(本記事は、岡崎大輔氏の著書『なぜ、世界のエリートはどんなに忙しくても美術館に行くのか?』SBクリエイティブ、2018年9月20日刊の中から一部を抜粋・編集しています)

鑑賞が深まる4つのプロセス

なぜ、世界のエリートはどんなに忙しくても美術館に行くのか?
(画像=Monkey Business Images/Shutterstock.com)

京都造形芸術大学アート・コミュニケーション研究センターでは、「みる・考える・話す・聴く」というサイクルを繰り返しながら、グループで対話型鑑賞をすることを提唱しています。

この4つは、どれも、私たちが日常で当たり前のように行っている行為なので、研修では、この4つを、「いつもより、意識的に行ってみましょう」とお伝えしています。

「みる・考える・話す・聴く」を簡潔に説明すると、次の通りになります。

【みる】
なんとなく見るのではなく、意識を持ってすみずみまでアート作品を見る

【考える】
直感を大切にしながら、作品について考える。「好き」「嫌い」という直感(第一印象)でもかまわない。ただし、アート作品が自分にそのように思わせた理由(根拠)を、アート作品の中から見つけ出すことが必要

【話す】
自分の心に沸き上がる様々な考え、感情、疑問などを、「的確な」言葉に置き換えて、まわりの人たちに伝える

【聴く】
ほかの人の意見を、意識を持って聴く

話すことで「言語化」の精度を上げる

アート作品を鑑賞するときは、できるだけ言語化をすることが大切です。

一般的に、脳は右脳と左脳に分かれているといわれています。

右脳は、アート作品に使われているような色、形、空間などの認識に、左脳は言語、文字、計算などの認識に大きく関わっているといわれています。

また、右脳は「直感的思考」に優れ、左脳は「論理的思考」に優れているなどといわれることもあります。

このうち、視覚によって脳に入ってきた言語情報を言語化するのは簡単なことです。

たとえば、1、2、3……と書かれたカードを見て、「イチ、ニ、サン……」と言葉に出すのはやさしいことですよね?

これは、言語情報を受け取るのも、言語を言葉に置き換える言語化も、同じ左脳によって処理されているため、簡単にできるのです。

ところが、アート作品から得た色、形、空間といった情報を言語化する場合はどうでしょうか?

先ほど述べたように、このようなアート作品の情報が最初に入る場所は右脳になります。

ということは、たとえば、「アート作品を見て、わかったことを言葉に出してください」といわれた場合、いったん右脳に入った情報を左脳に送って、それから言語化しなければならないわけです。

これは、脳の作業としては二度手間になっているので、複雑な処理の仕方をしていることになります。

しかし、だからこそ、アート作品の鑑賞を深めていくために、意識的に言語化をすることが大切なのです。

自分の意見を人に話すことで、言語化に対する意識が強まりますし、さらに、より言語化の精度も高めることができます。

次のようなことをいう参加者もいらっしゃいます。

「考えがまとまってから、意見を話します」

たしかに、伝えたいことが頭の中に浮かんでいたとしても、言葉にするのは難しいものです。

しかし、意見をまとめようとしすぎて、かえって意見がまとまらず、結局、何も話せずに終わってしまう場合が少なくありません。

卵が先か鶏が先か、ではないですが、頭の中にあることをしっかりまとめてから話すよりも、直感でもいいので何かしら言葉にしてみて、その後に「どうして、そのような言葉を自分は思いついたんだろう?」と考えていったほうが、自分の考えがまとめやすかったりすることもあります。

まずは、言葉にして口に出してみる。

これがとても大切なことなのです。

人の話を聴いているときに「ものの見方」が変わりやすい

対話型鑑賞では作品を「みる」ことと同じくらい「聴く」ことも重要です。

なぜなら、人の話を聴くことによって、新しい発見や気付きを得やすくなるからです。

作品に描かれている「事実」を変えることはできませんが、「解釈」を変えることはできます。

「解釈を変える」ということが、まさに、自分の「ものの見方」が変わるということです。

自分ひとりで、自分自身の「ものの見方」を変えるのは、なかなか大変な作業ですが、同じアート作品を鑑賞する中で、まわりの人の話を聴くと、自分自身のものの見方を客観的に捉えやすくなります。

そして再び作品を「みる」というプロセスに戻ることで、作品から新たな発見が得やすくなります。

自分とは異なる人の話が、自分の「ものの見方」を変え、解釈の可能性を広げるきっかけになってくれるのです。

このように、対話型鑑賞では、「みる・考える・話す・聴く」というサイクルを繰り返しながらアート作品を鑑賞していきます。

また、対話型鑑賞で大切なのは、このサイクルを「途切れさせない」ことです。

途切れさせずに繰り返していくことで、鑑賞をより深められるようになるのです。

ひとりで対話型鑑賞をする方法

ここからは、ひとりで美術鑑賞を行う場合について説明をしたいと思います。

対話型鑑賞のエッセンスとして、「アート作品を通して、自分自身と向き合う」ことも挙げられます。

それを踏まえて、ひとりで美術鑑賞をするなら、「自分の頭の中で、もうひとりの自分と会話をするように鑑賞を進めてみる」のも1つの方法です。

ちなみに、私がひとりで美術館に行って鑑賞するとき、まずはすべての作品をざっと眺めたあと、特に気になった作品を選び、しばらく時間をかけて、「じっくり」と見るという方法をとることもあります。

気になった作品をじっくりと見て、「頭の中に浮かんでくるのは、いったいどんなことなのだろうか?」と考えをめぐらせて、作品から事実を取り出していきます。

その後は、ここまで説明してきた対話型鑑賞のプロセスをひとりで進めていきます。

ほかには、ブラインド・トークの項目で解説した通り、「作品を見たことがない人にもわかるように、この作品を説明するにはどうしたらよいか?」という視点で、鑑賞するのも1つの手でしょう。

そうやって、作品を言語化していくうちに、作品の中に発見や疑問などが浮かんできたら、それを手がかりに鑑賞を深めていくことができます。

ほかには、

「〈好き・嫌い〉で作品を見てみる」
「第一印象を語ってみる」

というように、まずは直感を言葉にしてみて、「なぜ、自分はこの作品が好きなのか?」または、「なぜ、自分は第一印象でこのように思ったのか?」と、その理由を考えて鑑賞を深めていく方法もあります。

「作品のモチーフから連想することは何か?」
「作品のどの部分に自分の目が集中しているのか?」

などと、自分自身に問いを投げかけて、その答えを手がかりにして鑑賞を進めてみてはいかがでしょうか?

鑑賞するアート作品の選び方

ひとりで美術館に行くときは、見る作品をどのように選べばよいでしょうか?

私がおすすめするのは、まずは、「自分が気に入ったアート作品」から見てみることです。

みなさんが美術館へ行ったとします。

美術館の特別展などで展示されている作品をひと通りざっと眺めて、その中から自分が「面白いな」「きれいだな」と感じた作品を1つ選んでみるのです。

そして、「なぜ、自分はこの作品が気に入ったのか?」と、自分自身に問いかけてみてください。

できれば頭の中だけでもけっこうですので、「色が華やか」とか「描かれている風景のある場所に行ってみたい」などと、言語化してみましょう。

ほかには、あえて「素通りしていた作品」を選ぶという方法もあります。

美術館で、素通りしてしまう作品ってありますよね?

自分の注意をまったく引かないということは、「まだ自分の関心がそこに向いていない」ということでもあります。

あえて、そういった作品の前で立ち止まってみて、細部をじっくり見て、「なぜ、自分はこの作品が気にならないのか?」という問いを自分に投げかけて、その理由を考えてみるのです。

アート作品をたくさん鑑賞していくうちに、気に入ったアーティストを見つけたら、ほかの作品を鑑賞してみたり、属したグループや時代の作品を鑑賞してみるなど、興味の範囲を少しずつ広げてみましょう。

美術館へ行かずに鑑賞をする方法

仕事が忙しくて、なかなか美術館へ行く時間が取れない方も多いかもしれません。

美術館へ行かなくても、美術鑑賞をする方法はたくさんあります。

所蔵している作品をホームページ上で一般公開している美術館を調べてみるのも1つの方法です。

たとえば、アメリカ・ニューヨークのマンハッタンにある世界最大級の美術館のメトロポリタン美術館は、サイト内で、同館が所蔵するパブリック・ドメインの作品の40万点分の高精密画像を、許諾の必要なく、無料でダウンロードできます。

また、Googleが行っている「Google Arts & Culture」では、世界70ヵ国、1000以上(2016年7月現在)を超える美術館の作品を高画質で見られます。

インターネットでこれらのサイトにアクセスすると、世界の美術館に行かなくても優れたアート作品を鑑賞することができます。

なぜ、世界のエリートはどんなに忙しくても美術館に行くのか?
岡崎大輔(おかざき・だいすけ)
京都造形芸術大学アート・コミュニケーション研究センター専任講師 副所長。阪急阪神ホールディングスグループの人事部門にて、グループ従業員の採用・人材育成担当を経た後、同センターに着任。対話を介した鑑賞教育プログラム「ACOP/エイコップ(Art Communication Project)」を、企業内人材育成・組織開発に応用する取り組みを行っている。

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