シンカー:物価上昇率の動きは、景気回復初期ではそれまで下がり過ぎていた物価「水準」の調整の影響でファンダメンタルズより強く、中盤では消費者心理の改善による価格弾力性の強さと企業のまだ残るコスト耐性により弱く、成熟期に実質賃金の上昇による需要の拡大で強くなる理論通りの展開にようやくなってくると考えられる。

SG証券・会田氏の分析
(画像=PIXTA)

5月のコア消費者物価指数(除く生鮮食品)は前年同月比+0.7%と、4月から変化はなかった。

2月に同+1.0%まで上昇した後、上昇幅は縮小してきている。

5月のコアコア消費者物価指数(除く生鮮食品とエネルギー)も同+0.3%と、3月の同+0.5%から2ヶ月連続で上昇幅が縮小した。

一方、季節調整済前月比では、コアとコアコアともに2ヶ月連続の下落から横ばいとなり、底割れは防がれた形だ。

失業率が2.5%程度へ水準を切り下げているのと対比し、物価の伸び悩みが鮮明だ。

景気回復とデフレ脱却の進行過程では、失業率と物価のダイナミズムには変化のタイミングの乖離があるようだ。

景気回復の初期には、企業のリストラの動きはまだ強く、失業率の低下幅は限られる。

一方、需要の底割れが防がれたことで、下がり過ぎていた物価水準が上方に修正されていく。

物価水準は低いが、物価の上昇率は見かけ上は強くなり、失業率の低下に対して、物価上昇が先行しているようにみえる。

この間は、雇用と所得環境が弱い中の物価上昇で、実質所得は抑制され、景気回復が家計に実感されない。

円安による物価押し上げ圧力もあり、アベノミクスの前半場面で見られた動きだ。

物価水準がようやく採算ラインまで戻ってくると、物価上昇圧力は緩やかになってくる。

企業は、新商品・サービスなどでより攻勢を強めていく。

その前に、旧商品・サービスの値下げを含む販促で、需要喚起を図ることも物価の上昇率を抑制する。

景気回復の進行にともない、企業はリストラから雇用の拡大に転じ、失業率は大幅に低下し、賃金上昇も進んでくる。

雇用と所得環境の改善による消費者心理の向上は、短期的には拡大した購買力による価格弾力性を強くし(消費者が価格引下げに強く反応する)、企業としては価格を引き下げ販売数量を拡大することが有効な戦略となる。

失業率の低下と物価の伸び悩みがみられる現在は、まさしくこのような局面にある。

一方、ようやく物価と賃金の動きの調和がとれ、家計が実質所得の増加を実感できるようになってきているアベノミクスの後半場面に入った証左であると考えられる。

そして、需要が更に拡大するとともに価格弾力性の上昇が一服し、価格上昇にともなう売上高減少のリスクが逓減していくことが、徐々に経営者の値上げの判断を後押しする。

更に、賃金や仕入れ価格の上昇が、企業のコストも上昇させ、価格引下げによる販売促進の持続が困難になってくる。

その結果として、物価上昇率は加速し、デフレ完全脱却へ向かっていくことになる。

物価上昇率の動きは、景気回復初期ではそれまで下がり過ぎていた物価「水準」の調整の影響でファンダメンタルズより強く、中盤では消費者心理の改善による価格弾力性の強さと企業のまだ残るコスト耐性により弱く、成熟期に実質賃金の上昇による需要の拡大で強くなる理論通りの展開にようやくなってくると考えられる。

年後半からは、景気回復は中盤から成熟期に移行し、賃金・消費の拡大をともないコア消費者物価指数の前年同月比は持ち直し、来年前半には+1.0%へ戻ると考える。

ソシエテ・ジェネラル証券株式会社 調査部
チーフエコノミスト
会田卓司