10月1日~2日、アメリカのシンクタンク・ジャーマン・マーシャル・ファンド(GMF)がベルギー・ブリュッセルで開催した日本3極フォーラムに参加する機会を得た。

WTO改革
(画像=PIXTA)

フォーラムの狙いは、日米欧の3極の政策当局者、研究者、ジャーナリストらが、主に外交・安全保障、通商政策の観点から、グローバルな課題を検討し、3極間での協調的な取り組みについて意見交換することにある。

フォーラムでは、米国のトランプ政権の予測不可能さと保護主義的な通商政策への懸念が広く共有されていたが、個人的に最も印象的だったのは、国家資本主義を維持したまま、存在感を高めた中国に対する、欧米からの参加者の警戒意識の強さだった。

ブリュッセルには、ここ10年ほど、年1回は、定点観測的に足を運んでいるが、中国への警戒感は、ここ1年余りで急速に高まったように感じる。デジタル覇権を争うまでになった中国の躍進、中国企業による欧州のハイテク企業の買収、欧州へとつながる「一帯一路」の一部のインフラ建設プロジェクトの融資を受けた新興国での返済問題の表面化。これらが複合的に働いて中国への警戒が一気に高まったようだ。

経済面での脅威であるトランプ大統領の保護主義政策も、2つの狙いのうち、1つは日本とEUにとっても重大な脅威だが、もう1つは中国に軌道修正を促すチャンスになり得るというムードも感じた。

重大な脅威として受け止められているのは貿易赤字の縮小という狙いだ。

トランプ政権の通商政策は、米国の貿易赤字は、相手国の不公正な貿易慣行に原因があり、米国の雇用の喪失、製造業の衰退につながっている。失われた雇用を取り戻すために、米国にとって不利な条件を改めて、貿易赤字を解消する必要があるという理念に基づく。

貿易赤字の縮小という狙いを達成するためのツールが、安全保障を名目とする通商拡大法232条であり、自動車の追加関税で米国に有利な条件を引き出そうという圧力の対象は、日本、EUという同盟国にも向いている。トランプ大統領との首脳会談で、EUは自動車を除く製造業、日本は当面は財に限定し、農産物についてはTPP11など既存の経済連携協定の内容を最大限とする、限定的な貿易交渉を開始することになった。

これまで日本とEUは、19年早々の発効を目指す日EU経済連携協定(EPA)に代表される高度で包括的な自由貿易協定を重視してきた。トランプ大統領との合意は、こうした従来の原則から外れる。自動車の追加関税回避のための妥協策だ。

日米、日EUの交渉がどのような展開を辿るのか見えないが、トランプ大統領が貿易相手国から引き出している成果は時計の針を逆戻りさせるようなものという懸念は参加者の間に広く共有されていたように思う。

その一方、チャンスと受け止められているのは、中国の覇権の阻止という狙いのために、知的財産権の保護や技術移転の強要といった非市場的な政策や措置の是正を迫っている面だ。

無論、通商法301条に基づく米国と中国の間での制裁と報復の応酬の拡大が望ましいとは思われていない。日本やEUの企業も、サプライ・チェーンを通じた影響を受けるおそれがあり、両国経済に悪影響が広がれば、日本とEUの景気拡大の持続も危うくなる。

追加関税という手法にこそ問題があるが、中国の非市場的な政策や措置に包囲網を築き、世界貿易機関(WTO)の改革に弾みをつけたいという期待もあるようだ。

日米、米EUが、それぞれ米国との貿易交渉の開始で合意した首脳会議の声明文には、「対象を絞った貿易交渉を開始する」、「交渉期間中の追加措置の回避する」、そして「WTO改革や知的財産の収奪、強制的技術移転、産業補助金、国有企業によって作り出される歪曲化や過剰生産などの不公正な貿易慣行の問題に緊密に作業する」という項目が盛り込まれている点が共通する。

日米物品貿易協定(TAG)の交渉開始で合意した9月26日の日米首脳会談の前日には、日米欧の3極の貿易大臣の合意文書にも、非市場指向的な政策や措置への対応について作業を進め、WTO改革を共同提案する方針も盛り込まれた。

しかしながら、こうした動きによって、米中間の貿易戦争が終息し、WTO改革を通じた問題解決が図られるようになるという展開は期待できそうにない。

そもそも、米国とEUの間には、WTO改革について、かなりの温度差がある。9月にEUの欧州委員会がまとめたWTO改革案は(1)、ルール作りや機構改革、米国の上級委員の指名阻止で危機に陥っている紛争解決手続きなども含めた18ページにわたる詳細な提案だ。他方、3極の貿易担当大臣の合意文書を見る限り、「途上国の地位を主張する先進的なWTO加盟国に義務の履行を求める」ほか、デジタル貿易や電信商取引の分野などでルールの有効性維持するための協調を継続する方針は伺える。しかし、米国を多国間の枠組みにつなぎとめることができるのかどうか定かではない、

WTO改革に中国を巻き込み、協調体制を採ることも難しそうだ。EUは、今年7月に北京で開催した中国との首脳会議でもWTO改革で協力する方針も確認している(2)。しかし、EUと中国の間では13年に始まった包括的な投資協定の協議も難航し、FTAの協議は視野に入らない状況だ。WTO改革の必要性では一致しても、その意図するところには、EUと中国の間には大きな隔たりがありそうだ。

中国により近く、関係も深い日本の参加者からは、米国との貿易戦争、「中国製造2025」や「一帯一路」に象徴される国家戦略への欧米の警戒の高まり、「債務のわな」への受け手の国々の警戒の高まりなどを受けた中国の軌道修正の動きを指摘する声があった。

しかし、その変化を欧米が感じ取り、世界貿易体制の維持のために妥協点を探るようになるまでには、しばらく時間が掛かるように感じられた。

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(1)http://trade.ec.europa.eu/doclib/docs/2018/september/tradoc_157331.pdf
(2)https://eeas.europa.eu/delegations/china_en/48424/Joint%20statement%20of%20the%2020th%20EU-China%20Summit

伊藤さゆり(いとう さゆり)
ニッセイ基礎研究所 経済研究部 主席研究員

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