5月の米雇用統計が予想を上回ったことで米株価が一段高となる場面が見られた。しかし、ウォール街では先行きに慎重な意見が根強く、それを反映するように米株価はレンジ相場の領域に留まっている。米雇用統計だけではない。米GDP(国内総生産)成長率や個人消費も回復傾向にあるが、それでも米株価は「年初の高値」を超えることができないでいるのが現状だ。今回はその背景についてリポートしたい。

米GDP、個人消費ともに「回復が見込まれる」が

米株式,見通し
(画像=PIXTA)

今年1~3月期の米GDP成長率は前期比年率+2.2%と昨年10〜12月期の+2.9%から減速した。その原因の一つとして個人消費の伸びにブレーキがかかったことが指摘される。ところが、4〜6月期については状況が一変しているようだ。たとえばGDPナウによると6月6日現在の4~6月期のGDP予想は+4.5%と「4年ぶりの高水準」となる見通しだ。また、個人消費を見ても4月は前月比+0.6%と5カ月ぶりの大幅な伸びとなり、消費が加速する兆しをうかがわせている。

このように、米経済は年初の低迷から回復傾向を鮮明にしており、予想を上回った5月の米雇用統計もそれを裏付けていると考えられる。したがって、景気のモメンタムから考えれば米株価は年初来高値を更新しても不思議ではないはずであるが、実際はハイテク株を除くと高値更新には至っていない。

なぜ「年初に比べ成長が加速している」にもかかわらず、米株価は年初の高値を超えられないのだろうか?

ファンドマネジャーの悩みとは?

ウォール街のあるヘッジファンドのマネジャーにこの点を聞いてみると「恐らく、買いたい弱気なのだろう」と返ってきた。つまり、押し目があれば買いたい気持ちはあるのだが、バリュエーションが既に高いことから「上値を追いかけるにはためらいがある」との見立てだ。

買い控えの背景には貿易戦争やイタリア懸念なども指摘されるが、ウォール街の市場関係者がそれ以上に警戒しているのはFRB(連邦準備制度理事会)による利上げの影響である。

3月のFOMC(米連邦公開市場委員会)後の見通しでは2018年中の利上げ回数は、既に実施された3月分も含め「3回」が見込まれていた。それが、5月の米雇用統計で雇用者数や賃金の伸びが予想を上回ったことから、利上げ見通しは年内「4回」との観測が広がっている。FRBは金融政策正常化の一環として、昨年10月からバランスシートの縮小を開始しており、債券市場では需給面から金利が上昇しやすくなっている。こうした中で「利上げペースの加速」への警戒が高まっていることから景気と株価への悪影響が心配されているわけだ。

5月の米失業率は3.8%と18年ぶりの低水準となっており、いわゆる「ITバブル崩壊前夜」に到達している。失業率の低下は利上げを正当化するには格好の材料であり、6月12日、13日に開かれるFOMCでの追加利上げを確実視する向きも多い。

一般的に失業率が低下するのは喜ばしいことであるが、ファンドマネジャーは例外のようで「強すぎる米雇用統計で利上げスピードが加速するのではないか」と頭を悩ませている。

ローン遅延率が上昇、「消費の息切れ」の兆候も

景気が良く、雇用も安泰なのであれば利上げしても大丈夫と思われるかもしれないが、リーマンショックでクローズアップされたサブプライム問題がそうであったように今回も「債務に対する警戒」が高まっている。

1~3月期の米家計の債務残高は13兆2100億ドルとなり、直近のピークとなる2008年7〜9月期の12兆6800億ドルを5四半期連続で上回り、過去最大を更新中である。こうした中で自動車ローンの遅延率は4.26%と2012年以来6年ぶり、クレジットカードの遅延率は8.01%で2015年以来3年ぶりの水準に上昇している。

ローン遅延率の上昇もあって米新車販売は年初から苦戦が続いているが、同時に金利上昇がボディブローのように効いているのが住宅市場だ。4月の新築住宅販売が予想に届かず3カ月ぶりに減少したほか、4月の中古住宅販売も3カ月ぶりの減少となっている。

5月の消費者信頼感指数は17年ぶりの高値圏を維持しており、足もとの消費拡大を裏づける動きとなっている。ただし、購入計画を見ると、住宅をはじめとして自動車や家電も前月を下回っており「消費の息切れ」の兆候も認められる。

設備投資の拡大なしに企業業績の拡大は望めない

ところで、減税により企業の設備投資の拡大が期待されたものの、現状はそうした期待と真逆の動きとなっている。たとえば、5月のフィラデルフィア連銀製造業景況感指数では「6カ月先の設備投資見通し」が前回(4月)の29.8から21.6へ急低下している。当然ながら設備投資の拡大なしに企業業績の拡大は望めない。この原因の一つとして上場企業が減税分を自社株買いに充てているとの指摘もある。自社株買いは一時的な株高を演出するが、一方で設備投資の急低下により企業業績の先行きに暗い影を落としている側面もあるのだ。これでは米株式について「上値を追って買いにくい」と言われても仕方のないところであろう。

そもそも米企業は金融緩和の恩恵を享受する形で債務を膨らませてきたわけだが「金融政策の正常化」が始まったことで膨張した債務が企業利益を圧迫するリスクも高まっている。こうした中で利上げスピードが加速する可能性が高まっていることを加味すると、ファンドマネジャーが「買いたい弱気」になるのもうなずけるというものだ。(NY在住ジャーナリスト スーザン・グリーン)