前回 、正規の仕事がないという理由で非正規になっている雇用者(以下、不本意非正規)まで含めた広義の失業率を計測すると、2017年4-6月期に10.0%まで上昇に転じており、不本意非正規も含めた広義の失業率で見れば、労働需給は明確なひっ迫を示していないことを示した。
そして、このように潜在的な労働供給の余地がある中では賃金が上がりにくい経済構造にあることを解説した。そこで今回は、まだ余地のある労働供給環境と、今の日本が直面する課題を整理してみよう。
景気が回復しても賃上げに前向きになれない理由
2012年から、団塊の世代が65歳を迎えることで労働市場から大量退出が起きると騒がれたことは記憶に新しい。そして、こうした団塊世代の大量退出は「2012年問題」と言われた。しかし、65歳以上の労働力率は2012年から急上昇し、団塊世代のかなりの人数が現役を続けたことで2012年問題により労働力不足にはならなかった。
これは、2013年4月から施行された高年齢者雇用安定法の改正により、本人が希望すれば定年後も雇用する「再雇用制度」の影響もあろう。また、2013年以降はアベノミクスで景気が良かったことから、企業側の人材不足への対応もあっただろう。高齢者側も社会的接触の継続や年金不安から就労を望んだことも、労働参加率が上昇した背景にある。
一方、日本で景気回復が賃上げに十分つながりにくいのは、日本特有の雇用慣行の問題もある。日本の労働市場の特徴としては、終身雇用、新卒一括採用、定年制、年功序列賃金、無限定な職務などが挙げられるが、こうした日本特有の雇用慣行が、雇用の流動性を低下させている。これが、転職の誘因を弱めて、人手不足でも賃金の上昇抑制を長引かせる要因になる。
労働市場の流動性が高い諸外国では、人手不足になると従業員の待遇を上げないと転職されるリスクが高まるため、景気が回復して企業業績が上向けば比較的短期間で賃金にも反映される。一方の日本では、正社員を解雇しにくいため余剰人員を抱え込みやすく、景気が回復しても賃上げに前向きになれないのである。
さらに、企業が求める人材が高度化していることもあろう。グローバル展開を進める日本では、低スキルの労働機会を人件費の低い国外に移転するメリットが生じる。こうなると、国内で必要な労働力は、高スキル労働の比率が高まる。つまり、企業が成長するために、より高い技術やスキルを持つ人材の必要性が高まっている。このため、就業希望をしても求められるスキルに満たなければ、いくら人手不足でも就業しにくくなっているのである。