退職後,資産運用
(写真=PIXTA)

セカンドライフという言葉がよく使われる。主に現役で仕事をしてきた人たちが、退職を機に年金生活に入ることで、収支の変化による生活設計の大幅な見直しを迫られることから、退職前後を区分する意味で、退職後の人生が「セカンドライフ」と呼称されている。

このセカンドライフにおいては、フルタイムの仕事の中では取り組めなかった趣味や娯楽、家族サービスを実現できる一方、大きな障害が待ち構えてもいる。それは前述の年金生活に突入することによる「預金取り崩し生活」の到来のことだ。年収の減少は家計をひっ迫させ、ひいてはストック財産の取り崩しに帰結する。

この収支バランスの崩れに由来する「預金取り崩し生活」を解消する有力な方法はただ一つ。それは、不足する収入を補うための手段を得ること、すなわち資産運用に他ならない。


「預金取り崩し生活」の虚実

このような話は、一度くらいは耳にしたことがあるだろう。

退職者であればなおさら、それこそ銀行窓口で、若い店頭職員から朗々と聞かされているかもしれない。事実、銀行の現場では「退職金やそれまで貯めたお金を運用しましょう」という退職後の資産運用の論拠の一つになっている。

感覚的な話として、現役世代の収入や退職後の年金収入は、年々減少しているように感じている人は多いのではないだろうか。

実態をつかむ手がかりとして、国税庁発表の平成27年分民間給与実態統計調査結果を引用する。統計によれば、平成17年度に平均436万円だった年収額が平成27年度には420万円と減少しており、単純計算ではあるが、10年前に比べ年16万円が減少している。なお、直近20年間でのピークは平成9年の467万円で、そこから比べると年47万円減少しており、月換算では毎月4万円程度が減少した計算となる。

上記は給与所得者に限定した統計だが、平成27年度の給与所得者数が5,646万人で、日本の15歳以上64歳未満の人口が約7650万人であることを踏まえると、傾向として大きく外れることはないだろう。その前提では、収入の減少=預金取り崩し、というシナリオは信憑性の高いように思える。

一方で、実際に金融の現場において顧客の懐事情を見てみると、必ずしも「預金取り崩し生活」には陥ってはいない。むしろ高齢者層の中には、「退職直後よりも預金額が増えている」という逆転現象を起こしている人すら存在する。

顧客の家計実態は、各金融機関の「客質」によっても異なるため、金融業界の統一見解ということではないが、一方で、著者の現場感覚のみならず、統計上でも一定の裏付けが存在する話だ。

総務省統計の平成27年家計調査報告(貯蓄・負債編)によれば、2人以上世帯における貯蓄額は、平成17年で平均1692万円であるところ、平成27年では1805万円となっており、単純計算で113万円も増加している。中央値で比較しても、同期間で32万円増加している。貯蓄額は年々減少していると、感覚的にとらえている人からすれば、これは意外な結果かもしれない。

この状況は何を意味するのだろうか。著者の推測も含まれるが、「収入が少ないのならば、節約してその収入に見合った生活をすればよい」と考え、行動する人の多いためだろう。

一般に、退職後に収入の減少する人は多く、結果的に年金支給開始までを無職・預金取り崩しで凌ぐ例もあるだろうが、現実には退職後に再雇用される人がそれ以上に多く、また、最近では夫婦共働きも増えているため、必ずしも銀行窓口で語られるほどの悲惨な「預金取り崩し生活」は訪れてはいない。(勿論、「預金取り崩し生活」を避けるために、贅沢を抑え、節約生活をしていることの良し悪しについては、また別問題として存在しているが)

セカンドライフからの資産運用3つのつまずき

最近では顧客の方から「退職を機に投資を始めたい」という相談を受けることが増えている。将来への不安が彼らを駆り立てていることは、話していて強く伝わってくる。それでも、以下の内容に当てはまる人に対しては、そのはやる気持ちを抑え、冷静になるよう促している。「退職金で運用したい」という人は特に、だ。

(1)これまで投資をしたことがない
(2)貯蓄に乏しく金融資産の大半が退職金である
(3)そもそも退職後の家計が黒字か赤字か知らない

(1)と(2)については、相当割合で存在する顧客の例だ。両方を兼ねている人も大変多い。これ自体を悪いこととは言わないが、そもそも退職金がそれまでの勤労に対する慰労金的側面や老後の生活資金原資であることを考えると、少なくとも投資スタートを虎の子の退職金で挑むのは無理がある。それは、預金以外の運用商品は必ず大小のリスクが存在するためだ。

例えば安全資産の一つと言われる国債でさえ、一定期間の解約制限(損得以前に現金化できない)がある上、そもそも元本保証ではない。近年、投資家の裾野が広がっている株式、投資信託についても、銘柄や商品によってリスク・リターンは異なるが、運用成果が確約されない以上、「いつでも元本以上で解約できる」とは言えない。運用商品の種類にかかわらず、最終的に解約・換金に関するリスクが問題になるのだ。

つまり、(1)は、一般的に上記の知識や感覚が備わっていない点が問題であるし、(2)は、リスク資産比率の高さゆえに特に流動性リスクが問題となる。

市中銀行がよく提案する「退職金を全額資産運用する」という発想は、バブル崩壊前に年7%を超える定期預金が存在したころに定説化した話である。預金ではなく投資によって資産形成することを余儀なくされるゼロ金利状況下では前提が異なるのだから、バブル期の「諸先輩方のモデル」にならうのは不可能だ。

投資に相応しい資金とは生活に使わない余裕資金であるため、退職金が生活資金の原資であるならば、投資からは最も遠い資金となるだろう。

(3)については、これも実際に多くみられる例で、「家のことは母ちゃんに任せている」という発言を平気でする人に限って、思い切りよく退職金で資産運用を開始し、そして景気よく損失を出している。これは結局のところ、目的意識が希薄であることに由来している。

もしも、家計が預金取り崩しによる赤字状態である(もしくは想定される)のならば、少なくともどの程度資産が増えれば取り崩しが緩和するのか、等の目的があってしかるべきだ。そして、目的に合わせた金額範囲で資産運用するのであれば、必ずしも退職金全額でそれを成さなければいけない、という理屈にはならないだろう。また、仮に家計が黒字なのであれば、そもそも資産運用自体の意義をどこに求めるのか、という根本的な話になる。趣味的に資産運用するのであれば、それなりの金額に留めるべきだろう。

セカンドライフまでの資産運用

結局のところ、老後資金は老後を迎えるまでに用意しないと無理が出るということだ。教育費や住宅ローンなど資産形成の重しになる要素は多々あるが、それらを理由に資産運用を後回しにすると、老後に大きなツケが回ってくるのが現代日本の実情だ。

老後の生活基盤となる年金制度はあまりにも脆弱で、国に老後の生活をまかなってもらうことが不可能である以上、資産運用自体は避けられない。しかし、それはセカンドライフから資産運用する、ということとイコールではないのだ。

例示すると、「夏休みの宿題を夏休み最終日にこなすことに意味があるのか」という問いに対する答えに似ている。夏休みをじっくり使って少しずつ課題をこなせば無理も出ないところを、最終日にまとめてやろうとするから内容は荒くなるし、無理も出る。

資産運用も同様で、長期的な運用期間を持ってすれば、金額が少額だとしても、資産形成を図ることは無理なく可能なのに、老後を迎えてから慌てて資金を増やそうとするから、大金による極端に高いリスクでの投資を余儀なくされ、あげく大きな損失を被ることになるのだ。

例えば、毎月1万円の貯蓄を新社会人23歳以降、退職65歳まで継続したとするならば、無利子運用でも合計は504万円となる。積立ばかりが運用手段ではないが、セカンドライフからの資産運用で、同じ金額の運用益を上げようと試みるよりも、明らかに実現性の高いことが分かるはずだ。もしも、現役のビジネスパーソンで、未だ資産運用を始めていないという人がいるならば、始めるならば将来ではなく、今だ。

「貯蓄から投資へ」という言葉は、多くの意味と矛盾をはらんだ言葉であるが、少なくとも、退職金の過半を用いてセカンドライフから投資を始める、ということでは決してない。その意味で、セカンドライフ到来前の資産運用は特に有益であるが、実際に良くある「退職を機に始める投資行動」はその多くが無益である、と言えるだろう。(企業FP 柴田直人)

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