(本記事は、真山知幸氏の著書『独裁者たちの人を動かす技術』すばる舎、2018年8月15日刊の中から一部を抜粋・編集しています)
強面プーチンのパフォーマンス
現代の独裁者で、人間らしい一面を出し、周囲の人々を魅了するというテクニックを意識しているのが、ロシアのウラジミール・プーチン大統領である。
いつも冷静沈着で、物憂げな表情を浮かべ、何を考えているかわからない。外交面では強権をふるうこともしばしばで、国内では批判的なジャーナリストが何人も行方不明になっている。
そんな得体の知れない人物だからこそ、ほんの少し親しみやすさを出すだけで、イメージが大きく変わる。
2017年1月25日、モスクワ州立大学で「学生の記念日」を記念したシンポジウムが開かれ、28の大学から学生たちが集まったときのこと。
終了後の交流会で、学生がギターを片手にプーチンに歌を贈ったのだが、緊張のためか、途切れ途切れでうまく歌えない。
その様子を見たプーチンは、まるで助け舟を出すかのように、学生と一緒にいきなり歌い出したのである。
会場からは手拍子が起こり、歌が終わると会場が大きな拍手に包まれたことは言うまでもない。
助けられた学生はもちろん、周囲の学生たちも暖かい気持ちになったはずだ。
また、2017年5月15日、プーチンは北京を訪れた。
アジア、中東、欧州に及ぶ「一帯一路」という経済圏を作るプランについて、呼びかけ人である中国共産党の習近平国家主席と話し合うためである。
北京の迎賓館で習近平を待っている間、プーチンは、おもむろに部屋のピアノを演奏し始めた。
曲は、ヴァシリー・ソロヴィヨフ=セドイ作曲「フリーネバ川の街」と、ティホン・フレンニコフ作曲「モスクワの窓々」の2曲だった。
腕前はいまいちで、ピアノの調律もひどかったが、たちまちインターネット上で話題になった。上手であれば、それはそれで注目を集めたことだろう。
要するに、既存のイメージとのギャップが大きいことが重要なのである。
大統領選の勝利に涙ぐむ
独裁者のイメージ戦略の定番なのか、、子どもに優しい一面を見せている。
プーチン自らが出演し、三大テレビやラジオ、インターネットで生中継される番組「国民との対話」において、子どもからこんな要望を受けた。
「オムスク州スタロドフ村の9年生、ターニャ・カプニンスカヤです。学校にパソコンが2台しかありません。お金を送って」
この番組では、こんなふうにさまざまな要望がプーチンのもとに寄せられる。だが、当然、質問はすべて事前にチェックされ、プーチンはあらかじめ答えを用意している。
このときのプーチンの答えは、次のようなものだった。
「ターニャ。おとぎ話のホッタピッチのお爺さんのように、私はあらゆる学校の子供たちにパソコンを提供できる。それは難しいことではない。私のところに要請が届いた以上、それに応じるのが義務だ」
子どもの願いを優しく聴き入れ、実現するリーダー。
強面のイメージと大きくかけ離れているからこそ、視聴者に強く印象付けることができる。しかし、パソコンを送るのはターニャの学校だけで、ロシア全土の学校に支給されるわけではない。
しょせんはお手軽なパフォーマンスである。
たまたま出会った村の少女に、気まぐれにオモチャをプレゼントしたところで、なにも解決しない。独裁者たちのイメージが良くなるだけである。
うまくいけば、評判が悪い政策すら「優しい人だから、ひょっとしたら違う真意があったのかも」と誤解してくれる人すらいるかもしれない。
その効果を思えば、独裁者がほんの少しの優しさを見せるのは、何と低コストで、効率的なパフォーマンスなのだろう、と気づかされる。
プーチンは、2012年に大統領に返り咲くと、支持者集会で勝利演説を行い、喜びを爆発させた。
「私は必ず勝つと約束した。そして勝った」いつもは冷静なプーチンが、その目に涙を浮かべたため、これまた大きな話題となった。
涙の理由を「風だよ、本当に風のせいだ」と語ったこともまた、人々の心をつかんだ。
この一見感動的なエピソードにも筆者が白けてしまうのは、ロシアの選挙には大規模な不正疑惑が常につきまとっているからだ……。
隠れて褒めても意味がない
抜群のコストパフォーマンスを持つ独裁者のイメージ戦略を見るにつけ、筆者が思うのは、世には何て損をしているマネジャー職のビジネスマンが多いかということである。
私の知人にも、独裁者とまではいかないまでも、強面で通っているマネジャーがいる。
彼が面白いのは、普段、部下に接するときは厳しいことしか言わないのに、部外者の私と話すときには、部下のことをよく理解しているようなそぶりを見せ、褒めるべきところは褒めるということだ。
「今、私に話している内容を、部下に少しでも直接、話してあげればいいのに……」といつも思っていた。
彼の部下にも何人か知り合いがいるので、聞いてみると、結局、周囲がついていけず、降格したということだった。
もし、彼がほんの少しでも部下に優しい言葉をかけていれば状況は変わっていたはずだ。
と、私が言い切れるのは、プーチンではないが、普段、厳格な印象がある人ほど、ちょっとした声かけが「意外な一面」として相手に伝わり、大きな効果をあげるからだ。
これは逆も然りで、部下に厳しく接することができないタイプのマネジャーも、いざというときに意識して厳しい一言を発すると、その場がビシッと引き締まるはずだ。
意識して普段と違う一面を見せるのも、リーダーの仕事の一部ではないだろうか。
肉体美を強調するプーチン
院政を敷いていた時期を含めて、年近くロシアを支配しているプーチンだが、2024年まで大統領の任期は残っている。
海外の新聞記者から、「あなたは計24年、権力を維持する可能性があるが、ノーマルなことだと思うか」と質問されて、こう答えている。
「状況に問題がなく、国民がそれを望むなら、正常なことだ」
実際、とんでもない長期政権でありながら、一定の支持は集めているとされる。
それを支えている一端が、プーチンの変わらぬ若々しさである。
その身体能力は誰もが認めるところで、なにしろ、空手は8段、テコンドーは9段を持ち、柔道は国際柔道連盟(JIF)から8段を、講道館から5段を授与されている。
格闘技だけではなく、F1のレーシングカーで時速240キロを出してみせたり、アイスホッケーでシュートを決めてみせたりしたこともあった。
彼が若々しさ、たくましさを意識して演出していたのは首相時代からで、「第二次チェチェン戦争」では、戦闘機に乗り込む姿を何度もメディアに報道させ、攻撃的なセリフを吐いた。
「テロリストが隠れているすべての穴を探し当て、ネズミのように滅ぼしてやる」
プーチンは、休日の過ごし方もワイルドで、上半身裸で狩猟や乗馬、釣りを楽しむ姿はすっかりお馴染みとなっている。
注目すべきことは、プーチンは自身の肉体美を、国民に積極的に晒しているという点だ。ロシア紙もそんなプーチンの思惑をしっかりとサポートして、誌面で騒ぎ立てる。
「プーチン氏はシャツの下にすばらしい肉体を持っている」
「ウォッカをやめてプーチン氏のような身体を手に入れよう」
2017年の夏もやはりプーチンは、上着を脱いで、釣りや水泳をワイルドに楽しむ動画を公開している。
リールを巻くたびに、ピクピクと動く胸筋は、日本のネットでも話題になっているくらいだ。
ムッソリーニは61歳で処刑されてしまったが、プーチンは72歳まで大統領の任期が残っている。
どこまでその若々しさと筋肉を保つことができるのか見ものである。
リーダーでも下手でいい
完成された筋肉を見せつけることに余念がないプーチンだが、意外にも努力のプロセスを見せて苦労をアピールしている。
2014年冬季オリンピックの会場が、ロシアのソチに決まったときのこと。
最終選考の投票前、各候補地の代表がスピーチを行うなかで、プーチンは母国語以外に、英語とフランス語でもスピーチを行った。
英語は訛りがひどかったし、フランス語については、1フレーズのみだったが、それでも十分に人々の記憶に残った。
なぜなら、他国の言語で懸命にスピーチを練習し、話そうとするプーチンの姿は、普段の強気の外交姿勢とはかけ離れたものだったからだ。
リーダーとて、何でもうまくやらなければいけないという決まりはない。
ふだんから「あの人は私たちとは違う」と思われているような人は、むしろ、恥をかくところを見せたほうが、ほっとされて親近感を持ってもらえるものなのだ。
瞬時に数字の誤りを指摘したプーチン
アドルフ・ヒトラーもまた、むさぼるように本を読んだことで知られている。
学校を中退したコンプレックスが知的欲求につながったようだが、やはりヒトラーも極めて実用的な読書をしていたらしい。
『我が闘争』のなかには、ヒトラーが持っていた本からの引用が見られるし、演説の内容も本からとってきた要素が見られている。
ヒトラーは毎晩、1、2冊の本を読むのを日課にしていたようだ。
ヒトラーが面白いのは、前の晩に読んだ本の内容を、翌日の朝食時に、側近たちに延々と語っていたことである。
そうすることで、知識を自分のものにしていたに違いない。側近たちがうんざりしても構うことなく、ヒトラーは話を続けたという。演説のリハーサルという側面もあったのかもしれない。
こうして実践的な知識を身につけていくことは、どんな場面で威力を発揮するのか。
それがよくわかるのが、映画監督オリバー・ストーンのドキュメンタリー映像「オリバー・ストーンオンプーチン」である。
これは、オリバー・ストーンが、実際にウラジミール・プーチンに長時間のインタビューを行って製作されたものだ。
そのなかで、プーチンがロシア経済について説明する場面がある。
手元に何のペーパーもなく、すらすらと数字が出てくることにまず驚くが、それだけではない。まずプーチンがつらつらとこう述べる。
「GDPに対する割合で考えることが重要です。アメリカの場合は100%、我が国は最小限の12~13%です。加えてわが国には十分な外貨準備があります。中央銀行の準備高は3600億ドル、政府には800億ドルと700億ドルの積立金もあります。これらで財政赤字を補填しています」
これを受けて、オリバー・ストーンがこう言った。
「2015年には、食品価格が20%近く上昇。インフレ率は13%……」
すると、プーチンは間髪入れずに「12.9です」と訂正してみせた。
これにはさすがの巨匠、オリバー・ストーンも苦笑するしかなかった。
プーチンが自国の状況を細かいデータに至るまでよく把握していることが伝わってくる。
監督がプーチンのパフォーマンスに協力する理由はないから、このやりとりは「ガチンコ」のものと見て良いだろう。
このように、インプットした情報を頭に叩き込んでおけば、会議や討論の場で、ちょっとしたきっかけから主導権を奪うことができるし、周囲からの信頼も勝ち取ることができるのだ。
思いやりが人を大きく見せる
いかなる組織にしろ、リーダーは厳しくあるべきだという考えは根強い。
確かに、部下の仕事に対して寛容な姿勢ばかり見せていては、規律が緩んでしまい、成果が上がらないかもしれない。
だが、たとえリーダーが部下に厳しくなくても、仕事できちんと背中を見せれば、憧れが生まれて自然とついてくるものだ。
それ以上に、上司が高圧的な態度ばかりとって、現場が萎縮してしまうほうが問題だろう。そうでなくても、どうしても立場的に、リーダーは部下に対して強い存在になりがちだ。
独裁者が実践していたように、部下に対して思いやりを見せることで、信頼は深まり、リーダシップはむしろ高まると考えるべきだろう。
思いやりとまではいかなくても、謙虚さを示すだけでも、自身の思いやりを示すことはできる。
独裁者ほどではなくても、強いリーダーシップがある人物ならば、謙虚な態度がもたらす効果は、なおのこと高い。
ロシアの大統領プーチンについて、柔道家の間で幾度となく語られている逸話がある。
それは、2000年の来日時のことだ。講道館館長から、六段の紅白帯を送られたプーチンは、その場で締めることを固辞。
その理由として、次のように語った。
「私は柔道家ですから、六段の帯がもつ重みをよく知っています。ロシアに帰って研鑽を積み、一日も早くこの帯が締められるよう励みたいと思います」
ほかの柔道家すべてへの気遣いあふれるこの言葉。
謙虚な姿勢が、かえってその人物を大きく見せる好例だろう。