第4章 合理的だという自意識過剰。「行動ファイナンス」で損失は減らせるか

<第5話>オプティミズムの罠:相場が間違ってる、なんとかなる・・・で損失拡大

「ところで、君は体が丈夫そうですね」
「ええ、それだけが取り柄みたいなもんです」
 隆一は特段、運動や食生活に気を使っているわけではないが、体力と健康には自信があった。

「そう思っている人ほど、体には気を付けないといけません。普段、特に調子の悪いところがない、痛くもかゆくもないという人は、少しぐらい飲みすぎても、少しぐらい無理をしても平気と思いがちです。その無理がホコリのように積もり積もって、ある日突然、体を壊すというのはよくある話ですから」

「先生、大丈夫ですよ、なんとかなりますよ」
 自分に言い聞かせるような先生の口ぶりもあって、隆一はついぞ自分へのアドバイスとは思わず、先生の体調を気にしていた。

「なんとかなる、ですか」
 先生は、隆一の自分を気遣うような視線を見て質問を続けた。
「ところで、まったく話は変わりますが、コップの水が半分残っていたら、『もう半分しかない』と思うか、『まだ、半分ある』と思うか、というたとえ話があります。君は、どちらのタイプですか」
「まあ、そのときの喉の渇き具合によって違う気がしますね」

「ふむ。それはその通りかもしれませんね。では、給料日の3日前にお財布には2,000円しかない。しかし、奥さんには小遣いが足りないと言えない場合は、どうでしょう。もう2,000円しかないと思うか、それとも、まだ2,000円あると思うか」
「そんなことは、毎月の話ですし、2,000円あれば、3日くらいなんとかなりますよ」

「そうですか。やはり『なんとかなる』と思うわけですね」

なんとかなる、自分だけは大丈夫・・・「楽観主義」は悪いのか?

「さて今度は、楽観主義(オプティミズム:optimism)の話をしようと思います。この楽観主義は、『明日は明日の風が吹く、ケセラセラ』という意味の『なんとかなるさ』とは、違います」

 先生は隆一の目をのぞき込むように話した。

「先生、僕は毎月給料日前に『明日は明日の風が吹く』なんて思ってませんよ。『なんとかなる!』と思って耐えているだけです。先生のおっしゃる楽観主義って、何ですか」
「いや私は、別に君のこと攻めているつもりはありませんよ」
「ああ、そうですか。貧乏暇なしですみませんね」
 隆一は、腕組みして床に履き捨てるようにぼやいた。

 さすがの先生も少しバツが悪そうに眼をそらして続けた。
「楽観主義というのは、例えば、先行きの予測が二通りあるとして、現時点ではどちらがより確からしいか分からないとき、よい結果の方の選択肢を選ぼうとする心理のことです。丁半博打のように、確率が50%の賭けがあったとします。合理的に考えれば、丁か、半かは、あくまで半々ですよね。でも、『50%なら自分は勝てる』と思うのが楽観主義、その逆に『50%だと負けるかもしれない』と考えるのが悲観主義(pessimism)と言うとわかりやすいでしょうか」

「はあ、そうですか」
 生返事の隆一は、先生が何を言いたいのか分からない。

「よく『過去から学べ』と言われますが、『人は過去から学べない』ということも心理学の研究で分かってきました。資本主義はバブルを繰り返してきたことを前に話しましたよね。頭では分かっていても、同じような過ちを繰り返してしまうのが人間です。これも楽観主義によるものなのかもしれません。君も、そうでしょう」

 つい「君も、そうでしょう」と、口を滑らして隆一をイラつかせるのは、先生の過去から学べないところかもしれない。
 まんまと腹を立てた隆一は、先生の回りくどい話に辟易していた。

「先生、それで、それが、何の勉強なんですか」

「いや、楽観主義のもたらす投資への影響を話したかったのです。楽観主義は、リスクに委縮せず、勇気をもって投資に立ち向かえるという面では、投資のリターンを大きくする作用もあります。でも半面、自信過剰(overconfidence)につながり、非合理な投資行動を引き起こしがちです。詐欺に引っ掛かりやすいタイプに、『自分は大丈夫』『まさか自分が』という人が多い、という話もありますね」

「ええ、そういう人に限って引っ掛かるんですよね」
 ハハハと空笑いをしながら、隆一は自分はまさにそのタイプだとヒヤリとしていた。<自分は大丈夫>と、根拠のない自信を持つところは、良くも悪くも自分の美徳のようなものだ、と自覚していたからだ。

投資小説,トウシル
(画像=トウシル)

過剰な自信が生む、過剰なリスクと相場への否定

 ただ、話の落としどころが理解できない隆一は、先生に聞き直した。
「でも、先生、なぜ楽観主義だと悪いんですか? 自信過剰とおっしゃいますが、自信がないよりはマシなんじゃないですか」
「もちろん、良い、悪い、ということを言っているわけではありません。投資でも、私たちは、しばしば、自分の都合の良いように物事を見てしまう、ということを、戒めたかったのです。楽観主義が自信過剰と結びつくと、

〇自分の投資手腕を過信し、投資が上手くいったときは、自分のやり方が正しかったからだと考え、上手くいかなかったときには、たまたま運が悪かっただけ

と考えがちです。だから、過剰なリスクをとったり、頻繁に売買しすぎたりしてしまいます。投資の是非を考える際に、

〇ひとたび『きっと、上がるに(下がるに)違いない』と思うと、自分に都合の良いシナリオだけに目が行き、他の可能性を過小評価してしまいがちです。

しかし、将来のことですから、常に他のシナリオも想定して対処しないと、大きな損につながりかねません。

〇上がると想定していた相場が、自分の想定とは逆に下げ方向に動いていても、自分の間違いではなく、『相場がおかしい、いずれ自分の想定の方向に戻る』と考えてしまうことがあります。

その結果、損失が膨らんでしまうわけです。どれも、投資で成功しない人の思考回路です」

「う、確かに怖い話です。僕もデイトレでうまく行っていたときは、自分のことを投資の天才かと錯覚して、相場を都合よく解釈してた気がします」
「そう、だから、そういう陥りやすい心理を知って、そうした危ない思考回路を作らず、根拠のない投資行動をとらないようにしないといけません」

「そうですね」
 そう返事をしながらも隆一は、自分をコントロールできる自信がなかった。無意識の楽観主義、根拠のない自信過剰を、自分の長所のように思っていたからだ。

「なんとかなりますよ」
 先生は、笑っていた。

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中桐 啓貴(なかぎり ひろき)
FP法人GAIA代表 ファイナンシャルプランナー
1973年、兵庫県生まれ。大学卒業後、山一證券、メリルリンチ日本証券で資産運用コンサルティング業務を行う。留学してMBA(経営学修士)を取得後、IFAガイアを設立。社員26名、資産相談の顧問契約者約645名、仲介預かり資産は260億円超。

(提供=トウシル

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