「下流老人」や「老後貧乏」等々、老後生活に対する不安を煽る言葉をよく耳にするようになった。老後資金がいくら必要なのかを調べてみても、「1億円」とあったり、「3000万円」とあったりで、数字が独り歩きして何が正しいのかわからない。結局、自分はいくらお金があれば安心できるのだろうか、老後不安はどうやったら払拭できるのだろうか。

そこで、豊かな定年後を送るために現役時代から準備すべきことを解説した共著『 定年男子 定年女子 45歳から始める「金持ち老後」入門! 』-(著者:大江英樹氏井戸美枝 発刊:日経BP社)の著者、オフィス・リベルタス代表の大江英樹氏に話を伺った。大江氏は大手証券会社を定年退職後、経済コラムニストとして活動しているお金のプロだ。
(インタビュー・構成:押田 裕太)

老後は「月8万円」で暮らせる! 定年時の預金は150万円しか無かった

老後不安,大江英樹
(画像=ZUU online編集部)

──書籍刊行後、読者からはどのような声がありましたか?

みなさん、やっぱり具体的な数字への関心が高かったみたいで、「月8万円で本当に大丈夫なんですか?」 といった質問や、「すごく気が楽になりました」っていうお声を多くいただきました。あとは、「(老後も働くことで)老後自体を無くす考えに対して目からウロコだった」というお声もありましたね。

──月8万円、確かに思っていたより大分少ない印象ですね。

生活の仕方によるので絶対に月8万円が正しいとは言えませんが、総務省の家計調査によると、男性65歳、女性60歳以上の夫婦二人の高齢者世帯の場合、年金を中心とした平均収入と、支出を差し引きすると「マイナス6万円」という数字がでてきます。ということは、足らない6万円分を退職金などの蓄えを取り崩して使っていることになりますよね。年間72万円ですが、月1回はどこかにご飯を食べに行きたいとか、数ヶ月に1回は旅行に行ったりしたいということで、ぴったりではなくちょっと余裕をもって月8万円と設定しているわけです。

月8万円ということは、年間で96万円、大体100万円です。ということは、仮に60歳から90歳まで生きたとしたら、30年間ですから、3000万が必要になってくるということが分かります。

3000万円あれば大丈夫とかよく言いますが、この辺りが数字の根拠になっているのでしょう。ただ、もっと贅沢な生活をしたければもっと必要だし、もっと質素な生活であればもっと少なくてもすむので、一概には言えません。一概には言えないが、平均的に見ればこんなことですよね、っていうことです。

要は60歳までに3000万円貯めなくてはいけないと考えるのではなく、60歳から年間100万円、月に8万円稼ごうよと考えたら、別になくても大丈夫でしょ? ということが伝えたいことです。しかもそれは夫婦2人で8万円稼げばいいわけです。旦那さん5万円、奥さん3万円でもいいわけです。3万円だったらアルバイトでも十分ですよね。つまりそれほどハードルは高くありません。

もっと言うと支出の見直しをするだけでも8万円は簡単に捻出できます。たとえば、今日本の一世帯あたりの生命保険加入額は年間38万5000円くらいと言われています。ということは、月に3万円ちょっと、これをやめれば3万円浮きます。60歳以降に生命保険ってそんなに必要ですか?という話です。

もちろん相続税対策として保険に入るのはありだけど、普通は相続税を心配しなくてはいけないほど資産を持ってはいないでしょうから、奥さんに相続すれば税金はほとんどかかりません。基本的に生命保険はあまり必要ありませんから、その掛金を生活費に回せばいいのです。そういうことから、8万円というのは納得性のある数字かなと思います。

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老後不安の最大の要因は「分かっていないこと」にある 「入」と「出」の把握から

──退職時点で預金が150万円しかなかったそうですね。それでも大丈夫だったのはどうしてでしょうか?

預金が150万円しかなかったのは本当の話です。ただ150万円はあくまでも預金の話なので株は持っていましたが、そんなにいっぱい持っていたわけではなく、150万円ちょっとでした。

私が意識していたのは、60歳から後の「入」と「出」をきちんと把握することです。定年前から家計簿をつけ、だいたい月にどれくらいの支出というのは分かっていましたし、私自身が年金の仕事をやっていたこともあり、公的年金がいくら、企業年金がいくら、あと退職金がいくらってことは、自分できちっと計算して把握していました。向こう20年間くらいの自分の入りと出の把握していたことが良かったです。

たとえば私が60歳で死んだらどうなるか、65歳で死んだらどうなるか、70歳だったらどうなるか、残された家族がやっていけるのか、といったことも全部シュミレーションしました。それぞれどれだけ残るのか、遺族年金がどれくらい残るのか、と見ていった時に、まあ大丈夫だよねってことになり、それなら好きなことをやろうということで起業するってことになりました。

みなさん「不安だ、不安だ」と言いますが、最大の原因は「よく分かっていない」ことです。不安と言っている人に、「あなた、年金はいくらもらえるか分かりますか?」って聞いても分からないという。「じゃあ、なんで不安なのですか?」って聞いても、良くわからないけど不安だという。だからまずは自分の収支をきちんと把握するということが大事なことです。

定年後を意識した「50歳からの働き方」 大事なのは人との接点

──冒頭、定年後も働くことに対して目からウロコだったとの声が読者からあったとのことで。働くのはイヤだとか、やっと解放できる、仕事をそんなふうに捉えている方も多いのではないでしょうか。

そうそう。個人投資家の方たちとの会合で、なぜ投資をしているのですか? という質問に対する返事として多い答えが、「ひと財産作って早期リタイアをしたい。スキーをやったり、ヨット乗ったり、いろいろ楽しいことをやるんだ」といった類のものです。

ただ、私に言わせたら早期リタイアして何をするの? という話です。楽しいかもしれないけど、毎日やって楽しいの? それって、今嫌な上司にこづきまわされて、本当に嫌な仕事をずっとやっていて、そして土曜日に行く、あるいは待ちに待った夏休みに1週間沖縄に行いって海に潜るから楽しいわけでしょ? じゃあずっと潜ってなさいよって言ったら、それ楽しいですか? という話です。

──たまにあるご褒美だから楽しいと……

その通りです。やっぱりみんな、働くのは苦行って意識をすごく持っているように感じるし、それはわかる。私もずっと60歳までは苦行でしたし、日曜日の夕方になると気分が憂鬱になるというのは同じでしたから。証券会社に勤めていた当時、公募投信の締め切りが近づいているときなんかは本当にうっとうしかったですよね。そういうことはありましたが、自分で好きなように働くということを始めたら、こんなに楽しいことはない、と変わってきます。だから、ちょっと働き方を考えてみませんかって話です。

──なるほど。現役時と違って定年後は自分がやりたいことをやれば良いということですね。ただ定年退職して、いきなり何か好きなことをして良いと言われても困りませんか?

そうです、そもそも無理なことです。私も実を言うと、定年のちょっと前くらいのときには起業なんて考えてなかったです。定年の頃から何をやったらいいかな、どうしたらいいかなって考え始めました。ただ、それはあくまで私の経験ですから、みなさん全員がそうだとは思いません。だから私は会社員の方であれば、50歳を過ぎたら60歳からの人生や働き方を、少しずつ考えていったほうが良いと提案しています。

60歳からの働き方と一口に言ってもいろいろあります。再雇用や転職、自営業など、どんな方法でも別にかまいませんが、一番大切なことはどんな方法にせよ、人脈を作っておくということです。これが一番大切なことだと思います。人とのつながりがあらゆる面で仕事にプラスになってくる。自営でやるっていうのは、何から何まですべてのリスクを自分で負わないといけないってことですから、これはけっこう大変ですが、人一倍おもしろいです。大変なことをやるのが嫌だなって人は再雇用や転職もありです。ただ転職の場合には、自分の持っている能力や、自分の得意分野を買われて行くというのでないと、おもしろくないですよね。

──大江さんの場合、現役時に確定拠出年金の部署にいた経験や知識、人脈が今のカタチでの起業に繋がったということでしょうか?

いえ、実はそうではないんですよ。私は確定拠出年金の仕事を10年やっていたし、業界でもそれなりに知り合いがいっぱいいましたから、この仕事をずっとやっていけば、仕事になるかなと思ったわけですよ。実際、私は定年退職するときに確定拠出年金や投資教育の仕事をしたいと思っていました。退職前に取引先の企業を回って会社を辞めることを伝えていくと、退職後について聞かれるわけです。それに対して、事務所を設立して、ひとりで確定拠出年金の投資教育をやろうと思っています、といった具合に答えると、「あ、それはいいですね。だって、もう野村證券さん辞めるわけでしょ? そしたら完全に中立的な立場でできるじゃないですか。それはすばらしいと思いますよ。うちもぜひこれからさんにお願いしますわ」とみんな言うんですよね。

で、あれから5年が経ちますが、今日に至るまで、1件も依頼はありません。そんなもんなんですよ。結局、自分自身がこういうことをしたいと思っていても、そのとおりのことができるかどうかはわからないですね。

でもほかのところから、たとえば僕がまったくビジネスにしようなんて、これっぽっちも思ってなかった趣味で勉強していた行動経済学の話を、たまたま何かの飲み会で少ししゃべったら、それがウケて、講師としてセミナーにお招き頂いたんですよ。たまたま、そのセミナーに来ていた人の中に某出版社の取締役がいて。それが、『その損の9割は避けられる』という本の出版に繋がったわけです。

だから、何が仕事になるかは分からない。自分が想定していたものとは違うことも十分あり得るんですよ。自分の能力の棚卸しをしなさいってよく言いますが、そんなもんできるわけがない。だって自分で自分の能力を正確にわかっている人なんて誰もいませんから。では、どうすればいいかって言ったら、自分の能力は他人が棚卸ししてくれるんです。

私の場合、確定拠出年金は自分でやろうと思っていたけど、全然商売になりませんでした。行動経済学、それいいね、と言われてこんなものが商売になるの? ビジネスになるのかな? ってやり始めたらけっこうウケた。これで本を出した、今度はその本も売れた。これはいいなってことで、次から次へ、という流れです。

そうこうしているうちに、それなら、自分で起業した、シニアの人たちの働き方みたいなことを、自分の体験を基にすればいいんじゃないかってことで、今度はこういう定年退職ものにいったわけですね。当初想定していた仕事とは違いましたが、それもこれもやっぱり、人との接点があったからです。

現役サラリーマンが定年後に起業するリスクは少ない

(画像=Webサイトより、クリックすると外部に飛びます)
(画像=Webサイトより、クリックすると外部に飛びます)

──老後に向けて人との接点を意識することが重要だということですね。

私は60歳になってから半年だけ再雇用の経験がありますが、とにかく60歳からは、一切会社の人間とは付き合わないと決めていました。50代の方にもそういうことを勧めていまして、50歳を過ぎたら、会社の人間と付き合っちゃだめよと。もちろん昼間は仕事ですけど、終わったあとは失礼します、って出ていったらできるだけほかの人たちと付き合う。

若いうちはいいんですよ。若いうちは上司のゴミ箱になればいいんです。要するに、上司の嫌な仕事を全部引き受けるゴミ箱になるんですよ。そのことが実はものすごく自分の仕事の汎用性を高めていくことになる。でも年をとったら、ゴミ箱はもうだめです。ゴミはもう拒否する。できるだけ自分の器を作っていく。会社以外の人とのネットワークを作るということですよね。

──老後に起業を選択するというのはずいぶんチャレンジングですね。

はっきり言って60歳で起業すればリスクは少ないのです。若くして起業する場合は、ちょっとリスクがありますけどね。なにしろ、仕事がなければ食べていくことはできませんから、プレッシャーもきついし、それなりにリスクを背負って無理しなけりゃいけない場合もある。だけど会社員で定年まで勤めた人は厚生年金があるので、仮に仕事がなくても少なくとも最低限食べ行くことだけはできます。定年後に働く場合、うまくいかなければ元の年金生活者に戻ればいいというぐらいの割り切りを持てばいいのです。

私は若いうちに起業するのは、それはそれで素晴らしいことだし、大いにやったら良いと思います。自分自身が若い頃に起業した経験がありませんから、それはなんとも言えませんが、少なくとも60歳からの起業というのは、そんなに心配するものじゃないので、私は大いにやりなさいと言っているわけです。

──会社員が老後に起業するほうが、リスクは低いということですね。

リスクは少ないですね。ただ、これをやると絶対リスクが高くなるっていうのが何かと言うと、借金ですね。借金、それと規模の拡大。これは絶対だめです。非常に事業意欲が強くて、これから拡大していこうという気概を本気で持っているならそれでいいですけど、私なんか全然そんな気はないので。自分のやりたいことをやりたいから起業しただけなので、そんな余計なリスクは負いたくない。

借金と規模の拡大、つまり無理をするのは絶対禁物だということです。

プロフィール
大江英樹 オフィス・リベルタス代表
経済コラムニスト。大手証券会社を定年退職後、オフィス・リベルタスを設立。行動経済学、資産運用、企業年金、シニア層向けライフプラン等をテーマとし、執筆やセミナーを行う。

後編 につづく

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