元ラグビー日本代表メンタルコーチが伝授!

荒木香織,メンタルコーチ,最高のパフォーマンス
(写真=The 21 online/荒木香織(園田学園女子大学人間健康学部教授))

常に成果を求められる中間管理職にとって、プレッシャーはつきもの。「失敗できない」という思いから、仕事で良いパフォーマンスができずに悩む方も少なくないだろう。どうすれば、仕事に集中し、最高の結果を出せるのだろうか。元ラグビー日本代表メンタルコーチの荒木香織氏に「最高のパフォーマンスを引き出すメンタル」について話をうかがった。

プレッシャーの正体は、実力と期待の「落差」

2015年に盛り上がった日本ラグビーの牽引力となったのは、なんと言っても五郎丸歩選手だろう。ゴールキックの前に行なう独特の動作「プレ・パフォーマンス・ルーティン」も注目を集めた。これは、五郎丸選手のコンサルテーションを任された荒木さんが提案したのがきっかけで生まれたものである。

「ただ、あれは数秒後に成果を出さねばならない状況で雑念を取り払い、ルーティンの動作そのものに集中し、キックの準備につなげます。一般のビジネスシーンで、同じような場面はあまりないかもしれませんね」

上司や取引先へのプレゼン、あるいは売上げ目標達成などの際に生じるビジネス上のプレッシャーについては、また別の解決方法がある。ただその前に荒木氏は、まずプレッシャーの正体について考えることが大切だと言う。

「みなさん、よくプレッシャーという言葉を口にしますが、『何についてのプレッシャーですか』と聞くと、『そういえば、何かなあ』と具体的な答えは返ってきません。プレッシャーとは自分で作り出すものです。実力以上の結果を周囲から期待されていると受け止めたり、実力以上の結果を出そうと気負ったときの、実力と期待の『落差』をプレッシャーと呼んでいるだけなのです」

徹底した準備が強いメンタルを作り出す

荒木氏自身、陸上競技の短距離選手として、大きな大会で実力を出し切れずに苦しんだこともあったのだという。荒木氏はプレッシャーを解消するには、「自分でコントロールできることだけに集中すべき」だと指摘する。

「周囲の期待はコントロールできませんが、期待の受け止め方はコントロールできるはず。今まで培ってきたことを全力で出し切るチャンスだと捉えればプレッシャーにはなりません。

また、自分でコントロールできない結果を気にするより、コントロールできる準備に集中することも大切です。『失敗したら』『期待に応えられなかったら』と結果ばかり気にしていると、実際にうまくいくよう計画を立てることも、それを実行することもできません。

本来、計画を立てて行動に移していれば、必ずそれに沿った結果が出てくるはず。とくに、スポーツではない分野はその差が顕著に現われます。ビジネスシーンはスポーツと違って、天候や風向き、相手のコンディションといった環境に影響を受けにくいからです」

そう考えると、スポーツの世界で一流と呼ばれる人のメンタルは相当強いのではないかと思いがちだ。だが、数々の一流アスリートと接してきた荒木氏の見解は異なる。

「メンタルが強い人とは、想定外のアクシデントが起きたとき、動じない人ではありません。不安材料を事前に徹底的に洗い出し、準備段階でそれを潰していく人です。だからこそ『どうしよう』と途方に暮れるような場面が減る。すなわち、何事にも対応できるメンタルが手に入るのです。

そもそも、想定外が起きること自体、準備が甘いということでもあります。自分のメンタルが弱いという自覚があるなら、想定外が起きないよう、あらゆる準備をして臨めばいいのです。そうすれば、過度の緊張や不安に苛さいなまれることはありません」

その最たる例が、2015年のラグビーワールドカップで日本が優勝候補の南アフリカに勝利した一戦だったという。

「対戦が決まった一年前から、ラグビー日本代表のエディ・ジョーンズヘッドコーチは南アフリカチームの情報を徹底的に収集、分析し、選手たちとともに戦略と戦術を練ってきました。そして『タックルしたら、すぐに全力で戻ってラインに参加する』など、あらゆる状況を想定して繰り返し練習をしてきました。さらに、試合前日には選手全員でスパイクを磨く、君が代の練習をするなどチームとしての準備を怠りませんでした」

だからこそ、強敵相手にも落ちついて堂々とした試合運びができた。想定外の可能性を極力減らし、対処法を用意しておくことが、ブレない心を作る近道だと言えるだろう。

適切なフィードバックが部下のメンタルを支える

また、チームを預かる中間管理職としては、自分だけでなく部下のメンタルも気にする必要が出てくる。とはいえ、部下の思わぬミスに、怒りや脱力感を味わった人も少なくないはずだ。「あれほど言っておいたのに」と。しかし、荒木氏は「部下のミスは自分のミスとして受けとめるべき」と話す。

「部下がミスをしたということは、『何のためにこの仕事をするのか』という目的や情報を共有し切れていなかったということ。それは上司の責任です。

私は今、大学で教えていますが、学生との関係も同じです。とんでもないレポートを提出してくることがあります。そんなとき、自分が何を求めているかを伝え切れていなかったことを反省して、伝え直します。

むしろ、できない部下に苛立つのではなく、そう育ててしまった自分の指導力やリーダーシップを見直すべきです」

部下がミスをしたときには、ただ叱るだけではなく、具体的な方法をアドバイスすることが大切だ。また、リーダーにとって、褒めることも欠かすことができない。これが非常にうまかったのが、エディ・ジョーンズヘッドコーチだったという。

「彼は選手に厳しい指摘もしていましたが、良いプレーをすると『いいよ、上手』『グッド・ジョブ』とすかさず、そして的確に褒めていました。それだけ選手一人ひとりに興味を持って接していたということです。小さな変化に対して少しでもコメントすることで、選手は『あの動きでいいんだ』『評価してくれている』と小さな自信を積み重ねていくことができたのです」

ビジネスシーンも同様、部下へ何らかの形でフィードバックをしないのは、リーダーとして失格だと荒木氏は指摘する。

「最近は部下のフルネームを言えない上司が増えているようです。エディさんは選手と自分の息子のように愛情をもって接していました。だから選手は叱られて悔し涙を流しても、エディさんを信頼していたんです」自分の能力を全力で発揮できる環境が大事

もう1つ、我々が陥りがちな問題として「人と比べてしまう」というものがある。荒木氏も「人と比べてもあまり良いことはない」と指摘する。

「人と比べるくらいなら過去の自分と比べ、今どれだけできているか、できていないか、変化できているのかを考えるほうが健康的です。他人と比べるクセを止めるのが、会社の中でも必要なメンタルスキルの1つかもしれません」

しかし、それでももうにっちもさっちもいかない、という状況になったら、どうするか。荒木氏は「自己犠牲の発想を捨てよ」と指摘する。

「日本人は『頑張れば必ず結果が出る』と思い込みすぎている気もします。でも、その思い込みを一度外して『こんなもんだ』と思えるかどうかが大事だと思います。

そして、この場では自分の能力を発揮できないとわかったら、違う環境へと自分を移す勇気も必要です。私もこれまでの人生で何度か経験しました。逃げたと思う人もいるでしょう。

でも心と身体の健康を守ることのほうが大事です。日本では自己犠牲をしてまで成果を出すことが美徳のように言われますが、それは違います。健全に自分の能力を全力で発揮できる環境が大事なのです」

荒木香織(あらき・かおり)
園田学園女子大学人間健康学部教授 博士(スポーツ科学)Ph.D
1973年生まれ。メンタルトレーニングコンサルタントとして、アメリカでスポーツ心理学を学び修士、博士課程を修了。2012年から3年間、ラグビー日本代表のメンタルコーチを務めた。著書に『ラグビー日本代表を変えた「心の鍛え方」』(講談社+α新書)がある。(取材・構成:社納葉子 写真撮影:松村志奈)(『 The 21 online 』2017年3月号より)

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