国際大手のAI投資動向と今後の課題を探った調査から、国際大手の8割がすでにAI分野への投資を行っているほか、今後3年間にわたり「さらに投資を拡大する必要がある」と考えていることなどが分かった。

企業は昨年、AIに推定260億〜390億ドルを投資しており、GoogleやAmazonなど大手ITによる投資がそのうち200〜300億ドルと推測されている。

現状としては多数の企業がAI技術の採用に苦戦しており、新たに「チーフAIオフィサー(CAIO)」の雇用を検討するなど模索しているが、新鮮な洞察力をもって明確かつ迅速な戦略を打ちだすことが、今後の発展に欠かせない重要なカギとなるだろう。

ITから製造、小売り、金融まで幅広い産業からの「生の声」

この調査は年間売上高が5000万ドル以上の国際大手の意思決定者260人を対象に、2016〜2017年にかけて実施されたもの。米国のデータ分析企業テラデータ(Teradata)とテクノロジー産業を専門とする英国の市場調査会社ヴァンソン・ボーン(Vanson Bourne)が共同で行なった。

回答者はIT・テクノロジー・テレコム産業(47%)、製造産業(43%)、小売・輸送(40%)、金融サービス(39%)、ビジネス・専門サービス(23%)など。

「80%がAI関連の投資を行っている」ことから、AI技術が幅広い分野で期待されていることが分かる。

厳しい市場競争を勝ち抜いていく手段として、30%が「投資をさらに増やす必要がある」と感じている。42%は自社の産業を発展させる上で、「もっと色んなことにAI技術を活用できる」と確信している。

AI技術に対する純粋な関心と同じぐらい、「AI技術を取り入れなければとり残される、生き残れない」といったプレッシャーが強いという印象を、回答結果から受ける。

しかし闇雲にAI技術に投資するだけでは、期待したような成果は生まれないとの懸念もある。

9割が「AI技術の採用」に苦戦 インフラの欠落、人材不足などが原因

実際AI技術を組織に採用するに辺り、「十分に知識と経験をもった人材を確保している」と答えたのはわずか28%だ。91%が「なんらかの問題を経験している」と解決策を求めている。

最大の難関として「ITインフラの欠落(40%)」「人材不足(34%)」「予算不足(30%)」「規制や方針、権利にまつわる複雑さ(28%)」「顧客の期待への影響(23%)」「従業員の道徳心におよぼす影響(20%)」が挙がっている。

AmazonのAI開発にも参加している機械学習の権威、英国シェフィールド大学のニール・ロレンス教授が指摘している通り、AIの導入に辺り、まずは膨大なデータが必須となる。しかしこうした基礎的な事実を見過ごしている企業は少なくないという(The Vergeより )。

必要な知識と経験をもった人材も足りておらず、それを補う予算も十分ではない。そんな状況では、組織内で新たな技術が浸透、発展しにくいのも無理はない。

GoogleやFacebookといった大手IT企業がAI分野で群を抜いているのは、技術・人材だけではなく、保有しているデータ量に起因するところも大きいはずだ。

「改革に対応できる人材を組織内部で十分に確保している」と答えたのは28%。過半(55%)が外部の知識や技術に依存している状態だ。14%は内部にも外部にも信頼できる人材を確保できていない。組織内部での優秀なAI人材不足は今後も続くと予想されている。

AIへの投資で最大の利益を上げているのはアジア太平洋地域

これらの企業はAI技術への投資からすでに収益を上げている。ある程度のリターンを得ている産業は、「商品開発および研究・開発(50%)」「カスタマーサービス(46%)」「サプライチェーンおよび運営(42%)」「セキュリティーおよびリスク(40%)」。

「販売(36%)」「マーケティング(32%)」「資産および資本管理(30%)」「金融(26%)」はまだまだ成長の余地がありそうだ。

99%が今後5年以内に、187%が今後10年以内に、投資によるリターンを期待している。具体的には1ドルの投資が3年後に1.2倍(12.3ドル)、5年後に約2倍(1.99ドル)、10年後に約3倍(2.87ドル)に成長するとの見込みだ。

地域によって主な収益源が異なる点が興味深い。AIの活用で最も収益を上げているアジア太平洋では「商品開発および研究・開発(65%)」「カスタマーサービス(54%)」「マーケティング(46%)」が三大収益源になっている。

一方米国では「カスタマーサービス(49%)」「商品開発および研究・開発(41%)」「販売(40%)」、欧州では「商品開発および研究・開発(49%)」「サプライチェーンおよび運営(47%)」「カスタマーサービス(38%)」「セキュリティーおよびリスク(38%)」と差がでる。

AIがポジティブな影響を最もあたえるのはITや専門サービス?

AIの普及からポジティブな影響を受けると予測されている産業は「IT、テクノロジー、テレコム(59%)」で、「ビジネス、専門サービス(43%)」「カスタマーサービス(32%)」「金融サービス(32%)」と続く。 金融サービスへの影響が比較的低いとされている点が、FinTechが社会現象化していることを考えると、あまり腑に落ちない。調査結果では回答の理由など詳細が記載されていないため憶測の範囲になるが、どれほどテクノロジーが発達しても人間の手作業は必須ということだろうか。

逆にネガティブな影響が懸念されている産業は「教育(37%)」「メディア、レジャー、エンターテインメント(37%)」「政府(35%)」「ヘルスケア(32%)」「建築、不動産(31%)」だ。

これについても具体的なネガティブな影響が記載されていないのが残念だ。近年、AI技術を活用して、生徒一人一人の需要に合わせたカリキュラムを提供する案などが試されている。そうすることで個人のペースで学力を伸ばせるとされており、非常にポジティブな印象を受けるのだが、人間の講師から温かみを感じることができない、あるいは雇用縮小への懸念に基づくものだろうか。

専門性を求め、6割が新たに「CAIO」の雇用を検討

世間で議論されている「AIが人間から仕事をうばう」という見解についてはどうだろう。 95%が「2030年までに雇用になんらかの影響をあたえる」と、AIによる影響は回避不可能との見解を示している。「社内のほとんどの仕事がAI化される」と悲観視しているのは、そのうち21%と5人に1人の割合だ。それほど危機感迫るといった感はない。

未知のものに対する恐怖感や懸念は薄れ、「人間とロボットが上手に共存していく手段」を探索する方向に傾いているのだろう。

予測される変化に伴い、組織の構造にも改革が求められるはずだ。現時点ではチーフ・インフォメーション・オフィサー(CIO)やチーフ・テクノロジー・オフィサー(CTO)にAI関連の業務を一任している企業が多いが、今後は専門性を追求し、チーフAIオフィサー(CAIO)という新たな役職が設けられそうだ。

調査に協力した47%のCIOと43%のCTOがAI関連の業務を担当しているが、全体の総体的には61%がCAIOの雇用を検討している。

すでにCAIOあるいは同等の人材を雇用しているのは8%。45%が今後1年以内の雇用を検討している。

「異常検出」や「音声認識」で利便性の改善を実感

それでは実際にどのような利益を企業は実感しているのだろう。

最もAI技術の採用が貢献している領域は「システム異常などの検出」「音声認識」で、27%がすでに利便性の向を感じている。「コンピュータビジョン(コンピューターに読み込んだ画像情報を処理し、必要な画像情報を取り出す技術)」や「業務の自動化」「推奨システム」などにも役立っているようだ。

AIの分析技術という観点では、「コングニティブ・デザイン(認知設計)」や「インテリジェント・ワークフロー(テクノロジーによる業務プロセスの効率化)」「決定の自動化」「機械学習・深層学習」などに、過半数の回答者が注目している。

2016年の企業によるAI投資額は最高390億ドル?

具体的にどれほどの金額が、企業からAI産業に流入しているのかが気にかかる。

マッキンゼー・グローバル・インスティテュート(McKinsey Global Institute)は最新の調査報告書の中で、2016年に企業がAIに投じた額を260億〜390億ドル、Googleや百度(バイドゥ)など大手ITによる投資がそのうち200〜300億ドルと見積もっている。2013年と比較すると3倍の規模だ。

全体の90%はR&Dや設備に投じられ、残り10%はAI関連スタートアップ買収に流れている。 ベンチャーキャピタル(VC)やプライベート・エクイティー・ファイナンス(未上場企業への投資を通し、株式の上場や企業売却で利益を得る投資手法)、シード投資は総額60億〜90億ドルに急拡大した。最大の投資を集めたのは機械学習分野とのことだ。

ただしAIの実用化はまだまだ初期段階にあるため、今後のAI投資の成長予想にはばらつきがある。2025年までに投じられると予想されている金額も、6.4億〜1260億ドルと大きく開くが、マッキンゼーはいわゆる「AI投資バブル」が弾け飛ぶ可能性は極めて低いと見ている。

内部・外部という概念を取り払った協調戦略が不可欠

大手企業によるAI関連の投資規模がこれほどまで急拡大した理由は、カスタマーサービスの向上と自社業務の効率化、コスト削減であることはいうまでもない。

Google、Microsoft、Amazon、Facebookのような大手IT企業間にとどまらず、テスラやトヨタ、フォルクスワーゲン、BMWといった自動車メーカーから各国政府までが、AI技術を未来を担う核技術と見なし、巨額を投じている。

しかし企業規模や投資規模を問わず、インフラ、人材、予算など先に述べたような問題の解消が求められている。こうした問題に効果的な対策を講じることが、今後の課題となるだろう。 テラデータは投資に見合う、あるいはそれ以上の利益を生みだす上で、新鮮な洞察力や目標の明確化のほかに、内部・外部という概念を取り払った協調戦略が不可欠であると結論づけている。 自社の持ちうる知識、経験、技術を最大限に活かしながら、スタートアップやライバル企業との提携が成功に導く—こうした風潮はAI技術にかぎらず、あらゆる産業で常識になりつつある。(アレン・琴子、英国在住フリーランスライター)