先日、地方大学生と対話する機会を得た。学生にとっての最大の焦点はやはり次の進路、すなわち就職活動であった。地方学生の就職活動で顕著なのが、大企業への就職を志向することで大都市圏に若者が流出することや、その地方において“優良企業”と呼ばれる大手企業への求職活動である。その際にどの地方でも人気が集まるのが「金融機関」であり、その中でも“銀行”である。

銀行ショック,原田武男
(画像=日本銀行)

しかし銀行の業績が望ましいとは言えない。全地銀104行の今年度(2019年3月期)上半期(2018年4~9月期)決算が11月22日までに出そろったが、全体の3分の2にあたる68行が最終減益となったことが明らかとなっている。9月26日には、全体の半分に当たる52行が2期連続赤字を記録し、さらにそのうち23行は5期以上の連続赤字状態にあることを金融庁が公表している。更に昨年(2017年)に高収益をあげていたスルガ銀行や東日本銀行では不正/不適切な融資により処分を受けており、銀行全体の収益力は更に下がっていることは明らかである。

他方で、グローバル規模でも銀行が苦境を迎えているのは明らかであり、欧州では再び「欧州債務危機」に至る危険性すらあるのである。ブロックチェーンや仮想通貨の導入が銀行を変えつつあるのが事実である一方で、地政学リスクの観点から見るとそうしたより急激な変化が生じる可能性が見えてくるのである。そこで本稿では、「銀行ショック」が生じる可能性を地政学的な観点から分析することとしたい。

地方銀行では依然として融資による金利収益が大きな収益源である。では、他業務、たとえば為替などの手数料ビジネス、メガバンクで収益の根本となっているマーケット業務に携われば良いかと言うとそう簡単ではない。なぜならば、いずれも銀行の資産規模と高額なイニシャル・コストが必要となってしまうためである。また前者では仮想通貨やブロックチェーンの登場で更にその地位を下げつつある。

後者で更に深刻なのが「人材不足」である。マーケットに「独自の勘」や「経験」が必要となるのは読者には周知の事実であろう。そうした中で、法律や行内の規則に縛られ自発的に(株式)投資が不可能、ないし困難な「銀行員」がいきなりマーケット業務(特にトレーディング業務)に携わるのは不可能だ。ましてや人員削減でマーケット事務とトレーディングを両立せよと言われかねない(実際にそれを求められた事例があると過去に聞いたことがある)中小地銀にとっては尚更である。こうした事情もあり、地銀は資産運用を国債投資のみに限定する、ないし他社への全面委託を行っているのである。余談だが、日銀の緩和策もありJ-REIT投資も活発化している。

たいていの銀行では与信管理ルールにおいて、一般事業法人が3期連続赤字を記録すると「要注意先」となり、通常とは異なる厳格な与信管理を行う。銀行も上述の様に5期以上赤字先が23行も存在するのである。そうして銀行が目先のキャッシュ確保のため金融資産売却に走る可能性も否定できず、マーケットにネガティブ・インパクトを与える危険性すらあり得るのである。

先月6日には、政府が主導する「未来投資会議」が地方銀行の統合に関わる独占禁止法の適用要件を緩和する方針を明らかにしている。しかし、採算が悪化している銀行が統合したところでそう簡単に回復できるわけでもなく、また新たな投資を行うためにもキャッシュ確保に走ることも無くは無いのである。

次に欧州に目を転じることとしたい。去る2010年代にアイルランドや南欧(スペイン・ポルトガル、ギリシア、さらにはイタリアなど)を中心に生じた「欧州債務危機」は記憶に新しい。つい2~3年前にはその片鱗が一切無くなったかのように南欧の状況が議論されることは、少なくとも我が国ではほとんど無くなっていた。しかし、そうした事態が何ら改善したわけではない。たとえばギリシアの場合、来年4月27日に民間投資家へ40億ユーロの返済が予定されている

「欧州債務危機」で明らかになったように、南欧がデフォルト危機になると南欧に投資しているのが同じ南欧を筆頭に欧州圏内に与えるインパクトが大きい。たとえば前述したギリシアの場合であれば、2015年時点の債務で見ると、ドイツ、フランス、イタリア、スペインの順に債権国となっているのだ。そのために国際通貨基金(IMF)や欧州中央銀行(ECB)といった国際機関に加え、ドイツやフランスといった欧州の大国が支援をしてきた。しかし、「今回は違う(This time is different)」とでも言うべきなのが、その独仏が国内を巡り混乱状態にあるということである。

まずドイツで問題なのは、国内金融機関が不況に陥っているという点である。同国で最大の資産規模を誇るドイツ銀行が経営悪化状況にあることは既に何年も述べられてきたとおりであり、リーマン・ショック当時よりも欧州債務危機、さらにその後の方がその株価を大きく減じているのである。そのドイツ銀行を巡っては、同国第2位の資産規模を誇り同じく経営悪化状態にあるコメルツバンクとの経営統合が噂されているのである。なお、コメルツバンクは既にその株式の15パーセントを政府が所有している。

その統合を巡っては3つのシナリオを検討しているという:①両行を統合し、一つの巨大銀行を創設する、②コメルツバンクの負債をドイツ銀行が引き継ぐべくドイツの産業グループ、場合によってはドイツ連邦政府がファイナンスする、③持ち株会社を設立し、両行を兄弟企業とする、というものである。我が国で敢えて例えれば、「三菱UFJ銀行と三井住友銀行が合併する」ことを金融庁が検討しているというのに等しい。そのインパクトは言うまでもない。

またドイツの金融制度下において州立銀行というものがある。名前のとおり、州が保有する銀行である。それも民営化が始まっている。その走りであるHSHノルドバンクでは民営化直後に人員カットを行う旨公表している。このような状況にあるドイツが他国を支援する余裕を有するのかは疑問と言わざるを得ない。

他方でフランスに目を転ずると、マクロン政権が増税を巡り公衆の矢面に晒されているのである。その様な中で他国の銀行救済に資金注入することを許すとは言い難い。「欧州債務危機」の危険性はむしろこれからが本番と言えるのだ。

では他国が支援してくれるのか。たとえばその筆頭として想定すべきが米国であるが、トランプ大統領がそれに応える可能性は低いのは明らかだ。ただし、トランプ大統領はコンテ伊首相とホワイトハウスで面会した際に、米国がイタリア国債の借換に資金供与してもよい旨、明言している。もっともこれもまた延命策に過ぎない。なぜならば、元来、債務圧縮の本質的な解決には収益改善があるわけだが、その策があるわけではないからである。なまじ延命策として借換えに協力する以上、むしろ「欧州債務危機」が米国に炎上する危険すらあるのである。

米国の銀行に目を転じても必ずしも良い状況にあるわけではない。なぜならば、借入状況が俄かに悪化する危険性が見えているのだ。そもそも「リーマン・ショック」が生じた後、連邦準備制度理事会(FRB)は緩和策を取ってきた。その結果、いわゆる新興国が金利安およびそれに伴う米ドル安の中で借入を増大させてきたのである。

かつて1970年代、米銀は国内の不況を受け、ラテンアメリカ諸国への貸出を急拡大した。それは70年代後半には南米の債務危機をもたらし1990年代のメキシコ債務危機にまで至ったのである。また米国内ではシェール企業の活動が活発化しているが、彼らは低格付を受ける場合が多く、いわゆるジャンク債を発行することが多い。低金利である中で、そうしたジャンク債へ盛んに投資してきた。それが原油価格の低迷を受け、“紙くず”になる可能性すらあるのである。

そもそも米国の金融当局は「リーマン・ショック」以来、金融機関に対する規制を他国とは比べることもできない程に厳格なものを策定し適用を要望してきたのである。国際金融規制の場では、これに対し日欧が連合して対抗するという自体すら生じてきたのである。

では、今でも欧州を支援する中国が銀行セクターを拡大させることができるのか。そうではないというのが卑見である。弊研究所が半年に1回のペースで発刊している「中期予測分析シナリオ」で既に述べたとおり、中国はここ数年、一転して外資導入に走っている。それは、これまでの無理な経済拡大の結果として多額の不良債権を抱えている中国が、いわゆる「飛ばし」としてそれを隠匿してきた中で経済を回すために言わば「自転車操業」として行ってきた「一帯一路」政策の一つの行く先として、逆に中国国内の開発を拡大させてきたことがその背景にある。これはまさにプラザ合意後の我が国を髣髴とさせるが如き動きなのである。

そもそも中国は我が国の銀行制度に大きく倣ってその金融制度を確立してきたと言わざるを得ない程、その金融システムは類似しているのである。我が国が平成バブルを受けて大きく崩落に至ったことを踏まえると、中国もこれを簡単に乗り越えることができるとは言い難いのである。

このように個別企業の業績如何のみならず、グローバル規模での国際政治経済といった状況で分析してみても、銀行、特に欧州銀行がショックのトリガーを引く可能性が在るのである。逆に一見業績が良い企業ですら、BREXITなどのより大きなイベントをきっかけに一挙に苦境に陥る可能性は充分にあるのである(たとえば中国の大手製造企業であるファーウェイを想起して欲しい)。そうしたよりマクロ動向の現実を理解し、自らの資産を防衛するためにも、来年1月19日に開催する年頭記念講演会でその資産防衛に貢献したいとここより願う次第である。

株式会社原田武夫国際戦略情報研究所(IISIA)
元キャリア外交官である原田武夫が2007年に設立登記(本社:東京・丸の内)。グローバル・マクロ(国際的な資金循環)と地政学リスクの分析をベースとした予測分析シナリオを定量分析と定性分析による独自の手法で作成・公表している。それに基づく調査分析レポートはトムソン・ロイターで配信され、国内外の有力機関投資家等から定評を得ている。「パックス・ジャポニカ」の実現を掲げた独立系シンクタンクとしての活動の他、国内外有力企業に対する経営コンサルティングや社会貢献活動にも積極的に取り組んでいる。

大和田克 (おおわだ・すぐる)
株式会社原田武夫国際戦略情報研究所グローバル・インテリジェンス・ユニット リサーチャー。2014年早稲田大学基幹理工学研究科数学応用数理専攻修士課程修了。同年4月に2017年3月まで株式会社みずほフィナンシャルグループにて勤務。同期間中、みずほ第一フィナンシャルテクノロジーに出向。2017年より現職。