが、これもビタミンを合成したり、他の有害な細菌が大腸に定着するのを阻害するなどいい働きもしてくれる。ただ、これが増えすぎると問題が起きるわけです。

また、乳酸菌に代表される善玉菌を増やすことももちろん重要ですが、いくら善玉菌を摂取しても、増える量には限りがあります。そこで大事なのが『日和見菌』を増やすことです」

過剰な菌排除がうつ病の原因にも!?

日和見菌とはその名のとおり、健康時には身体に良い働きをし、体調不良のときには悪玉菌に追随し身体に悪さをする菌のこと。私たちが雑菌と呼んでいる菌の多くはこの日和見菌だという。

「口から入った日和見菌は、一度腸内で死滅します。ですが、自分と同じ遺伝子を持つ子孫を腸内で増やします。腸内細菌の種類や数が増えたほうが腸内細菌全体が活性化されるため、積極的に取り込んだほうがいいのです。

腸内細菌の活動が低下すると免疫力が低下し、外敵に弱く病気にかかりやすくなります。ビタミンを合成することができず、免疫力が低下し病気にかかりやすくなるとともに、ビタミン不足で肌が荒れ、荒れた肌に花粉やアレルゲンが刺激となり、アレルギーやアトピーを発症することにもなるのです」

腸内環境はさらに、人の幸福感ややる気にも影響を与えるのだという。
「幸福感ややる気を出すホルモンであるセロトニンやドーパミンといった脳内物質も腸内で合成されます。この二つの神経伝達物質が脳で不足すると、人はだんだん落ち込んでいき、やがてうつ病になってしまいます。

正確に言えば、脳には血液脳関門というゲートがあり、腸で合成されたセロトニンは通過できません。ただ、腸ではセロトニンの前駆体であるヒドロキシトリプトファンが合成され、それが脳に運ばれることで、セロトニンに合成されるのです。

脳が死んでも、『脳死』として身体は生き続けます。けれども腸が死んだら、人体は完全に停止します。腸はそれだけ大切な器官なのです」

「清潔すぎる環境」がアレルギーの原因に

この腸内環境は本来、生後約一年で決まってしまうという。親は赤ちゃんをなるべく無菌状態で育てたがるが、それはむしろマイナスになるという。

「体内に持つ腸内細菌の種類は一人ひとり異なり、これは生後約1年で決まります。この時期により多くの細菌を取り込めば取り込むほどいい。赤ちゃんが身近な人やものをなんでもなめようとするのは、体内に日和見菌を取り込むという重要な意味もあるのです。

ただ、この時期にあまり菌に触れないようにすると、腸内細菌の種類が少なくなり、それがアレルギーやアトピー、ぜんそくなど現代人が多く発症する症状につながると見られています。

これは世界的な調査でわかったことですが、アレルギーにかかる子供はまず、先進国に多い。そして長男や長女など第一子に多い。これはつまり、先進国は菌が少ない環境にある。そして第一子は親も神経質になりがちで、過剰に菌を排除するからと考えられています。

逆に、酪農家や兄弟の多い家で育った子供には、あまりこうした症状がみられません。日本のスギ花粉症第一例は1963年ですが、これは日本人に回虫やギョウ虫などの寄生虫がいなくなったのとほぼ同時です。アレルギーや花粉症が清潔から引き起こされた現代病だとおわかりいただけるでしょう」

乳酸菌には「相性」がある

生後1年で腸内環境が決まるとはいえ、諦めることはない。その後、なるべく多くの菌を取り込むことで腸内環境を整えることは可能だからだ。

「腸内細菌の勢力図はおよそ2週間で塗り替えられます。たとえば乳酸菌は腸内環境の改善に役立ちますが、続けて2週間摂り続けることが大事です。また、乳酸菌にはいろいろな種類があり、ヨーグルトなどでも製造元や商品によって乳酸菌の種類が違っています。

乳酸菌には相性があり、どの乳酸菌が合うかは人それぞれです。たとえば私は韓国出身の女中さんに育てられたため、キムチなどの植物性の乳酸菌と相性がいいようです。同様におばあちゃん子だった人は、おばあちゃんのぬか漬けの乳酸菌が合うかもしれません。いろいろと試してみることが大事です。

同じ乳酸菌を2週間摂り続け、それが自分に合っているなら、必ずなんらかの変化があるはず。たとえば肌がツヤツヤして、便通が改善される、などです」

細菌は身体の内側から健康を支えると同時に、身体の外側でガードする役割も果たす。

「たとえばトイレにうがい薬が常備されているところがありますよね。ただ、殺菌効果の強いうがい薬は、むしろ風邪をひきやすくする恐れがあります。私たちの皮膚や粘膜には『常在菌』がいて、外からの刺激から身体を守りますが、強いうがい薬はのどの粘膜の常在菌を取り払うため、感染源が簡単に体内に入り込んでしまうのです」

同様に皮膚にも常在菌がいて、肌を酸性にして外部の菌から守ってくれているという。ただ、藤田氏は、現代人は身体を「洗いすぎ」だと指摘する。

「たとえば毎日の入浴で殺菌作用の強いせっけんを使うと、常在菌が溶けて流れてしまいます。すると角質がバラバラになり、水分が抜けてカサカサの肌になります。その角質のすき間に花粉やホコリなどが入り込むと、アレルギーやアトピーを発症する原因になります。

温水洗浄便座も同様。肛門を洗いすぎると、肛門の常在菌がいなくなり、かえって炎症を起こしやすくなる。すると、さらに洗わずにいられなくなり、どんどん炎症がひどくなる……そんな悪循環が生まれてしまっているのです」

腸が喜ぶのは「我慢しない」生き方

現代の日本人の腸内細菌は、戦前の3分の1しかないという。

「理由は、食物繊維の摂取量が減少したこと、活性酸素を発生させる環境が増えたこと、加えてストレス社会です。

食物繊維は大いに摂るべきでしょう。食事前に千切りのキャベツを食べるようにするだけでも効果はあります。また、活性酸素発生には食品添加物や水道水の塩素、電磁波などさまざまな要因があり、現代人はなかなか避けようがないのですが、対策として色のついた野菜を多く摂ることをお勧めします」

ただ、中でも最も影響が強いのが「ストレス」だという。

「現代人は『我慢』をしすぎなのではないでしょうか。たとえばお酒やたばこが好きで、それで自分のストレスが解消されていると思うなら、別に無理にやめる必要はありません。定年をきっかけに禁煙をすると宣言した人のほうが病気になり、しなかった人のほうが元気だったような例もあります。これはやはり、ストレスとの兼ね合いでしょう。また、お酒に関しては、お酒を飲める体質の人なら、むしろ毎日少し飲んだほうがいいという研究結果もあります。

ストレスは腸内環境の悪化の非常に大きな要因です。それを避けるためには何より『我慢しない』こと。嫌な人とはつきあわない、残業はしない、毎日笑って過ごす。これがこのストレスの多い社会で元気に生きる秘訣だと思います」

藤田紘一郎(ふじた・こういちろう)東京医科歯科大学名誉教授
1939 年、中国東北部(旧満州)生まれ。東京医科歯科大学医学部卒業。東京大学医学系大学院修了。医学博士。金沢医科大学教授、長崎大学教授、東京医科歯科大学教授を経て、現在は同大学名誉教授。専門は寄生虫学と熱帯医学、感染免疫学。1983 年に寄生虫体内のアレルゲン発見で小泉賞を、2000 年にはヒトATLウイルス伝染経路などの研究で日本文化振興会社会文化功労賞および国際文化栄誉賞を受賞。著書多数。(取材・構成:西澤まどか 写真撮影:まるやゆういち)(『 The 21 online 』2017年2月号より)

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