心のストレスの原因は「妄想」!?
怒りや不満、不安に自己嫌悪──。私たちはつい負の感情に振り回され、心を疲れさせてしまう。常に鬱屈した思いを抱いているビジネスマンは少なくないだろう。一体、弱った心はどうやって回復させればいいのか。長年、自衛隊でメンタルヘルス教官を務め、東日本大震災でも被災者の心のケアに携わった下園壮太氏にうかがった。
あなたの妄想が「感情疲労」を蓄積する
「上司との折り合いが悪い」「仕事で失敗が続いている」「プライベートでも夫婦喧嘩が絶えない」──。こうした理由から精神的にすっかり疲れ切っている方は多いでしょう。でも、もしかしたら皆さんは自分でも気づかずに、自分の心を必要以上に疲れさせてしまっているかもしれません。
たとえば、自分が担当したいと望んでいた重要なプロジェクトに、上司が同僚のSさんを任命したとします。単に事実だけを受けとめれば、「そうか。残念だけど、また次の機会に頑張ろう」と思うはず。がっかりはしますが、心は疲れません。
ところが実際には、重要な案件から外されたというショックが大きいほど、「何で私ではなくてSなんだ」「上司は私を信用していないのではないか」「自分はもうダメかもしれない」といったさまざまな怒りや不満、不安といった感情が湧き起こってきます。
さらに厄介なのは、負の感情には持続性があること。仕事が終わって家に帰ったあとも、グルグルと頭の中を巡って離れません。しかも、数日経って少し気持ちが収まっても、職場で上司やSさんを見るたびに、負の感情がまざまざとよみがえってきます。
本当は、上司はSさんをえこひいきしたわけではなく、適材適所の観点で判断し、自分には別の機会を与えようとしていたのかもしれません。でも、そうした事実とは関係なく、「ああかもしれない」「こうではないか」とさまざまな妄想が心の中で膨れ上がり、精神的に参ってしまう。これを私は「感情疲労」と呼んでいます。
私たちに感情がなければ、「今回のプロジェクトの担当者はSになった」という事実を認識するだけで済むはずが、そこに感情が加わることで、何倍、何十倍ものエネルギーを消耗することになるのです。
私たちはこの感情疲労に対し、無意識のうちに「我慢する」「忘れる」ことで対処しようとします。ただ、忘れたと思っても、実は心のコップの底には、ストレスが徐々に沈殿していきます。すると、心のコップの容量が少なくなり、心がさらに疲れやすくなってしまうのです。
現代人の感情はいまだ「原始人仕様」
つまり、心の疲れとは、「勝手に怒りや不満、不安を膨らませ、消耗することで発生する」と言うことができます。
ただし、これにはやむを得ない事情もあります。人間の感情は、いまだに原始人仕様のままだからです。
原始人の生活は、毎日が生きるか死ぬかの判断の連続でした。茂みの中で何かが動いただけでも、「猛獣が自分を襲おうとしているのではないか」と警戒心を働かせる必要があったため、刺激に対する反応が過敏だったのです。
現在ではそうした「生きるか死ぬか」といった場面に直面するケースはほとんどありません。にもかかわらず、原始人仕様の感情プログラムが作動し、過剰に周囲を警戒したり気にしたりする。それが、心を疲れさせている要因なのです。
この太古からインプットされた感情プログラムは、自分ではどうしようもできません。そこで大切なのは、まず「人間とはそういうものだ」と理解することです。そうすれば、「今、自分が不安なのは、原始人仕様の感情プログラムが働いているからだ」というように、自分の心の状態を客観視できます。それだけでも、心のストレスは減っていくはずです。
「土日の休み」だけでは足りない理由とは?
そのうえでお勧めしたいのは、やはり「休息」です。具体的には、「感情を下げる」「触れる」「考える」の三つのプロセスを意識して休息を取るといいでしょう。
人はただでさえ感情疲労が起きやすい生き物ですが、睡眠不足や、身体が弱ったときは、余計に怒りや不満、不安などの感情を制御できなくなります。本来ならば大したことのない出来事にも、疲れが溜まっていると、通常の二倍は強く反応してしまうのです。
だからこそまずは「下げる」──感情を暴走させる刺激から離れ、とにかく休んで心のエネルギーを蓄える必要があります。
とはいえ、土日にしっかり休んでも鬱々とした気分が抜けない、さまざまなことが気になってリラックスできないビジネスマンは多いはず。そんな方は、土日にくっつけて有給休暇を取るなどして、連続で「三日間」休むのがお勧めです。
二日間だけだと、土曜はリラックスモードに入る準備で終わり、日曜は「明日からまた会社か」と緊張が高まってくるため、心が休まらないのです。これが三日間であれば、少なくとも二日目は心おきなく休むことに集中できます。これは、災害救助の現場などで感情疲労を起こした自衛隊員も取り入れている実践的な方法です。
ここで大切なのは、基本的に三日間はひたすら寝ること。そして、自分の心をかき乱しそうな要素、たとえば仕事のメールやSNSのチェックは一切行なわないこと。外部の情報を一切遮断しましょう。
休もうと思っても、なかなか寝つけない人は、病院などで睡眠導入剤を処方してもらってください。お酒に頼るのは、眠りを浅くしますし、依存性も高いのでお勧めできません。
中には、忙しすぎて三日間も連続で休めない方もいるかもしれません。その場合は、「その週はノー残業週間にする」といった具合に、平日の労働時間をなるべく減らしましょう。
身体が疲れ切っている状態で働き続けても、判断力は鈍りますし、イライラや不満を他人にぶつけ、周囲の信頼を失いかねません。勇気を持って休むことが、状況を改善します。
心と身体を緩める「DNA呼吸法」
三日間休んで元気を取り戻すと、休む前には怒りや不安を感じていたことが、さほど大きな問題だとは思えなくなっているはずです。もちろん、怒りや不安は完全には消えませんが、かなり余裕を持ってその問題に「触れる」ことができるようになるのです。
身体や心が疲れ、緊張している状態では、ソリが合わない上司との関係について考えようと思っても、「イヤだな」「怖いな」「会いたくないな」といった感情だけが頭の中をグルグルと巡ります。これでは不安感や警戒心が高まるだけで、問題の解決には結びつきません。
一方、睡眠を十分に取り、心身ともに元気でリラックスした状態であれば、上司との関係を冷静に振り返ることができます。
こうしたプロセスを経て、初めて問題を冷静に「考える」ことが可能になります。「あのとき上司があんな発言をしたのは、自分に何を伝えたかったのだろう」「この関係を変えるにはどうすればいいのだろう」というように、相手目線に立って具体的な解決策を模索していくのです。
とはいえ、イヤな上司との関係について考えるのは、やはり辛いもの。最初はリラックスしていても、考えているうちに再び緊張し、身体や心が徐々に固まっていきます。
そこで私がセミナー等で取り組んでもらっているのが、「DNA呼吸法」です。簡単に言えば、「心と身体の緊張状態をリセットする」ためのノウハウです。
ある問題について考えているうちに緊張してきたら、いったん、DNA呼吸法で心と身体を緩めるのです。この呼吸法をマスターすれば、怒りや不満、不安を感じても、新たな気持ちで問題と向き直れます。
DNA呼吸法は少し複雑なので、何度か練習してみてください。効果は絶大なので、ぜひ身につけてほしいと思います。
ともあれ、まずは三日間徹底的に休むことから始めてみてください。それだけでもあなたの心の疲れは、ずいぶんと取れるはずです。
下園壮太(しもぞの・そうた)メンタルトレーナー
1959年、鹿児島県生まれ。防衛大学卒業後、陸上自衛隊入隊。陸上自衛隊初の心理幹部として多くのカウンセリングを手がける。大事故や自殺問題への支援も経験。2015年定年退官。現在はNPO法人メンタルレスキュー協会理事長を務める。主な著書に『心の疲れをとる技術』『人間関係の疲れをとる技術』(共に朝日新書)など。(取材構成:長谷川敦)(『The 21 online』2017年12月号より)http://shuchi.php.co.jp/the21/
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