リスクマネジメントとしての「会計思考力」を身につける
企業の財務を読み解く「会計思考力」は、幅広い分野で活用できるものです。たとえば、決算短信や財務諸表を読み解く力があれば、怪しい会計をしている会社に投資し大損を被るリスクを減らすことができます。
こうした「リスクマネジメントとしての“会計思考力”」について、『武器としての会計思考力』の著者・矢部謙介さんに語っていただきました。
不適切会計が行なわれているのは東芝や富士ゼロックスだけではない
近年、粉飾決算に代表される「企業による不適切会計」が後を絶ちません。2016年以降に限っても、昭光通商、日本カーバイド工業、船井電機、パスコ、テクノメディカ、ホウスイといった会社が、不適切な会計処理を理由に日本証券取引所グループに対して改善報告書を提出しています。また東芝や富士ゼロックスで発覚した粉飾決算の事例も記憶に新しいところです。
これらの会社はすべて一部上場の、いわゆる大企業に類する企業ばかりです。会計のエキスパートである公認会計士による監査が行なわれている上場企業ですら、こうした不適切な会計処理が行なわれているわけですから、会計監査の入らない中小企業では推して知るべしということになります。
不適切会計には、利益のかさ上げなどを目的に意図的に行なわれるものと、過失によるものの双方がありますが、そのうち「意図的に行なわれた不適切会計」を粉飾決算と呼びます。こうした粉飾決算を行なうような企業を見抜くことができなければ、取引などで思わぬ損失を被ることになりかねません。
粉飾決算が行なわれる理由と、その手口
では、「なぜ粉飾決算が行なわれるのか」。その理由と手口を見てみましょう。
粉飾決算は、主に売上や利益を実態よりも過大に見せることを目的に行なわれます。そもそも、会計処理の方法には裁量の余地が認められており、会計処理方針の違いによって売上や利益は変動するものです。しかし、ここで言う粉飾決算とは、適切な会計処理のルールを逸脱してしまったものを指します。
ルール違反を犯す理由は各企業によってさまざまですが、中小企業であれば「業績不振に伴う金融機関からの融資打ち切りを避けるため」といったケースが多く見られます。例えば建設土木業の場合、業績が公共工事の入札資格の審査に影響するため、こうした審査をクリアするために粉飾が行なわれることもあります。一方、上場企業の場合は、自社の株価維持を目的に行なわれることが多いようです。
また、粉飾決算の代表的な手口として、
1.売上を過大に計上する
2.費用を過少に計上する
の2つが挙げられます。それぞれ簡単にみてみましょう。
売上の過大計上に使われる「循環取引」
売上高を過大に見せる代表的な手法の1つに「循環取引」があります。これは、複数の会社の間で同じ商品の売買取引をぐるぐる回していく取引のことを指します。粉飾を行なう企業は、循環取引を行なうことによって売上と利益を水増ししようとするわけですから、購入価格より販売価格が高くなるように取引価格を設定します。
したがって、この取引を回していくと商品価格は10万円→20万円→30万円→40万円……と、どんどん高くなり、取引金額が大きく膨れ上がっていきます。
その過程で、仮に循環取引に関わっている1社が経営破綻した場合、巨額の売上が回収不能となって循環取引が破綻し、一連の企業による粉飾決算事件として明るみに出ることになります。また、会計監査や内部告発などを通じて発覚し、破綻を迎えるケースもあります。
費用の過少計上に使われる「棚卸資産の粉飾」
一方、費用を過少に計上する際によく使われるのが、売上原価を過小に計上する手口です。売上原価とは、製品の製造や商品の仕入などにかかるコストのことです。この売上原価は、期首在庫に期中の在庫仕入を加えたものから、期末在庫を差し引いて計算されます。
ここでたとえば、架空在庫の水増しなどで期末在庫を過大に計上すると、売上原価が過少となり、利益を過大に見せることができるのです。
しかしながら、これを繰り返していくと、毎年過大な在庫が雪だるま式に積み上がってしまうことになります。あまりに在庫金額が膨らめば、貸借対照表は不自然な姿となり、ここから粉飾決算が発覚してしまいます。
東芝の粉飾決算はどのようにして行なわれたのか?
では、近年まれにみる規模の事件となった東芝のケースでは、どのような手口で粉飾が行なわれたのでしょうか?
東芝の粉飾決算に関する第三者委員会の調査報告書によると、東芝の粉飾は、次の4つの方法で行なわれたとされています。
1.インフラ事業における工事進行基準における工事原価総額の過少計上
2.映像事業における経費計上
3.半導体事業における在庫の評価
4.パソコン事業における部品取引
これらの粉飾の手法をすべて詳しく説明するとやや難しくなってしまうので、それぞれの内容について簡単に触れることにしましょう。
1.インフラ事業における工事進行基準における工事原価総額の過少計上
インフラ事業において、工事進行基準(工事の進捗度に応じて売上、費用を計上する方法)を悪用して売上や利益を水増しする方法です。
工事進行基準では、当期に発生した工事原価の額を、予め見積もった工事原価総額で割って工事の進捗度を計算し、その進捗度に応じて売上を計上します。また、見積もった工事の収益(売上)総額よりも見積原価のほうが大きい場合、工事損失引当金を計上しなければなりません。
ところが、東芝では、工事原価を意図的に過少に見積もることで、工事の進捗度をかさ上げして売上を水増しするとともに、工事損失引当金を過少に計上していました。
2.映像事業における経費計上
本来当期に計上しなければならない費用を、取引先に請求書の発行を遅らせてもらうなどして、費用計上を遅らせるという手口です。東芝では、こうした費用計上の延期に加えて、翌期の調達価格の上昇を前提としながら当期の仕入れ価格を値引きするといった形での費用操作なども行なわれていたようです。
3.半導体事業における在庫の評価
半導体事業において、販売の見込みのない滞留在庫の評価減(在庫の計上金額の見直し)を実施せず、損失計上を行なわなかったというものです。さらに、調査報告書では原価計算上のトリックを用いた利益のかさ上げも報告されています。
4.パソコン事業における部品取引
東芝が仕入れた部品を組み立て会社(ODM)に供給する際、供給価格を調達価格の何倍にも設定し(この供給価格を「マスキング価格」と呼びます)、期末にODMに対して部品の押し込みを行なうことで、マスキング価格と調達価格の差額分を利益として計上していたものです。
本来、この差額は完成品がODMから納入された段階で解消されるべきものですが、東芝では意図的に四半期決算期末の段階で部品の押し込みを行ない、かつ決算時点で利益の計上を解消する会計処理を行なっていませんでした。
こうした取引を通じて利益を計上し続けるためには、その取引金額を大きくしていかなければなりません。そのために、東芝ではマスキング価格の吊り上げを行ないました。こうした粉飾を続けた結果、下の図に表したように、2012年度の半ば以降、四半期決算の期末月にはPC事業における営業利益が売上高を上回るような異常な状態になってしまっています。
これらの粉飾は巧妙に仕組まれていたため、2015年4月に内部通報が行なわれるまで発覚しませんでしたが、いずれも売上を過大に、費用を過少に計上することにより、利益を水増しする目的で行なわれていました。
東芝のケースでは、さまざまな手口を駆使して粉飾しているため、内部告発がないととても見抜けないようになっていましたが、一般的な粉飾決算を外部から見抜くための手段としては、回転期間分析やキャッシュ・フロー分析などがあります。
先ほどの東芝などの事例を踏まえつつ、こうした財務データを使った分析をフル活用して行なえば、公認会計士や経理のスペシャリストではない一般のビジネスパーソンでも、粉飾決算の可能性を探ることができ、仕事や投資などに役立てることができるでしょう。
本記事では、「粉飾決算などの会計のトリックやワナに引っかからない、リスクマネジメントとしての“守りの会計思考力”」について、矢部さんから解説していただきました。しかし、会計思考力には「会社を成長させるための“攻めの会計思考力”」もあります。
『武器としての会計思考力』ではそうした「攻めの会計思考力」の使い方についてもふんだんに盛り込んでいます。是非、手に取ってみてください。
(提供: 日本実業出版社)
【編集部のオススメ 日本実業出版社記事 】
・「お金が集まる事業計画書」に必要な4つのエッセンスとは
・“簿記”は500年前から経済を支えてきた、美しいシステム
・安易な値下げはなぜ危険? 「限界利益率」から分かる会社の儲けパワー
・ 経理部長が語る「経理の新人が1年で覚えること」
・銀行員は「中小企業の決算書」をどう読んでいるのか