アメリカは7月6日午前0時1分(北京時間正午12時1分)より、年間340億ドル相当の中国からの輸入品に対して25%の追加関税を課す措置を発動した。対象は自動車、半導体、医療機器、産業機械など818品目。中国製造業2025の重点投資分野から選別したというが、影響を受けるのは中国企業だけではない。

7月5日、マスコミ向けの定例の記者会見が行われ、商務部の高峰報道官らが出席した。中国中央テレビ局の記者が、「米中経済貿易関係はグローバルなサプライチェーンの中で非常に重要な組成部分となっている。アメリカによる追加関税措置は中国企業だけでなく、中国で生産活動を行う外資企業に対しても大きな打撃を与えるといった見方があるが、どのように考えるか?」と質問した。

これに対して、高峰報道官は「今回の対象となる品目をみると、200億ドル強、全体の約59%が外資企業の生産する製品であり、この中で、アメリカ企業の占める割合も相当分ある。アメリカの今回の措置は、事実上、中国企業やアメリカを含む各国企業に対する追加課税である。今回の措置で本質的に打撃を受けるのは、グローバルの産業チェーン、バリューチェーンである」と発言している。

影響を受けるのは企業だけではない。輸入品に関税をかけた場合、それをだれが負担するのかといった点も重要である。増税すればその分だけ末端価格が上昇してしまう。もし、中国側企業がアメリカへの販売価格を一切下げないとすれば、価格上昇分は100%消費者が負うことになる。もちろん、消費者は、中国製以外を選ぶこともできるが、そのまま中国製品を買い続けたい人にとっては全くの負担増である。つまり、関税であっても増税は国内消費者に負担が巡ってくる。

さらに、中国企業を叩く目的であったとしても、中国金融当局が人民元安誘導を行えば、その効果によって中国企業への影響は軽減され、ドル高によって、アメリカの輸出品が不利益を被ることになる。

中国経済への影響は軽微

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(画像=JStone/shutterstock.com)

中国経済全体への影響はどうだろうか?中国人民銀行は7月6日、アメリカが500億ドル規模の中国からの輸入品に対して25%の追加輸入関税をかけた際の影響について、一般均衡モデルによる試算結果を発表したが、それによると「GDPは0.2ポイント押し下げられる」だけである。

2016年における中国の輸出依存度は17.48%で世界116位である(GLOBAL NOTEより)。内需主導型経済への移行が進み、輸出依存度は2010年以降、低下トレンドが鮮明となっている。外需頼みの経済構造ではなくなっている分、貿易紛争による経済への影響はそれなりである。

中国側はアメリカ側の制裁の影響を打ち消すために、すぐさま、大豆、自動車など545品目、総額340億ドルのアメリカからの輸入品に対して25%の追加関税を課す方針を示している。

商務部は7月9日、マスコミ向けに記者会見を開いている。米中貿易摩擦の影響を軽減する政策として、(1)各企業への影響を評価分析する、(2)対抗措置による税収増加分を、企業や従業員が受ける悪影響を緩和することに用いる、(3)企業による輸入構造の調整を奨励し、アメリカ以外の国から、大豆、豆かすなどの農産品、水産品、自動車の輸入を増やす、(4)国務院が6月15日に発布した「積極的に外資を利用し、経済の高品質な発展を推し進めるための若干の意見」について、実施を加速し、企業の合法的な権益の保護を強化し、さらによい投資環境を作り出すなどの点を指摘している。中国側の対応は比較的抑制の効いた冷静なものとなっているが、それでもアメリカ側は報復によって影響を受ける。

トランプ大統領にとっての国益

トランプ大統領が主張する「アメリカ第一主義」とは一体誰のための第一なのだろうか?

今回の保護主義政策は有権者を意識したものだと言われている。鉄鋼やアルミの輸入に対する追加関税については、国内関連企業の事業環境を改善することができ、有権者である一部の雇用者は雇用の安定、業績改善に伴う給与の増加など、恩恵を受けることができよう。しかし、中国のハイテク輸入品に対する追加関税は、いったい誰に利益を与えることができるのだろうか?利益どころか、中国側の報復によって、トランプ大統領の支持基盤である中西部の農家は大きな打撃を受けることになる。

トランプ大統領は、中国だけでなく、EU、カナダ、メキシコ、日本、韓国などにも貿易赤字縮小を求めており、保護主義政策は、中国の台頭を抑えることが目的とは思えない。また、トランプ大統領はこれまでに、アマゾン・ドット・コムをはじめ急成長を続けるグローバル企業や、安い労働力を求めて海外に進出しようとする企業をしばしば批判している。

表面的には「米中貿易紛争の激化」であるが、その背景には、トランプ大統領の支持基盤である白人労働者、中低所得者層、不動産、素材などの内需企業VS多様な人種、中高所得者層、グローバル企業といった対立があるのではなかろうか?

合理的に考えれば、米中貿易紛争はどちらの利益にもならない以上、激化する可能性は低いと言えよう。しかし、トランプ大統領が重きを置くものが、アメリカ全体の国益でないとすると、途端に見通しは不透明となる。とはいえ、民主主義国家の大統領である以上、有権者の総意がすべてを決める。アメリカの世論を注意深くウォッチする必要がある。

トランプ政権は10日、新たな制裁措置として、食品、素材など年間2000億ドル相当の中国からの輸入品6031品目に10%の追加関税を課す方針を示した。8月末まで意見徴収を行った上で発動するとしている。中国側が譲歩するはずもない。11日に中国商務省は「全く受け入れられないとし、対抗措置を取らざるを得ない」と表明した。残念ながら、この問題は長期化必至の状況となっている。

田代尚機(たしろ・なおき)
TS・チャイナ・リサーチ株式会社 代表取締役
大和総研、内藤証券などを経て独立。2008年6月より現職。1994年から2003年にかけて大和総研代表として北京に駐在。以後、現地を知る数少ない中国株アナリスト、中国経済エコノミストとして第一線で活躍。投資助言、有料レポート配信、証券会社、情報配信会社への情報提供などを行う。社団法人日本証券アナリスト協会検定会員。東京工業大学大学院理工学専攻修了。人民元投資入門(2013年、日経BP)、中国株「黄金の10年」(共著、2010年、小学館)など著書多数。One Tap BUY にアメリカ株情報を提供中。
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