要旨

医療の高度化や寿命の延伸等によって、医療費は毎年およそ1兆円ずつ増加しており、2015年度には42兆3,644億円となった。2016年度の医療費は、14年ぶりに減少に転じる見込みであるが、これは高額医薬品の価格引き下げによる一時的なものであり、今後も医療費が増加基調であることに変わりはない。

国民一人ひとりの生涯医療費も増加しており、2015年度は、男性でおよそ2,580万円、女性でおよそ2,820万円だったと女性が多かった。

本稿では、国全体の医療費支出動向、および、男女差に着目しながら個人の医療費支出動向を紹介する。

はじめに ~2015年度国民医療費は42兆円3,644億円

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2015年度の国民医療費と、2016年度の医療費概算(1)が、それぞれ厚生労働省から公表された。

医療の高度化や寿命の延伸等によって、医療費は毎年およそ1兆円ずつ増加しており、2015年度には42兆3,644億円となった(図表1)。2016年度の医療費は、14年ぶりに減少に転じる見込み(2)であるが、2016年度の減少は、高額医薬品の価格引き下げによる一時的なものであり、今後も医療費が増加基調であることに変わりはない。

国民一人ひとりの生涯医療費も増加しており、2015年度は、男性でおよそ2,580万円、女性でおよそ2,820万円だった(10割負担で計算)(3)。この男女差は、寿命の差(4)と疾病構造の違いによると考えられる。

本稿では、国全体の医療費支出動向、および、男女差に着目しながら個人の医療費支出動向を紹介する。

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(1)概算医療費は、審査支払機関における算定ベースの診療報酬の集計である。概算医療費には、はり・きゅう、保険証忘れ等による全額自費による支払い、労働者災害補償保険等による医療費は含まない。
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2)概算医療費は、例年「国民医療費」の98%程度で推移している。2015年度の概算医療費が41兆5,000億円だったのに対し、2016年度は41兆3,000億円と減少している。
(3)生涯医療費とは、年齢階級別1人当たり国民医療費及び年齢階級別死亡率が当該年度から変化しないとした場合に、1人の人が生涯で必要となる平均医療費がどの程度かを推計したもの。2015年度の結果は、厚生労働省による「平成27年度国民医療費」と「第22回完全生命表」から筆者が計算。
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4)厚生労働省「2016年簡易生命表」によると、平均寿命は男性が80.98年、女性が87.14年である。
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国全体の医療費支出の動向

◆国民医療費の範囲

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病気やけがの治療に係る費用のうち、厚生労働省が公表している「国民医療費」は、図表2で示す範囲の医療費である。

健康診断や人間ドック、大衆薬等の予防・健康増進分野、先進医療等の高度先端・研究開発分野(評価療養)、差額ベッド代等の生活サービス・快適な環境等の分野(選定療養)、介護等福祉・看護分野は、保険給付の対象外であり、国民医療費に含まない。正常分娩に係る費用も、保険給付や国民医療費に含まない(5)。

保険給付の範囲と比べると、患者申出療養や先進医療は、いわゆる混合診療が認められており、保険給付外の新しい技術等の部分については国民医療費の範囲からも外れるが、検査や入院など医療の基礎的部分は保険給付対象であり、国民医療費の対象にもなる。

国民医療費では、患者による自己負担分を含めた医療費が集計されている。

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5)健康保険は、被保険者とその家族が病気やケガをした場合に適用されるものであり、妊娠・正常な出産は病気やケガと異なることから保険適用とはならない。ただし、妊娠中毒症や帝王切開による出産など正常分娩でない場合は、保険適用となる(首相官邸サイト: http://www.kantei.go.jp/jp/q&a/archive/20051117a.html より)
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◆医療費支出動向

(1)医科診療が医療費総額の7割。近年、特に増加しているのは薬局調剤

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国民医療費は、医科診療(入院・入院外)、歯科診療、薬局調剤等の診療種類別に公表されている。図表3は図表1で示した国民医療費総額の診療種類別内訳である。2015年度についてみると、およそ42兆円のうち、医科診療が30兆円で最も多く、次いで薬局調剤が8兆円と続く。医科診療を入院・入院外別にみると、入院が約16兆円、入院外が約14兆円と入院が高くなっており、近年、入院外と比べて入院医療の増加の方が大きい。

5年前(2010年度)と比べると、医療費総額で13%増加している。内訳をみると、医科診療で約10%、歯科診療で約9%、薬局調剤で約30%、その他で入院時の食事・生活、訪問看護、療養等で約4%増加しており、この数年間は薬局調剤の増加が大きい。また、国の政策によって在宅医療へシフトしており、訪問看護が5年前のおよそ2倍にまで増加しているが、他診療種類と比べて総額が小さいため、医療費全体への影響は小さい。

医療費増加の要因として、人口増の影響(2008年以降はマイナス)、高齢化の影響、診療報酬改定、その他の医療の高度化や患者負担の見直しの影響等が考えられているが、最近の医療費の伸びは、人口の高齢化と、医療の高度化や患者負担の見直し等の要因によるところが大きい。特に2015年度は前年に比べて伸び率が大きいが、薬価が高い医薬品が保険収載された影響だと分析されている。

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(2) 60歳以上の医療費が総額の7割

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性・年齢群団別の医療費支出構成を人口構成と比較すると、男女とも医療費は高齢期に集中しており(図表5)、全人口の34%程度である60歳以上が、医療費総額の7割近くを使っている。

男女を比較すると、男性の医療費が全体の48%で女性の医療費が全体の52%だった。人口は、男性の人口が49%、女性の人口が51%なので、おおむね人口に応じて女性の医療費が多くなっている。

(3) 男女とも中高年以上で循環器系の疾患と新生物による医療費が高い

図表6は、国民医療費の大部分を占める医科診療費について、疾病分類別の占有率を示している。それぞれ医科診療費が高い上位3つの疾病分類を表記した。

男女とも65歳以上では循環器系の疾患、新生物が上位を占める。男性の場合、これら2つの疾病で医科診療費全体の44%を占めている。新生物について男女別にみると、男性は45歳以上で高いのに対し、女性はそれより若い15歳以上で高い。乳がん、子宮がんなど女性特有のがん患者が比較的若いことによる。

男性でのみ上位となっている疾病は、44歳以下では骨折等の損傷、中毒及びその他の外因の影響、65歳以上では前立腺の疾患などの腎尿路生殖器系の疾患である。一方、女性でのみ上位となっている疾病は、15~44歳では妊娠、分娩及び産じょくと、45歳以上では関節症や骨粗しょう症等といった筋骨格系及び結合組織の疾患である。65歳以上の女性では、筋骨格系及び結合組織の疾患による医療費は、新生物と同程度のウエイトを占めている。

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男女とも中高年以降で新生物の医科診療費が循環器系疾患の医科診療費に次いで高いが、厚生労働省「2014年患者調査」の総患者数(6)では、循環器系疾患の患者が新生物の患者の4~10倍と推計されている。また、65歳以上の女性で新生物と筋骨格系及び結合組織の疾患の医科診療費は同程度であるが、総患者数では、筋骨格系及び結合組織の疾患の患者は新生物患者の5倍程度と推計されている。すなわち、医療費は、筋骨格系及び結合組織の疾患のように患者一人あたりの負担は平均して大きくないが、患者数が多いことによって医療費が高くなっているケースと、新生物のように患者数は多くないが、患者一人あたりの負担が平均して大きいケースとがある。

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6)継続的に医療を受けている者の数を推計したもの。
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個人の医療費支出の動向

◆70歳以上で生涯医療費のおよそ半分

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続いて、個人の医療費についてみる。一人あたりの生涯医療費は、2015年度は男性がおよそ2,580万円、女性がおよそ2,820万円だった(図表7)。男女それぞれ70歳以上で生涯医療費のおよそ半分を使う(男性47%、女性53%)。

図表6で示したように、医療費は高齢期に高く、高齢期には男女とも循環器系の疾患による医療費が高いことから、生涯医療費でも循環器系の疾患によるものと考えられる。

男女を比較すると、20~49歳と75歳以上で女性の医療費が高い。20~49歳の女性の医療費の中には、「妊娠、分娩及び産じょく」といった特有の疾病による医療費が多く、同年代の男性を上回る。女性の85歳以上が極端に高くなっているのは、85歳の平均余命が男性が6.22年であるのに対し、女性は8.30年と女性が長いためと考えられる。

◆生涯医療費も増加

時系列でみると、生涯医療費も増加している(図表8)。図表8は生涯医療費について示したものであるが、各年齢における生涯医療費を比べても上昇傾向にある(図表略)。

生涯医療費のうち、70歳以上が占める割合は、2008年度以降、男性が46から47%に、女性が52から53%に、寿命の延伸等によってそれぞれ1ポイント程度上昇しており、70歳以上の占める割合が増加している。

おわりに

以上みてきたとおり、2015年度の医療費はおよそ42兆3,644億円と過去最高となった。診療種類別にみると、医科診療がその7割を占め、およそ30兆円である。医科診療(入院・入院外)、歯科診療、薬局調剤等いずれの診療種類も上昇傾向にあるが、特に薬局調剤が2010年度に対して30%と、他の診療科目と比べて増加している。一方、2016年度の医療費概算によると、14年ぶりに減少する見込みである。高額医薬品の価格引き下げによる一時的な減少である。医療費の増加は、高齢化だけでなく、医薬品の価格上昇等の医療の高度化による影響は大きい。現在、議論が進められている薬価の抜本改革の国民医療費全体への影響も大きいと考えられるだろう。

個人の生涯医療費をみると、2015年度の生涯医療費は男性がおよそ2,580万円、女性がおよそ2,820万円で、近年増加している。医科診療について、医療費が高い疾病を男女・年齢群団別にみると、男女とも65歳以上では新生物、循環器系の疾患が上位を占める。男性の場合、これら2つの疾病で医療費全体の44%を占めている。新生物についてみると、男性は45歳以上で上位となっているのに対し、女性はそれより若い15歳以上で上位3つの疾病に入ってくる。男性でのみ上位となっている疾病は、44歳以下で損傷、中毒及びその他の外因の影響と、65歳以上で腎尿路生殖器系の疾患である。また、女性でのみ上位となっている疾病は、15~44歳の妊娠、分娩及び産じょくと、45歳以上で関節炎等筋骨格系及び結合組織の疾患である。

疾病分類によって医療費の構造は異なり、65歳以上女性の筋骨格系疾患のように患者一人あたりの負担は平均して大きくないが、患者数が多いことによって医療費が高くなっているケースと、新生物のように患者数は多くないが、患者一人あたりの負担が平均して大きいことによって医療費が高くなっているケースとがある。

村松容子(むらまつ ようこ)
ニッセイ基礎研究所 保険研究部 准主任研究員

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