メンタル不調を理由に社員が休職や退職する職場が増えている。その背景には何があり、どのような特徴があるのか。現在話題の『心が折れる職場』の著者であり、職場のメンタルヘルス問題に詳しいプロカウンセラーである見波利幸氏にその理由をうかがうとともに、チーム全体の「心を整える」方法についてお話をうかがった。
急に太りだした人がいる職場は要注意!
広告代理店での過労自死問題に端を発し、社会問題化されつつある職場のメンタルヘルス。だが、「メディアで報道されている事件はほんの一部。メンタル不調を原因とした事件は水面下で頻発している」と指摘するのは、『心が折れる職場』の著者・見波利幸氏。では、どのような職場でメンタル不調は起きやすいのだろうか。
「著書『心が折れる職場』では、挨拶や報連相、職場での雑談や飲み会の有無などのケーススタディが多く紹介されているため、『コミュニケーションの欠如がメンタル不調を生み出す原因』と思うかもしれませんが、コミュニケーションが一番の問題ではないと私は思っています。
コミュニケーションが上手く取れているかどうかは、『どう人と関わるか』という問題が根底にあります。相手を尊重したり、相手の気持ちを大切にしようと思う人は、コミュニケーションスキルが不足していても良好な人間関係が保てます。反対に、相手を尊重する気持ちもなく、コミュニケーションの量を増やしても意味がありません。目の前の人とどう関わっていくのか──これが、これからの時代は大切になると思います」
では、メンタル不調者を出さないためにはどうすればいいのか。まず、メンタル不調には前兆があるので、上司はその「サイン」を見逃さないことが肝心だ。その1つが、「急に太り始めた」というもの。一般的には、食欲旺盛ならメンタル的には問題ないと思いがちだが、「深刻な状況の一歩手前かもしれない」と見波氏は警告する。
「ストレスを受けると、暴飲暴食で発散しようとします。そのため、体重が増加するのですが、ストレスが改善されなければ、症状が悪化してうつ症状になり、本格的な食欲不振に陥ります。体重の急増はメンタル不調に至る過程であり、体重が激減したときは、すでにどん底なのです」
もう1つのサインとして、「遅刻や欠勤」を挙げる。
「ストレスが原因で入眠困難になることがあります。布団に入って30分、1時間経っても眠れないのです。睡眠とうつは相関がありますから、睡眠が不足すると、意欲が低下して、何もする気が起きなくなります。朝起きることができず、遅刻が多くなるのです。さらに悪化すると、欠勤として表われます。最初は週明けの月曜日や連休明けに休みがちになり、次第に平日も休むようになれば、メンタル不調が進んでいる状態です」
メンタル対策をしない経営者は失格
職場でメンタル不調者が増加する背景には、社会の競争が激化し、効率重視のマネジメントが幅を利かせていることがある。商品やサービスの品質は完璧が求められる一方で、予算や人員には限りがある。企業が存続していくためには仕方がないとはいえ、極度の効率重視、業績重視のしわ寄せは末端の社員に向かうことになる。「この事実を経営層が直視しない限り、職場のメンタル不調はなくならない」と見波氏は警鐘を鳴らす。
「メンタル不調を引き起こす職場環境が、その会社の体質であるのなら、末端の社員がどうこうできるレベルではありません。従業員が安全・健康に働くことができないなら、それは安全配慮義務違反。明らかな法律違反です。経営層がそれに気づかず、職場のメンタルヘルスの問題を中間管理職任せ、本人任せにするのは間違っています。経営層はまずはそのことを認識しなければなりません。
そのうえで、経営層は従業員のメンタルヘルス問題に本気で取り組む方針を明確に掲げるべきです。予算をつけて対策を講じるなどして、組織ぐるみでメンタル不調をなくしていくということを、全従業員に浸透させなければなりません」
必要なのは、4種類のサポートの「使い分け」
そして、この問題に取り組むキーマンが、現場を第一線で支える中間管理職だ。したがって、中間管理職の意識改革も大きな課題である。
「部下を支えるとはどういうことなのか、上司は理解する必要があります。先ほども述べたように、単にコミュニケーション量を増やせば良いといった方法論だけでは不十分。部下の将来に対する本人の気持ちを尊重しつつ、成長をどうサポートできるのか──その質が問われます」
上司が部下に提供すべきサポートは四種類あるという。適切なアドバイスや助言を与える「情報的なサポート」、部下の気持ちを理解する「情緒的なサポート」、実際に手助けする「道具的なサポート」、部下の仕事をきちんと評価する「評価的なサポート」である。しかし、「上司は基本的に自分が得意なサポートばかりしがち」と見波氏は問題点を指摘する。
「たとえばコンサルテーションが得意な上司は、部下からの相談に『そのときあなたはどうした?お客さんは?』などと情報収集して、『じゃあ、こうしなさい』と指示を出すだけ。心身ともに疲弊した部下をさらに追い詰めることもあります。それよりも、部下の気持ちに寄り添って、『あなたの苦労を理解していますよ』と伝えたり、上司が手を貸したりすることが必要かもしれません。部下にはどんなサポートが必要かを吟味して、四種類のサポートを組み合わせて提供していくことが重要です。上司は自分の行動をぜひ振り返ってみてください」
自分の身は自分で守る! 社員個人がすべきこと
安全配慮義務に違反した職場は、社員個人の力で変えられるものではない。かといって、メンタル不調を防ぐために個人が何もできないわけでもない。「個人がメンタル不調に対してあまりにも無頓着で、無防備であることにも問題がある」と見波氏。
「いくら長時間労働でも、仕事にやりがいを感じたり、仕事を通して自分の成長を実感したり、将来への希望があればメンタル不調にはなりません。もちろん、先に述べた上司のサポートも不可欠です。上司に言われるままやらされ感で仕事をするのではなく、自分のキャリアを見据えながら、いかに仕事の価値を創造するかという視点で仕事に取り組むことが大切です」
仕事への向き合い方に加えて、ストレス耐性を高めることも個人が取り組めることのひとつだ。
「睡眠を十分に取る、運動をするなど、ストレス耐性を高めるために必要なことを知り、実践することが大切です。メンタルヘルスを会社や上司任せにせず、自分の身は自分で守っていかなければならないのです」
見波 利幸(みなみ・としゆき)〔一社〕日本メンタルヘルス講師認定協会代表理事
1961年生まれ。大学卒業後、外資系コンピュータメーカーなどを経て、98年野村総合研究所に入社。メンタルヘルスの黎明期より管理職向け1日研修を提唱するなど、日本のメンタルヘルス研修の草分け的存在。現在はエディフィストラーニング㈱(キヤノングループ)の主席研究員として、研修や講演、カウンセリングや職場復帰支援を行なう。(取材・構成:前田はるみ 写真撮影:長谷川博一)(『
The 21 online
』2017年3月号より)
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