第3章 バブル崩壊は、投資タイミングのヒントになるか?

<第1話>長期で見れば株価が上がる。本当か?

金曜日の夕方、隆一はいつものように営業日報を書いていた。
するとまたしても先輩の高田が「おい、木村、今日は飲みに行けるだろう」と誘ってきた。
「き、木村さん、ちょっと今日は取引先の新任課長の歓迎会をしようということになっていて」
「そうか、それなら仕方ないな。よろしく頼むわ」

隆一はこういう言い訳を毎週しなければいけないと考えると気が重くなったが、「ま、いけるところまでいってみよう」と思い、会社を出た。

いつものように新橋駅で下り、飲み屋街を抜けて先生のいる日比谷神社を目指す。ドアをノックすると先生が迎えてくれた。

「今日で3週目ですね。時間通りに来て、立派」と先生は言って、いつものようにコーヒーをいれてくれた。今日はマイセンのカップ。<高級やつだ>と隆一は掲げて眺めた。

「さて、先週の資本主義の話は、奥さんにしましたか?」
「先生、聞いてくださいよ。先週の金曜、帰宅したらまだ妻が起きていたので、『今日は資本主義の話を聞いてきたよ』と言ったら、『え、シフォンケーキ、買ってきてくれたの?』と、かえってきましてね」

先生はコーヒーを吹き出しそうになりながら、
「うちはケーキの用意まではできてなくてね。すみません」と愉快そうに答えた。

「ところで、先生。前回のお話で、資本主義というのは人間の欲望をエンジンとしながら成長をしていく。だから、米国株は200年で1ドルが60万ドルになった。ここを理解することが最終的に長期投資で成功する秘訣だ、ということはわかりました」

先生は、今まで聞いた知識を結びつけて説明をしようとする隆一に成長を感じた。

「ただ、まだ腹落ちしきれていないのが、どうして株式というのはそれほど長期で値上がりをしていくかというところです」と隆一が尋ねた。

「そうですね、そこは誰もが思う疑問です。では、今日は次のトピックに入る前に株式会社について説明します。池上彰なみにわかりやすくがんばってみましょうか」
「先生、自分でハードル上げていいんですか」と隆一は茶化したが、先生は気にせず、そして隣の部屋からホワイトボードを出して、話し始めた。

株式会社は誰のものか?

「まず質問です。世界で最初の株式会社は?」
「東インド株式会社でしたっけ。歴史の授業で習ったやつですね」
「正解。オランダのこの会社がはじめてだと言われていますね。1602年、徳川幕府が発足する1年前に設立されています。では、なぜこの時期(17世紀)にヨーロッパで株式会社が設立されたのか。これを知るにはその時代背景を簡単に見ていくとわかりやすいです」

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(画像=トウシル)

「この時代のヨーロッパでは大航海時代と呼ばれ、15世紀にバスコ・ダ・ガマが喜望峰ルートを開拓し、インド、アジアへの航路が開かれ、コロンブスは西を目指しアメリカ大陸を発見しました。そして探検家たちはこぞって航海にくり出し、主にコショウなどの香辛料をヨーロッパに持ち帰り、莫大な利益を得ました。当時はコショウの数をピンセットで一個一個数えたと言われるほど貴重なものでした。

ただ、その航海は誰でも成功する訳ではなかったんですね。難破や海賊、敵からの襲撃、疫病への感染などとてもリスクが高く、何割かの船は戻ってこなかったくらい、とても危険なものでした。しかし、下層民や貧者でも勇気と幸運に恵まれれば、航海を成功させることによって有り余る名声とお金が転がり込んできたのです。ここまではよろしいでしょうか?」

急に池上彰らしき口調になった先生に隆一は笑いをこらえながら、「へ~、昔はコショウはそれほど貴重だったんですね~」とTV番組のコメンテーターのようなリアクションをしてみた。

先生も調子よく「そうなんですよ~」と頷きながら説明を続けた。

「では、なぜ貧しいが勇気だけはある探検家は、航海に出ることができたのでしょうか」 「そうですよね。船とかどうしたんですかね」

「これは『パトロン』と呼ばれる探検家を応援するお金持ちがいたからです。ベネチアのメディチ家などはパトロンとして有名です。応援するといっても、寄付ではありません。航海が成功したあかつきには、きちんと利益配分を受け取ります。出資者は出したカネが戻ってこないというリスクをとるかわりに、探検家への報酬、経費を除いたリターンを自分のものにする権利を得たわけです」

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(画像=トウシル)

「ここで3人の人物が登場します。探検家、出資者、船員です。当たり前ですが、出資者が船に乗って航海に出る訳ではありません。航海に出るのは探検家です。この出資者と探検家がいっしょではないところがポイントです。株主というのは資本(お金)の出し手であり、会社は資本の出し手である株主が経営を支配する権利を持っている仕組みになっています。経営者はその代理人に過ぎません。ですから、航海で得た利益は基本的には必要経費(船員たちへの給料、探検家への報酬など)を除いてすべてが出資者のモノになります」

先生の絵を書きながらの説明に、隆一は池上彰の番組を見るように聞きいった。

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(画像=トウシル)

「一度話をまとめましょう。まずリスクを取ってビジネスを起こしたいという起業家がパトロンからお金を集めるために、株式会社を作る。起業家は“お金を出してもらいましたよ”という証拠に株式を発行する。その株式(証書)を持っている人が『株主』です。そして、起業家はそのお金を使って設備を買い、社員を雇い、事業を始める。うまくその事業が軌道に乗れば、起業家は利益の中から役員報酬をもらい、社員は給料とボーナスを受け取ります。株主は、その出資比率(いくらお金をだしたか)に応じて配当を受け取ったり、その株価の値上がり益を得たりすることができます。つまり、株式での投資は、出資比率に応じて経営に参加でき利益の配分を受けられるということです。また、その責任は有限で出資額以上のリスクはありません。これが現代になると、その株式が取引所に上場されていれば、いつでも売買できる、というわけです」 「そういうことだったんですね。社長、社員、株主の関係がようやくわかってきました」

投資小説,トウシル
(画像=トウシル)

会社の利益と株価の関係

「なにより。では最初の疑問であった、『どうして株の価値というのは上がっていくのか』を考えてみましょう。むろん、株価も大根やマグロの値段と同じように、日々の需要と供給で決まります。その需給の背景にあるのは会社の価値です。その価値を株数で割った、1株当たりの価値が、株価となります。ここでは簡単に、会社の価値を会社の持つ利益を生み出す力として考えてみましょう。会社が儲けてくれれば、その分け前を株主たる自分が得られるから、株を買うわけです。そうすると、株価の需給の背景は、1株当たりの利益。つまり、需給で日々の上げ下げはあっても、長い目で見れば、1株当たりの利益が増えそうなら株価が上がることになります。この点を、具体的にお話ししましょう」

「仮に、10人が100万円ずつ出し合ってネット広告の会社を設立したとします。その時点での株価というのはまだ何もしていないので通帳残高が1,000万円のまま。この時点での株価は1,000万円/10株で、1株あたりの価値=株価は100万円です。会社の経営者である田中さんは1,000万円の中から、パソコン、コピー機、机などを買い、従業員を雇ったとします。

そして、半年間まったく利益が上がらず、通帳残高が500万円になってしまいました。
この時点では、株価も500万円/10株で1株は50万円と下がってしまいました。

しかし、人というのは底をみてから奮起するものです。田中さんと従業員が必死で新規開拓したところ、大手のお客さんが見つかり、そこから順調に紹介客も増えていきました。そして第1期目を締めたところ、売り上げが3,000万円、そこから給料などの販売管理費の1,500万円を引いたところ利益が1,500万円に上り、税金を40%払っても900万円が手元に残りました。

すると、この会社の通帳残高は500万円+900万円で1,400万円あることになります。この時点での株価は、1,400万円/10株で1株は140万円。最初に100万円出資した人は、ここで売れば40万円の利益を得られることになります。

簡単に言うと、株主から預かったお金を使って売り上げを上げて、経費を除いて利益が出ていると、会社の普通預金の通帳残高は増えていくわけです。そして最終的にはこのお金は株主のものなので、残高が増えるに従って株価も上がっていくというわけです」

「なるほど、いつも株価ばかりみていて、株式の価値の部分はほとんど考えたことがなかったです。東証一部に上場している会社も設立1年目の会社も同じく株の価値が高まるから株価が上がるわけですね」

よい株式会社は複利マシーン?

「もう一つ大切なポイントがあります。株式会社の仕組みは『複利』になっているという点です。まずは『単利』と「複利』の違いについて簡単にご説明しておきましょう。『単利』は利息をそのまま出すだけですが、『複利』は利息をまた元本に組み込みます。つまり100万円を10%複利で運用すれば、1年目に10万円の利息がでますが、それをまた元本に組み込むので2年目の元本は110万円になり、2年目の利息はその10%で11万円、またそれを元本に入れ121万円になるというように増えていきます。

株式会社の仕組みも同じです。利益から税金、株主への配当金を払った後のお金は手元に残ります。そのお金を使ってまた新しい設備や人を雇って、前年同期比での売り上げ増を目指していきます。前の年の利益を内部に溜め込み、そのお金を使って前年以上の利益を得ようとするわけです。利息を元本に組み込み、利息+元本にまた利息がつく複利の仕組みと同じですね。

このサイクルがうまく回れば、起業→営業→売上げ→利益→株主への配当→内部留保の増加→設備投資・社員教育→売り上げ増となります。つまり、株式会社は『複利』でお金が増えていく、『複利マシーン』としての側面を持つのです。この株式会社=複利マシーンという考え方は、長期投資をする上で重要になります」

「なるほど、なぜ株価が長期的に上がっていくかがすっきりわかりました。長期的に継続していく企業に投資をしていれば、その会社が成長をしていく限り株価はずっと上がっていくということですね」

「その通り。世界的に有名な投資家であるウォーレン・バフェットは、『あなたの株式への投資期間は?』と聞かれると“永遠だ”と答えています。永遠というのは大げさにしても、長期で投資をしていれば、株式は上がっていく、だからこそ200年間で米国株は60万倍にもなる。ただ、60万倍といっても年率に直すと実は7%前後。いかに複利の効果がすごいか、ということがわかりますね」

投資小説:もう投資なんてしない
<1>投資から、退場させられた、男
<2>新橋・日比谷神社、先生との出会い
<3>投資とトレードは違う?
<4>投資で儲かった、と言う人がいない理由
<5>資本主義より、マシな仕組みがないだけ
<6>1ドルを60万ドルに変えた、資本主義
<7>投資で儲けたカネは汚い?ハイブリッド社員とは
<8>ほどよい格差が資本主義を安定化させる?
<9>リスクから逃げるか、可能性に賭けるか

中桐 啓貴(なかぎり ひろき)
FP法人GAIA代表 ファイナンシャルプランナー
1973年、兵庫県生まれ。大学卒業後、山一證券、メリルリンチ日本証券で資産運用コンサルティング業務を行う。留学してMBA(経営学修士)を取得後、IFAガイアを設立。社員26名、資産相談の顧問契約者約645名、仲介預かり資産は260億円超。

(提供=トウシル

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