企業を買収する際、もっとも気をつけなければならないのは簿外負債の存在だ。個別の資産、負債ごとに承継の手続を要する事業譲渡などとは異なり、法人の権利義務をまるごと引き継ぐ企業買収ならではのリスクともいえる。本稿では買収先企業にどのような簿外負債が潜んでいる可能性があるのかを紹介したい。

アンドビズ
(画像=Nomad_Soul / Shutterstock.com)

簿外負債とはどのようなものか

簿外負債とは、本来、貸借対照表に計上されているべき負債が帳簿に記載されていないものを意味する。具体的には以下のようなケースが考えられる。

・退職慰労金
将来、役員に対して退職慰労金などを支給することとなっている会社では、これまでの在任期間に応じた引当金が計上されているべきだ。しかし、こうした引当金は計上しても税務上の損金とはならないため、小規模企業ではあえて計上していないこともしばしばである。

役員退職金は金額的にも多額となりがちであるため、これが簿外負債になっていると企業の買い手は思わぬ負担を抱えることになる。

・未払費用
企業会計では費用を「発生主義」で計上するのが基本だ。たとえば、継続して月額課金のサービスを受けている場合、たとえ料金が翌月払いであっても、当月に受けたサービスに対応する費用は発生したものとして計上しなければならない。

しかし、小規模企業では収益や費用を入出金の時点で記帳する「現金主義」を採用しているケースが多いのが実情だ。企業の買収価額を決定する際には直近の決算日など一定時点における決算数値をベースにするが、その決算数値に織り込まれていない発生費用が存在する可能性があるというわけだ。

・不良債権に対する引当金
不良債権とは、取りはぐれが発生しそうな売掛金など回収に疑義のある債権を指す。こうした不良債権がある場合、回収不能と見込まれる額を控除して決算書に反映させるのが合理的といえる。

回収不能と見込まれる額は、一般には債権のマイナス項目である「貸倒引当金」として計上すべきものである。もし適切な額が計上されていない場合には簿外負債と同等なものと考えられる。

・為替などのデリバティブ取引
「デリバティブ取引」とは先物、オプション、スワップなどリスクヘッジや投機を目的とした金融派生商品を意味する。デリバティブ取引というと小規模な企業とは無縁の特殊なものというイメージがあるかもしれないが、輸入の為替リスクを回避するための為替予約など一般に利用されているものである。

こうしたデリバティブ取引を行っている場合、決算上は時価で評価するとともに評価差額を損益として計上するのが原則だ。仮に為替相場が不利に動いて為替予約で損が発生しているなら、決算に織り込まれているべきであるが、適切に処理が行われず簿外負債となっている可能性もある。

偶発債務というリスクも

簿外負債と類似するもので「偶発債務」というものがある。偶発債務は現時点では負債ではないものの、一定の事象が発生した場合には企業の負担となる可能性のある潜在的な債務である。

たとえば、何らかの訴訟案件を抱えていて、敗訴が確定すれば、損害賠償債務を負担しなければならないといったケースがこれにあたる。損害賠償債務のほかにも、買収先の企業が他の会社の債務を保証している場合の保証債務、従業員が未払の残業代などを主張した場合の未払労働債務などが挙げられる。

偶発債務は現時点の負債ではないため決算数値に反映させる必要はないが、買収した企業が偶発債務を有している場合には買収価額を減額したり、買収そのものを控えたりすることも想定される。

隠れ負債のリスクに対応するためには?

以上のような簿外負債や偶発債務が買収後に見つかるという事態は避けなければならない。そのためには、買収前に対象企業をよく調査しておく必要がある。

ある程度の規模のM&Aでは対象会社の財務内容を詳細に調査するデューデリジェンスを実施するのが一般的だ。デューデリジェンスは公認会計士やファイナンシャルアドバイザリー会社が提供するものであり、簿外負債の有無については特に入念に調査が行われる。

小規模企業の買収ではM&A仲介会社による簡単な調査だけで済ます場合もあるが、簿外負債のリスクを減らすためには、売り手側の了解のもと、公認会計士などにデューデリジェンスを依頼するのが確かな方法といえる。

また、デューデリジェンスの際に発覚しなかった偶発債務などが事後的に見つかったとしても買い手側が追加的な負担をしない旨の表明保証条項を株式譲渡契約書に入れる方法などもある。

こうしたリスク対応にかけられるコストや時間は案件によって異なるが、専門家などのアドバイスも得ながら慎重にM&A手続を進めたいものである。