「AIスピーカーブーム」の先にあるものとは?

田中道昭(立教大学ビジネススクール教授)
(画像=The 21 online)

コンピュータである「アルファ碁」が人間の棋士に勝ったことで、一躍脚光を浴びることになったAI(人工知能)。「AIが人の仕事を奪う」「AIは人間を超えるか」という議論も盛んにされているが、私たちの身近な製品にも応用され始めている。

そのひとつが、2017年の後半に各社が相次いで発表した「AIスピーカー」だ。LINEの「Clova WAVE」、グーグルの「Google Home」、そして、アマゾンの「Amazon Echo」。

科学技術の進化は私たちの世界にどのような変化をもたらすのか。

今回は、『アマゾンが描く2022年の世界』(PHPビジネス新書)の著者である立教大学ビジネススクール教授・田中道昭氏に、アマゾンの戦略をもとに、これから到来する未来について語っていただいた。

「アマゾン・エコー」は私たちの生活を変えるか?

――アマゾンがアマゾン・エコーを発表してすぐに予約されたそうですね。アマゾン・エコーは私たちの生活にどのような変化をもたらすでしょうか。

AIアシスタントである「アマゾン・アレクサ」を搭載したアマゾン・エコーの最大の特徴は「話しかけるだけですべて済んでしまう」ことだと私は考えています。たとえば、話しかけるだけで、音楽をかけてくれたり、スポーツの試合結果を教えてくれたり、天気予報を調べてくれたり、レストランを予約してくれたり、ピザを注文してくれたりと、2万5000以上のスキルを持っています。

日本においても、大手金融機関、携帯電話3社、ヤフー、JR東日本などがアマゾン・アレクサのスキルに参加するとの報道もあり、今後も多くの企業が追随するものと思われます。

「話しかけるだけ」というのは「タッチ操作が不要」ということであり、そこがタッチパネルでの操作をベースにしているスマートフォンとの最大の違いです。

そして、この小さな筒状のスピーカーが搭載している「アレクサ」のポテンシャルには目を見張るものがあります。アマゾンの創業者であるジェフ・ベゾス自身が「エコーはアレクサ搭載商品の第一弾に過ぎない」と言っているように、「アレクサ」はさまざまな可能性を秘めています。すでに、アマゾンとGEが提携し、アレクサ対応システムを組み込んだIoT家電を開発していますし、自動車にも搭載され始めたりと、アレクサが生活サービスのエコシステムとなる日はそう遠くないでしょう。

――米国ではすでに発売されていたアマゾン・エコーですが、日本では2017年の11月に発売されることになりました。なぜ、この時期だったのでしょうか。

アマゾンは「地球上で最も顧客第一主義の会社」というのをミッション&ビジョンに掲げています。これはお題目ではなく、アマゾンのユーザー・エクスペリエンスへのこだわりにはすさまじいものがあります。おそらく、アマゾンはアマゾン・エコーの日本語対応能力に磨きをかけることに時間を割いていたのでしょう。そして、この2017年11月に万全といえるレベルにまで到達したと判断したからこそ発売されたのだと思います。

アマゾンのユーザー・エクスペリエンスのわかりやすい例としては、電子書籍リーダーである「キンドル」が挙げられます。他の企業が次々に電子書籍リーダーを投入するなか、アマゾンは沈黙を守っていました。その間、ベゾスは開発者たちに、読者がその存在を忘れるほどのデバイスを開発するよう指示を出し続け、ようやく完成したのがキンドルだったのです。そして、キンドルのユーザー・エクスペリエンスは他のデバイスを圧倒するものであり、急激に普及していきました。

人類はアマゾンなしでは生きられなくなる!?

――さきほど、アレクサが生活サービスのプラットフォームになると指摘されていたように、ECからスタートして、リアル店舗にも進出してきたアマゾンは、私たちの生活に欠かせないものになりつつあります。今後、ベゾス率いるアマゾンは、私たちにどのようなインパクトを与えると考えられますか。

私は近い将来、アマゾンは、無人コンビニである「アマゾン・ゴー」をさらに進化させた店舗を多数展開するのではないかと考えています。商品を手に取ったまま店を出ると自動で決済されるのはもちろん、ネットで注文した服を試着するスペースや、イートインカフェ、シェアオフィスなども完備されている、そんなコンビニです。

また、利用者は、アマゾン・アレクサを搭載したデバイスを持っていれば、生産者情報などを含む商品の詳細をシームレスに把握することができたり、店頭にある商品について「自宅まで運んでほしい」と瞬時に指示を出すことも可能になってくるでしょう。そして、すでに、米国アマゾンでは「アマゾン・フレックス」というサービスが開始され、従来の宅配業者に頼らない宅配網整備に着手していますが、将来的には一般の人が会社の行き帰りなどを利用して荷物を運ぶサービスに従事する可能性すら秘めています。

さらに、アマゾン ウェブ サービス(AWS)がクラウドコンピューティング、ビッグデータ分野で拡大を続けていますし、ベゾスは宇宙事業も本格化させています。すでに「ECの巨人・アマゾン」という言葉は過去のものになりつつあり、「エブリンシング・カンパニー」「テクノロジー企業」へと進化していると捉えなければ、アマゾンの本質を見誤ることになるでしょう。

「巨人」アマゾンに死角はあるか?

――あらゆる業界を震撼させているアマゾンに死角はないのでしょうか。

じつは、私はアマゾンのヘビーユーザーで、すでにアマゾンなしの生活は考えられないほどなのですが、近い将来、その度合いはもっと進むに違いありません。

今、「アマゾン効果」(Amazon Effect)という言葉が注目を浴びています。当初、アマゾンが既存のECや小売業界に影響を与えていることを意味していましたが、今ではあらゆる産業や国の金融・経済政策にまで影響を及ぼすことを指すようになってきました。また、アマゾンに顧客と利益を奪われること指す「アマゾンされる」(to be amazoned)という言葉が生まれるほどに、アマゾンのプレゼンスは高まってきているのです。

しかし、アマゾンに死角がないかといえば、そうではありません。日本においては、宅配危機に際して、ヤマト運輸が値上げや物量制限をしたように、アマゾンがユーザー・エクスペリエンスを追求する過程では、いくつもの問題が生じてくるでしょう。スマートフォンの位置情報やネットへのアクセス履歴、ネットの記事など、個人情報をどう扱うかという問題はすでに深刻化していますが、アマゾンだけでなく、AIスピーカーを展開する企業は、声などの情報、アプリから得られる情報などとどう向き合うかが問われることになります。

また、中国のアリババが一時、アマゾンの時価総額を上回ったと報道されたように、アマゾンの牙城を虎視眈々と狙っているライバル会社も存在しています。日本企業でいえば、破竹の勢いで拡大しているフリマアプリを展開する「メルカリ」もまた、アマゾンに対抗する新経済圏を創造できるポテンシャルを秘めているのではないかと考えています。

田中道昭(たなか・みちあき)
立教大学ビジネススクール(大学院ビジネスデザイン研究科)教授
シカゴ大学ビジネススクールMBA。専門はストラテジー&マーケティング、企業財務、リーダーシップ論、組織論等の経営学領域全般。企業・社会・政治等の戦略分析を行う戦略分析コンサルタントでもある。三菱東京UFJ銀行投資銀行部門調査役(海外の資源エネルギー・ファイナンス等担当)、シティバンク資産証券部トランザクター(バイスプレジデント)、バンクオブアメリカ証券会社ストラクチャードファイナンス部長(プリンシパル)、ABNアムロ証券会社オリジネーション本部長(マネージングディレクター)等を歴任。著書に『ミッションの経営学』など多数。(『The 21 online』2017年11月29日公開)

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