トランプ米大統領の元個人弁護士が「司法取引」に応じたことでウォール街の市場関係者は警戒を強めている。ロシア疑惑の解明は、同時に破産を繰り返し「世界一の貧乏」とまで呼ばれたトランプ氏の「復活の謎」の解明につながる可能性がある。だが、ロシア疑惑もさることながら、そこから波及する政治経済への深刻な影響も気掛かりだ。今回はロシア疑惑の最新情報とマーケットへの影響についてリポートしよう。
トランプ大統領の元側近が「司法取引」で合意
8月21日、トランプ大統領の元個人弁護士、マイケル・コーエン被告はニューヨーク連邦地裁において、2016年の大統領選挙中に「トランプ氏の指示で不倫相手の女性に口止め料を支払った」と証言した。コーエン被告は、選挙資金規制法違反に該当する上記「口止め料」のほか、脱税や銀行に対する詐欺罪など8つの罪を認め、検察当局の捜査に協力する「司法取引」に合意した。
トランプ大統領はこれまで、口止め料を払ったことは認めながらも「指示はしていない」と主張。しかし、コーエン氏が有罪を認めたことで、大統領が選挙資金を巡る疑いで有罪となる可能性も現実味を帯びてきた。
解明のカギを握る「欧州系D銀行」
ロシア疑惑については「米大統領選でのロシアとトランプ陣営の共謀」について捜査を継続中である。現状ではロシア政府がトランプ陣営に有利になるように関与したところまでは証明できても、意図的な共謀を証明するのは難しいと考えられている。ただ、捜査の「真の目的」はそこではなく「トランプ陣営の資金の流れの解明にある」との意見がウォール街では多く聞かれる。
ウォール街ではロシア疑惑に関連して「欧州系D銀行」に関する噂が度々囁かれている。昨年、ロシアからの資金洗浄の疑いで多額の制裁金を支払った「欧州系D銀行」は実はトランプ大統領とも深い関わりがある。過去に破産を繰り返したトランプ大統領は米銀で口座を持つことができず、「欧州系D銀行」を大口資金の窓口として利用していたのだ。
破産して「世界一の貧乏」とまで呼ばれていたトランプ氏に資金を提供し、復活させたのは旧ソ連の解体で資金の逃避先を求めていた「ロシアの大富豪」たちであったとされている。トランプ氏とロシアの大富豪の関係については各方面で様々な憶測を呼んでおり、その仲介役を務めたのが「欧州系D銀行」だった可能性も指摘されている。
トランプ大統領は「(ロシアとの)共謀はない。魔女狩りだ」との主張を繰り返している。とはいえ、トランプ氏の「問題処理係」を長年担当していたコーエン被告が司法取引に応じたことで「ロシアマネー解明」の包囲網は着実に狭められており、トランプ氏とロシア大富豪、欧州系D銀行の関係がより鮮明となる日もそう遠くないと言えるかもしれない。
「何も決められない政治」への逆戻りも?
ところで、ウォール街の市場関係者が懸念しているのは、ロシア疑惑を追い風に中間選挙で民主党が躍進することにある。共和党が敗北すれば減税や規制緩和といった景気のサポート要因を失う恐れがあり、株価にもネガティブな材料となりかねないからだ。
リアル・クリア・ポリティクスによると、下院435議席のうち、民主党は既に199議席を固めており改選議席の193を上回ることが確実視されている。一方、共和党は193議席を固めるにとどまっており、改選の235議席は言うに及ばず、過半数の218議席の確保すら厳しい状況だ。選挙戦を優位に進める民主党が激戦が見込まれる43議席のうち19議席をとれば過半数を確保することになる。上院での戦況は民主党45、共和党48、激戦区7となっており、こちらは共和党が優勢だ。したがって、選挙後の議会は上院と下院で過半数を獲得した政党が異なる「ねじれ議会」となる可能性が濃厚といえる。
11月6日の米中間選挙が2カ月余りに迫ったこの時期に、ロシア疑惑絡みの報道が連日繰り返されることになれば、選挙結果にも大きく影響を及ぼすことになるだろう。だが、中間選挙で民主党が躍進するとオバマ政権で経験した「何も決められない政治」への逆戻りとともなりかねず、マーケットはネガティブに反応する場面も見られそうだ。
疑惑が深まれば、混乱に拍車も?
筆者がもっとも危惧しているのは、ロシア疑惑への関心が高まる中で、トランプ政権が米中貿易戦争の激化やNAFTA(北米自由貿易協定)の交渉打ち切り、イランへの経済制裁強化などありとあらゆる外交手段を駆使して「国民の目を海外に向けさせようとする」ことだ。そうなれば、世界経済の混乱に拍車がかかる恐れもある。
トランプ大統領は、外交のみならず国内の金融政策にも口を出している。中間選挙に向けて、好景気以外にはこれといって成果もなく、逆に言えば景気が冷え込んだらゲームオーバーとなりかねない。これまでのところFRB(米連邦準備制度理事会)が忖度している様子はうかがえないが、9月の利上げが規定路線となる中で「トランプ砲」がさらなる波乱を引き起こすリスクに注意する必要がありそうだ。(NY在住ジャーナリスト スーザン・グリーン)