要旨
3月4日のイタリア総選挙は明確な勝者のない結果となり、政権樹立は難航しそうだ。世論調査で中道右派連合がリードするが、民主党とフォルツァ・イタリア(FI)を主軸とする大連立や、反エスタブリッシュメントのポピュリスト政党・五つ星運動の政権入りの可能性も排除できない。政権に政治家が入らないテクノクラート政権の樹立や再選挙を予測する向きもある。
政治の混迷は深いが、イタリアの政治リスクへの市場の警戒感は後退している。幾つかの理由のうち最大のものは、ユーロ離脱やEU離脱が争点となっていないことだろう。
イタリアが目下「直面する最も深刻な問題」は失業と移民である。失業問題の深刻さは地域毎にばらつきが大きく、五つ星運動の支持が高い南部はとりわけ深刻だ。失業の解消の遅れは貧困や社会的排除とも表裏一体だ。前回総選挙で関心が低かった移民も難民流入の増加で争点に浮上した。中道右派連合は、不法移民の退去など移民政策への厳しい姿勢で支持を広げようとしている。
予想される票の分散は、経済・雇用の回復の鈍さ、深刻な地域格差、これらに追い打ちをかける難民流入の圧力への懸念を反映する。主要政党が主張する拡張的な財政政策はEUの財政ルールが制約となり実現性は乏しいが、複雑過ぎるEUの財政ルールにも見直しの余地はある。
新制度で実施される総選挙。明確な勝者はない見通し
3月4日、イタリアで総選挙が実施される。上院(終身議員を除く315議席)、下院(全630議席)が同時に改選され、小選挙区制で3分の1、比例代表制で3分の2の議席を決める新しい選挙制度で行われる。
総選挙は明確な勝者はない結果となる見通しだ。新しい選挙制度では、下院で最も多く得票した政党が政権を樹立しやすくするプレミアム議席制度が廃止され、過半数の確保が難しくなった。まだ、態度を決めていない有権者も4割を占めるとされるが、世論調査では中道右派の元首相のベルルスコーニ党首率いる「フォルツァ・イタリア(FI)」、サルビー二書記長が率いる反移民の「同盟(LN)」、極右の「イタリアの同胞(FdL)」、中道の小政党「イタリアとともに(NcL)」からなる「中道右派連合」がリードする(図表1)。しかし、過半数の議席獲得は困難な見通しだ。
中道左派の大敗はイタリアでも
最近の欧州諸国の選挙の顕著な傾向は中道左派の大敗だが、イタリアもそれに続くことになりそうだ。昨年のオランダの総選挙、フランスの大統領選挙と議会選挙、ドイツの連邦議会選挙、オーストリアの議会選挙改革の推進や、大連立政権への参加で、存在感が希薄化した中道左派政党が大きく議席を減らした。
イタリアでは、元首相のレンツィ党首率いる与党の中道左派「民主党(PD)」は、14年の欧州議会選挙では、4割の票を獲得、改革推進の信認を得たが、今回は、「自由と平等(LeU)」への分裂も響き、支持率で反エスタブリッシュメントのポピュリスト政党「五つ星運動(M5S)」の後塵を拝する。中道左派連合の議席数が五つ星運動を下回るとの予測もある。
民主党は伝統的に左派が強い中部のほか、人口の45%を占める北部でも第1党の座を守っているが、同35%の南部での劣勢が響きそうだ。南部では五つ星運動の支持が4割に迫る。フォルツァ・イタリアもおよそ2割の支持を得て続く。
考えられる連立の組み合わせは様々。政権樹立は難航し、再選挙の可能性も
政権樹立は難航しそうだ。首相の任命は大統領が行うが、第1党の党首とするなどの制約はない。選挙前の連合の組み合わせを必ずしも維持する必要がない。政権の発足に必要な上下両院の信認が得られるかがポイントとなる。
考えられる連立の組み合わせは極めて多様で、誰が首相になるかも含めて予測は困難だ。中道右派連合のフォルツァ・イタリアと同盟は一枚岩ではない。支持率は、北部と中部では同盟がリード、南部ではフォルッツァ・イタリアはがリードしているが、全国レベルではほぼ拮抗している。得票率次第で主導権争いが生じそうだ。中道右派の連立だけでなく、民主党とフォルツァ・イタリアを主軸とする大連立政権の予想も根強い。五つ星運動が政権入りする可能性も排除出来ない。五つ星運動は、従来の既存政党と連立を組まない方針を撤回している。北部同盟、イタリアの同胞などとの非主流派政権が誕生の可能性も排除できない。
連立協議がまとまらず、債務危機の最中に誕生したモンティ政権(2011年11月から13年4月)のように、政権に政治家が入らないテクノクラート政権の樹立に至るかもしれない。
総選挙前から、共和制に移行してから前例のない再選挙が行われると予測する向きもある。
イタリアの政治の混迷は深いが、市場の警戒感は後退
イタリアの政治の混迷は深まっているが、市場の警戒感は、2012年の夏をピークとするユーロ危機の拡大期や、16年12月に選挙制度改革のための憲法改正の是非を問う国民投票時、極右のルペン候補勝利の可能性が懸念された17年春のフランス大統領選挙の前に比べて後退している。フランス大統領選挙前と異なり、ユーロ相場は堅調だ(図表2)。10年国債利回りの上昇傾向は、イタリア固有の現象ではなく、米国やドイツ同様に金融緩和縮小観測が主因だろう(図表3)。
理由は幾つかある。(1)ECBが緩和縮小を探り始めたとは言え、少なくとも今年9月まで、国債等の買い入れが続くこと、(2)停滞が続いてきたイタリア経済もようやく回復軌道に乗り、弱いながらも雇用改善が定着してきたこと(図表4)、(3)新しい選挙制度で票は分散しやすくなったものの、逆にポピュリスト政党の単独政権樹立といったことは難しくなったこと、そしておそらくは、(4)米国のインフレや財政赤字拡大懸念を背景とする株価や長期金利の調整が世界的には遙かに大きなリスクとして警戒されていることも影響しているだろう。
争点ではなくなったユーロ離脱やEU離脱
市場がイタリア総選挙を余り材料視しなくなった最大の理由は、反主流派政党もユーロ離脱やEU離脱を争点にしていないことだろう。
イタリアでは、ユーロもEUも不人気だ。欧州委員会が年2回の頻度で行う加盟国の意識調査「ユーロバロメーター」の最新版(注1)によれば、「EUを信頼する」と答えた割合はイタリアでは34%でギリシャ、英国、フランスに次いで低い。「EUの将来に対しても楽観的」と答えた割合は50%とやはりユーロ不信が強い3カ国に次いで低い。「単一通貨ユーロへの支持」は、イタリアが59%でユーロを導入する19カ国で最も低い(図表5)。一人当たり実質可処分所得で見て、イタリアはユーロ導入前よりも貧しくなっている(表紙図表参照)。EU、ユーロの支持が低いのは、当然だろう。
ユーロやEUがイタリアの総選挙の争点から外れたのは、フランスや英国の経験が教訓となっているのかもしれない。17年春のフランス大統領選挙では、ユーロ離脱を巡る公約の迷走が国民戦線のルペン候補の敗因となった。マクロン大統領は、ユーロ離脱は資産の目減りにつながると主張し勝利した。英国は、EUから移民政策での譲歩を引き出すことを1つの目的として実施した16年の国民投票で、EUからの離脱を選ぶ結果になった。英国の離脱は、1年1カ月後に迫るが、主権回復というベネフィットと経済的打撃というコストのバランスについて見解の対立が続き、離脱の方針を固めきれない。残る27のEU加盟国の、離脱する英国に「いいとこどり」を認めない方針は固い。安易に「離脱」を争点にすれば、市場からは「イタリア売り」の圧力を受け、有権者の離反を招き、EU内での無用の摩擦を引き起こしかねないことが明確になってきたことで、争点から外れることになったように思う。
総選挙後、現実に政権を運営することを考えれば、ユーロ、EUの加盟国として、より自国に有利な条件を引き出す方向に動く方が遙かに得策だ。
(注1)European Commission, “Standard Eurobarometer 88, Autumn 2017”, Fieldwork November 2017
イタリアの有権者は引き続き失業問題を憂慮。背後には貧困・社会的排除も
「ユーロバロメーター」では、各加盟国で「自国が直面する最も深刻な問題」についても調査している。
イタリアでは、失業(回答の42%)、移民(33%)、経済情勢(22%)が上位の3項目だ。前回総選挙が行われた2013年の5月時点の調査では、失業が58%でトップ、経済情勢が42%でそれに続き、移民を挙げた割合は僅か4%だった。
失業は、景気の回復とともに方向として改善しているのだが、17年12月時点で10.8%とユーロ圏平均の8.7%を上回る。失業者数は279万人だが、不完全雇用パートタイム労働者が72万人、求職活動をしていない追加的な潜在労働力人口が381万人おり、広義の失業者は、失業統計が示すよりも遙かに多い。失業の解消の遅れは貧困や社会的排除とも表裏一体だ。EUでは2020年までに2008年の水準から貧困・社会的排除者(注2)を2000万人減らす目標を掲げている。イタリアは220万人の削減の目標を掲げたが、実際には16年までに305万人増加し、1813万人が貧困あるいは社会的に排除された環境下で暮らしている。
失業や貧困の問題の深刻さの度合いに地域差が大きいこともイタリアの特徴だ。イタリアは、EU加盟国の中で、欧州委員会統計局(eurostat)が作成するEU加盟国の第二種地域統計分類単位(NUTS2)の失業率の一国内の格差が最も大きい。地図で示すと北部、特に北西部は低めで、南部や島部が高い傾向が鮮明だ(図表6)。失業率低下のペースにも地域差があり、南部の低下ペースは鈍い。「ユーロバロメーター」では地域毎の結果を示していないが、イタリアで失業を「最も深刻な問題」と捉えている割合は、南部で高いものと思われる。景気や雇用の回復が実感しにくい南部では、反エスタブリュッシュメントの五つ星運動に4割近くの支持が集まり、政権与党である民主党に厳しい。
(資料2)社会保障移転後の可処分所得の全国中央値の60%の貧困ライン未満の相対的な貧困のほか、物質的な剥奪、18歳から59歳の年齢層の者が、働ける時間の20%以下しか働けていない家庭の者のいずれかにあてはまる人口。
難民の玄関口となるイタリア。移民問題も争点化
移民問題は、前回13年の総選挙では、関心が低かったが、今回は争点の1つとなっている。
景気が回復に転じたことで経済情勢への懸念が後退する一方、15年夏のシリアなどからの難民の大量流入と前後して、移民とテロへの警戒の高まりは、イタリアばかりでなく、広くEU加盟国に観察される。ドイツ、オーストリアでは、移民が最も深刻な問題の第1位となっている。両国の選挙で、移民に対して厳しい姿勢を掲げる政党が支持を広げた。
2017年にはEU全体への難民流入者数が明確に減少したが、イタリアでは増加が続いた(図表7)。EUへの流入は、トルコとの間で16年に締結した協定によって、トルコからギリシャに渡るルートが封鎖されたことで減少に転じた。しかし、その反動もあり、リビア経由で地中海を渡り、イタリアに入る難民はむしろ増加した。17年夏にイタリアがリビアと密入国業者を取り締まる協定を締結したことをきっかけに、ようやく前年水準を下回り始めたばかりだ。
ギリシャとイタリアが受け入れた16万人の難民のEU加盟国間での分担政策も、東欧諸国の強い反発があり、進展しておらず(注3)、両国の難民キャンプに多くが足止め状態になっている。後述のとおり、イタリアの財政事情は苦しいが、国境管理のため、名目GDP比0.25%相当の財政負担も強いられている。
難民や移民の流入に比較的寛容だった欧州北部の国々でも、大量の流入への警戒が強まっている。イタリアの場合、玄関口となっているのが失業や貧困の問題がとりわけ深刻な地域であり、経済的移民の流入が、失業の解消や所得の向上の妨げるとの警戒も働きやすい。
中道右派連合は、不法移民の送還など移民対策と国境管理など移民政策への厳しい姿勢で支持を広げようとしている。
(注3)期限は17年9月であったが、イタリア政府が欧州委員会に提出した暫定予算案によれば、17年10月6日までにイタリアからの域内への移転は9353万人に留まっている。
財政政策は総じて拡張的、しかし、EUの財政ルールが制約となる
経済・雇用の回復力が鈍く、失業と貧困の問題が依然深刻であることから、財政面での公約は揃って拡張的だ。中道右派連合は、最低所得補償やフラット・タックス(単一税率)を掲げる。
イタリアの有権者は、主要政党が揃って掲げる財政拡張的な公約の実現を必ずしも信じていないとされる。実際、拡張的な財政政策の公約を実行に移そうとしても、EUの財政ルールが制約となり、限界がある。
イタリアは、「財政赤字対名目GDP比3%以下」という過剰な財政赤字の基準はクリアしている。しかし、政府債務残高の対名目GDP比は3次にわたる支援と債務再編が必要になったギリシャに次いで高い。債務危機を教訓に改定されたEUの財政ルールは過剰債務国に厳しくなった。「政府債務残高対名目GDP比60%」という基準を超えるユーロ導入国に継続的な削減への取り組みを求める。14年度からは、毎年の予算案の中期財政目標(MTO)との適合性を判断する事前審査も制度化された。イタリアは、この予算前審査で、14年度から18年度まで、毎年、非適合のリスクが指摘されたユーロ圏内で唯一の国だ(注4)。欧州委員会が導入した財政監視における柔軟化措置を活用する度合いも高い(注5)。
17年秋に欧州委員会に提出した暫定予算案では、17年度名目GDPの3.8%だった利払い費は、政府債務残高のGDP比の低下により減少を見込むが、それでも18年度3.6%、19~20年度は3.5%だ。均衡財政の原則への適合のため、基礎的財政収支を、利払い費を概ねカバーする3.3%に引き上げる方向が示されている(図表8)。拡張的財政政策どころか、財政健全化措置の手綱を緩められない状況が続くことになる。
(注4)ギリシャのように欧州安定メカニズム(ESM)などから支援を受けている国は、支援プログラムの終了までは審査対象とならない。 (注5)European Fiscal Board, “Annual Report 2017”, November 2017及びEuropean Commission, “2018 Draft Budgetary Plans : Overall Assessment”, 22.11.2017
EUの財政ルールにも見直しの余地はある
主要政党の公約は、総じて拡張的だが、基本的に財政赤字の3%ルールは尊重しつつ、過度の緊縮を迫るルールの見直しを求めるというトーンだ。特にターゲットになっているのは、均衡財政を義務付ける「財政協定」。同協定は、EU条約の枠外で政府間協定として締結したもので、13年1月に発効した。
EU内でも、債務危機対策で段階的に強化された現在の財政ルールは複雑過ぎるとの認識がある。財政面でのユーロ制度改革は、ユーロ圏予算の創設やユーロ圏財務相ポストなどが注目されることが多いが、財政ルールの簡素化も柱の1つと位置付けられている。
ポピュリスト的公約を競い合うイタリアの政治への批判は強いが、イタリアで、失業や貧困は深刻な地域があり、ユーロ導入後の実質可処分所得が低下していることを踏まえると、財政の自由度を高めたいという主張は理解できる部分もある。
筆者は、3月初にかけての定例の欧州出張で、ブリュッセルのほか、総選挙直前のイタリア(ミラノ)にも立ち寄り、イタリアの財政、構造問題、EUの財政ルールの専門家らと意見交換の機会を持つ予定だ。イタリアの苦境の脱却に必要な政策はどのようなものなのかなど、調査の結果について別稿にまとめたいと思っている。
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伊藤さゆり(いとう さゆり)
ニッセイ基礎研究所 経済研究部 主席研究員
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