今春あたりから国内証券会社によるAIを使ったレポート提供が目立っている。大和証券やカブドットコム証券、岡三オンライン証券などは国内株について、SBI証券は米国株について、それぞれ口座開設者に向けて公開している。

こうした中、マネックス証券は口座開設者だけでなく、誰もが読める形でAIレポートを配信。Webサイトに世界の景況感とそれぞれの地域の株や債券、REITへの投資スタンスを配信している。レポート本文についてはスタートアップGood Moneygerによるものという。マネックス証券プロダクト部長の牧 力爾氏にその狙いや背景などについて聴いた。(聞き手:濱田 優ZUU online編集長)

ここはAIで、ここは人間が

――今年4月から配信を始めたAIレポート、内容はGood Moneyger提供とのことですが、なぜ配信することにしたのか、配信開始後の反響とあわせて教えてください。

おかげさまで問い合わせを結構いただいています。こうしたメディアからの取材もありましたし、同業他社から問い合わせが入るなど、反響はあったと思います。

なぜ配信を始めたかというと、その出発点は単純に(過去ではなく)将来の市場や相場の見通しという投資家なら誰でも知りたいことを伝えられないかというところ。お客様の実際の取引対象としては日本株が多いですが、例えば資産形成層のお客様には投資信託をはじめ様々な地域に投資する商品を提供しておりますので、日本に限らず、海外の各地域の景況感もお伝えしていきたいと考えています。

――御社のWebサイトで誰でも読めますが、あらためて内容について教えてください。

AIレポート
(画像=マネックス証券Webサイトより)

まず上からみていくと、「今後1ケ月の世界動向の天気予報マップ」として、1カ月先の景況感を天気予報形式で表しています。ここは世界地図で、景況感が良い地域を「晴」、あまりよくない地域を「曇り」、よくない地域を「雨」とあらわすほか、降水確率も表示しています。月初よりも相場環境がよくなる確率が高ければ、降水確率は低くなる仕組みです。

AIレポート
(画像=マネックス証券Webサイトより)

地図の下のグラフは「Good Moneyger A.I.合成インデックス」。これがAIを活用して生成されたGood Moneyger独自の指標です。地域は「米国」「日本」「欧州」「新興国」に分けていて、それぞれに「地域偏差値」も出しています。単純に高ければ景況感はいいということになります。

2つ並んでいるグラフのうち左側は2007年からのデータ、右側は2016年から現在までの期間をクローズアップしたものです。左側、長期のグラフで08年ごろグラフがグンと凹んでいるところがありますが、これはリーマン・ショックのとき。このグラフはいわゆるバックテストのようなものといえますが、金融危機に対してしっかり反応していることが分かります。

――地域偏差値の横にコメントがありますが、これはAIが書いているわけではない?

AIレポート
(画像=マネックス証券Webサイトより)

残念ながらそこは人が書いています(笑)。指標の生成はAIがやって、それを補完するようなコメントを書くのは人間がやっている。人間だと無意識のうちに自分に都合のいい評価を書いてしまうという可能性もありますが、数値の部分はAIが作っているのでそうした恣意的な余地はありません。

同業他社からの問い合わせもあったとお話しましたが、お話を聞きに来られたのは、ある金融機関の、レポートを書く立場の方ではなく、企画系の部署の方でした。業務改善、効率化につかえないか、AIにレポートを書かせられないかという期待をお持ちだったようです。

当社チーフ・ストラテジストの広木も指摘していますが、市況コメントのように、ある程度定型化できるものはAIで書けるかもしれませんが、まだ現状では人間のエコノミストやストラテジストが書くようなレポートは難しいようです。

AIレポート
(画像=マネックス証券Webサイトより)

レポート一番下の「Good Moneyger A.I. によるアセットスコア一覧」の項目は、上で紹介したインデックスにもとづく景況感にあわせて、各資産、具体的には株式、債券、REITについて各地域のパフォーマンスを分析しています。オススメ度合いで◎、〇、△で表現していて、「-」は分析対象外です。

AIレポートより
(画像=マネックス証券Webサイトより)

最後に、ここはレポート外ですが、「AIが算出した指標をもとにマネックス証券がおすすめする投資信託」という項目を設けています。ここに載せている投資信託は当社が選んでいます。この手のレポートでおすすめの投資信託まで落とし込んで紹介しているものは他にあまりないと思いますね。

――投資家にしてみれば、この手のレポートを読んで経済の先行き、方向性は分かった、で何を買えばいいの?ってことになります。

公募投資信託が6000あるといわれるなかで、どれを選べばいいのかは難しいと思います。レポートだけで売買判断をされることはないと思いますが、まず絞り込む上で具体的な投資信託がそこにいくつか紹介されていることは、投資判断・行動に資するかと。

――Good MoneygerがAIレポートをまとめて御社のサイトで公開されるまでのタイムラグはどれくらいあるのでしょうか?

実際にはほとんどないですね。レポートの中身には触っていませんから、確認したうえでおすすめの投資信託を選んだり、体裁を整えたりする程度で迅速に出すようにしています。

開発を自社でやらずスタートアップと組む理由

――AI開発やレポート作成を自社でやるという計画はなかったのでしょうか?

当社には先日発表したロボアドバイザーサービス「マネックスアドバイザー」など、自社で研究開発するという取り組みはもともとあります。ただ、そればかりだとどうしてもスピード感に欠ける部分やコストがかかる部分が出てくることもあります。

これは本件についてということではないのですが、グループ会社にマネックスベンチャーズという会社があり、いろんな企業に投資もしていますし、投資していないところも含めてリレーションもっていますから、協業できないかという話は多数あります。

われわれにとっては、自分たちだけでは出てこないアイデアにふれることができるし、スピード感もある。一方で、スタートアップやベンチャー企業は、自分たちだけではつくったサービスを広く届けるのが難しいことが多い。そういう意味では役割分担ができていると思います。

――今後も続けていく予定ですか?

継続可否の判断は比較的短期でやっていますが、AIをつかったサービスを継続する必要性を感じていることもあり、本件に関しては続けるつもりです。

――AIレポートで出てくる結果に対して、御社在籍のアナリストが違和感を覚えるような結果は出ていないですか。

今のところはありません。ただ、この半年間は、事前予想と大きく異なる結果になるようなイベントが起きていないということもあるかと思います。

――コラボの提案はいろいろあると思いますが、どうやって決めているのでしょうか?

マネックスベンチャーズのおかげもあって、AIに限らずフィンテック関連では協業などのお話はたくさんあります。

一緒にできるかどうかという判断基準としては、サービスを提供する当社が金商法他の法令・諸規則の下にビジネスを行っている業者である以上、様々な観点でそのサービスが顧客に提供できる水準にあるかという点です。

そして同じくらい重要なのは早く出せるかという点です。イノベーションに向けた取り組みは、一つひとつについてリターンや成果を精緻に検討しすぎると、時間がかかってタイミングが合わなくなっていく可能性がある。コスト管理しながらできるものはどんどん出して行きたいと考えています。

AIは金融業界にどういう影響を与えるのか?

牧部長・マネックス証券
(写真=ZUU online編集部)

――AIが金融業界を、金融機関をどうかえていくとのか。この点について皆さんにうかがいたいと思っています。

AIに関して、マネックス証券が独自にR&Dを進めていくのはなかなか難しいところがあります。また、金融業界では、たとえば運用会社がAIを使っているというふれこみも見かけますが、実際には旧来のクオンツの延長線上だったりする場合もある。ディープラーニングを活用していないとAIではないとまでは思いませんが、まだまだ発展途上ということだと思っています。

こうした中で思い起こされるのが、ネット証券が誕生した時代のこと。当社を含めネット証券が誕生した背景には、手数料の自由化が一番大きかったとは思いますが、積極果敢にチャレンジする姿勢があったからこそだと思っています。

もともとは対面や電話で受けていた注文をネットに切り替えた。当社の創業は1999年ですが、グーグルの検索エンジンが日本にきたのが2000年といわれていますから、まだグーグルすらなかった。そんな時代のシステムやサービスは、今考えればすごく使いづらい、エラーの多いものだったろうと思います。それでも積極的にやったわけです。

AIも同じです。スタートアップと組んでしっかりと取り組む。それがわれわれにもお客様にも資することもあると考えています。

――AIがブームといわれ、「AIやロボットが人間の仕事を奪う」という指摘もあります。 AIが人間の役割を大きくとってかわるには時間かかるだろうなとは思いますが、今のAIの取り上げられ方については、第三次くらいのブームといわれますが、「もうブームではない」という指摘もあります。今度はブームではなく本格的に浸透するのだと。

ではどう変わるのか。「みんなの生活がかわる」といわれたら、そうなんだろうなと思いますし、われわれもそれについていかなきゃいけないとは思います。ただ具体的にどう変わるかということについて、イメージがわいていない人のほうが多いのではないでしょうか。たとえば何か今人間が時間をかけてやっていることが、すごく正確に高速にできるようになるといったイメージしかなかったりする。

私見ですが、つまらないと思う仕事、つまり少し考えたらやるべきことが決まって、あとは手を動かすだけというような仕事は、AIが取って代わっていくのではないかと思います。人間がやるべきなのは、少し考えただけでは分からないようなことでしょう。

これは今に始まったことでも、AIに限った話でもないと思っています。過去には、工場における労働がロボットに取って代わられ、人間はロボットを管理したり操作したりするようになったわけです。一方で、ITやWebというものが生まれてエンジニアという職種ができたように、昔なかった職種もうまれています。

AIの導入で浮いた時間を有効活用できる金融マンがどれだけいるのか。AIに仕事を渡した人がAI以上のバリューを出せるように、業界が人材、能力の底上げをしないといけないでしょう。