なぜ「独占」が経済を悪くするのか。現代における経済をアダム・スミスの「国富論」を用いてわかりやすく解説します。

(本記事は、大村大次郎氏の著書『超訳「国富論」―――経済学の原点を2時間で理解する』=KADOKAWA、2018年1月18日刊=の中から一部を抜粋・編集しています)

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・(1) 経済において「独占」はなぜ悪いのか
・(2) 国を豊かにするには国民の教育が重要
・(3) 「アダム・スミスの教え」を生かしていない日本の税制

国富論
(画像=Webサイトより ※クリックするとAmazonに飛びます)

悪徳商人は「独占」を目指す

独占者たちはいつも市場を供給不足にしておくことで、自分たちの商品を自然価格よりもずっと高い値段で売ろうとする。 国富論第1篇第7章

経済においての一番の悪は「独占」

アダム・スミスは「生産性が上がり、分配がうまくいけば国は豊かになる」と最初に述べています。

そして、その分配を阻害する最大の要因として「独占」を挙げています。

独占というのは、ある業種やある地域の商業を、特定の商人が牛耳ることです。

商人側から見れば、「独占」ほど美味しい状態はありません。まず、競争相手がいないので、自分の利益が脅かされる心配がありません。しかも、その商品を売っているのは自分だけなので、価格も自由に決められます。

つまり、必ず売れる商品を高い価格で売ることができるわけで、もっとも効率的に利潤が得られるわけです。

そのため、古今東西の商人は、「独占」を目指しました。

そして、商人が独占状態を獲得する方法として、もっともオーソドックスに用いられてきたのが、国や役人と結託するという手法です。法律や規制などにより、公的に「独占」を認めてもらうのです。

アダム・スミスが強く批判したのは、この「公的に仕組まれた独占状態」です。

アダム・スミスの有名な言葉「神の見えざる手」というのは、「市場を自由にしろ」という意味ですが、彼は「独占」の対義語として、「市場の自由」を主張していたわけです。ここが、国富論が大きく誤解されている点でもあります。

現在も「独占」による弊害はある

昨今の強欲な資本主義は、「経済にはあらゆる自由がある」とばかりに、ありとあらゆる手を使って、利益を貪ろうとします。

その手段として「独占」を使うことも多々あります。様々な不公正な方法を使って市場を独占し、異常に高い利益を上げるのです。「独占」による弊害は過去のものではなく、現在も確実に存在しているのです。

たとえば、現在、パソコンのOSはマイクロソフトが非常に大きなシェアを持っています。マイクロソフトは市場を独占するために、抱き合わせ販売などの様々な方法を使い、物議を醸すことがしばしばあります。

また日本では、「許認可行政」という悪しき習慣があります。特定の業界では、役所の許認可を受けないと新規開業ができないのです。

「一定の条件を満たせば開業できる」のではなく、「役所の許可を得ないと開業できない」ので、役所が意図的に新規参入を防ぐことができるのです。役所がなかなか許認可をしなければ、その業界は実質的に「独占」「寡占」の状態になってしまうのです。

たとえば、深刻な待機児童問題を抱える「保育業界」は、役所の許認可が非常に厳しく、なかなか新規参入が難しい状態になっています。少子化の影響で今後、顧客(子ども)が減ることを懸念した既存の保育事業者たちが、国に働きかけて新規参入のハードルを異常に高くしているのです。

保育業界に限らず、実は日本の産業界の大半は、なんらかの許認可が必要であり、実質的に新規参入を妨げているのです。

これは、アダム・スミスとは逆の経済思想です。

アダム・スミスは、独占を排除するための手段として、「市場を自由に」ということを述べているわけです。現在のように、建前の上では自由経済だけれども、実際には各所で独占を招いている状態を見れば、アダム・スミスは別の方法を提示していたものと思われます。再度、確認しますが、アダム・スミスのいう「神の見えざる手」というのは、富の分配をうまく機能させるための方法として挙げたものであり、独占を排除するというのが究極の目標だったのです。

独占が横行すれば、物価は最悪の状態になる

「独占価格」は、市場においてもっとも高い価格となる。逆に「自由競争価格」は、市場において、もっとも低い価額に近いところになる。 国富論第1篇第7章

「独占」は物の価格を不自然に操作する

アダム・スミスが、なぜ「独占」を悪だとしているかというと、まず「経済において独占市場が生じると、物の価格がもっとも高くなる」からです。

確かに独占が生じると、物の価格は非常に高くなります。たとえば、ダイヤモンドなどはその最たるものだといえるでしょう。ダイヤモンドというのは、非常に高価な宝石として知られていますが、その「高価さ」というのは、人為的に操作されて生まれた状態でもあるのです。

ダイヤモンドは長い間、取引業者の間で世界的なカルテルが結ばれ、独占に近い状態が維持されてきました。デビアス社という最大のダイヤモンド業者が、世界のダイヤモンドの供給の大半を管理し、取引業者に対して一切値引きを許しませんでした。値引きをする業者には、供給しないのです。

そのためダイヤモンドというものは、長きにわたり、生産量の多寡にかかわらず非常な 高値が維持されてきたのです。

ダイヤモンドに限らず、独占形態のために高い価格となっているものは世の中にたくさ んあります。

かつての日本の電気料金などもその例に入るでしょう。日本では各電力会社が、管轄地域に独占的な電気事業権を持っていました。そのため、電気料金は、各電力会社の発電コストに大きな利益をプラスして設定されていました。消費者は選択の自由がないまま、この高い電気料金を払わされていたのです。

ところが昨今、電力会社に対する風当たりが強くなり、電力事業が一部自由化されました。そのため、最近は電気料金の値下げ競争が始まっています。

国富論が主張しているのは、そういうことなのです。アダム・スミスは、消費者目線で「神の見えざる手」を推奨していたわけです。

アダム・スミスと織田信長の共通点

「独占」でもっとも多いパターンは、国や役人と商人が結託して、合法的に独占状態をつくり出すことです。

国富論発刊当時のイギリスでは、東インド会社が、アジア貿易を一手に独占していました。アダム・スミスはこの東インド会社についても、手厳しく批判しています。また彼は、東インド会社のような、政府と結託した独占企業だけではなく、ギルドのような、同業者組合についても批判の目を向けています。

ヨーロッパでは昔からギルドと呼ばれる同業者組合的な制度がありました。これは、同業の商人同士が結託して、組合のようなものをつくり、「この組合に入らなければ商売ができない」というような決まりにするものです。

このギルドなどにより、商品の価格は高いまま維持され、業者の新規参入は阻害されることになります。

アダム・スミスは、このギルド的なものについても、「物の価格を不自然に押し上げる作用がある」と批判しています。

日本でも中世から近代にかけて、「座」と呼ばれる同業者組合があり、座に入らなければ商売はできないという慣習になっていました。

この座を解体させ、自由な商売を推奨したのが、かの織田信長です。

ご存じのように、信長は楽市・楽座と呼ばれる、誰でも自由に商売ができる場所をつくりました。この楽市・楽座は、信長が最初につくったわけではありませんが、大々的に広めたのは信長です。そして、この楽市・楽座の影響で、当時の物価はかなり下がったのです。

アダム・スミスと織田信長は、実は非常に似たような経済思想を持っていたのかもしれません。

北アメリカが発展したのは独占的貿易会社がなかったから

ヨーロッパの大半の植民地では、貿易を自国の特定企業に独占させ、他国との貿易は禁止し、自国民の自由な経済活動も認めなかった。しかし、イギリスの北アメリカ植民地では、経済活動を原則自由とした。かの地が発展した理由はそこにある。 国富論第4篇第7章

ヨーロッパの植民地のほとんどは独占企業が牛耳っていた

当時のヨーロッパの植民地政策のほとんどは、特定の企業に、植民地での貿易や事業を すべて独占させていました。

有名なところでは、「東インド会社」です。

東インド会社というのは、東インドに持っている植民地の貿易を独占していた会社です。この東インド会社は、オランダにもありましたし、イギリスにもありました。

ヨーロッパ諸国は、特定企業に独占貿易権を与えることで、他国の企業が入ってくるのを阻止しようとしたのです。

植民地で採れる資源や農産物などは、すべてその企業が独占しました。その上、植民地に居住している人たちが欧米の産品を購入するときは、その企業から買わなければなりませんでした。

これは、「自国の権益を守っているようで決してそうではない」とアダム・スミスは述べています。

植民地の産品は特定の企業が独占しているので、価格は非常に高く設定されています。自国民がそれを買う場合も、高い価格で購入しなければならないのです。その結果、国の富が特定企業に偏ることになり、国の生産性を上げることにはつながらない、ということなのです。

また植民地の人々は、生産物を安く買いたたかれる上に、ヨーロッパの産品を買う際には法外に高い価格を押し付けられます。それは植民地の発展を阻害することになる、ということです。

植民地を持つヨーロッパ諸国のほとんどはこういう政策を採っていましたし、イギリスもそうでした。

ですが、イギリスは、北アメリカ植民地だけは経済を自由化していました。北アメリカの植民地では、原則として、誰でも自由に事業を行うことができ、貿易の制限もほとんどありませんでした。

北アメリカが発展した理由はそこにある、というわけです。

なぜアメリカが超大国になったのか

ご存じのように、現在アメリカは世界の超大国に君臨しています。

アメリカは、もともとイギリスの植民地だった国です。イギリスは世界中に植民地を持っていました。その中で、アメリカほどの経済的な発展をした国は他にありません。

イギリスに限らず、中世から近代にかけてヨーロッパ諸国は世界の多くの地域を植民地化していました。その中には、アメリカに負けず劣らず、資源の豊富な地域も多々ありました。

しかし、そうした地域のなかで、ヨーロッパ諸国に肩を並べるほどの国力、経済力を持っている国はありません。元植民地の多くが今でも発展途上国であり、アメリカだけが突出しているのです(カナダは例外ですが、カナダの場合はアメリカの双子のようなものだといえます)。

なぜ植民地のなかでアメリカだけが先進国となり、さらにその上の超大国になったのか、というのは、長く議論されてきたところですが、その答えは、国富論に書いてある通りなのかもしれません。

イギリスの北アメリカ地域には独占貿易会社がおらず、経済活動の自由が保障されていました。そしてその自由はアメリカの国是ともなっています。

それが、元植民地ながら、アメリカが超大国になった最大の理由なのかもしれません。

独占は、その利益を享受する商人たちを堕落させる

「独占」はその国の経済を弱めるだけではない。「独占」の利益を享受した商人たちは、商人の本来の資質である「合理化」や「向上」の精神を失う。 国富論第4篇第7章

独占の弊害は独占の利益を享受する者にも及ぶ

アダム・スミスは国の発展をもっとも阻害するものとして「独占」を挙げていますが、「独占」は物価を押し上げたり、国の資本の偏りを招くだけではなく、利益を享受する商人自身にも害が及ぶ、ということを指摘しています。

「独占商人」たちは「独占」によってラクに利益を得られるので、金使いが荒くなるし、自分の事業を合理化させたり、技術を向上させたりする気持ちを失ってしまいます。

国富論では、スペインやポルトガルを引き合いに出し、「スペインやポルトガルは国が衰退し、貧富の差が大きい、にもかかわらず、『独占商人』たちは非常に贅沢な暮らしをしている」と述べられています。

スペインやポルトガルは、大航海時代の主役であり、一時はこの2国で世界を二分するほどの勢力を持っていましたが、国富論の当時はすっかり落ちぶれていました。イギリスやフランスに比べれば、かなり貧しく、貧富の差も大きかったのです。

それは、スペインやポルトガルが、植民地経営で特定の商人に独占的な権益を与えたことが大きな要因の1つである、というわけです。

スペインやポルトガルは世界中に植民地を持ったことで、国の資本が植民地建設に集中しました。植民地建設は一獲千金の可能性がありましたので、国の資本は国内の産業の発展には向けられず、植民地のほうばかりに向かったのです。

そして、スペイン、ポルトガルは、植民地経営において特定の事業者に独占的な権益を与えました。そのため、特定の事業者は“濡れ手で粟”で大儲けしましたが、その儲けは国民全体には行き渡らなかったのです。

しかも独占事業者たちはラクして大儲けしてきたので、向上心を失い、事業の発展のための努力をしなくなりました。その結果、スペインやポルトガルの国全体の産業の発展が遅れてしまったということなのです。

アダム・スミスは、イギリスも「独占」が多々あり「スペイン、ポルトガルよりはマシだが、オランダには劣る」と指摘しています。

東芝の失敗の遠因

「独占権益を与えられた事業者は、贅沢三昧をし努力をしなくなる」

ということを、日本でも痛感する出来事がつい最近ありました。

日本の電力会社は、戦後、長い間、各地域の電力事業の独占権を持っていました。電気料金は、電力会社が絶対に損をしないように(大きな利益を出すように)設定されていたので、電力会社は毎年、莫大な設備投資を行っていました。1980年代初頭には、日本の設備投資の4割は電力関係だったのです。そのため電力会社だけではなく、発電事業関連業者も「独占事業」の恩恵を受け続けました。

そして、発電事業でもっとも潤っていたのが、実はあの東芝なのです。

日本の発電設備は、東芝、日立、三菱重工業が中心になって担ってきました。

東芝は家電メーカーのイメージが強い企業ですが、近年は発電事業のほうが大きくなっていたのです。発電事業は事実上の独占事業であるため、簡単に高収益が得られたからです。その結果、東芝の家電事業は振るわなくなり、家電部門は2016年に中国の新興電機メーカー「美的集団」に買収されてしまいました。

肝心の発電事業も電力自由化の影響で収益が薄くなり、海外に展開せざるを得なくなりました。そして、アメリカの原子力発電所建設で大失敗をし、グループ全体が壊滅的な打撃を受けたのです。

まるで「独占事業は商人を堕落させる」という国富論の文言をそのまま表したようなものです。

大村大次郎(おおむらおおじろう)
大阪府出身。国税局で10年間、主に法人税担当調査官として勤務し、退職後、経営コンサルタント、フリーライターとなる。執筆、ラジオ出演、テレビ番組の監修など幅広く活躍中。一方、学生のころよりお金や経済の歴史を研究し、別ペンネームで30冊を越える著作を発表している。「大村大次郎」の名前での歴史関連書は『お金の流れでわかる世界の歴史』で初めて刊行、その後「お金の流れでわかる歴史」シリーズを展開。

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