シンカー:対外収支が持続不可能な「無責任」な運営になっていれば、通貨価値が大きく下落し、それが大幅なインフレにつながる。財政収支が持続不可能な「無責任」な運営になっていれば、総供給に対する総需要超過幅が大きくなり、それが大幅なインフレにつながる。言い換えれば、「無責任」な運営になっているのかは物価が目安である。現状では、財政収支に対する考え方と、対外収支に対する考え方が、ダブルスタンダードになっているような論調が多くみられる。米国の貿易赤字と日本の財政赤字ともに今のところ強い懸念は必要ないというのが、シングルスタンダードな回答であろう。日本の財政赤字を強く懸念するのであれば、貿易赤字を問題視するトランプ大統領の方針を、経済の本質がわかっていないなどと、批判したり嘲笑したりはできないだろう。
8・9日のG7首脳会議は、「自由で公正で相互に有益な貿易と投資が成長と雇用の主要な原動力である」との宣言の発表までたどり着いたが、トランプ米大統領がその宣言を認めない発言をし、混乱の結果となった。
トランプ大統領が米国の貿易赤字の是正を目的とする通商政策の正当性を主張する中で、各国は保護主義への動きに反対する立場をとっている。
各国が自国の財政収支を問題視する中で、貿易赤字を問題視するトランプ大統領を批判しても、説得は困難であろう。
マクロの貯蓄・投資バランスでは、財政赤字縮小は国際経常収支の黒字化要因であり、本気で内需拡大をして米国との貿易赤字を縮小しようとするのであれば財政拡大にコミットメントしなければならないはずだからだ。
国際経常収支と財政収支の問題は、前者への懸念が小さい一方で後者は大きく、違ったもののように論じられるが、マクロ理論的には類似したものである。
公的債務に対して、将来の増税や歳出削減によって返済する方針を持っている政府は「リカーディアン型」である。
一方、将来の増税や歳出削減だけではなく、中央銀行のシニョレッジ(通貨発行益)、インフレ、名目GDPの拡大によって、実質的な公的債務の負担を無くしていこうとする方針を持っている政府は「非リカーディアン型」である。
「非リカーディアン型」は「無責任」な財政運営につながるとして拒否反応が大きいようだ。
同じことが対外収支に関しても言えるのか考えてみる。
対外債務は、将来の国際経常収支の黒字で返済する形になっていれば「リカーディアン型」である。
一方、将来の国際経常収支の黒字だけではなく、中央銀行のシニョレッジ、または海外からの持続的な借り入れによって、実質的な対外債務の負担を安定化する形になっていれば「非リカーディアン型」である。
通貨が固定相場制となっていれば前者となるしかなく、変動相場制であれば一般的には後者となる。
この一般的な後者の形は「非リカーディアン型」が、「無責任」な対外収支運営であるとして、拒否反応が起こることはないようだ。
逆に、経常収支の一部である貿易赤字を問題化し、その削減を目指すトランプ米統領の方針に対する批判が大きい。
対外収支が持続不可能な「無責任」な運営になっていれば、通貨価値が大きく下落し、それが大幅なインフレにつながる。
財政収支が持続不可能な「無責任」な運営になっていれば、総供給に対する需要超過幅が大きくなり、それが大幅なインフレにつながる。
両者とも、金利が高騰することも共通である。
言い換えれば、「無責任」な運営になっているのかは物価が目安である。
現状では、財政収支に対する考え方と、対外収支に対する考え方が、ダブルスタンダードになっているような論調が多くみられる。
米国の貿易赤字と日本の財政赤字ともに今のところ強い懸念は必要ないというのが、シングルスタンダードな回答であろう。
日本の財政赤字を強く懸念するのであれば、トランプ大統領の方針を、経済の本質がわかっていないなどと、批判したり嘲笑したりはできないだろう。
米国の貿易赤字を強く懸念し保護主義が強まれば、生産性低下によりインフレが悪化することになる。
財政赤字を強く懸念し財政緊縮主義が強まれば、総需要の不足によりデフレが悪化することになる。
両者とも経済パフォーマンスの悪化が対外・財政収支の悪化に結局つながってしまうことになる。
ソシエテ・ジェネラル証券株式会社 調査部
チーフエコノミスト
会田卓司