名越康文,大人の趣味
(写真=The 21 online/名越康文(精神科医))

「大人の趣味」を持つことで、仕事も人生も大きく変わる!

大人になってから「趣味」を見つけることはなぜ難しいのだろう。仕事中心の生活となり、いつの間にか忘れてしまった幼い頃の気持ちや感覚。それを思い出せれば、生活だけでなく仕事のうえでもよい影響を及ぼす。趣味の重要性とその見つけ方を、精神科医の名越康文氏にうかがった。

趣味と呼べるのは「没入感」のあるもの

「趣味」というと、どのようなイメージを思い浮かべるでしょうか。おそらく、「ちょっとした気晴らし」といった捉え方をしている人が多いのではないでしょうか。

しかし単なる気分転換では、趣味とは呼べないと私は思います。趣味とは、それをしている間、時間を忘れるような没入感を伴うもの。言い換えれば、没入できるくらい「好きなこと」です。それは、気晴らしをはるかに超えた効用を持ちます。とくにビジネスマンにとっては「不可欠」と言ってもいいほどの意味を持つものです。

ビジネスマンの役割は言うまでもなく、組織に属したり関わったりすることを通し、スキルを提供することです。協力態勢を組んで社会の役に立つ、それは非常に意義のあることです。

しかし、人生はそれだけで事足りるものではありません。個人として、好きなことに没頭する時間もまた必要です。

日々仕事をしていると、この視点を忘れがちです。とくに男性に多いのですが、自分のアイデンティティを「○○社に属している自分」「営業をしている自分」など、組織に属する存在としてのみ捉えてしまうのは危険なことです。

もちろん週末の休息は必要ですが、週末や休日はゴロゴロして何もしていない、という人は要注意。定年後、突然やることがなくなり、暇を持て余すことになりかねません。

定年を迎える前にも、危機はあります。組織での存在価値にふと疑問を覚えたり、やりがいを見失ったりすると、仕事人としての支柱を失い、「自分は何者なのか」といった、重大なアイデンティティ・クライシスに陥る可能性があるのです。

「好きだったこと」を思い出せますか?

定年前後、そうした危機に陥っている「夫」は数知れず。

そう、仕事以外に楽しみを見つけるのが、男性は女性よりも不得手なのです。もちろん個人差はありますが、基本的には、どんな環境にも対応して自分らしい生き方を見つける力が女性には備わっているものです。

とはいえ、男性ならではの強みもあります。それは前述の「没入感」。好きなことに向き合うときの集中力は、全般に男性のほうが上。女性の場合、さほど強い興味を持たないまま何かを始めてはすぐやめる、といった例が多々見られますが、男性はいったん好きになると高揚感のままに突っ走れます。そういう意味では、「好きなこと」を見つけてしまえばこちらのもの、と言えるでしょう。

問題は、それを見失っている、というより「覚えていない」人が多いこと。ほぼすべての人が、少年期・青年期までにそうした没入体験をしているのですが、社会人になってからそれを忘れてしまうのです。

ちなみに、私は子供の頃から歌が大好きで、将来の夢は歌手になることでした。2番目の夢は漫画家で、暇さえあれば漫画を描いていました。そして、3番目になりたかったのが医者。今の私は、「第3志望」を叶えたことになります。

第2志望の漫画家は、漫画の原作という仕事をしたことで間接的に叶えられました。

では1番の夢だった歌手はというと──それが、今の私の趣味です。年に1度はライブを行ない、月2回はボイストレーニングやレッスンに通っています。

つまり、自分に合った趣味を見つけるには、少年期に好きだったことをヒントにするのが一番の近道。小中高校時代、夢中になったことはなんだったでしょうか。写真でも、野球のカード集めでも、ガンダムのマニアックなキャラクターでもなんでもかまいません。「○○についてはアイツが一番」と一目置かれるようなことが、何かしらあったのではないでしょうか。

これは、いわゆる競争ではありません。学業成績やスポーツの試合のように、外から与えられた基準の中で一番を競う相対評価ではなく、自ら選んだ対象にどれだけ没頭したか、というきわめてパーソナルなもの。それは、企業人としての立場が競争原理のもとにあるのに対して、趣味の世界が個人の喜びに依拠していることと重なります。仕事が「勝負」なら、趣味は「愛」なのです。

趣味がない人にまずやってほしいこと

ところが、そうした愛着の対象を持たなかった人もいます。とくに、「しらけ世代」「新人類」と呼ばれた今の40~50代には多く見られます。この年代の人々はすぐ上の団塊世代を反面教師とし、「熱くなること=カッコ悪い」あるいは「もう別に新しくすることもない」という価値観を持ってしまった世代ともいえ、確固とした支柱がなく、何かを夢中で追う経験が少なかったということがあります。

しかしそんな世代でも、これからでも好きなことを見つけられます。それには、好きなものの「傾向」を考えること。スピードに身を任せること、静かに探究すること、季節感を肌で感じることなど……直観的に「好き」と感じるものを考えてみてください。

こうして「好きになれそうなこと」に当たりをつけて、探索をしてみましょう。スピード好きなら車に凝ってみる、研究肌なら歴史などの講座に行ってみる、季節感を味わいたいなら登山をするもよし、俳句を詠むもよし。いくつか試す中で、きっと「これだ」と思うものに出合えます。

苦痛を超えてこそ大きな喜びが得られる

ただし、出合ってすぐに熱中できるケースはほぼ皆無であることも心得ておきましょう。予備知識もスキルもゼロの状態で臨むのですから、最初は楽しみ方がわからないことのほうが多いのです。

逆に言えば、すぐに楽しめてしまうくらい簡単な趣味なら、飽きがくるのも早いに違いありません。人は、「苦痛を超えて手に入れる」ことにこそ、強い快感を覚えるものだからです。複雑なパズル、難解な芸術、激しいスポーツ──どんなジャンルであれ、苦しくストレスフルな段階を通り抜けることで、喜びが得られるのです。

ですから、すぐ辞めるのは禁物。まずは3カ月、黙ってトライしてみましょう。そう私が言うまでもなく、「ご縁」のある趣味というのは「ツラくてもなぜか続けてしまう」もの。その先で、あるとき突然楽しさがわかり、あとは夢中で突き進めます。

なお、「趣味に夢中になると仕事がおろそかになるのでは」という心配は無用です。仕事一色だった日々にメリハリがつくことで心が切り替わり、より業務への集中力が増します。さらに、「夢中になる感覚」「回復した直観力」は仕事にも活き、新しいアイデアも生まれてくるでしょう。

そして何より、「苦痛を超えて楽しむ」経験をしたことで、じっくり腰を据えて物事にあたる姿勢が身につきます。早々に投げ出さない粘り強さ、目先の利益ではなく長期的成果を見通す視点。趣味のある生活は、仕事人としての成長をも、もたらしてくれるものなのです。

名越康文(なこし・やすふみ)精神科医
1960年、奈良県生まれ。相愛大学、高野山大学客員教授。専門は思春期精神医学。近畿大学医学部卒業後、大阪府立中宮病院(現・大阪府立精神医療センター)精神科主任を経て、99年退職。引き続き臨床に携わる一方、テレビ・雑誌・ラジオなどのメディアで活動。近著『僕たちの居場所論』(角川新書)など著書多数。(取材・構成:林 加愛 写真撮影:まるやゆういち)(『 The 21 online 』2017年2月号より)

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