要旨

公的医療保険収支状況,健康増進
(画像=PIXTA)

健康保険の保険者は、加入者の立場に立って健康の保持増進を図り、病気の予防や早期回復を図る役割が期待されている。2015年国保法等改正で、保険者による個々の加入者の自主的な取り組みの支援を法律に位置づけ、これまでより、積極的に介入することが求められるようになった。

本稿では、公的医療保険の保険者ごとの財政構造の違いについて紹介したあと、各保険者の健康づくり政策の更なる実効化に向けたインセンティブ見直しについて紹介する。

保険者の収支の状況

◆保険者の役割

日本の公的医療保険制度は、75歳未満の自営業者、年金生活者、非正規労働者等が加入する国民健康保険制度、被用者とその扶養家族が加入する被用者保険制度、75歳以上が加入する後期高齢者医療制度で構成されており、国民はそのいずれかに加入する(国民皆保険)。

被用者が加入する被用者保険制度のうち、健康保険組合(組合健保)は、一般に700人以上の従業員が働いている大企業やグループ会社が自前で設立している(*1)。一方、協会けんぽは、全国健康保険協会が運営する医療保険で、健康保険組合を持たない企業の被用者が加入する。また、国家公務員、地方公務員、私学教職員が加入する共済組合がある。

保険者は、健康法によって、加入者の健康の保持増進を図り、病気の予防や早期回復を図る役割を担うことが求められており、主な役割は、(1)被保険者の資格管理、(2)保険料の設定・徴収、(3)保険給付、(4)審査・支払、(5)保険事業等を通じた加入者の健康管理、(6)医療の質や効率性向上のための医療提供側への働きかけ等である。

制度ごとに、加入者の年齢や職業などの属性が異なるものの、近年の医療費の高騰(*2)を背景に、どの制度においても厳しい財政状況が続いている。

公的医療保険収支状況,健康増進
(画像=ニッセイ基礎研究所)

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(1) 単一企業による単一型健康保険組合の他、同業種の複数の企業が共同で設立する総合型健康保険組合や、同一都道府県内に展開する健保組合が合併した場合の地域型健康保険組合がある。
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2)村松容子 「医療費支出の概要」 ニッセイ基礎研レター2017年10月13日
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◆保険者ごとの収支

(1) 収入

日本の公的医療保険制度では、被保険者が保険料を負担する社会保険方式を採用している。しかし、保険者ごとに被保険者の年齢や年収に偏りがあるため(図表1)、年齢構成が高く、所得水準が相対的に低い国民健康保険や、被用者保険の中では所得水準が低い協会けんぽ、75歳以上の後期高齢者医療制度では財源の一部を公費で負担しており、給付費や事務費に充てている。

図表2は、2014年度の保険者種類別の収支を示している。市町村国保の収入は、保険料が2割程度であるのに対し、公費(国庫負担、都道府県・市町村負担)が4割程度と公費負担分が大きい。国庫で負担しているのは保険給付等に対する定率補助分と市町村ごとの財政力にあわせた調整交付金、および低所得者への保険料補助金である。また、前期高齢者が多いことから、被用者保険からの前期高齢者納付金が充てられている(図表2①)。協会けんぽは、85%が保険料収入である。ただし、中小企業の従業員で構成され所得水準が比較的低いことから国庫による補助が行われている(図表2②)。組合健保は、ほとんどすべてが保険料収入である。原則として国庫による補助はない(*3)(図表2③)。共済組合も同様である。一方、後期高齢者医療制度は、半分が公費(国庫が3割程度、都道府県と市町村が2割程度)、約4割が現役世代からの交付金(後期高齢者支援金)であり、保険料収入は1割に満たない。また、低所得者に対しては減額措置が行われ、その分は公費が充てられている(図表2④)。

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(*3)後期高齢者支援金の負担が重い保険者に対しては、後期高齢者支援金に対する全面総報酬割へ移行するまで臨時補助金があてられている。
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(2) 支出

市町村国保は、支出の約7割が保険給付である。その他、後期高齢者支援金として約1割強を後期高齢者医療保険制度の給付財源として納付する。後期高齢者支援金は、後期高齢者医療保険制度の給付実績に基づく(図表2①)。協会けんぽは、支出の6割が保険給付である。前期高齢者納付金と後期高齢者支援金がそれぞれ約2割程度にのぼる(図表2②)。組合健保の保険給付は、支出の5割程度であり、他の保険者種別と比べて割合が低い。前期高齢者納付金と後期高齢者支援金がそれぞれ約2割強である(図表2③)。後期高齢者医療制度は、支出のほぼ全額が保険給付である(図表2④)。保険事業にはいずれも数%である。

公的医療保険収支状況,健康増進
(画像=ニッセイ基礎研究所)

一般に、医療費は、年齢が高いほど高いため、後期高齢者医療制度と、前期高齢者の割合が高い市町村国保の支払いが多い。しかし、後期高齢者医療制度では、収入の約9割が公費や現役世代からの支援金で成り立っていること、市町村国保では、約半分が公費であるほか、一般会計からの法定外繰入が可能であることから、被用者保険と比べると医療費支出に対する抑制が利きにくい構造となっていることが問題とされることがある。

医療費適正化・健康増進に向けた取組みをすべての保険者で強化することが求められている。

健康増進に向けた取組み推進のための保険者へのインセンティブの見直し

◆現行のインセンティブ

現在、医療費適正化・健康増進に向けた取組みは、40~75歳を対象とした特定健診・保健指導の実施が中心となっている(高齢者の医療の確保に関する法律)。

現行の制度では、国保と被用者保険に対して取組みの状況に応じて、後期高齢者支援金の加算・減算といった財政面でのインセンティブが与えられている。特定健診・保健指導の実施率が0.1%未満の保険者には加算し、実施率が特に高い保険者には後期高齢者支援金負担を減算する。対象となる保険者は2016年度では加算対象が95保険者、減算対象が147保険者(*4)程度である。しかし、加算率は+0.23%、減算率は▲0.05%程度と、加減算の影響は小さく、大きな効果は働いてこなかったと推測できる。

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(*4)2016年度確定後期高齢者支援金見込額の速報値での試算。2017年10月18日「第30回保険者による健診・保健指導等に関する検討会資料」より
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◆2018年度からのインセンティブ

保険者の役割を明確にし、保険者による取組みを強化するため、2015年の高齢者の医療の確保に関する法律の改正で、厚労省が全国の医療費適正化計画の進捗を公表することになった。これに基づき、2017年度実績から特定健診・保健指導の実施率が公表される。また、同じく2015年の国保法等改正で、保険者による医療費適正化に向けた取組みに対するインセンティブが見直され、2018年度から導入される。

① 国保
国保に対しては、保険者努力支援制度を創設(700~800億円)する。都道府県と市町村それぞれに対して、健康増進に向けた取組み実施状況を得点化し、保険者ごとに総得点に応じて財源を按分する。なお、市町村に対しては2016年度から前倒しで実施している(150億円)。

② 協会けんぽ
協会けんぽについては、健康増進に向けた取組み実施状況を得点化し、都道府県支部ごとに、総得点に応じた報奨金によって後期高齢者支援金に係る保険料率を割り引く。

③ 組合健保、共済組合
組合健保、共済組合に対しても、健康増進に向けた取組実施状況を得点化し、上位の保険者について後期高齢者支援金を減算する一方で、特定健診・保健指導の実施率が低い保険者については加算する。加減算の割合は状況に応じて3区分で設定するが、最大±10%と、現行の制度と比べて大きい。

④ 後期高齢者医療広域連合
後期高齢者医療広域連合に対しては、健康増進に向けた取組実施状況を得点化し、都道府県ごとの広域連合ごとに総得点に応じて2018年度から新設される特別調整交付金(100億円)を按分する。2018年度から本格導入されるが、2016年度から前倒しで実施している(20億円)。

評価項目は、すべての保険者に共通する項目と、保険者種別ごとに実態にあわせた独自項目がある。共通する項目は、(1)特定健診・保健指導、(2)特定健診以外の健診(がん検診、歯科健診など)、 (3)糖尿病等の重症化予防、(4)ヘルスケアポイントなどの個人へのインセンティブ等、(5)重複頻回受診・重複投薬・多剤投与等の防止対策、(6)後発医薬品の使用促進等、これまでの特定健診・保健指導の実施だけに比べて多岐にわたる。保険者ごとの項目には、国保では保険料収納率の向上や法定外繰入の減額、組合健保では配偶者など被扶養者の健診実施率向上、後期高齢者医療広域連合では高齢者の特性(フレイルなど)を踏まえた取組みなど、それぞれの状況に合わせたものがあげられている。

保険者の取組みを評価する項目の中には、予防・健康づくりに取り組む加入者に対するインセンティブを付与することも入っている。すでに、一部の健保組合や市町村では、ヘルスケアポイントを付与し、健康グッズ等と交換できるようにするなどの取組が実施されている。付与されたポイントは、健康グッズや人間ドック割引等に交換することができる。

インセンティブ見直しの影響

高齢化や医療費の高騰を背景に、どの制度においても厳しい財政状況が続いており、医療費適正化及び健康増進に向けた取組みをすべての保険者で強化することが求められている。今回、保険者インセンティブの見直しによって、健康増進に向けた取組みを実施することで、財政面でのインセンティブが、市町村国保や被用者保険では強化され、後期高齢者医療制度では新たに導入される。また、評価の指標は、特定健診・保健指導だけではなく、各保険者で課題となる多くの指標が取り入れられ、各指標に得点が割り振られた。

見直しの影響について考えると、組合健保や共済組合においては、後期高齢者支援金加算率が0.23%から10%にまで増加するだけでなく、特定健診・保健指導実施率が公表される。その結果、厚労省では、保険者による取組みはこれまでより浸透すると想定しており、取組み実施状況が悪いことで、加算対象となる保険者は、現在の4割程度にまで減少することを見込んでいる。市町村国保においては、取組みの状況に応じて保険者努力支援制度による交付金があるが700~800億円規模であり、一般会計からの法定外繰入(現在3500億円程度)が減らなければ大きな影響は及ぼさない可能性がある。

また、リストアップされた各項目の医療費適正化・健康増進への貢献度合いは、まだ検証中のものもあり、得点と貢献が合致していない項目が含まれている可能性がある。個人のインセンティブについても、よほどインセンティブが魅力的でない限り、健康無関心層への働きかけは依然として課題となるだろう。特定健診の受診率向上や市町村国保における保険料収納率の向上等は評価項目に含まれるが、これまでも各保険者で重点的に取り組んできたことから、今回の見直しによる改善は限定的である可能性も指摘されているようだ。

保険者インセンティブだけでは、医療費の適正化や健康増進に対する貢献は限られていると思われるが、評価項目にはジェネリック薬品の更なる浸透や過剰投与削減は医療費削減に直接的に影響する項目も含まれる。また、保険者ごとに加入者の健康増進にむけた課題は異なるため、どういう取組みを優先的に行ったらいいかわからなかった保険者からすると、評価項目がリストアップされ、各項目に得点がふられたことから、実施の優先順位をつけやすくなったと考えられる。また、個人へのインセンティブを行うことで、たとえば特定健診をこれまで積極的には受診していなかった加入者の継続受診が促進でき、早めにリスクを知ることができれば、健康増進につながり得る。

保険者ごとに被保険者の年齢や年収に偏りがあるため、被用者保険から高齢者医療へ支出するのは当然であろうが、被用者保険からの支出だけで現在の医療費の上昇に対応しきれない。薬価の抜本改革等の医療費の見直し、および全国民で健康増進による医療費の適正化を進める必要があるだろう。健康増進は成果を出すまでに長期間を要するものも多いことから、保険者には継続的な取組み実施を期待したい。

村松容子(むらまつ ようこ)
ニッセイ基礎研究所 保険研究部 准主任研究員

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