Google、Microsoft、Facebook、Uberなど、大手IT企業間でもAI(人工知能)投資が活発化している。

特にGoogleやApple、Spotify などはスタートアップの買収に非常に積極的で、ほかの企業も資金調達ラウンドによる投資、研究所の設立など、様々な手段を用いて自社のAI(分野の拡大を競い合っている。

活用分野はカスタマー・サービス、医療、音楽、動画、パーソナル・アシスタント、教育など、ますます拡大中だ。大手9社の主なAI投資を見てみよう。

Google  ディープマインドを買収 医療アプリからゲーム、移動まで

2013年、DNNリサーチを買収。ニューラルネットワークの権威ジェフリー・ヒントン教授 が、トロント大学のコンピューターサイエンス学科内で立ち上げたスタートアップだ。

翌年には推定4億ドルで、ロンドンの機械学習スタートアップ、ディープマインド(Deep Mind)を買収した(エコノミスト誌より)。

ディープマインドは2010年、ユニヴァーシティ・カレッジ・ロンドンで認知神経科学を専攻した人工知能研究者兼脳科学者、デミス・ハサビス氏 や、ワイカト大学、 オークランド大学でスーパー人工知能(AIXI)について学んだ人工知能研究者、シェイン・レッグ氏などが共同で設立した。

現在はGoogleの傘下として、地下での移動の最短ルートの検索 アプリや、NHS(英国の国民保健サービス)との提携で医療アプリを開発している。今年5月には「AlphaGo (アルファ碁)」がハンディキャップなしで囲碁の世界チャンピオンを破り、 「世界最強のAI」として話題を呼んだ。

昨年はフランスの視覚探索スタートアップ、ムードストック(Moodstock)、自然言語対話プラットフォームApi.ai、今年は予測モデリング・分析手法関連プラットフォーム「カグル(Kaggle )」を買収している。

Microsoft 先端技術にベンチャー投資

2016年1月にMicrosoft Venturesを設立。主に「包括的な成長と社会へのポジティブな影響」を与えるAI関連の商品・サービス開発を目指す企業への、ベンチャー投資を行っている。ビッグデータ、クラウド、セキュリティー、SaaS(必要な機能を必要な分だけサービスとして利用できるようにしたソフトウェア)などの先端技術にも積極的だ。

AI投資件数は今年だけでもすでに20件を超えている。

カナダ・ナショナル銀行などとともにシリーズAを通し、企業向けAIソリューションを提供しているカナダのエレメントAI(Element AI )に総額1億ドルを投じたほか、シリーズCではアーリーステージ向けクラウド・プラットフォーム、アワ・クラウド(OurCrowd)などとともに、イスラエルの自動産業用ドローン・スタートアップ、エアロボティクス(Airobotics)に総額3250万ドルを投資した。

またカナダのAIスタートアップ、マルーバ(Maluuba)も買収しているが、こちらは人間と同等のレベルでテキストを理解できるというマルーバのAIシステムを、自社が開発中だったデジタル・アシスタント「コルタナ(Cortana)」に融合させるという試みだ。

完成版デジタル・アシスタント「コルタナ」は、Skypeで今年10月以降利用可能である。

Uber 著名科学者や機械学習の専門家を研究所に集結

2016年、ニューヨークを拠点とするAIスタートアップ、ジオメトリック・インテリジェンスを買収し、サンフランシスコにAI研究所「Uber AI Labs」を設立すると発表した。

ジオメトリック・インテリジェンス は2014年、ニューヨーク大学のゲイリー・マルクス教授を含む、著名科学者や機械学習の専門家によって立ち上げられた。一般的なAI技術が学習する上で大量のデータを必要するのに対し、ジオメトリック・インテリジェンスはごく少量のデータでイメージを判定可能なアルゴリズムを開発している。

この買収に関しては金額や条件など、詳細がいっさい公表されていない。ジオメトリック・インテリジェンス自体に関しても情報が少なく、謎の部分が多い。

「Uber AI Labs」 はジオメトリック・インテリジェンスの研究者を中心に構成されている。世界中からトップクラスの研究者や技術者を集結し、人々の生活の向上に役立つ次世代機械学習アルゴリズムを開発することが目標だ。

今年11月からは深層確率的プログラミング言語(PPL)「Pyro」 を、オープンソフトウェアとして公開している。かなり専門的な分野ではあるものの、大規模なデータセットや深層ネットワークの活用を望む専門家などにとっては貴重なソースとなるだろう。

Facebook SNSの領域を超えた野心 AI開発研究も設立

2016年、メッセンジャーにチャットボットを採用し話題を呼んだFacebookは、SNS(ソーシャル・ネットワーキング・サービス)の領域をはるかに超えたAI開発への野心を見せている。

現時点で世界4カ国に独自のAI開発研究所Facebook AI Research (FAIR)を設立。機械学習からコネクティビティ、データサイエンス、自然言語処理まで、幅広い領域を探索している。

ブルームバーグの報道 によると、今年、カナダに開設したばかりの最新研究所には570万ドルを投じたそうだ。 また8月にはシリコンバレーのAIスタートアップOzloを買収。オズロ(Ozlo)の技術とメッセンジャーのチャットボットを融合させ、 パーソナルアシスタント的な役割を果たすレベルに進化させる計画だ。

ほかにもAI技術を利用して、世界人口密度とインターネットの普及率を詳細に示した地図を作成中だと報じられているほか、Facebookユーザーの趣向を探るタスクに深層学習技術を採用しているという。

2010年という早期に顔認証システムを取り入れたほか、2013年には機械学習分野の権威、ヤン・ルカン教授 をFAIRの責任者として迎えいれている。

Apple 「Siri」から自動運転車開発まで意識したAI投資

2015年にケンブリッジ大学発のスタートアップ、ヴォーカルIQ(Vocal IQ)を2億ドルで買収 。ヴォーカルIQが探索していた「機械学習技術を利用して自然な対話を行うシステム」を、自社の音声アシスタント「Siri」の会話機能改善に役立てる意図のほか、自動運転車の開発への応用も検討しての動きだったと思われる(パテントリー・アップル・コムより)。

ヴォーカル IQは2014年、車載システムの音声制御技術開発でゼネラル・モーターズ(GM)との提携が報じられていた(フォーブス誌より)。

2016年にはカリフォルニアのエモティエント(Emotient)を買収。人間の顔の表情から感情を解読する技術を開発しているスタートアップで、2014年のシリーズBラウンドではIntelも出資していた 。

ほかにも表情をキャプチャーしてアバターに反映させる技術を研究していたフェイスシフト(Faceshift )、スマホの写真を深層学習技術で整理するパーセプティオ(Perceptio )など、次々とAIスタートアップを買収している。

IBM 教育、医療、サイバーセキュリティーなど幅広く挑戦

2009年、質問応答・意思決定支援システム「ワトソン」 の開発でAI分野のトップに踊りでた。自然言語を認識し自ら分析を行うことで人間の作業をサポートする、「コグニティブ・コンピューティング・システム」だ。2016年には日本語版ワトソンも導入された。

ワトソンはすでに様々な領域で活用されているが、2016年にはジョージア工科大学との提携で教員補助アプリも 開発するなど、ますます活躍の場を広げている。

最近ではマサチューセッツ工科大(MIT)と共同で「MIT?IBM Watson AI Lab」の設立を発表 。今後10年にわたり2.4億ドルの投資を計画している。

深層学習やAIハード・ソフトウェア、アルゴリズムなどを進化させ、医療やサイバーセキュリティー領域での利用度を高める目的だ。それと同時にAIが社会に与える影響についての研究も進める。

Salesforce.com    AIビジネス・プラットフォーム「Einstein」

今年9月、AI分野強化に向け、5000万ドルを調達する計画を発表したSalesforce.com。機械学習、深層学習、自然言語処理、予測分析などを中核とするAI戦略を打ちだしている。 2016年にサービスを開始したAIビジネス・プラットフォーム「アインシュタイン(Einstein)」の開発にあたり、深層学習スタートアップ、メタマインド(MetaMind)を買収している。

メタマインドはテキストや画像を高精度で認識・解析できるデータ分析プラットフォームを提供するスタートアップで、スタンフォード大学でコンピューターサイエンスを学んだ同分野の権威、リチャード・ソシャー氏が設立した。

顧客サポートやマーケティングの自動化を強化し、よりパーソナルなサービスを提供することで、ビジネス・プロセスの劇的な向上を図る。

プラットフォーム名の由来はアルバート・アインシュタイン博士だ。「複雑なことを簡素化し、分かりやすくしたこと」という、博士の功績を現代に蘇らせている。

Spotify  AIで音楽・動画ストリーミングをカスタマイズ

世界最大規模の音楽ストリーミング配信サービス。今年だけでも4件のAIスタートアップを買収している。

パリを拠点とするニランド(Niland)はユーザーの音楽に対する嗜好などを分析・学習し、「適切な音楽を適切なタイミングで適切なユーザーに届ける「音楽認知エンジン」を開発。AIベースの動画推奨サービス、マイティ—TV(MightyTV)は、ユーザーの好みに最適化されたTV番組や映画を推奨するシステムを手掛けて来た。

ほかにもオーディオ分析テクノロジーのソナリティク(Sonalytic)や、ブロックチェーン・スタートアップ、メディアチェーン(Mediachain)を傘下に引き入れている、。11月に買収したばかりのサウンドトラップAB(Soundtrap AB)は、ユーザーがオンライン上で利用できるレコーディング・スタジオだ。

Intel AIスタートアップに10億ドル以上を投資

投資部門Intelキャピタルを通してAIスタートアップに投じた金額は、すでに10億ドルを超えている。 投資分野は自動運転技術、医療、気候変動など多義にわたる。

資金調達ラウンドを通し、クラウドAIデータ・サービスのマイティAI(Mighty AI)、「誰でも簡単に利用できる機械学習プラットフォーム」を提供するデータロボ(Data Robot)、医療リスク・ケアマネージメント予測分析を行うルミアタ(Lumiata)などに投資。

その一方で、スタートアップを傘下に引き入れる動きにも余念がない。2016 年には深層学習スタートアップ、ニルバーナ・システム(Nervana Systems)を推定3.5億ドル、今年4月には自動ブレーキの画像認識技術を研究しているイスラエルのモバイルアイ(Mobileye)を153億ドルで買収した。

開発者、学生、スタートアップなどによるAIの概念化、開発、実装を支援する意図で、会員制の研究施設「Artificial Intelligence Center of Excellence (AI CoE)」をタタ・コンサルタンシー・サービシズ(TCS)と共同開設する予定だ。(アレン・琴子、英国在住フリーランスライター)