米中貿易戦争が世界経済の先行きに暗い影を落とす中、トランプ米政権が「イラン産原油の輸入停止を各国に要請」して市場の混乱に拍車をかけている。インフレ懸念で利上げスピードの加速が見込まれる中、貿易問題に追い討ちをかける原油価格の高騰にウォール街の市場関係者もいら立ちを隠せない。

ウォール街の鉄則「フェドに逆らうな」

株価,予想
(画像=Joseph Sohm/Shutterstock.com)

先日、旧知のファンドマネージャーと食事をしたが、案の定顔色が良くない。給与が株価と連動している彼が上機嫌でないことは当然として、不満の矛先が貿易問題よりもイラン産原油の輸入停止に向いていることはやや意外だった。やはり、ウォール街が最も警戒しているのはFRB(米連邦準備制度理事会)が利上げを急いで景気後退を招くことであり「インフレリスク」にはかなり神経質になっているようだ。

2018年入って株価が伸び悩んでいる最大の要因は金融政策の正常化であろう。FRBは6月のFOMC(連邦公開市場委員会)で今年2回目の利上げを実施したが、景気を「過熱も冷やしもしない」中立的な金利水準とされる2.9%を目指してさらに邁進中である。

「フェドに逆らうな」はウォール街の鉄則であり、FRBが利上げを継続する中では株価の上昇は見込みづらい。

貿易戦争によるインフレ圧力を警戒中

このような情勢で米中貿易戦争が本格化しており、米保護貿易の矛先はカナダ、メキシコ、EU(欧州連合)へと拡大して制裁関税と報復関税の応酬が続いている。こうした貿易制限がサプライーチェーンの混乱を招き「米国経済のみならず世界経済の成長鈍化につながるのでないか」と懸念されていることも米株価を圧迫している。

ただ、ウォール街では成長鈍化よりも「インフレリスク」がより大きな悩みの種となっているようだ。関税の引き上げは輸入物価の上昇を通じて米国内のインフレ圧力を強める恐れがあり、FRBの利上げを正当化するとともに、長期金利も3%を超えて上振れるようだと株価への悪影響は免れないと考えているからだ。

ただでさえ量的緩和の終了と財政赤字の拡大で米国債は需給面からの弱さが警戒されており、米株式市場にとっては「貿易戦争によるインフレ圧力」のほうが成長鈍化より脅威に映るのであろう。

トランプ政権、イランからの輸入停止を各国に要請

インフレ懸念に拍車をかけているのが対イラン強硬策だ。トランプ大統領は5月8日、欧米など6カ国とイランとの間で結ばれていた核合意からの離脱を表明し、対イラン経済制裁再開の大統領令に署名した。そして、6月26日には世界各国に対しイラン産原油の取引停止を要請したことから、ニューヨーク原油は一時73ドル台と2014年11月以来、3年7カ月ぶりの高水準へと上昇している。

2015年に締結された核合意によりイランからの原油輸出は日量で約100万バレル増加し、2015年から2016年にかけての原油価格急落の一因となっていた。現在イランからの輸出は380万バレルだが、前回よりも厳しい制裁となれば100万バレル以上の供給が削減される可能性があるのだ。

OPEC総会、増産決定も事実上の減産維持

6月22日のOPEC(石油輸出国機構)総会では事実上の増産が決定したにもかかわらず原油価格の上昇を招くという奇妙な結果となった。なぜなら、表向きは増産に見えても実際は「減産維持」だからである。

2017年1月から開始された協調減産ではOPECとして日量120万バレルの減産を目指していたが、実際にはベネズエラからの供給障害もあって目標を上回る180万バレル程度の減産となっていた。今回の決定により、この目標を上回る部分を目標に近づけるために60万バレル程度の増産となる見通しだ。

ただ、経済が事実上崩壊しているベネズエラでは産油量の低下に歯止めがかからなくなっており、2016年の日量215万バレルから今年5月は139万バレルにまで減少している。既に70万バレルほど減少しているが、年末までにはさらに50万バレルの減少が見込まれおり、合計で100万バレル以上の減産となる計算だ。

結局のところ、今回の増産決定はベネズエラからの供給減少を相殺しているに過ぎず、ベネズエラを除いた減産は従来通り維持された格好だ。イランへの経済制裁やベネズエラからの供給不安に加え、ナイジェリアやリビアでも供給障害が発生しており、60万バレル程度の増産では原油価格の抑制には不十分との見方は至極妥当であろう。

サウジの思惑も反映する?

協調減産の当初の目的である過剰在庫の解消はすでに達成している。したがって、当初の計画からすれば減産の必要はなくなっているはずだ。にもかかわらず事実上の減産を維持する目的は「価格の上昇にあることは明白」と見られても仕方がない。サウジアラビアは同国の国営石油会社サウジアラムコのIPO(新規株式公開)を来年に控え、原油価格を80~100ドルに引き上げたいとの思惑があると考えられるからだ。

ただし、イエメンでのイランとの代理戦争が泥沼化しており、イエメンからサウジに向けてミサイルが頻繁に発射されるなど状況は劣勢である。したがって、米国の意向、すなわちOPEC増産による原油価格の引き下げ要求をないがしろにはできないのも事実である。

こうした思惑が絡まった結果「OPECは増産とみせかけて減産を維持するという手の込んだ発表をせざるを得なかったのではないか」との観測がウォール街で囁かれている。

「悪夢のシナリオ」に現実味

原油高を維持したいというサウジの思惑がある限り、OPEC主導での原油価格の反落は期待できそうにない。それでなくともトランプ大統領がイラン産原油の輸入停止を呼びかけているようでは上がることはあっても下がることはないとさえ感じられるであろう。

折りしも、関税の報復合戦が真っ盛りとなり、インフレへの懸念が強まる中、原油価格の高騰は株式市場の息の根を止めかねない。いたずらにマーケットの混乱を招くトランプ大統領の思惑はどこにあるのか? 高金利、高インフレ、ドル高という米国にとっての「悪夢のシナリオ」が現実味を帯びているように感じられてならない。(NY在住ジャーナリスト スーザン・グリーン)