「教室にいながら博物館や美術館、工場を訪れる」「教科書だけでは難解で退屈な分野を3Dの世界で説明することで生徒に興味をもたせる」—こうしたVR(仮想現実)を教育に取り入れる動きが欧米を中心に拡大している。

VRスタートアップを30億ドルで買収したFacebookやGoogleのようにVR教材を提供する企業が増え、領域も社会見学からコンテンツの作成、特別教育、医療教育など、幅を広げている。

英国のテクノロジー調査企業Technavは、VR教育が2021年までに現在の9倍、17億ドル市場に成長すると予想している。

視覚化した教材で生徒の興味を引きだし、習得効果を促進

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(画像=oculus.com)

「テクノロジーを活用して、仮想現実の世界で生徒に学習する機会を与える新たな教育法」として注目されているVR教育。様々な利点が挙げられているが、最大の狙いは「3Dで視覚化した教材で生徒の興味を引きだし、習得効果を促進する」ことだ。

例えば歴史の年号や数学の方程式など、従来の教科書ベースの授業では理解しづらく、退屈と感じる生徒も多い。しかし生徒が実際に石器時代や鎌倉時代を仮想体験することで、その時代の人々の生活やそこで起こった出来事に興味をもち、自然に記憶しやすくなるかも知れない。方程式に関しても、単に数字を並べただけの平面的な説明よりも3Dの図式などの方が、より深く興味をもち理解しやすくなるだろう。

また今日はパリ、明日は北極、明後日は宇宙など、室内にいながら様々な場所で社会見学ができる。深海に潜ったり、車のエンジンを組み立ててみたりと、現実の世界では実現が困難な体験を生徒、教師ともに楽しめるだけではなく、コスト削減にも貢献するはずだ。

サメと一緒に泳げる「Google Expedition」ほか、VR教材の活用例

VR教育の導入に欠かせないVR教材は、具体的にはどのようなものがどのような手法で導入されているのか。いくつか例を挙げてみる。

Googleが提供する「Google Expedition」では、教室にいながらサメと一緒に泳いだり宇宙旅行にでかけたりと、500件近くの探索ツアーを体験できる。教材キットを購入するほか、アプリをダウンロードすれば独自のキットを作成することも可能だ 。

バージニア州 アーリントン・サイエンス・スクールではVR教育プロジェクト「Alchemy Learning」 とEdTech(教育テクノロジー)スタートアップ、オキュラスが開発したヘッドマウントディスプレイ「オキュラス・リフト」を利用し、生徒が室内にいながらスミソニアン博物館やアマゾンの森林を訪れる機会を提供している。

生徒はアマゾンで野生の動物や自然をVR体験した後、仮想空間で見た動物などの名前や情報を学ぶ。テクノロジー情報サイト「technical.ly」 によると、VRには「これは疑似体験だ」と考えると脳にその体験をより現実的なものと錯覚させる効果があるという。

建築、医療、新入生獲得手段に採用する大学も

通常の科目以外でもVRの活用例が増えている。

カリフォルニア大学ロサンゼルス校(UCLA)はVR手術室で脳神経外科医の研修を、オハイオ州ケース・ウェスタン・リザーブ大学はVR解剖学を実施している。

米国ミズーリ州のドラリー大学は建築科の授業にVR教材を採用。デヴィッド・ビーチ助教授は半年にわたり、「オキュラス・リフト」の建築向けハードウェアの開発にたずさわった。

「You Visit 」や「Georama」 といったプラットフォームを利用して、新入生のためのVR構内案内を提供している大学も増えており、ミシガン大学サッカー部のように新入部員の加入にスタジアムでのVRサッカー体験を提供している例もある。

オーストラリアビクトリア州のジャクソン・スクールでは、身体に障害のある生徒を「オキュラス・リフト」でサポートしている。

VR投資に30億ドル以上を投じたFacebook

多数の学校が採用している「オキュラス・リフト」を開発したEdTech(教育テクノロジー)スタートアップ、オキュラスは2014年、Facebookが買収したことで話題を呼んだ。

買収額は20億ドルと発表されていたが、実は買収にあたる従業員の維持費としてさらに10億ドル払っていたと、マーク・ザッカーバーグCEOが証言している。昨年、オキュラスとベセスダ・ソフトワークスの親会社ゼニマックスがVR技術の知的財産権をめぐり、裁判で争った際に明らかになった(ビジネスインサイダー2017年1月14日付記事 )。

ゼニマックスはFacebookに20億ドルの懲罰的損害賠償支払いをもとめていたが、最終的には5億ドルの支払いを命じる判決が下された。ザッカーバーグCEOはこの際、VRの普及には時間を要すると認める一方で、VRが未来のコンピューティング・プラットフォームであり、今後10年間で30億ドルを投資する意向を示していた(ニューヨーク・タイムズ紙2017年1月17日付記事 )。

需要が最も高い北米市場では、2021年に6400億ドルを超える?

Facebookのエピソードは、VRがいかに成長産業として期待されているかという一例である。Technavの調査によると2016年の時点で既に1.87億ドル市場に成長を遂げているが、2021年にはその9倍に値する17億ドルに拡大する見込みだ。そのうち10億ドルを、ヘッドマウントディスプレイのようなVR教材アクセサリーが占めると予想されている。

高等教育におけるVR教材の需要だけを見ると年間51.71%で伸びており、特に需要の高い北米では6431億ドルに達すると期待されている。

また別のIT調査企業IDCは、「VR、AR市場が年内に178億ドルに達し、2021年までに200億ドルに成長する」とさらに強気な予想を発表している(IDC2017年11月29日付記事)。

VRやAR(拡張現実)技術の将来性に疑問をとなえる声も少なくないが、教育分野も含め着実に実用幅が広がっているのは事実である。これらの予想が楽観的か否かは、時間が教えてくれるだろう。(アレン・琴子、英国在住フリーランスライター)