有力ヘッジファンドであるグリーンライト・キャピタルを率いるデイビッド・アインホーン氏(49)は、2008年の金融危機の発端となった米証券大手リーマン・ブラザーズの破綻を事前に見抜き、同社に対して空売りを仕掛けて大きな投資成績を収めたことで、一躍「的確に市場予測ができるスター投資家」の地位に祭り上げられた。アインホーン氏の純資産は2017年現在で15億ドル超に達している。

2013年まではその抜群のセンスで年平均リターン20%という好成績をあげていたが、近年はさえない。グリーンライト・キャピタルは2017年の10月までの通年リターン成績が2.6%と、米ヘッジファンド平均の7.2%に劣るばかりか、S&P 500指数の17%にも負けており、散々だ。アインホーン氏の未来を見通す目は衰え、彼の時代はもう終わってしまったのだろうか。

アインホーン氏の発言を見ると、現時点での負けを認めながらも、ブレない相場観を持って、勝機が必ず再び訪れることを確信しているのがわかる。その自信はどこから来るのか。根拠はあるのだろうか。探ってみよう。

「綿密な調査」と「大胆な空売り」

アインホーン氏の2018年の予測を分析する前に、なぜ彼がリーマンショックを予想できたのか、なぜその時に勝てたのかを知っておく必要がある。

まずアインホーン氏は、「投資の神様」ことウォーレン・バフェット氏を尊敬しているが、投資スタイルはバフェット氏の「買い・保有」の反対である「売り」である。つまり、市場や特定銘柄が全体的に下げる局面で儲けが出やすい手法であり、市場や特定銘柄が上げるほど儲けも膨らむバフェット氏のやり方とは、対極に位置している。

リーマンショックを事前に察知できたのも、この空売りスタイルが発端だ。2008年5月、アインホーン氏は住宅サブプライムローン問題により多数の米大手金融機関が損失を計上するなか、リーマンに同様の損失が出ていないことに注目。

リーマンの財務資料を分析し、同社がローンなどを担保とする65億ドルもの債務担保証券を保有しながら適切な会計処理を行っていない、つまり損失隠しの粉飾決算を行っていたことを突き止めたのである。競合がしっかり目を通していない財務諸表を深く読み込むことがいかに重要か、よくわかる。

リーマンの資産価値は過大に公表されていた。これを見抜いたアインホーン氏はリーマン経営陣からの反撃を怖れずに事実を公表する一方、「高く売ってから安く買う」空売りを仕掛けた。同社株が60ドル近くで推移していた2008年3月に、まずリーマン株式を大量に借り付けて時価で売ったのである。仮に1万株とすると、約60万ドルの売却益が得られたはずだ。

ところが、粉飾決算が明るみに出たリーマンが2008年9月に経営破綻した際には、同社株は4ドル割れした。この時点で、アインホーン氏は貸主に返却すべきリーマン株式を買い戻す。仮に1万株であれば、4万ドルだ。こうして、60万ドルから4万ドルを差し引いた56万ドルが収益となる。

アインホーン氏による実際のリーマン株の購入株数は明らかではないが、非常に大きな数だったと思われる。この空売りでアインホーン氏が巨額の利益を得たことだけは確かだ。

このように、アインホーン氏の「徹底調査・空売り」手法は株価が下落局面にある時期に儲けが出やすい。だが、現在のようなトランプ相場のイケイケ局面では、思ったような成績をあげることが難しいのだ。

変わらない信念「再び危機は起こる」

グリーンライト・キャピタルの運用成績は近年さえないが、それでもアインホーン氏は自身の空売りスタイルに強い自信を見せている。市場の上昇局面による成績低下を「非常に大きなチャレンジだ」と率直に認めつつも、近い将来に再び株価が調整局面あるいは下落局面に入った際に、巨額の利益を得られることを知っているからだ。

リーマン・ブラザーズの破綻から2018年で10周年を迎えるが、この10年間を振り返ったアインホーン氏は、英オックスフォード大学での講演で、次のような相場観を披露した。

「前回の金融危機で明らかに問題であった高度な仕組み証券のリスクは、他に移転されず、適切な評価もなされないままだ。格付け機関の数も足りない。デリバティブ商品市場の問題も解決されていない。救済が行われただけで、当時の問題は、何も根本的に解決されていないのだ」

金融危機の問題は見えないところでくすぶり続けており、再び危機は起こることをアインホーン氏は示唆している。それが、彼が「バリュー投資」と呼ぶ空売りスタイルの狩場となる。流れが変われば、売り浴びせが再び巨額の利潤をもたらすのだ。アインホーン氏はこう述べている。

「バリュー投資はある時点で、顕著な回復を見せるだろう。潮流が変化する時には、逆転があっという間に起こる。そして必ずそうなる」

アインホーン氏が空売りを仕掛ける銘柄

こうした相場観に基づき、アインホーン氏は米ネット通販大手のアマゾン・ドットコム、米映像ストリーミング配信大手のネットフリックス、米電気自動車大手のテスラの株に売りを仕掛けてきた。アマゾンについては、8月の米生鮮スーパー大手ホールフーズの買収の際、「アマゾンが競合を潰せても、そうした競合の得ていた利益を横取りできるとは限らない」と、否定的な見方を示した。

ところが結果は散々で、アマゾン株は11月に15%、通年で47%も上げた。ネットフリックス株も11月に8.7%、通年で59%と好調だ。テスラだけが11月に5%下げたが、通年では50%上昇するなど空売り成績は良くない。この失敗のパターンはここ数年一貫している。2016年に売り込んだアップル株がその後急騰して、安く仕入れたバフェット氏が「勝った」という事例もある。

さらに、アインホーン氏は「売る」だけではなく、買い入れて長期保有する「ロング」のポジションもとっている。ところが、大口でロングにする米ジェネリック製薬大手のマイランや米自動車大手ゼネラルモーターズ(GM)は7〜9月期に下げた。米株式市場が全体的に上昇局面にあるにもかかわらず、ロング銘柄のパフォーマンスも芳しくない。泣きっ面に蜂である。

だが、アインホーン氏はじっと忍耐をもって「持続的な下げの局面」を待ち構えている。それは「もし」ではなく、「いつか必ず」の世界なのだ。

こうしたなか、セントルイス連銀のブラード総裁は12月1日、「連邦公開市場委員会(FOMC)が政策金利を引き上げ続けていけば、長短金利が逆転する逆イールドが生じる重大なリスクがある」と発言。

「逆イールドは(株価の下落や景気後退を示唆するもので)本質的に経済への弱気シグナルだ。市場と政策担当者の注意に値する」と警鐘を鳴らしている。だが、逆イールドはアインホーン氏の狩場だ。

この他にも、弱い物価上昇率や一向に伸びない資金需要など、強気の米連邦準備理事会(FRB)の景気予測に疑問符がついている。アインホーン氏が再びスター投資家の座に返り咲く日は、案外近いのかもしれない。(在米ジャーナリスト 岩田太郎)