要旨

英国,EU離脱協議
(画像=PIXTA)
  • 英国の欧州連合(EU)離脱協議は18年初から第二段階に進む。第二段階は移行期間の協議から始まり、将来の関係の協議開始は3月以降となる。時間との戦いの様相を呈してきたが、英国のスタンスには曖昧な面がある上に、EUのスタンスとの隔たりもあり、この先も難路が予想される。

  • 移行期間について、英国は、およそ2年間の単一市場、関税同盟の残留を要望しており、EUは2020年末までの期間限定で応じるスタンスだ。協議は、離脱によって加盟国としての権利を喪失する英国が、EUが求める義務を受け入れることができるかが焦点となる。

  • 将来の関係について、英国は、EUがカナダと締結したレベルが高く、義務を伴わないFTAに金融サービス分野での特別な協定が加わったものを理想とする。だが、EUはカナダ型のFTA締結は可能だが、金融サービス分野のみの単一市場残留は認めないスタンスだ。

  • 第一段階の協議では、与党・保守党内での強硬派と穏健派との対立で英国側の交渉スタンスが定まらなかったことで、EU側が想定したよりも、時間を要する結果となった。英国内では国民投票後の離脱派と残留派の分断が続いている。メディアによってEU離脱関連の報道のトーンは違う。離脱対応を迫られる経済界は危機意識が強いが、世論の分断は解消する気配はない。

  • 第二段階の交渉でも、英国政府が、強硬派の主権回復への期待と、経済界や穏健派が抱く経済的な打撃への懸念の双方に配慮を求められる状況は変わらず、交渉姿勢は曖昧になりがちだ。

  • 英国、EUともに安易な妥協は出来ないだけに、第二段階の協議もぎりぎりの決着とならざるを得ない。だが、EU側も、英国の政治が混迷を深めて、無秩序な離脱に発展する結果は望んでいない。第一段階の協議の最終局面では柔軟性も発揮した。第二段階の協議でも最終的には現実的な解決策を見出すだろう。

はじめに

英国の欧州連合(EU)離脱協議は18年初から離脱後の関係を協議する第二段階に進む。 17年6月19日に始まった第一段階では、市民の権利、清算金、アイルランド国境問題という離脱に関わる3つの優先事項を協議した。

第二段階ではEU離脱による激変を緩和するための「移行期間」と「将来の関係」を協議する(図表1)。

英国,EU離脱協議
(画像=ニッセイ基礎研究所)

英国のEU離脱は19年3月29日23時(英国時間、ブリュッセル時間では30日午前0時)だが、円滑な離脱に必要な協定の批准手続きのため(1)、18年秋には協定案をまとめる必要がある。第一段階の協議の終了は、清算金についての英国政府の方針表明が遅れたことで、当初の目標の10月首脳会議から12月首脳会議にずれ込んだ。清算金では英国側が譲歩したこともあり、3つの優先課題のうち、アイルランド国境問題は事実上棚上げした形で前進を決めた(2)(*3)。

第二段階は移行期間の協議から始まり、将来の関係の協議は英国の明確な方針の表明を待って、3月以降に開始する。残された時間は10カ月余り。時間との戦いの様相を呈してきた。英国のスタンスには曖昧な面がある上に、EUのスタンスとの隔たりもあり、この先も難路が予想される。

以下では、本稿執筆までに公表された文書などを基に英国政府とEUの第二段階の協議へのスタンスの違い、メイ政権の交渉スタンスの曖昧さの背景にある英国内の分断を概観し、今後の展開について考察する。

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(1)交渉終了後、EU側の交渉官がEU理事会と欧州議会に協定案を提出する。欧州議会で英国出身の議員を含めた単純多数決による同意を得た後、EU理事会が強化された特定多数決((英国を除く27カ国の72%、27カ国の総人口の65%を代表する20カ国)で締結する。英国は議会で協定の批准を行う。詳細は駐日欧州連合代表部(2017)をご参照下さい。
(
2)離脱協議の優先課題の概要については伊藤(2017b)、優先課題の協議の結果については伊藤(2017c)をご参照下さい。
(*3)アイルランド国境問題では、EUとの離脱協議結果をまとめた報告書(European Union and the United Kingdom Government(2017))の公表と併せて、首相名で「北アイルランドへの6つの約束」という文書で「北アイルランドの英国での地位を支持する」、「英国市場における地位を保証する」、「英国内に境界を設けない」、「北アイルランドも含めて英国はEUの関税同盟からもEUの単一市場からも離脱する」、「ベルファスト合意を尊重する」、「北アイルランドも含めて英国はEU司法裁判所の管轄権から外れる」という原則に沿って公表する方針を表明し、アイルランド国境問題が関税同盟や単一市場からの離脱を阻害するとの懸念を払拭しようとしている。
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第二段階の協議への英国・EUのスタンス

◆移行期間

(1) 英国の要望

英国は移行期間をimplementation periodと称している。新たな関係に向けた導入の期間の位置付けだ。メイ政権が、将来的に、EUとは包括的なFTAに基づく関係に移行すること、つまり、財・サービス・資本・ヒトの移動の自由を原則とする「単一市場」からも、域内関税ゼロ、共通域外関税、共通通商政策からなる「関税同盟」からも離脱する「ハードな離脱」を進めようとしているために必要となる。

メイ首相は、移行期間を求める方針を17年1月のロンドンのランカスター・ハウスでの演説の時点で表明していたが、17年9月22日にフィレンツェで行った講演(*4)で、「現在と同じ条件での相互の市場アクセスを継続する」として「単一市場」と「関税同盟」への残留を示唆し、期間についても「およそ2年間」と明言した。移行期間中、EU市民は、英国を自由に訪れ、住み、働くことができるが、移行期間終了後の新たな入国管理制度の導入準備として、登録制度を設ける方針も表明している。

メイ首相は、12月11日、下院で離脱に伴う清算金についてEUとの間で、2020年に終了するEU中期予算への約束額は支払うことで合意しており、その間は現在と同じ条件での取引が可能という見方を示している(*5)。

英国は、「関税同盟」から離脱した段階でEUとして締結したFTAから離脱することになるため、移行期間中に、後述のEUとのFTA交渉と並行して、EU域外国とも通商交渉を行うことを望んでいると思われる。

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(4)GOV.UK(2017c)
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5)GOV.UK(2017e)
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(2) EUの交渉指針

EU側は、移行期間をtransition periodとしている。新たな関係に向けた架け橋となる期間との位置づけである。移行期間は、秩序立った離脱に必要との認識は英国と一致している。

移行期間の協議のため、17年12月20日、欧州委員会は、12月首脳会議で合意した交渉指針(6)に基づいて作成した指令案を加盟国政府の閣僚で構成するEU理事会に提案した(7)。18年1月29日に予定される総務理事会で指令を採択した後、移行期間の協議が始まる。

指令案では、移行期間を離脱協定の発効日から2020年末までの期間限定とするスタンスを示した。英国の「およそ2年」よりもやや短い期間としたことについて、バルニエ交渉官は、現在執行中のEUの中期予算の終了期限(2014年~2020年)と併せることが論理的であると説明した。

移行期間の基本原則は、(ⅰ)権利と義務のバランスを取り、競争条件を公平化すること、(ⅱ)単一市場の一体性を確保するため、セクター毎の参加は認めないこと、(ⅲ)加盟国と同じベネフィットは得られないこと、(ⅳ)財・サービス・資本・ヒトの4つの移動の自由のいいとこどりは認めないこと、(ⅴ)EUの意思決定とEU司法裁判所の管轄権を受け入れることである。

移行期間中の英国には、単一市場と関税同盟への残留にあたって、すべてのEUルールを移行期間中の変更も含めて受け入れること、EU予算への拠出、欧州委員会とEU司法裁判所の監視を受ける「義務」を果たすことを求める。他方、EU機関やEUの意思決定に加わる「権利」は失う。

移行期間の協議は、離脱によって加盟国としての権利を喪失する英国が、EUが設定した義務を受け入れることができるかが焦点となる。移行期間中の新たなEUルールの受け入れとEU司法裁判所の監視は、離脱派のボリス・ジョンソン外相が、メイ首相のフィレンツェ演説の直後に行われたタブロイド紙・サンのインタビューで移行期間のレッド・ライン(超えてはならない一線)とした4項目のうち1つである(*8)。保守党内の強硬離脱派の反発が協議の進展を妨げるおそれがある。

通商交渉の権限については、指令案には言及がないが、交渉は容認し、発効は関税同盟離脱後という取扱いになると思われる。

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(6)European Council (2017)
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7)European Commission(2017b)
(*8)Sun(2017a)。他に、移行期間は最低2年とし延長はしない、移行期間後の単一市場アクセスのための支払いはしない、影のEUル-ルの受け入れはしないことを挙げている。
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◆将来の関係

(1) 英国の要望

英国は、単一市場と関税同盟に残留する移行期間を経て、「新しく深く特別な関係」に移行することを求めている。

しかし、英国の要望の詳細はまだ明らかになっていない。12月のEU首脳会議で、移行期間の協議を先行させ、将来の関係の協議は18年3月以降とすることを決めたのは、英国政府の明確な方針が示されなければ、交渉指針をまとめられないからだ。

英国政府の方針は、18年初にも明らかになると見られるが、理想像はデービッド・デービス離脱担当相がBBCの番組で掲げた「カナダ・プラス・プラス・プラス」だ。EUがカナダと締結したレベルの高いFTA(=CETA、包括的経済貿易協定)に、金融サービス分野での特別な協定を加えることを意味するものだ。

英国政府が17年2月に公表した「離脱白書」でも(*9)、EUとのFTAでは、金融サービス分野では「可能な限り自由な取引」を目指す方針を掲げている。

カナダとのFTAは、単にレベルが高いだけではなく、離脱派が嫌ってきた「義務」から解放される利点もある(*10)。カナダは、EEA(欧州経済地域)を通じて単一市場に参加するノルウェーや、分野ごとに個別の協定を締結するスイスの場合と異なり、ヒトの移動の自由、EU予算への拠出、EUルールの受け入れなどの義務を負っていない。

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(9)GOV.UK(2017b)
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10)カナダ型、ノルウェー型、スイス型でのEU市場のアクセスに伴う権利と義務については伊藤(2016)をご参照下さい。
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(2) EUのスタンス

EUは、17年12月のEU首脳会議で、英国政府の方針表明を待って、18年3月に交渉指針を採択する方針で合意し、バルニエ主席交渉官率いるチームに準備を継続するよう指示した。将来の関係の協定締結は、英国が離脱し、第3国になってからとなるため、第二段階では準備協議を行い、合意内容を「離脱協定」に付随する政治宣言として盛り込む方針も確認した。

17年3月29日の英国の離脱意思の通知を受けて、17年4月29日付けでEU首脳会議が合意した交渉指針では(*11)、英国との将来の関係について、「EU未加盟国は、EU加盟国と同等の権利やベネフィットは享受できない」としているほか、FTA協定は、「バランスがとれ、野心的で幅広いものであるべき」で「単一市場への部分的な参加は、統合や適切な機能を損なうためできない」という方針を明記している。

カナダ型のFTAの締結は可能だが、それに加えて、金融サービス分野のみ単一市場残留を認めるような特別措置は考え難い。個別の法令ごとに第3国の規制や監督体制がEUと同等を認めて、単一市場へのサービスの提供を認める「同等性評価」と金融監督面での「相互協力協定」といった既存の枠組みがベースになる見通しだ。伊藤(2017a)で指摘した通り、単一市場に残留する場合に比べて、カバーされる業務の範囲が狭まり、サービス提供の自由度は大きく低下する。時間の経過とともに規制の乖離が広がり、「同等性評価」が撤回される可能性がある。

移行期間や同等性評価などを通じて、英国からEUの顧客への金融サービス提供の自由度と安定性は、離脱からしばらくは維持されたとしても、時間の経過とともに低下することは避けられそうもない。

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(*11)European Council(2017a)
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英国内の分断

協議の第一段階では、与党・保守党内の強硬派と穏健派の対立で英国側の交渉スタンスが定まらなかったことで、EUが想定したよりも時間を要する結果となった。

メイ政権の交渉スタンスが定まりにくい背景には英国内で国民投票後の離脱派と残留派の分断が続いていることがある。メディアによってもEU離脱関連の報道の重点は違う。離脱対応を迫られる経済界は危機意識が強い。世論の分断は解消する気配はなく、その一因は、EU離脱について、バランスの取れた情報を入手することが困難なことにあると思われる。

◆メディア

16年6月の国民投票時、英国の新聞は社説で離脱支持か残留支持かの立場を明確に示した。

離脱支持のメディアは、一般紙では「デイリー・テレグラフ」、タブロイド紙の「サン」、「デイリー・メール」などだ。残留支持の立場を採った新聞は「ガーディアン」、「タイムズ」、「フィナンシャル・タイムズ(FT)」、タブロイド紙では「デイリー・ミラー」、週刊誌では「エコノミスト」などだ。発行部数では離脱支持の新聞の方が、残留支持を大きく上回っていた(*12)。

英国のメディアは、離脱支持か残留支持かを問わず基本的に離脱協議の進展を前向きに評価しているが、報道のトーンには違いがある。国民投票で離脱を支持したメディアは離脱の確実な実現と主権の回復、残留支持のメディアは協議の遅れやEUのスタンスとの温度差を懸念し、円滑な離脱の実現可能性に関心を寄せる。

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(*12)田中(2016)を参考にした。
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(1) 離脱支持のメディア

離脱支持のメディアは、第二段階への前進を離脱への重要な一歩と位置付け、基本的に評価は前向きだ。ボリス・ジョンソン外相、イアン・ダンカン・スミス元保守党党首など離脱派の政治家のコメントが紹介され、残留支持のメディアや残留派の政治家の悲観論に批判的でもある。

第一段階の協議の譲歩は、FTAで挽回可能というトーンで、将来の関係の協議で、有利な条件を得られなければ、離脱協議での約束の履行は必要ないとの論調だ。

3つの優先課題でのEU側の譲歩を強調する傾向も見られる。例えば、離脱に伴う清算金として想定される350億ポンドから390億ポンド(5.3兆円~5.9兆円)という金額は、EUの当初の要求額より低く抑えられたとする。その上で、EUに残留して、EU予算に継続的に拠出する分の負担は軽くなると強調する。

EU司法裁判所に関しても、EU側は市民の権利の監視を恒久的に行う要求を取り下げ、英国の裁判所が監視し、司法対話のメカニズムの活用も自発的で、期間限定となったことを英国側の成果とする。

アイルランド問題の結論の先送りで、離脱後の関係と並行協議する形となったことは英国側の主張が通ったもので、EU側が、離脱協議が決裂した場合の影響を懸念し、協議を急いだからと評価する。

離脱支持のメディアにとっては最大の懸念は離脱が実現しないことにある。移行期間の延長が繰り返されることや、EUに不利な条件で離脱し、主権の奪還が実現しないことも警戒する。

(2) 残留支持のメディア

残留支持のメディアは、産業、経済への悪影響を抑えるよう円滑な離脱を訴えており、協議の前進で、協定なしの無秩序な離脱のリスクが低下したことを歓迎している。他方、第一段階の協議に時間を要したことで、残された時間が少なくなったこと、より困難な第二段階で協議が再び暗礁に乗り上げるリスクを警戒する。

残留支持のメディアはEUのスタンスを現実的に捉え、市場アクセスによる経済的な利益を得る一方、規制や制度面ではEUから乖離するような「いいとこどり」を認めるムードはないと警鐘を鳴らす。デービス離脱担当相が掲げる「カナダ・プラス・プラス・プラス」は非現実的で、EU側は、明確な方針が示されない場合に備えて、サービス業のカバレッジが低いカナダ型のFTAを準備しているとの牽制報道もある(*13)。

17年12月20日には英中央銀行のイングランド銀行(BOE)傘下の健全性規制機構(PRC)と金融行為監督機構(FCA)が、EUとの将来関係協議を待たずに激変緩和措置を講じる方針を表明した(14)。こうした動きを、銀行等の負担軽減し、監督当局への過度の業務の集中を回避できると好意的に報じながらも、EU側の譲歩を引き出すことにはつながらないと釘を刺している(15)5。

強硬派が、第一段階の離脱協議の合意は撤回可能と示唆することを「リスク」と捉えている。英国とEUは、第二段階の協議と並行して第一段階の合意を「離脱協定」に成文化する作業を進める。EUは、第一段階の合意が履行されなければ第二段階の協議を進めないスタンスだ。他方で、英国の強硬派が、第二段階の協議で十分な成果がなければ、約束を履行する必要はないとの主張している。協議が決裂し、無秩序な離脱となるリスクは消えていないと慎重な立場を採る。

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(13)Financial Times (2017a)
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14)BOEは、EU離脱後も、英国とEUとの間で金融監督面での高度な協力関係が維持される前提の下で、単一市場圏内で免許を取得したホールセールの銀行等の英国での支店による業務の継続を認める方針に支店での業務の継続を認める方針を表明した。英国籍以外の中央清算機関(CCP)についても、離脱後も業務の継続を認める方針を示した。FCAは、移行期間中、単一パスポートは継続するとの見通しを示した上で、EU離脱で、突然、業務が継続できなることがないよう、金融機関やファンドの営業免許を暫定的に延長する方針を明らかにした。
(*15)Financial Times (2017b)
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◆経済界

経済界は、円滑な離脱と共に、最大の貿易パートナーであるEUとの取引に障壁を設けることに基本的には反対の立場である。EU離脱という民意は尊重するが、ビジネスへの悪影響が抑えられるような協定の締結を働き手としてのEU市民への依存度も高いことから、必要な技能や労働力にアクセスできる移民管理制度の構築を求めている(*16)。

17年12月の首脳会議で、移行期間と将来の通商関係への協議への前進が決まったことを受けて、英国産業連盟(CBI)、英商工会議所(BCC)、英経営者協会(IOD)、英小企業連盟(FSB)の英国の5つの経済団体が歓迎の意を示す文書を連名で公表した。文書では、「移行期間については出来る限り早く合意すべき」との要望と「通商協議の遅れは、ビジネス投資や貿易に悪影響を及ぼしかねない」との懸念を盛り込んだ(*17)。英国に住み、働くEU市民の権利がより明確になったことを評価する一方、将来の権利についてより明確な約束が不可欠と評価する。

英国の金融サービスのロビー団体・シティUKも第二段階への協議の前進を評価しつつ、時間切れが近づきつつあり、移行期間の明確化が最優先の課題として交渉の加速を求めている。英国、EUともにサービス産業が優位であるため、新たなFTAは財とサービスの双方をカバーし、「相互の承認」と「規制の協力」に基づくものとすることが重要と主張している。

金融サービスでは、EU離脱後も、既存の契約の継続を認めることが、顧客に対するサービスの継続性という観点から重要になっている。17年12月20日のPRCやFCAの決定は負担の軽減につながるとして歓迎している。

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(16)CBI (2016)
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17)CBIが2017年7月から8月に271社の代表的な企業を対象に行った調査(CBI(2017))による。同調査では、69%が緊急時対応計画を準備ないし準備中で、63%は国外に拠点を移す計画はないが、27%は一部を移すことを検討している。
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◆世論

世論は離脱への期待と警戒で割れたままだ。国民投票で離脱を支持した層は離脱支持のメディア、残留を支持した層は残留支持のメディアから主に情報を入手していることも影響しているだろう。

全体で見ると、EUとの協議は順調ではなく、離脱は英国経済に悪影響を及ぼすという意見がやや優勢だが、家計への影響は限定的と見ている。再度の国民投票を求める意見の高まりも見られない。

(1) 政党支持率と首相への信認

17年6月の総選後、ほぼすべての世論調査で、野党・労働党への支持率が、1~3%といった僅差でEU離脱協議を担う与党・保守党をリードしている。世論調査に共通して見られる傾向は、メイ首相の仕事ぶりに対する評価は高くないが、「首相として最も相応しい人物」ではメイ首相が労働党のコービン党首を上回る。EUとの交渉でも保守党の信認が勝る。保守党とメイ首相への支持は高年齢層ほど、労働党とコービン党首への支持は若年層ほど高い傾向も広く観察される。

EUとの協議の第二段階への前進が公表された12月8日以降の世論調査でも、政党支持率では労働党優位だが、首相としてはメイ首相、離脱交渉でも保守党がより信頼を得ている構図に変わりはない。

(2) EUとの協議の評価

EUとの協議については慎重な評価が大勢を占める。「順調ではない」と答えた割合が57%で、第二段階への前進の見通しが立つ前の12月4~5日調査の64%から低下したが、まだ過半を超えている(18)。協議が進展しても「英国がEUから有利な条件を得る能力」や、「EU離脱後の英国の将来」は「変わらない」と見ている割合がおよそ4割で、「確信が強くなった」よりも「確信が弱くなった」の割合が僅かに高い(19)。これまでの協議の展開について、「EUが交渉で優位に立っており、英国がEUの要求を概ね受け入れている」と答えた割合が50%を占め、一部の離脱支持のメディアが伝えるように英国が優位と答えた割合は僅か4%に留まっている(*20)。

離脱に伴う「清算金380億ポンド(約5.9兆円)」は、54%が「高すぎる」、26%が「適正」と答えている。「高すぎる」と答えた割合は、国民投票で離脱に票を投じた層で高い。仮に協定なしに離脱する場合でも、39%は「清算金を支払うべき」と考えており、「支払うべきでない」の21%を上回る(*21)。

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(18)YouGov (2017)
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19)ICM (2017)
(20)YouGov (2017)
(
21)ICM (2017)
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(3) 移行期間について

移行期間の長さについては「わからない」が28%で最多で、政府方針の「2年」が18%、「必要ない」が17%、「1年」が16%と続く。

移行期間中、「世界中の国との通商交渉が認められるべきか」との問いには78%という圧倒的多数が「はい」と答え、「いいえ」は8%に留まる(19%が「わからない」)(*22)。

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(*22)ICM (2017)
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(4) 将来のEUと関係

EUとの将来の関係について、財・サービス・資本・ヒトの4つの自由を原則とする単一市場の残留が政治的に困難と見られるのは、「ヒトの移動の自由の権限の回復が民意だから」とされている。

しかし、国民投票時に比べると、移民への問題意識は低下している(23)。EU離脱交渉で「単一市場残留とヒトの移動の制限のどちらを優先すべきか」という問いでは、「単一市場残留」が39%で「ヒトの移動」の33%を上回る(24)。現実に、EU離脱が決まり、EU市民の流入が減少に転じたことで優先順位が変わった可能性がある。

ヒトの移動の優先順位が低下したとは言え、EUルールを一方的に受け入れる単一市場残留や通商交渉の自由が制限される関税同盟の残留は民意とは言い難い。EUとの協議の優先事項に関する設問では、10項目のうち、最も多く支持を集めたのは「欧州司法裁判所の管轄権から外れる(32%)」で、僅差で「英国在住のEU市民の権利の保護(31%)」、「テロ情報の共有(31%)」、その後に、「EUとの貿易・経済関係を保つための関税同盟・単一市場残留(27%)」、「EUの通商ルールが適用される関税同盟を離脱し、域外国との自由貿易交渉を行う(26%)が続く(*25)。

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(23)Ipsos MORI (2017) の「英国が直面する課題」に関する調査では、国民投票による離脱選択後、EUとEU離脱が国民医療サービス(NHS)を抑えて第1位となり、移民の優先順位が低下している。
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24)Opinium(2017)
(*25)Opinium(2017)
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(5) EUとの協議の見通し

EUとの協議の妥結には必ずしも確信を持っていない。英国とEUが19年以前に合意に至るかという問いへの回答では、「おそらく至る」が43%と最も高いが、「おそらく至らない」が34%、「わからない」が23%と割れている(*26)。

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(*26)YouGov (2017)
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(6) EU離脱の時期

離脱期限の延長や離脱撤回は英国政府が一方的に決めることはできないが、その点は必ずしも広く理解されていない(27)。19年3月の離脱期日までに協議がまとまらない場合、「延長すべき」が40%、「延長すべきではない」が39%で割れている(28)。「EU離脱はいつか」という問いに対しては、「19年」が30%と最も高いが、「わからない」も26%を占める。「20年」と「20年以降」も合わせて31%、「結局離脱しない」も10%を占める(*29)。

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(27)離脱手続きに関するEU条約50条に基づくと、離脱期限の延長にはEU27カ国の全会一致が必要になる。離脱の撤回に関する規定はないが、英国政府の一方的な離脱撤回はできず、EU側の承認が必要と考えられている。
(
28)ICM (2017)
(*29)YouGov (2017)
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(7) EU離脱の影響

U離脱の影響については、英国経済への影響は「悪くなる」との見方が「良くなる」を上回るが、その差は圧倒的ではない。家計に対する影響はおよそ5割が「ほぼ同じ」と見ている(図表2)。

慎重な見方に傾いているが、悲観一辺倒となっていないのは、未だ離脱前の段階で、国民投票前に残留派が主張したような深刻な悪影響は見られないこと(*30)や、EUとの協議で悪影響が抑えられるとの期待もあると思われる。

英国,EU離脱協議
(画像=ニッセイ基礎研究所)

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(*30)ポンド安によるインフレこそ生じているが、直近(17年8~10月)の失業率は1970年代以来の4.3%という低水準で、実質賃金の減少も小幅に留まっている。
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(8) 国民投票の再実施

EU離脱についての見解では、「政治家は英国が選択した離脱を実行すべき」が最も高い48%を占め、「2度目の国民投票を望む」と答えた割合は27%に過ぎない(*31)。

協議の結果を国民投票で問うことについては、「すべきではない」が「すべき」を大きく上回る(*32)。再投票すべきと答えた割合は、国民投票で残留に票を投じた層で高い。

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(31)ICM (2017
(
32)YouGov (2017) では「すべきでない」が42%で「すべき」が33%、Opinium(2017)では同49%に対し37%
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おわりに

第二段階の交渉でも、英国政府が、強硬派の主権回復への期待と、経済界や穏健派が抱く経済的な打撃への懸念の双方に配慮を求められる状況は変わらず、交渉姿勢は曖昧になりがちだ。

英国、EUともに安易な妥協は出来ないだけに、第二段階の協議も制限時間ぎりぎりの決着とならざるを得ない。しかし、EU側も、英国の政治が混迷を深めて、結果として無秩序な離脱に発展する結果は望んでいない。第一段階の協議の最終局面ではアイルランド問題国境問題の事実上の先送りによって決着させる柔軟性も発揮した。

第二段階の協議でも最終的には英国のEU離脱が物流や金融システムの混乱を招くことのないよう、現実的な解決策を見出すだろう。

<参考文献>

・伊藤さゆり(2016)「近づく英国の国民投票 経済的コストへの警鐘が相次いでも落ちない EU 離脱支持率」ニッセイ基礎研レポート 2016-05-18 (http://www.nli-research.co.jp/files/topics/52928_ext_18_0.pdf?site=nli)
・伊藤さゆり(2017a)「英国のEU離脱とロンドン国際金融センターの未来」ニッセイ基礎研レポート 2017-03-31 (http://www.nli-research.co.jp/files/topics/55386_ext_18_0.pdf?site=nli)
・伊藤さゆり(2017b)「EU離脱協議本格化へ -広がり始めた英国経済への影響」Weeklyエコノミスト・レター 2017-08-28(http://www.nli-research.co.jp/files/topics/56494_ext_18_0.pdf?site=nli)
・伊藤さゆり(2017c)「欧州経済見通し-拡大続くユーロ圏/低成長、高インフレの英国」Weeklyエコノミスト・レター 2017-12-11 (http://www.nli-research.co.jp/files/topics/57365_ext_18_0.pdf?site=nli)
・太田瑞希子「EU金融サービス市場とBrexit」経団連タイムス「21世紀政策研究所 解説シリーズ⑲」2017年12月14日
・神山哲也「英国によるEU離脱通知-今後のスケジュールと金融資本市場の論点-」野村資本市場クォータリー2017Spring
・田中孝宣(2016)「現地調査報告 BBCの『EU国民投票』報道~公平な報道のためのガイドラインと職員研修~」『放送研究と調査』OCTOBER 2016
・駐日欧州連合代表部「EU条約第50条に関するQ&A」29/03/2017
・若松邦弘(2017)「EU離脱への対応とイギリス政治のジレンマ」『国際問題』No.660(2017年4月)
・Bank of England, ”The Bank of England’s approach to the authorisation and supervision of international banks, insurers and central counterparties”, 20 December 2017
・CBI(2016), “Making a success of Brexit”, 21 DECEMBER 2016
・CBI(2017), “LONDON BUSINESS SURVEY” SEPTEMBER 2017
・The City UK (2017) , “TheCityUK responds to initial agreement between UK and EU”, 08/12/2017
・Council of the European Union(2017), “ANNEX to Council decision (EU, Euratom) 2017/... authorising the opening of negotiations with the United Kingdom of Great Britain and Northern Ireland for an agreement setting out the arrangements for its withdrawal from the European Union - Directives for the negotiation of an agreement with the United Kingdom of Great Britain and Northern Ireland setting out the arrangements for its withdrawal from the European Union”, 22 May 2017
・European Council(2017a) , “Special meeting of the European Council (Art. 50) (29 April 2017) ? Guidelines, 29 April 2017
・European Council(2017b) , “European Council (Art. 50) meeting (15 December 2017) ? Guidelines”, 15 December 2017
・European Commission(2017a), “Communication from the Commission to the European Council (Article 50) on the state of progress of the negotiations with the United Kingdom under Article 50 of the Treaty on European Union, COM(2017) 784 final.”, 8.12.2017
・European Commission(2017b), “Recommendation for a COUNCIL DECISION supplementing the Council Decision of 22 May 2017 authorising the opening of negotiations with the United Kingdom of Great Britain and Northern Ireland for an agreement setting out the arrangements for its withdrawal from the European Union”, 20.12.2017
・European Union and the United Kingdom Government(2017) , “Joint report from the negotiators of the European Union and the United Kingdom Government on progress during phase 1 of negotiations under Article 50 TEU on the United Kingdom's orderly withdrawal from the European Union”, 08 December 2017
・Financial Conduct Authority (2017), “FCA statement on EU withdrawal ”, 20/12/2017
・GOV.UK(2017a),” The government's negotiating objectives for exiting the EU: PM speech” , 17 January 2017
・GOV.UK(2017b) ,” The United Kingdom’s exit from and new partnership with the European Union White Paper”,2 February 2017
・GOV.UK(2017c),”PM's Florence speech: a new era of cooperation and partnership between the UK and the EU”, 22 September 2017
・GOV.UK(2017d),”Prime Minister's commitments to Northern Ireland”, 8 December 2017
・GOV.UK(2017e), ”PM statement on EU negotiations”, 11 December 2017

<世論調査>

・ICM Unlimited polls, ONLINE Fieldwork : 12th-14th December 2017
・Ipsos MORI Issues Index December 2017
・Opinium/Observer, “Political Polling 12th December 2017”
・YouGov / The Times Survey Results, Fieldwork: 10th - 11th December 2017

<新聞記事>

・Daily Mail.com, ”CHATTERING CLASSES WITH EGG ON THEIR FACES” ,”REJOICE! WE'RE ON OUR WAY”, ”THE £39BILLION BILL LOOKS EYEWATERING BUT IT 'S WHAT UK SPENDS IN JUST 18 DAYS”, 9th December 2017
・The Daily Telegraph, ”The good, the bad and the uncertain from painstaking Brussels battle of give and take”, ”The price of freedom”, 9th December 2017
・Financial Times (2017a), “EU prepares Canada-style Brexit deal for UK”, DECEMBER 21, 2017
・Financial Times(2017b), “Brussels brushes off UK charm offensive aimed at EU banks”, DECEMBER 22, 2017
・The Guardian (2017a), “ The Guardian view on the Tory truce over Brexit: the war goes on”, 11 December 2017
・The Guardian (2017b), “ The Guardian view on the Tory truce over Brexit: the war goes on”, 11 December 2017
・The Sun(2017a), ”BREXY BEAST Boris Johnson his four Brexit ‘red lines’ for Theresa May”, 29th September 2017
・The Sun(2017b), ”THE Sun SAYS One small step”, 9th December 2017

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伊藤さゆり(いとう さゆり)
ニッセイ基礎研究所 経済研究部 主席研究員

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