一流の「メンタルコントロール術」

営業職として輝かしい実績を挙げ、現在は「営業部女子課」の代表としてリーダーシップを発揮する太田彩子氏。ときに理不尽なことや逆境もあったこれまでの道のりを、心折れることなく歩んでこられた秘訣は何か。「視点を変えること」でメンタルを健全に保つ、太田氏のセルフコントロール術をうかがった。

太田彩子,メンタルコントロール術
(写真=The 21 online/太田彩子(営業部女子課の会代表理事))

目先の「小さな負け」に一喜一憂しない

リクルート時代は敏腕営業として数々の賞を受賞、独立後は女性のキャリア支援の分野で活躍を続ける太田彩子氏。常に成果を出し続けてきた太田氏だが、その過程では逆境も数多く経験し、精神的に消耗したこともあった、と振り返る。

「営業職は皆、顧客との関係で常に神経を使い、社内でも人間関係に悩まされがちです。とくに若い間は、会社の理不尽さに悔しい思いもしました」

その理不尽さを乗り越えるべく実践したのは、物事の「捉え方」を変える工夫だった。なかでも、目的を達成する過程で「小さな負け」をいちいち気にせず「大きな勝ち」を取りにいくという視点は、非常に有意義だったという。

「会社から、『新しい提案を出してほしい』と言われたにもかかわらず、会議で自分のアイデアを叩かれたことがあります。せっかく提案したのに……と悔しい思いをしました。

ただ、冷静に考えてみると、最終的なゴールは『自分の企画を実現すること』です。であれば、小さな失敗は気にせず、より良いものにするために他者からのダメ出しにも耳を傾けようと、気持ちを切り替えることができました」

その視点は、長いスパンで物事を捉える姿勢にもつながったという。

「足しげく訪問していた顧客との契約を他社に持っていかれる、という経験をしたときもそうでした。その時点では悔しかったのですが、その後、その顧客企業の担当者がさらに高いポジションに移られたとき、はるかに大きな仕事を任せてくださったのです。すぐに良い結果が出なくても嘆く必要はない、と感じた出来事でした」

太田氏の経験の中で、こうした例は枚挙にいとまがない。

「取ってくるのは少額の契約ばかりで肩身が狭い、という時期もありました。でも実は、お客様の数は同僚の誰よりも多かったのです。そのお客様たちとの関係を続けるうちに、担当先だった会社がどんどん拡大していって、最終的には取引当初の百倍もの売上金額につながったこともあります。もしも、私が早々に意気消沈していれば、この結果はなかったでしょう。目先の『小さな負け』に落胆せず、『最後に勝つ』ことを見据えていれば、感情は揺らがないものです」

「変えられない現実」について悩むのは無駄

視点の転換に加え、「MUST思考」=「こうでなくてはならない」という考え方を捨てることが重要だともいう。太田氏はとある企業の取締役を務めていた頃、それを痛感したという。

「当時の私は『経営者たるもの、こうでなければ』という思いにとらわれすぎていました。力の抜きどころも考えず自分の健康管理もそっちのけ。自分で自分の首を絞めて精神状態はボロボロ、身体を壊して倒れるに至って、ようやく我に返りました」

自分自身に対してのみならず、周囲の環境に対しても「MUST思考」を緩めることで、無駄な怒りも抑えられる。

「仕事をしていると、理不尽な出来事には絶えず遭遇するもの。『自分は地道に頑張っているのに、同僚は上司にゴマをすって楽な仕事をさせてもらっている』といった場面もありますね。そのとき『間違っている!』と思うのはしょうがない。けれどそれでは幸せになれません。自分で変えられない現実は現実として受け止め、『あんなやり方をしても成長できないだろうな』とでも考えておけばいいのです」

自分で変えられない現実について悩むことは、平静さを阻む元凶だ、と太田氏は指摘する。

「自分で変えられないものの代表格が『他者』です。上司や部下に対して不満や怒りを募らせても、相手を変えることは不可能。それよりも、自分の力で変えられることだけにフォーカスすることが大事です。たとえば、現実の捉え方は変えることができるはずです」

とはいえ、私たちは自分で変えられないことばかりに目が行きがちだ。

「変えられる部分に注目するためには、この現実を乗り越えた先に、自分がどうなっていたいのかを考えることが大切です。そこで、私が実践しているのは、未来の視点から現在の自分を眺めること。自分を客観視するのです。そして、怒りや悲しみに悶もだえている現在の自分に対し、その難局を乗り越えた未来の自分は、なんと声をかけてくるだろうかと想像してみます。

未来の自分から『あの失敗でこう成長できた』『この逆境にはこういう意味がある』などというメッセージをもらえれば、現在の出来事に対する捉え方も変わってくるはずです」

言葉の使い方ひとつで物事の捉え方が変わる

物事を良く捉えるには、「使う言葉を選ぶ」ことも有効だ。

「たとえば『撤退する』という言葉をそのまま使うとマイナスのイメージがありますね。しかしその判断が本当に適切だと思うなら、『進まない決断をする』という言い方もできます。私は趣味の登山で時折この言葉を使います。これ以上進めない悪天候などの場面で、諦めるのが嫌だからといって前進すると、命にかかわります。ポジティブな表現は、冷静な判断を下す知恵でもあるのです」

周囲の人に対する感情も、言葉の表現によってコントロールしやすくなるという。

「『あの人は細かいことまでうるさい』ではなく『用意周到で慎重だ』なら、好意的な感情に転換できます。逆に、相手に与える印象を変えたいときも同じ。アポイントを取るとき『お忙しいところ申し訳ありません』より、『お時間いただいてありがとうございます』のほうが、相手も明るい気持ちで対面を迎えられますよね」

さらには書き言葉も、工夫ひとつで感情の整理につなげることができる。

「昔、上司への報告文が『事実と感想がゴチャ混ぜだ』と言われ、以来両者を分けて書くよう意識しました。すると、自分の中で事実関係がクリアになり、感情を整理できたのです。『こう感じていたが、こうも解釈できる』といった分析ができるようになりました。事実と感情を分けて言語化すること、これも感情コントロールに欠かせない術と言えるでしょう」

太田彩子(おおた・あやこ)営業部女子課の会代表理事
1975年、東京都生まれ。早稲田大学法学部卒業後、リクルート入社。クーポンマガジン『Hot Pepper』営業担当者として数々の賞を受賞。その後、独立し、働く女性の支援・育成に取り組む。14年、株式会社CDG取締役に就任。(一社)営業部女子課の会代表理事も務める。『売れる女性の営業力』(日本実業出版社)など著書多数。(取材・構成:林加愛 写真撮影:永井浩)(『 The 21 online 』2017年3月号より)

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