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──老後不安を払拭する最強の解決方が「老後も働く」ということはわかりました。ただ、そうは言っても身体が心配とかで、少しは貯めて備えたいという人もいると思います。計画的に貯める、殖やすにはどうすればよいでしょうか。
まず人間は本質的に貯蓄ができません。これは脳の働きなので仕方がないこと。行動経済学のコトバでいう双曲割引というもので、どんな人でも、たとえば1年後の自分のスリムな姿を思い浮かべてダイエットにいそしむか、目の前のおいしいショートケーキのどちらを選ぶかでいったら、ほとんどの人は目の前のショートケーキに手がいってしまいます。その人を責めてもしょうがない、これは脳の働きだから。
要するに、遠い将来の楽しみのために、今の楽しみを我慢するということは、かなり難しい話なのです。だからほっとくと、人間は貯蓄が絶対できない。だからそもそもで言うと、「貯金がデキる人」はおらず、「全員デキない人」なのです。
──大江さんは行動経済学のご知見がおありですから、やはりそのあたりのコントロールはお上手そうですが。
行動経済学で損をしないように気をつけようね、なんて偉そうに言ってますが、自分自身も同じような間違いをいっぱいしていますよ。だからこれはしょうがない。行動経済学のなかで起こる間違いは、人間の脳の働きなのでどうしようもない。それはそういう間違いを避けようとしても無理です。だったらどうすればいいかというと、行動習慣を変えるしかありません。
で、デキない人が貯められるようになるためにはどうすればいいか、ということですが、「お金を見えなくする」のが一番効果があります。あったら使ってしまうので、見えないところに置いてしまう。見えないところに置いておく手段は何かっていうと、会社員なら給料天引きですよね。自営業でいえば自動引き落としのような形で、一定額を引いちゃうって、恐らくそれしか方法はありません。よく言われる、長財布を使うと良いだとか、お札の向きを揃えるとお金を呼び込むだとかは全部迷信です。そんなものはなんの役にも立たない。
もうひとつ、老後の生活のために不安だって考えたら「支出の整理」をしたほうがいいです。特に固定費の見直しは絶対やったほうがいい。こういうのはFPの人がイヤというほど言っているので、あえて言う必要はないかもしれませんが、保険やローンの見直しは必須だと思います。例えば必要な保険は入るけど、不要な保険は入らないほうがいいし、どうしても必要なローンはしょうがないけれども、不必要な借金はしない方がいいです。
老後資金づくりに使える最強の制度は「iDeCo(イデコ)」
──「殖やす」に関してはいかがでしょうか?
老後資金づくりに目的を絞るのであれば、使う制度は吟味したほうがいいですね。一番いいのはiDeCo(イデコ、個人型確定拠出年金)です。これは老後資産形成のためには間違いなく最強の制度だと思います。もちろん企業型の確定拠出年金もありますけど、企業型確定拠出年金は退職金制度ですから、会社が本来負担すべきものですし、会社が出すものですから、個人の自助努力とはちょっと違った性格を持ちます。
iDeCoはまさに個人の自助努力の制度なので、これは60歳まで引き出せないという最大のメリットもあります。よく、途中で引き出しができないのはデメリットだと言われますが実は引き出せないのはメリットです。なぜなら、老後の生活資金であるにもかかわらず、いつでも引き出せるのであれば、ついつい引き出して使ってしまいがちになるからです。他にも所得控除や運用益非課税といったメリットがあるので、最強の方法と考えていいです。
ただ、会社員でもiDeCoができない人はけっこう多いです。企業型DCやっている人は、法律上はできるようになったとはいうものの、事実上はできない場合がほとんどです。でも中小企業で企業年金がない会社に勤める人は絶対やるべきですね。
あと自営業の人はそれに加えて小規模企業共済です。これもかなり良い制度です。小規模企業共済も所得控除があります。運用は現状では大した利回りにはならないでしょうが、それでも最大のメリットは月額最大7万円までは所得控除される点で、これが大きい。個人型DCの6万8000円と合わせると、13万8000円が所得控除の対象となります。なおかつ、確定拠出年金は60歳までですが、小規模企業共済は年齢関係がありません。65歳でも70歳でもできます。だから自営業の人はiDeCoと併せてやったほうがいいと思います。
そのうえにさらに余裕があれば、NISAや積立てNISA、積立投資、積立貯蓄などで対応すれば良いと思います。順序としてはまず、非課税や所得控除という大きな税の恩典が使えるものからやっていくべきです。
年齢で「資産配分を変えた方が良い」のウソ
──iDeCoの運用商品についてですが、年齢によって組むべきポートフォリオは変えていったほうがよいのでしょうか?
年齢はほとんど関係ないと私は考えています。年齢で資産を……なんてよく言いますが、金融機関が自分のところの金融商品を売りたいがためのセールストークであることも多いですね。
──たとえば、ターゲット・イヤーファンドがありますね。
これはあくまで私の意見ですが、ターゲット・イヤーファンドはあまり意味が無い余計なお世話商品だと思っています。というのも、運用で大事なのはリスク許容度です。年齢はリスク許容度を測るための要素のひとつではあるものの、それがすべてではありません。
ではリスク許容度が何によって決まるかというと、「保有している金融資産額」と「リスク耐性」です。
金融資産額が多いほど一般的にはリスク許容度が高くなります。どう考えたって、入社1年目の社員とビル・ゲイツとを比べたら、ビル・ゲイツ氏のリスク許容度が高いに決まっています。世界的に有名な投資家であるウォーレン・バフェット氏は86歳だから、リスクを取れないなんてことはありえないですよね。あとの「リスク耐性」というのは、どれくらいリスクに耐えられるか。これは個人の性格ですよね。
むしろ若い人はあまりリスクを取ってはいけない。なぜかと言うと、若い人はそもそもあまり貯蓄を持っていないからです。そうすると、少なくとも年収1年分とか年収2年分の貯蓄を貯めるまでは、投資商品に多くのお金を注ぎ込むべきではないと思っています。だから単純な年齢ではなくリスク許容度が重要なのです。
また、iDeCoの積立額が、自分の金融資産全体のどの程度あるかによって、まったく違ってきます。たとえばほかの金融資産がゼロで、全部iDeCoなんて人は恐らくいないと思います。もしそんな人がいるとしたら、6割くらいは元本確保型にするのがいいでしょうが、実際は他で定期預金をいっぱい持っている人が多いでしょうから、iDeCoで元本確保型というのは、もったいない話です。なぜなら運用益が非課税になるわけですから、現時点では大して多くない利息の定期預金に非課税制度を適用するぐらいなら、全額、株式型の投資信託にすべきだというのが私の意見です。
──諸々の諸費用が掛かりますからね。
そうですね。口座料もかかるから、定期預金だけで口座料はまかなえないですよね。
──リスク許容度をおおまかに「小・中・大」で分け、それぞれに対して大江さんがおすすめするポートフォリオを教えていただけないでしょうか。
リスク許容度があまり高くない人は、4つの基本アセットクラス(国内株式・海外株式・国内債券・海外債券)に4等分して運用するのがわかりやすくて簡単ですね。
リスク許容度が中程度の人は、基本的には世界の株式市場の時価総額に合わせた比率で配分すれば良いと思っています。具体的には、たとえば北米や欧州、オセアニア等と地域別に細かくするとちょっとややこしいので、先進国、新興国、日本ということでざっくりで良いと思います。今の割合でいうと、先進国8割、新興国1割、日本1割くらいの比率が非常に合理的な世界ポートフォリオ、いわゆるマーケットポートフォリオなわけです。
単一市場の指数に連動するインデックス投信を一種類だけ購入するのであれば、それはむしろアクティブ運用に近いと思います。だから少なくとも世界全体のマーケットに対して、その規模に合わせて運用するというのが合理的であり、一般的にリスク許容度が中ぐらいであれば、このパターンが良いのではないかと思います。
ちなみに私は100パーセント新興国株式です。でも私にとっては、これはハイリスクでもなんでもないんです。なぜなら私のDC残高は70万円しかありません。DCを始めるのが遅く、掛け金もすごく少なかったからです。だから私よりもっと若い世代の人たちは、それまでの退職金積み立て分も全部DCに移したりして、けっこう資産があるみたいですが、私の場合は本当に少額です。であるなら、今の自分の資産全体から考えると70万円くらいが全額新興国株式でも、なんら問題はないということになります。
だから大事なことは、自分の金融資産全体の中におけるDCの割合ということを考えて、配分すべきだということです。これはあくまで一例なので、実際にはみなさんがそれぞれ自分で考えて決めていただくのが良いと思います。ただ、繰り返しになりますが、どう考えてもDC(iDeCo)で定期預金を利用するのはもったいないと思います。定期預金が悪いのではなく、DCでやる意味が無いということです。
──60歳以降の方はリスクを避ける運用、例えばインフレリスクに備えられ、かつ、あまり変動が少ない商品が良さそうですね。
60歳以降の方はむやみやたらにリスクを取らないほうが良いというのは、私も賛成です。相当な金融資産をお持ちで、その中で割り切って一部を運用に回すんだと考えられていればいいですが、そうでなければリスクの高い運用はやめたほうがいいです。
購買力の維持ということに絞って言うと、個人向け国債の変動10年や物価連動国債なんかは良いのではないでしょうか。あとは私が実際に投資をしているのが、毎月の定額でグローバルな投資信託を積み立ています。金額はそれほど大きくありませんが。
──ETFではなくて、投資信託で。
私の場合はすべて投資信託です。もちろんETFでやってもいいですが、毎回の買い付けが手間なのです。積み立て投資というのは、ある種の行動習慣ですよね。本当は株でも投資信託でもなんでも、安いときに買って高いときに売ればいいっていうのはわかっている話ですが、問題はいつが高いときで、いつが安いときかわからない。だとすれば高いときも安いときも、定期的に定額で買っていこうというのが積立投資です。ドル・コスト平均法とも言われています。それがベストの方法ではありませんが、少なくともマシな方法だと言えるでしょう。
──さいごに、ZUU onlineの読者へメッセージをください。
よく計画的に何かしなさいとか言いますが、元々人間は何かを計画的にやるということに向いていません。なので、計画はあとでもいいからとにかく習慣をつけましょう。自動天引きや支出のチェックといった行動習慣を身につけることがすごく大事です。
お金の使い方、貯め方、殖やし方、いずれの面においても行動習慣をきちんとつけるということが必要なことです。年をとって60歳からやれと言われても難しいので、30歳、40歳くらいの間からやりましょう。早ければ早いほどいいです。誰もが今日が自分の残りの人生のなかで一番若い日です。思いついた時にやるのが一番です。
プロフィール
大江英樹 オフィス・リベルタス代表
経済コラムニスト。大手証券会社を定年退職後、オフィス・リベルタスを設立。行動経済学、資産運用、企業年金、シニア層向けライフプラン等をテーマとし、執筆やセミナーを行う。