多くの投資家にとって、ミクロでは企業収益、マクロでは経済成長率が最大の関心事ではなかろうか。どんなに経営が安定していても、経営効率が高くても、利益成長が乏しければ株価の上昇は限られよう。経済成長率も同じである。

一方、国家にとって経済成長率はどういった位置付けになるだろうか。経済運営上、短期的に成長率が高いか低いかということよりも、完全雇用が保たれるかどうか、物価が安定するかどうか、経済に無駄が少なく、効率が良いかどうか、社会が公平であり、人民の幸福感が高いかどうかの方がずっと重要である。

中国において、人口増加により労働力が拡大している時代は、一定量の雇用を作り出す必要があった。また、所得水準が低く、多くの人民にとって、衣食住の貧しさから脱却することが切実な願いであった時代においては、高成長が必要であった。しかし、中国はそうした時代から既に脱却しつつある。

第十三次五カ年計画(十三五)における大方針は、「全面的な小康社会を築き上げる」ことである。これは、2002年11月の共産党大会で掲げられた大目標でもある。

「全面的な小康社会」とは、ただ単に衣食住が足りるだけではなく、政治、経済、文化など各方面において、満足できるような社会」を指す。そうした社会においては、成長率を高めることはそれほど重要ではない。むしろ、経済の質を高めることの方が重要である。

重大リスクの解消は悪材料

中国経済
(画像=PIXTA)

中央経済工作会議が2017年12月18日から20日の日程で開催された。年1回開かれるこの会議は、通常、「その年の経済情勢、経済運営を分析、研究、説明し、翌年のマクロ経済発展計画を制定する」といった内容だが、十三五の最終年まで後3年、習近平政権第2期目最初の1年ということもあり、3年間の計画が加わった。市場関係者の間では、この内容がサプライズとなった。

「全面的な小康社会を築き上げる」といった大方針を達成するために、重大なリスクの解消、貧困からの脱却を正しく進めること、環境汚染防止といった3つの問題を攻略しなければならないと強調している。

この内、環境汚染防止については「主要な汚染物質の排出量を大幅に減らし、生態環境の質を相対的に改善する。“藍天保衛戦(青い空を保つ戦い)”政策を成功させ、産業構造を調整し、劣った生産能力設備を淘汰し、エネルギー構造を調整し、省エネ、環境検査にもっと力を入れ、運輸構造を調整する」などと説明している。これは、株式市場にとっても好材料である。

また、貧困からの脱却は「現在の基準における貧困脱却を保障し、救済の基準を低くせず、また、必要以上に高くせず、特定の貧困層の救済に標準を定め、深刻な貧困地区に勢力を集中し、貧困者の内生する力を引き出し、検査、監督管理を強化する」と説明している。買い材料にはなりにくいが、売り材料になることもない。

一方、重大なリスクの解消については、「金融リスクを防ぎ、コントロールする。金融サービスは供給側構造性改革のサポートをメインの役割とする。金融と実体経済、金融と不動産、金融体系内部において、良好な資金循環の形成を促進する。重点領域のリスク防止、処理をしっかりと行い、違法な金融活動を断固として打ち砕き、弱い部分の監督管理制度構築を強化する」と説明している。

金利を引き上げ、市中に出回る資金量を絞るといったマクロ的な金融引き締め政策ではなく、ピンポイントで資金の流れを規制するといったミクロ面でのリスクの解消ではあるが、結果的には経済に対してブレーキをかける効果が強いだろう。

賃貸住宅市場の発展は好材料

“質の高い発展を推し進めること”が、今後3年であっても、重要な任務であることに変わりはない。その点について、今回の会議では次の8点を指摘している。

(1)供給側構造性改革を深める
(2)各市場において主体的な活力を発揮させる
(3)農村振興戦略を実施する
(4)地域間の協調発展戦略を実施する
(5)全面開放の新局面形成を推し進める
(6)民生の保障水準を引き上げ、改善する
(7)多くの主体が供給し、多くのルートを保障し、賃貸・購入共に増やすような住宅制度をいち早く打ち立てる
(8)エコロジー文明の建設推進を加速する

この中では(7)について、市場の注目が集まっている。「賃貸住宅市場、特に長期賃貸市場を発達させる。賃貸側の合法的な権益に基づく利益を保護し、専業化、機構化した賃貸物件を供給する企業の発展をサポートする。

不動産市場の平穏で健康的な発展に関して長期的に効果のあるメカニズムの形成を促し、不動産市場コントロール政策の連続性、安定性を保持し、中央と地方の権益を明確にし、差別化されたコントロールを実行する」と説明している。株式市場における反応はやや複雑であった。不動産価格がコントロールされることで、不動産開発部門の収益が圧迫される一方、長期賃貸市場形成においてビジネスチャンスがあるのではないかといった見方もある。

まず、経済発展の長期ビジョンがあって、その微分として発展目標がある。景気の安定は重要だが、高成長を追わず、経済の質を高める。しかし、これでは株は買いにくい。投資家にとっては少々残念な内容である。しかし、中国経済や中国社会にとって、これはとても望ましい政策であろう。

田代尚機(たしろ・なおき)
TS・チャイナ・リサーチ 代表取締役
大和総研、内藤証券などを経て独立。2008年6月より現職。1994年から2003年にかけて大和総研代表として北京に駐在。以後、現地を知る数少ない中国株アナリスト、中国経済エコノミストとして第一線で活躍。投資助言、有料レポート配信、証券会社、情報配信会社への情報提供などを行う。社団法人日本証券アナリスト協会検定会員。東京工業大学大学院理工学専攻修了。人民元投資入門(2013年、日経BP)、中国株「黄金の10年」(共著、2010年、小学館)など著書多数。One Tap BUY にアメリカ株情報を提供中。HP:http://china-research.co.jp/