職場,メンタル,クラッシャー上司
(写真=The 21 online)

「ブラック企業」より根深い! 職場のメンタルの大問題

「上司」という存在は、ビジネスマンのメンタルに大きく影響するものの1つだ。上司から過剰なストレスを与えられた経験があったり、そういうケースを間近に見たことがあったりする人は多いだろう。産業精神科医の松崎一葉氏は、そんな上司の中でも、ある特徴を持った人たちを「クラッシャー上司」と名づけ、著書『 クラッシャー上司 』(PHP新書)で分析している。日本企業が抱える大問題「クラッシャー上司」の実態とは?

「善意」のつもりでパワハラを続ける上司たち

「クラッシャー上司」とは、「部下を精神的に潰しながら、どんどん出世していく人」のことです。私が多くの会社を見てきた経験では、一部上場企業の役員のうち数人はクラッシャー上司であることも少なくありません。

会社のメンタルヘルスの問題では「ブラック企業」が注目を集めていますが、クラッシャー上司はより根深い問題。なぜなら、クラッシャー上司は、自分に問題があるとは思っていないから。パワハラの研修を受けても、自分がしていることがパワハラだと気がつかないのです。

CASE 1 部下のつらさに鈍感な上司

A課長は、入社2年目のBに、少々厄介なクライアントからの難しい案件を任せた。Bが優秀だからこそ、期待を込めてのことだった。「お前ならやれるはず」「困ったらいつでも聞きに来い」と伝え、Bはそれまで以上に全力で働いた。

しかし、満を持して臨んだ中間審査で、Bはクライアントから「根本からなっていない」と完全なダメ出しを受けてしまった。調べてみると、クライアント側の担当者が変わっており、引継ぎがうまくできていないことが原因だとわかったが、そのことを説明してもクライアントは納得しない。

困ったBはA課長に相談した。すると、A課長は「向こうも悪いが、お前も悪い」「基本中の基本ができていないのだから、何を言われても致し方ない」と突き放した。

その翌日から、Bは連日、深夜まで残業し、土日もフルに働いた。そうしないと納期に間に合わないからだ。A課長は心配する言葉をかけるものの、それ以上に「納期変更は絶対に認めない」「信頼を失ったら大変なことになる」と叱咤することのほうが多かった。

疲れたBの手が止まると、A課長は「期待して任せたのに……」と溜め息をつき、「やっぱり無理かー」と天を仰ぐ。Bの残業にA課長もつきあうが、朝6時から夜2時頃までずっとつきっきりで、ミスをするとすぐに叱責する。昼食も夕食も一緒。Bの体重は2週間で4kg減った。

クライアントへの再度のプレゼンでも、数多くの部分でやり直しを命じられた。引き続き徹夜の日々となった。

それから1週間後、Bは出社できなくなった。総務担当者が自宅を訪問し、精神科産業医との面談をアレンジすることになった。

CASE 2 部下を褒められない上司

入社1年目から営業職で頭角を現わしたDは、戦力として期待されて、会社が最も力を入れている商品を扱う課に異動になった。

Dの上司になったC課長は、「俺には成功が見えている」と、難攻不落と言われるクライアントをDに任せた。そして、DはC課長の期待に応え、売上げを順調に伸ばした。

ところが、クライアントの担当者が変わったことで受注が激減。するとC課長は、それまで自由にさせていたDを、ミーティング中に容赦なく問い詰めた。Dは男泣きをしてしまった。

それでもDはクライアントへの改善提案を考え、自社商品の陳列スペースを拡大することに見事成功。するとC課長は、係長からの慰労会の提案も無視して、「次は○○店の対策だ。Dは来週までに提案書を作ること」と指示した。

Dは寝る間も惜しんで提案書を作った。ところが、C課長はそれを「話にならない」とダメ出し。さすがにDも感情を爆発させ、先輩たちになだめられた。

それからC課長はDをつきっきりで指導。成果を上げても「次だ!」を繰り返すだけで、褒めることはなかった。

半年ほど経つと、Dの顔から精気が消え、周囲と世間話をしなくなり、独り言をブツブツと言うようになった。仕事の単純ミスも増えた。

見かねた係長が倉庫で「ここなら話せるだろう」と声をかけると、Dは「出社がつらいんです」と話し始めた。

「課長も大変よく指導してくれて、恵まれた環境で働けています。でも、ふと、私は実は力がないんじゃないかと思ってしまいます。課長の手足になっているだけではないか、とも考えてしまいます。思考がおかしくなっているのだと思います」

その2日後、Dはいきなり辞表を提出し、退職した。

ここに挙げた2つの事例を読んでいただくとわかるように、クラッシャー上司は部下の成長に期待し、仕事を任せて、支援もします。これは善意からしていること。善意でしているのだから、パワハラのような「悪いこと」であるとは、夢にも思わないわけです。「自分は善であるという確信」が、クラッシャー上司の特徴の1つです。

そして、もう1つの特徴が、情緒的共感性が不足している、または欠如していることです。早朝から深夜までつきっきりで指導し、食事まで一緒に摂ることが、部下にとって精神的負担になっていることに気がつけない。また、クライアントにダメ出しをされて落ち込んだり、受注が増えて喜んだりする部下の気持ちに共感できないのです。

クラッシャー上司の下についた部下は、とくに新人だと、「まだ何も仕事ができないのだから、厳しい指導をされて当然。教育をしていただいているのだ」と思いがちです。しかも、日本の雇用は、欧米と違って、職務範囲が明確に決められているわけではないので、上司に「これをしろ」と言われたら「それは私の仕事ではありません」とは言いにくい。「接待に同席しろ」と言われたら、「自分にはそれくらいしかできないのだから」と従って、接待が終わってから残った仕事を片づける。そんなことを繰り返すうちに潰れてしまう人が多いのです。

部下を潰す上司は「未熟型うつ」と同じ

クラッシャー上司の精神構造は、実は「未熟型うつ」と同じです。未熟型うつの人は、根拠のない万能感を持っており、地道さがなく、内省することもなくて他罰的です。たとえば、「自分は本社にいれば活躍できる人間なのに、工場勤務をさせられている」と不満を持ちながら、地道に頑張って実績を積み、本社への異動を認めてもらおうという考えはなく、失敗は上司のせいにする。そして、「会社に行く気がしない」と休職する。マスコミが「新型うつ」と呼ぶタイプです。

クラッシャー上司も、確かに仕事ができるので根拠がまったくないわけではないにしても、万能感を持っています。だから、部下が成果を上げられないことが許せない。しかも、地道さがないので部下の成長を待てず、イライラして、他罰的なので部下を問い詰めてしまうのです。

クラッシャー上司と未熟型うつとの違いは、「仕事ができるか、できないか」だけだと言っていいでしょう。

クラッシャー上司を会社が放置する理由

クラッシャー上司は仕事ができるので、会社がクラッシャー上司に依存しやすいというのも、問題が根深くなる理由の1つです。周囲からパワハラの訴えが多少あっても、業績に悪影響が出るのではないかと懸念して、ポジションから外すのを会社が躊躇するのです。

しかし、クラッシャー上司が若手を潰しているような職場からは、イノベーションは生まれません。会社の競争力を高めるうえでも、クラッシャー上司は解決すべき問題なのです。

また、人間はストレスが過剰になるとパフォーマンスが下がります。社員のパフォーマンスを最大化するためには、社員にかかるストレスを適切にコントロールしなければならない。そのためにも、クラッシャー上司の存在は大問題です。

では、クラッシャー上司にはどう対処すればいいのか?

まずは、クラッシャー上司がなぜ暴れているのかを理解することです。そして、「器の小さい人間だから焦ってるんだな、気の毒に」と、少し「上から目線」で見てしまいましょう。

そのうえで、クラッシャー上司の言うことを上手に流すこと。さらに、周囲の人たちと被害者体験や感情をシェアして、被害者は自分だけではないことを知り、一緒になって応急的対策マニュアルを作るといいでしょう。

松崎一葉(まつざき・いちよう)筑波大学医学医療系産業精神医学・宇宙医学グループ教授
1960年、茨城県生まれ。89年、筑波大学大学院博士課程修了。医学博士。産業精神医学・宇宙航空精神医学が専門。官公庁、上場企業から中小企業まで、数多くの組織で精神科産業医として活躍。また、JAXA客員研究員として、宇宙飛行士の資格と長期閉鎖空間でのサポートについても研究している。「クラッシャー上司」の命名者の1人。主な著書に『会社で心を病むということ』(新潮文庫)、『もし部下がうつになったら』(ディスカヴァー携書)、『クラッシャー上司』(PHP新書)がある。(『 The 21 online 』2017年3月号より)

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