要旨

トランプ政権,インフラ投資計画
(画像=PIXTA)
  • 2月12日に、トランプ大統領は今後10年間で1.5兆ドル規模のインフラ投資計画を発表した。同大統領はこれまでインフラ投資拡大を政策公約として掲げていたが、今年はインフラ投資を重要政策課題の一つとして挙げており、今後議論が本格化する。

  • 米国内の交通・水道インフラ投資は大部分を州・地方政府が担っており、連邦政府の負担は全体の4分の1に過ぎない。一方、投資額は実質ベースで頭打ちとなっており、必要な投資額を下回った結果、新規投資が滞っているほか、維持・管理費用の不足から老朽化などに伴う経済損失が増加している。また、国際競争力の観点からも国内インフラの整備が求められている。

  • 今回提示されたインフラ投資計画は、全体のインフラ投資目標の1.5兆ドルに対して、連邦政府支出は2,000億ドルと限定的になっており、主に州・地方政府や民間資金を活用する内容となっている。同計画には環境規制の緩和や許認可期間の短縮などの方策は盛り込まれているものの、財政的に厳しい州・地方政府がインフラ投資を増加させられるか、実現性に懸念の声もでている。

  • また、税制改革に伴い今後10年間で債務残高の大幅な増加が見込まれている中、インフラ投資の財源確保が今後の議論の中心になるとみられる。財政赤字の拡大を抑制したい議会共和党と、連邦政府支出をさらに拡大させたい議会民主党には大きな政策スタンスの違いがあり、11月の中間選挙を控えてインフラ投資で政策協調できるか予断を許さない状況である。

トランプ政権,インフラ投資計画
(画像=ニッセイ基礎研究所)

はじめに

2月12日にトランプ大統領は19年度の予算教書とともに、今後10年間のインフラ投資計画の概要(*1)を発表した。同計画では今後10年間で1.5兆ドル規模のインフラ投資の拡大を目指している。トランプ大統領はこれまでインフラ投資拡大を政策公約として掲げてきたが、今年は重要政策課題と位置づけ、その実現を目指している。

交通インフラをはじめ米国内のインフラは、これまで必要な投資が行われなかった結果、新規投資が抑制されているほか、維持・管理費用の不足から老朽化が進んでいる。このため、必要な投資を行っていた場合に比べて経済損失が大きくなっている。また、国際競争の観点からも実業界を中心にインフラ整備の充実を求める声は強い。

今回提示されたインフラ投資計画は、全体のインフラ投資目標の1.5兆ドルに対して、連邦政府支出は2,000億ドルと限定的になっており、主に州・地方政府や民間資金を活用する内容となっている。

本稿では米国のインフラ投資の状況について確認した後、今回提示されたトランプ大統領のインフラ投資計画の概要や今後の見通しについて説明している。結論から言えば、財政的に厳しい州・地方政府の負担を増加させる今回のインフラ投資計画の実現性は疑問と言わざるをえない。さらに、インフラ投資の財源確保も含め、財政赤字を抑制した議会共和党と連邦政府支出を拡大させたい議会民主党の考え方の開きは大きく、11月の中間選挙を控えてインフラ投資で政策協調できるか予断を許さないというものだ。

--------------------------------
(*1)“Legislative Outline for Rebuilding Infrastructure in America”
https://www.whitehouse.gov/wp-content/uploads/2018/02/INFRASTRUCTURE-211.pdf
--------------------------------

米国内インフラの状況

(インフラ投資額):実質ベースでは03年をピークに頭打ち

米国の交通・水道インフラに対する公的支出額は14年度が4,160億ドルとなっており、物価を加味した実質ベースでみると03年度をピークに低下基調となっている(前掲図表1)。

また、支出額を連邦政府、州・地方政府に分けると、14年度の連邦政府支出が963億ドル(支出全体の23%)となっているのに対し、州・地方政府が3,197億ドル(同77%)と、州・地方政府の支出が大きく、連邦政府は全体の4分の1程度を占めるに過ぎない。

さらに、支出額を新規投資などの資本支出と、維持・管理支出に分けてみると連邦政府では資本支出が維持・管理支出を上回っているものの、州・地方政府では大幅に維持・管理支出が上回っていることが分かる。この結果、14年度の公的支出額全体では資本支出は1,808億ドル、維持・管理支出は2,352億ドルと維持・管理支出が資本支出を上回っている。また、全体の公的支出額が頭打ちとなる中でも維持・管理支出は増加基調が持続している。しかしながら、後述するように維持・管理に必要な支出は賄えておらず、道路の路面状況の悪化などインフラの老朽化による経済損失の増加が深刻化している。

(投資不足に伴う経済損失):16年~25年の累計損失額はおよそ4兆ドル

全米土木学会(ASCE)は主要なインフラに対して、現在の設備を維持するのに必要な投資額および、人口増加に伴い必要となる新規投資額を合計した必要投資額を試算している(図表2)。これによれば、幹線道路や橋、通勤電車などを含む陸上輸送で必要な投資額を1兆ドル超下回っているほか、インフラ合計では1.4兆ドル程度不足していると試算していることが分かる。

また、ASCEは、必要な投資がされていた場合と比較した経済損失をGDPおよび雇用者数について試算している。同試算では陸上輸送で16年から25年までの累積損失額が1.2兆ドル弱(15年基準実質ベース)とされているほか、電力や内陸水路・港湾で大きな損失が発生する結果、インフラ全体では4兆ドル弱もの損失になるとしている。さらに、雇用者数も25年時点で250万人を超える雇用喪失が発生するとしている。このため、インフラ投資が不足することで生じる経済損失や雇用喪失は大きいことが分かる。

トランプ政権,インフラ投資計画
(画像=ニッセイ基礎研究所)

(国際競争力ランキング):実業界からインフラ整備を求める声

世界経済フォーラムは、毎年国際競争力ランキングを発表している。同ランキングは各国の生産性の決定要因となる競争力を大きく12の柱項目について評価し、国際競争力指数を算出した上で決定されている。インフラは柱項目の一つである。ここで直近(17-18年版)のランキングをみると、米国は国際競争力ランキングではスイスに次ぐ2位となっているが、インフラのランキングでは9位と全体のランキングに比べて劣後している(図表3)。

トランプ政権,インフラ投資計画
(画像=ニッセイ基礎研究所)

さらに、インフラ関連項目の内訳をみると、(定期航空の)座席キロでは1位となっているものの、電力供給の質では26位となっているほか、全般的にインフラの質に関する項目では冴えない順位となっていることが分かる(前掲図表4)。

このような状況に対して、大企業中心の経済団体であるビジネス・ラウンドテーブルをはじめ、実業界からは米国のインフラの質が他国に比べて劣っていることで、国際競争上不利になっていることに対する不満の声が挙がるなど、実業界からは企業が国際競争の観点からも米国内のインフラ整備を求める声が強い。

トランプ政権のインフラ投資計画の概要

(連邦政府支出の内訳)今後10年間で2,000億ドルの歳出を要求

今回提示されたインフラ投資計画では、連邦政府自身の支出は2,000億ドルに留まっており、残りの1.3兆ドルは州・地方政府、および民間資金に頼っている所に特徴がある。2,000億ドルの支出の内訳は、1,000億ドルが州・地方政府、民間部門に対してインフラ投資の20%を上限に補助金を支給するインセンティブ補助金となっており、残りの500億ドルが地方のインフラ投資のための補助金、200億ドルが将来の国民生活に大きな恩恵をもたらしうる斬新なプロジェクトに対して80%を上限に支給する補助金、140億ドルが現行の連邦融資制度の増額と対象インフラの拡大、100億ドルが長期でリースしている資産を連邦政府が購入するための基金、残り60億ドルが非課税の民間活動債券(PAB)となっている(図表5)。

トランプ政権,インフラ投資計画
(画像=ニッセイ基礎研究所)

(その他のポイント)許認可の迅速化、政府資産売却、職業訓練などに言及

上記の6項目以外には、これまで平均10年かかっていたインフラ計画の許認可について、環境規制の緩和に加え、新たな政府機関が一括して対応することで2年に短縮することを盛り込んだ。

また、鉱物やエネルギー関連の収入を主な財源にした国有地インフラ基金を国務省内に設立して国有公園などのインフラ投資に充当することや、不要な国有資産の売却なども盛り込まれた。

さらに、今回のインフラ投資計画では、米国に投資する上で最も重要な資産は人材であるとして、職業訓練プログラムの強化などの人材育成策も盛り込まれた。

(インフラ投資計画の評価)州・地方政府、民間資金を活用したインフラ投資拡大は疑問

これまでみたように、米国内のインフラ投資は主に州・地方政府が担っている。今回のインフラ投資計画では、許認可期間の迅速化などの方策は取られるものの、インフラ投資に係る州・地方政府の負担を増加させる内容となっている。このため、実際に州・地方政府などがインフラ投資を増加させるのか、その実現性に疑問の声も挙がっている。

現在、州際道路など連邦政府が出資する道路建設では、連邦政府負担が8割、州政府負担が2割となっている。また、鉄道などの大量輸送プロジェクトでは連邦政府と州政府が5割ずつ負担することになっている。今回の計画では、連邦政府の負担を2割に削減する一方、州・地方政府の負担は逆に8割に増加することになるため、州・地方政府の財政負担の増加が見込まれる。

全米予算担当者協会(NASBO)によれば(*2)、17年度の歳入実績が当初予算を下回ったのが27州と10年(36州)以来の多さとなったとしており、州政府には財政拡大余地が乏しいのが現状だ。

トランプ政権は、補助金を支給する際に州・地方政府などが不動産税や、インフラ利用料の引き上げなどを通じて歳入を増加させることを求めているが、実際にどの程度の州・地方政府が歳入増加策を採用して、インフラ投資を拡大するのか予想するのは難しい。

--------------------------------
(*2)“SUMMARY: FALL 2017 FISCAL SURVEY OF STATES”
https://higherlogicdownload.s3.amazonaws.com/NASBO/9d2d2db1-c943-4f1b-b750-0fca152d64c2/UploadedImages/Issue%20Briefs%20/Summary_-_Fall_2017_Fiscal_Survey.pdf
--------------------------------

(財源問題)今後本格化する財源議論

昨年12月に成立した税制改革法によって、連邦政府の債務残高(GDP比)は、足元の8割弱の水準から10年後には10割近くに増加することが見込まれている(図表6)。このため、債務残高を増加させる政策については与党共和党を中心に議会からの反発が予想される。

トランプ政権,インフラ投資計画
(画像=ニッセイ基礎研究所)

今回提示されたインフラ投資計画の連邦政府支出額である2,000億ドルについて、具体的な財源は提示されていない。トランプ政権は税制改革の実現に伴い成長率が高まることで歳入増が見込まれるとしているほか、交通省をはじめ非効率な歳出の削減によって捻出するとしている。なお、歳出削減として挙げられている項目には、オバマ前政権時代に開始され、州や地方政府を対象に実施されている交通インフラに対する助成プログラムであるTIGER(The Transportation Investment Generating Economic Recovery)なども含まれている。

一方、今回のインフラ投資計画とは関係なく、連邦政府のインフラ投資のための財源は枯渇が懸念される状況である。連邦政府は、道路や公共交通機関などの建設費用をガソリンなどの燃料税を財源とする特別会計である道路信託基金(HFT)から捻出している。

ただし、ガソリン税率が1ガロン当り18.4セントと、93年から据え置かれていることもあり、HFTの財政収支は悪化が続いている。実際、16年度の基金残高は690億ドルとなっているものの、これは一般財源から16年度に700億ドルの財政移転を行った結果であり、議会予算局(CBO)の試算(*3)では、現行のインフラ投資政策を持続するだけでも21年度にはHFTが枯渇することが見込まれている(図表7)。

トランプ政権,インフラ投資計画
(画像=ニッセイ基礎研究所)

トランプ大統領はインフラ投資の財源を確保するために、民主党が求めるガソリン税率を1ガロン当り25セント引き上げることに一定の理解を示しているが、共和党議員や実業界にはガソリン税率の引き上げは経済に悪影響を及ぼすとして反対の立場を示しており、HFTの財源問題は、今後のインフラ投資計画実現のための財源確保とも絡んで議論の難航が予想される。

いずれにせよ、税制改革に伴って債務残高が大きく増加することが見込まれる中で、既存のインフラ投資の財源すら充分とは言えない状況で、どのように2,000億ドルの財源を確保するのか非常に不透明な状況である。

--------------------------------
(*3)“Projections of Highway Trust Fund Accounts ? CBO’s June 2017 Baseline
https://www.cbo.gov/sites/default/files/recurringdata/51300-2017-06-highwaytrustfund.pdf
--------------------------------

今後の見通し

トランプ大統領は今年の重要政策課題としてインフラ投資を掲げており、今後、インフラ投資に関する議論が本格化するとみられる。

財政赤字の拡大が見込まれるインフラ投資の拡大は、議会共和党は消極的であり、寧ろ連邦政府支出を増加させてインフラ投資を拡大したい野党民主党と政策の親和性は高い。

しかしながら、枯渇が懸念されるHFTの財源問題も含め、インフラ投資の財源をどのように確保するのか、インフラ投資計画の実現には非常に困難な問題を抱えている。

また、米国では11月に中間選挙を控えているため、中間選挙前にインフラ投資で与野党が政策協調することは困難とみられる。さらに、中間選挙で仮に民主党が上下院ともに過半数を確保できた場合に、インフラ投資計画に対してどのような政治スタンスを採るのか不透明である。

そう考えると、実業界をはじめインフラ投資に対する要望は強いものの、トランプ政権が目指すインフラ投資計画がそのままスムーズに実現する可能性は低いとみられる。

(お願い)本誌記載のデータは各種の情報源から入手・加工したものであり、その正確性と安全性を保証するものではありません。また、本誌は情報提供が目的であり、記載の意見や予測は、いかなる契約の締結や解約を勧誘するものではありません。

窪谷浩(くぼたに ひろし)
ニッセイ基礎研究所 経済研究部 主任研究員

【関連記事 ニッセイ基礎研究所より】
米国経済の見通し-ハリケーンにも拘らず、米経済の基調は底堅い。税制改革も含めた今後の経済政策に注目
トランプ大統領下で期待されるインフラ投資の拡大
トランプ次期大統領は、米鉄鋼業界の救世主になれるのか-期待される中国からの割安な鉄鋼輸入の抑制と、インフラ投資の拡大
トランプ政権が舵を取る米国経済-議会との協調体制が、成功のカギか
【1月米住宅着工、許可件数】住宅着工件数は132.6万件、戸建て、集合住宅ともに回復し、前月、市場予想を上回る