要旨

ライフログ,パーソナルデータストア,PDS,情報銀行
(画像=PIXTA)

活用が期待されるビッグデータ。その中でもライフログの活用には期待が高く、Society5.0実現の鍵とも言われる。

政府は制度の整備を進め、オープンなデータ流通を後押ししているが、個人の不安など様々な壁がある。

その解決策として政府が掲げるのが、PDS・情報銀行という、個人が自分の個人情報をコントロールする仕組みだ。

政府は、この仕組みを通じた社会全体での大きなメリットの享受を見込み、認定制度などの仕組みを整備している。

しかし、個人・企業のPDS・情報銀行に対する期待度は低い。制度面が整っても、政府や情報銀行制度に関わる企業が、民間にアピールする努力が必要だ。その努力を通じて将来、個人・企業の理解と協力を得て、PDSや情報銀行の実現が進むこと、それによるデータ流通の活性化・ライフログの活用加速に期待したい。

活用が期待される「ライフログ」

技術進歩により今までにない様々なデータが取得可能となり、生産性向上や効率化に役立っている。例えばスマート工場だ。装置の稼働状況のデータが取得できる上、管理モニターにリアルタイム表示できる。モニターの情報を見て的確な対応をとれば、現場の生産性改善に役立てることができる。センサー農業も一例だ。設置したセンサーで、気温・降水量・土壌温度や、樹木の育成状況・病害虫の発生状況といったデータを詳細に把握・管理できる。これらのデータと収穫量の因果関係の分析を進めれば、栽培管理の見直しや、生産効率化につなげることもできる。

日常生活でも、様々なデータが取得されている。通信型のレコーダー等が自動車に搭載されていれば、運転中の急発進や急ブレーキの発生状況等の様々な情報が収集される。こうしたデータから運転状況が良好と判断されると、保険料が割り引かれる保険商品も販売されている。

自動車以外でも個人が所有する機器等からデータが収集される場合もある。スマートフォンの位置情報を、個人情報が特定されない形で利用し算出された人口動態データは、その代表例だ。時間帯別に、どこにどれくらいの人がいるのかが分かり、幅広い用途が期待されている。人口動態データに基づき30分後のタクシー需要を予測するシステムが既に発表されており、運転手と乗客の双方にメリットが期待されている。

以上のような個人に関するデータ全般をパーソナルデータという。その中でも、こうした私達の日常生活の行動記録はライフログと呼ばれる。ライフログは、「人間の行い(Life)をデジタルデータとして記録(Log)に残すこと」を意味する。ライフログの分析を通じて、様々な発見と、生産性向上が期待されている。

ライフログの重要性

ライフログの活用は政府が目指すSociety5.0実現の鍵となると言われている。未来投資戦略2017では、Society5.0実現のための具体的な施策の一つとして、「パーソナルデータの利活用」が挙げられた。Society5.0は「地域、年齢、性別、言語等による格差なく、多様なニーズ、潜在的なニーズにきめ細かに対応したモノやサービスを提供することで経済的発展と社会的課題の解決を両立(1)」できる社会だ。まだ十分に掘り起こせていない個人個人の多様なニーズを捉えたサービスの展開等を通じて、より豊かな生活を送れるようになるとの期待もある。多様なニーズを把握するためには、パーソナルデータの中でも、ライフログに含まれる一人一人の行動記録は特に重要になってくると言えるだろう。

政府も、法整備を通じてパーソナルデータ活用を後押ししている。2017年5月に改正個人情報保護法が施行された。不正な個人情報提供への罰則の新設等によって、個人情報の不正流通抑止を図る一方、パーソナルデータ活用促進の枠組みも作られた。特定の個人を識別することができないように個人情報を加工し、当該個人情報を復元できないようにした情報なら、一定のルールの下で、本人同意を得ることなく、事業者間におけるデータ取引やデータ連携が可能とされた(2)。

このルールの下、政府もオープンなデータ流通を重視している。単独では示唆に乏しいデータであっても、他の様々なデータと組み合わせることで、新たな発見ができる可能性が高まるためだ。2017年5月の「世界最先端IT国家創造宣言・官民データ活用推進基本計画」でも、「データの利活用は知識や知恵の共有につながるが、各々のデータが相互につながってこそ様々な価値を生み出すという認識を、官(国、地方公共団体等)・民(国民、事業者等)双方において共有することが必要」と指摘している。

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(1)科学技術イノベーション総合戦略2016( http://www8.cao.go.jp/cstp/sogosenryaku/2016/honbun2016.pdf )より
(2)個人情報保護委員会HP( https://www.ppc.go.jp/personal/tokumeikakouInfo/ )より。なお、この他にも、企業等の事業者がデータの活用を躊躇する原因となっていた、あいまいな個人情報の定義が明確化された。また、個人情報の利用目的変更要件を緩和する条文変更も行われた。

オープンなデータ流通を妨げる壁

ただし、制度面が整っても、パーソナルデータのオープンな流通がすぐに可能となるわけではない。実際、データを活用したビジネス展開が国内で十分に進んでいるとは言い難い状況だ。ライフログ等のデータ活用を既に行っている企業も、自社で取得したデータを内部で活用している場合が多く、外部と協力してデータを相互活用するには至っていない。何が壁になっているのだろうか。

まず、個人情報の匿名化は必ずしも容易ではないということが理由として挙げられる。政府は2013年に「パーソナルデータに関する検討会 技術検討ワーキンググループ」で個人情報の匿名化についての検討を行い、同年12月に報告書を提出している。同報告書(3)では、「あらゆる情報に適用できる汎用的な匿名化方法は存在しない」として、匿名化技術に限界があることが指摘されている。そのため「個人情報の種類・特性や利用の目的等に応じて技術・対象を適切に選ぶことにより、識別非特定情報(4)や非識別非特定情報(5)に加工すること」が必要だとも指摘された。また、それ自体は匿名化されているデータであっても、他のデータと突き合わせると、個人が特定される場合もあることが指摘されている。

また、個人情報の流出リスクも日々変質している。技術進歩で様々なデータが取得可能となり、データに含まれる内容がよりセンシティブになったためだ。ライフログのような個人の行動記録から、遺伝子情報に至るまで、扱われる情報は、複雑化、多様化の一途を辿る。更に、情報通信ネットワークがグローバルに拡大したことも流出リスクを一層高めている。個人情報を含むデータは、一度インターネット上に流れれば、世界中に拡散されるかもしれない。そうなると、拡散前の状態に戻すことは不可能だ。

このような中で個人は、個人情報を提供した場合の情報漏えい・転売等、予期せぬ形での個人情報の悪用に不安を抱いている。

総務省の調査によれば、パーソナルデータの提供に不安を感じる人の割合は各国とも高いが、その中でも日本は84.0%と非常に高く、特に不安が強いことが分かる(図表1)。

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(画像=ニッセイ基礎研究所)

折しも、Facebookの個人情報流出問題が発覚した。世界全体で21億人以上が利用するSNSで起きた問題だけにこうした不安を一層煽りかねない。個人の不安を解消することも、取り組まなければならない課題だ。

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(3)2013年12月10日「技術検討ワーキンググループ報告書」( http://www.kantei.go.jp/jp/singi/it2/pd/dai5/siryou2-1.pdf )より
(4)識別非特定情報とは、「一人ひとりは識別されるが、個人が特定されない状態の情報(それが誰か一人の情報であることがわかるが、その一人が誰であるかまではわからない情報)」を指す(同上)。
(5)非識別非特定情報とは、「一人ひとりが識別されない(かつ個人が特定されない)状態の情報(それが誰の情報であるかがわからず、さらに、それが誰か一人の情報であることが分からない情報)」を指す(同上)。

PDS・情報銀行という解決策

政府も、データ活用ビジネスの更なる進展を目指して、様々な検討を開始している(6)。その一つが、2016年9月に設置された「データ流通環境整備検討会」だ。17年3月の中間とりまとめによれば、同検討会の目的には、「データ全般の流通・活用環境の整備に向け、データ流通に関する国民の不安や不信感を払しょく」することが含まれている。さらに、「パーソナルデータを含めた多種多様かつ大量のデータの円滑な流通を実現するためには、個人の関与の下でデータ流通・活用を進める仕組みが有効」と指摘している。

その仕組みとして具体的に提示されたのが、パーソナルデータストア(以下、PDS)、情報銀行だ(7)。PDS・情報銀行の政府の定義は、(図表2)に示すとおりで、PDSと情報銀行では、データの管理を個人が自ら行うか、情報銀行事業者が代理人として行うかが異なるが、いずれも、データ提供者となる個人が自分の個人情報をコントロールすることをシステム的(8)に可能にする。個人情報がどこでどう使われるか分からない不安を一定和らげることができるとされ、データ提供者たる個人の不安解消に向けて、政府の期待も高い。

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(画像=ニッセイ基礎研究所)

また政府は、(図表3)に示す分野でPDS・情報銀行の活用を想定し、提供が必要な情報、期待されるメリットも具体的に示している。

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(画像=ニッセイ基礎研究所)

いずれについても、政府は、個人及び社会全体で大きなメリットを享受できると見込んでいる。特にメリットが大きいのが医療・介護・ヘルスケア分野だ。様々な事業者の下に散在しているライフログが集約されると、それを活用した健康予測サービスの展開も可能となると言われている(9)。通院や投薬のデータと食事のデータを組み合わせることで、今後かかりそうな病気を予測するという内容で、予知された病気を予防する手段を講じることができ、医療費の削減につながる期待も高い。

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(6)データ流通環境整備検討会」以外にも、総務省の「情報通信審議会データ取引市場等SWG」や経済産業省の「産業構造審議会 商務流通情報分科会 情報経済小委員会」などがある。
(7)首相官邸「データ流通環境整備検討会 AI、IoT 時代におけるデータ活用ワーキンググループ 中間とりまとめ」
( https://www.kantei.go.jp/jp/singi/it2/senmon_bunka/data_ryutsuseibi/dai2/siryou2.pdf )より (8)運用形態としては、個人が自ら保有する端末等でデータを蓄積・管理する(事業者は本人の同意によりデータを活用できる)分散型と、事業者が提供するサーバ等でデータを蓄積・管理する(個人は当該事業者にデータの蓄積・管理を委託する)集中型がある。
(9)日経 xTECH「ニュース解説 提唱者が解説、なぜ「情報銀行」を設立するか」
( http://tech.nikkeibp.co.jp/it/atcl/column/14/346926/022400850/ ) より

個人、企業のPDS・情報銀行に対する期待度

このような期待を背景に、政府もPDS・情報銀行を積極的に推進し始めている。この5月、情報銀行の認定制度の指針案が策定・公表された(10)。指針案では、情報銀行の認定を民間団体に委ねる民間主導の仕組みが盛り込まれた。初の情報銀行認定は今秋にも見込まれている。

しかし、情報の出し手である個人や企業は、PDSや情報銀行について、どのように考えているだろうか。前出の総務省の調査によると、日本は、個人・企業ともにPDS・情報銀行への期待・関心が海外に比べて低いという結果が出ている。個人の利用意向は、米国が約45%、英・独が約35%に対して、日本は19.2%にとどまる(図表4)。企業のPDS・情報銀行に対する期待度も、米国が70%を超え、英・独も60%を超えるが、日本は30.5%にとどまる(図表5)。

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(画像=ニッセイ基礎研究所)

このように、PDS・情報銀行に対する期待という面で、政府と民間との間にギャップが存在することが分かる。その原因は何だろうか。

個人の利用意向が低い理由として、既述のメリットが十分な理解を得ていないことが考えられる(11)。自分の個人情報を何の目的もなく手渡す人はいない。私生活を丸裸にしかねないライフログの提供は特にそうだ。つまり、利用意向を高めるには、PDS・情報銀行を通じて具体的にどんなサービスやメリットが受けられるか、個人にも分かりやすく納得の行く説明が求められよう。

企業の期待度が低いのはなぜだろうか。個人の利用意向が低いPDS・情報銀行に期待が持てないという意見の企業もあるだろう。だが、こうした枠組みの構築自体に消極的な企業も多いのではないか。

PDS・情報銀行は共に、データの帰属先が個人となることが前提だが、経済産業省が実施した調査(12)によると、「データが自社ではなく顧客に帰属することが望ましい」と考える企業の割合は僅か11.6%にとどまっている(図表6)。 データ管理は、あくまでも自社で行いたいという企業の姿勢がうかがえる。「情報資産」と言われるようにデータは企業にとり競争力の源泉であり、それを自社だけで囲い込みたいと考えるのは、決して不思議ではない。

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(画像=ニッセイ基礎研究所)

ただ、その一方で、同調査では、多くの企業が、自社以外の企業からのデータ取得を望んでいるという指摘も出ており、企業がオープンデータを真っ向から否定しているわけでもなさそうだ。データをオープン化するメリットをより上手く示すことができれば、企業もPDS・情報銀行により前向きな姿勢を示すのではないだろうか。

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(10)「『情報信託機能の認定に係る指針ver1.0』(案)」( http://www.soumu.go.jp/main_content/000550647.pdf )
(11)みずほフィナンシャルグループ リサーチ&コンサルティングユニット みずほ銀行 産業調査部「パーソナルデータ利活用推進に向けて~情報銀行を中心としたデータ流通の仕組みのあり方にかかる考察~」
( https://www.mizuhobank.co.jp/corporate/bizinfo/industry/sangyou/pdf/mif_197.pdf )によると、PDS・情報銀行へのデータ提供によるメリット訴求手段として、現金キャッシュバックのような経済的インセンティブも想定されている。
(12)経済産業省「データ利活用促進に向けた企業における 管理・契約等の実態調査」
( http://www.meti.go.jp/meti_lib/report/H28FY/000490.pdf )

終わりに

PDSや情報銀行といったデータ流通基盤に政府は期待しているが、そのメリットを個人や企業が十分に理解するには至っていない。制度面が整った後も、政府や情報銀行制度に関わる企業が、民間へのアピールに知恵を絞る必要がある。

PDSや情報銀行の実効的な活用までにはまだ時間がかかるかもしれないが、データを提供する個人や企業の理解と協力を得て実現が進み、データ流通の活性化とライフログの活用が加速することに期待したい。

(お願い)本誌記載のデータは各種の情報源から入手・加工したものであり、その正確性と安全性を保証するものではありません。また、本誌は情報提供が目的であり、記載の意見や予測は、いかなる契約の締結や解約を勧誘するものではありません。

牧野敬一郎(まきの けいいちろう)
ニッセイ基礎研究所 総合政策研究部 研究員・経済研究部兼任

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