銀行員といえば「大失職」……そんなイメージが広く定着するのだろうか。最近のメディアの報道ぶりを見ているとそんな印象さえ受ける。

数ある業種の中でも、銀行は就職先として常に一定の人気を保ってきた。だが、昨今のメディアが伝えているように銀行員の仕事は、その多くがAIに取って代わられ「大失職時代」が到来すると言われている。残念ながら、それは極めて現実的な予測と言わざるを得ない。

「大失職時代」を生き抜くために、銀行員は何をすべきなのだろうか。折しもこの時期は企業が内定を出し始めるタイミングでもある。私は現役の銀行員として、特に来春新入行員となる人たちに伝えたいことがある。

銀行員1年目は最も「自由な時期」

4月1日、この日は多くの企業で入社式が行われる。銀行では頭取から新入行員に訓示があり、所属が発表される。しかし、いきなり所属部署へ配属されることはない。まずは研修センターで銀行業務について連日勉強することになる。

新入行員の研修期間は約1カ月。他の業種に比べると実に手厚い研修と言える。そこでは営業のノウハウや銀行で取り扱う金融商品についての知識を習得する。

それぞれの支店や部署に配属されても、いきなり戦力として期待され、大きな仕事を任されることはない。早く大きなビジネスに関わりたいと期待していた人は、物足りなく感じることだろう。しかし、2年目、3年目となるにつれ与えられる責任も大きくなる。当然営業のノルマも付いてくる。換言すれば、銀行員1年目こそ最も「自由な時期」とも言えるのだ。

そして、この「自由な時期」にこそ取り組まなければならないことがある。「銀行業務検定」をはじめとする様々な資格試験に合格することだ。近年は入行までに「証券外務員試験」に合格することを求める銀行も多い。「証券外務員試験」といえば、銀行とは無関係のように思う人もいるかも知れないが、この試験に合格しなければ、投資信託を販売することができない。

さらに可能であれば入行までに「FP2級」も取得しておくと良いだろう。銀行員であればFPの資格取得は不可欠だ。ちなみに、私の勤務する銀行ではFP3級は評価の対象外だ。

ところで、「銀行と言えば簿記」のイメージを抱いている人もいるようだが、現在の銀行では「直接的」に簿記の知識が必要になることはない。簿記の資格を取れといわれることもない。しかし、より高度な資格取得を目指す際には簿記の知識が必要となることが多い。実は私自身、簿記の資格を有していないのであるが「簿記の知識があれば良かったのに……」と感じることが多いのも事実だ。

ジョブローテーションで自分の目指す分野を見極めろ

試験の合格と資格取得が出世に影響するのか? そんな質問を受けることも多い。

答えは「YES」だ。銀行によっては入行後、一定期間内に取得すべき資格や合格すべき試験の基準がある。その基準をクリアしなければ昇進もできない。銀行の人事制度は典型的な「減点主義」だ。試験に合格していない、資格を取っていないというのはとても分かりやすい「減点対象」となる。

銀行の人事では「ジョブローテーション」が重視される。銀行の職種は様々だ。窓口担当や融資担当、外回りの営業。営業といっても個人から法人まで様々だ。それらをまんべんなく、経験できるように配慮がなされている。

ジョブローテーションを経て、自分の得意分野、自分が目指したい分野が見えてくるだろう。金融商品販売の道を極めたい、事業承継を極めたい、M&Aを極めたい。その時こそより専門的で難易度の高い資格取得を目指すタイミングだ。金融商品販売の道を進みたいなら、FP1級や証券アナリストといった資格取得に挑戦すれば良い。中小企業診断士も銀行員にとっては重要な資格だろう。こうした資格を有していれば、自分の希望する部署へ配属される可能性がより高まるだろう。

ビジネスの「宝の山」が目の前にある

かつて、銀行員は「ジェネラリスト」だと言われた。特定の分野に特化するのではなく、広く浅く全体を見渡せる能力が必要だと言われた。しかし、これからの銀行に求められるのは「スペシャリスト」だ。ジェネラリストはAIに取って代わられ、銀行のなかでは仕事がなくなってしまうだろう。

銀行の融資は伸び悩んでいる。「資金需要がない」というのが銀行の表向きの言い分だ。しかし、現場で多くのお客様と接していると、これがまったくの嘘だと気付く。確かにお客様は銀行の「融資の安売り」に辟易している。「他行よりも金利を安くしますから借りて下さい」そんな営業スタイルは通用しなくなっている。

このようなときこそ、現場でお客様の声に耳を傾けることが大切なのだ。「そりゃ、『美味しい話』を持ってきてくれればいくらでもお金を借りますよ」「少々金利が高くてもね、それに『見合ったメリット』があるなら借りてもいいよ」そんな声が聞こえて来る。資金需要がないわけではない。たとえば、M&Aの提案、不動産情報等とセットならば喜んでお金を借りるお客様はいくらでもいるのだ。

これまで銀行は金利が安ければお客様は融資を利用してくれると考えてきた。しかし、現在のマイナス金利のもとでは金利の安さなど少しもアドバンテージにならない。これから銀行が生き残るために必要なことは何か、改めて説明するまでもないだろう。

にもかかわらず、銀行は具体的に何をして良いのか分からずに手をこまねいている。だが、銀行は事業承継に問題を抱える企業情報をいくらでも持っているではないか。土地を欲しがっている企業、土地を売却したがっている企業の情報だって持っているではないか。業法で規制されているなんて「おじけづいている」場合ではない。ここにはビジネスの宝の山が眠っているのだ。

圧倒的な「信用力」と「情報力」を駆使して戦え

そもそも、銀行の強みとは何か。それは他の業種にはない、圧倒的な信用力だ。銀行員というだけで、多くの企業の決算書を見ることができる。その内容に疑問があれば、遠慮なく質問することもできる。なぜ、この企業は利益を出せるのか。企業が隠したがる「儲かるビジネスモデル」を知ることができる。こんな面白い仕事が他にあるだろうか。

銀行には多くの情報が蓄積され、多くの顧客との関係が構築されている。しかし、その情報を上手く活用するノウハウを有していなかったり、「業法の壁」に阻まれて外部へ委託せざるを得ない分野がある。税務、不動産取引、労務管理……これからの時代、こうした分野にも銀行は攻めていくべきだ。そして、それらの資格を有するスペシャリストこそが、これからの銀行に必要な人材となる。

5年後、10年後、銀行のあり方は大きく変貌していることだろう。メディア等では銀行員の「大失職時代」がやってくると騒がれているが、私も同感だ。時代の流れについていけない多くの銀行員が職を失うのは避けられない。スペシャリストとして専門分野で高いスキルと能力を有する者だけが「銀行員」として生き残ることが許されるのだ。(或る銀行員)