しかも、RIZAPの瀬戸社長によると、こうした負ののれん発生益は、「2年ほど前から業績予想に織り込んでいた」とされています(2018年11月15日付日本経済新聞朝刊)。今回、新規のM&Aを凍結したことで、RIZAPは業績予想に負ののれん発生益を織り込むことができなくなり、その分も業績を下方修正せざるを得なくなったわけです。
ところで、上のグラフの営業CFの推移を見ると、ここ数年増益を続ける税引前当期利益とは裏腹に減少傾向にあることがわかります。通常、損益計算書(P/L)上の利益とキャッシュ・フローは以下の2つの要因により一致しません。
利益とキャッシュ・フローの差を生じさせる2つの要因
要因1 P/Lには影響を与えるのに、キャッシュ・フローには影響しない項目 要因2 キャッシュ・フローには関係するのに、P/Lには影響しない項目
出所:『武器としての会計ファイナンス』p.72より一部筆者加筆修正
RIZAPの営業CFと税引前当期利益の動きの差が大きくなった理由は大きく2つあります。1つは、棚卸資産や営業債権の増加です(これらはP/Lには直接影響しませんが、現金を減少させます。上にある要因2に該当)。
そしてもう1つは、負ののれん発生益です。負ののれん発生益は、P/L上は利益として認識されますが、キャッシュ・フロー(現金収入)を伴うものではないからです(上にある要因1に該当)。M&Aに伴う多額の負ののれん発生益を計上した結果、RIZAPの利益の大部分はキャッシュ・フローの裏づけがないものとなってしまっていたのです。
国内の「M&A巧者」
ここで少し視点を変えて、M&Aで会社を成長に導くことに成功している事例をみてみましょう。
明確なM&A戦略で伸びる日本電産
「M&A巧者」として名を馳せているのが、モーター事業などを手がける日本電産です。日本電産は「回るもの、動くもの」を中心とした積極的なM&Aを行ない、急成長を遂げてきました。
また、業績不振に陥った企業を買収する救済型M&Aを中心とし、買収したい案件であっても、価格が折り合わなければ買わないという姿勢を貫いていることも特徴の1つです。業績不振企業を買収してきたという意味では、RIZAPと共通点があります。
日本電産のM&Aにおいて特筆すべき点は、そのM&A戦略が明確であることです。たとえば、日本電産は1997年から1998年にかけてトーソク、京利工業、コパルといった会社を傘下に収めました。その目的は、「ハードディスク用モーターの主流となる」と当時言われていた、流体軸受の技術を手に入れるためです。
日本電産は、こうした企業を傘下に収めることで自社にない技術を手に入れ、ハードディスク用モーターで世界的に非常に高いシェアを獲得することができました。また、その後は家電用、産業用、自動車用モーター分野においても積極的にM&Aを行ない、コンピューター用ハードディスクの需要が縮小したあとも日本電産は成長を続けることに成功しています。
また、同社のCEOである永守重信氏がM&A後の経営統合(PMI)に対して積極的に関与していることも大きなポイントです。過去最高益を達成すべく、傘下に収めた会社には永守氏が直接出向いて経営指導しているなど、「結果的には(買収してきた子会社を)放置してしまった」(瀬戸社長)というRIZAPとは対照的といえるでしょう。
高い収益率を誇るソフトバンクの投資戦略
孫正義氏が率いるソフトバンクグループは、ベンチャー投資で高い投資収益率を実現している代表格の1つです。2017年3月期の決算説明会資料によれば、ソフトバンクグループが1999年から2017年に実施したベンチャー投資の利回りに相当するIRR(内部収益率)は、実に44%に達すると報告されています。こうした投資先には、アリババグループやヤフージャパンなどが含まれています。
こうした高い投資パフォーマンスを支えているのが、孫氏の「目利き」です。孫氏は2014年3月期の決算説明会において、アリババグループに出資した経緯について、
「2000年に中国に行き、インターネット関連の若い会社20社の人たちに10分ずつ会った。その中で出資を即断即決した会社がアリババで、同社のCEOであるジャック・マー氏の話を最初の5分だけ聞いて、残りの時間は『出資させてほしい』という話をした。彼は『1、2億円なら(出資を受け入れる)』ということだったが、押し問答の末20億円出資させてもらうことになった」
と語っています。
また同時に、出資を決めた理由については、「圧倒的に伸びる予感を与えてくれた。(決め手は)数字やプレゼン資料ではなく、言葉のやり取りや目つきから感じたこと」とも述べています。ベンチャー投資に対する孫氏の動物的な勘を物語るエピソードと言えるでしょう。
また、2013年に買収した米国の通信会社であるスプリント・ネクステル社は、ソフトバンクグループの業績の足を引っ張っているとも言われてきましたが、2018年3月期の決算説明会においては、2017年度に過去最高の営業利益を上げたと報告されています。
コスト削減やマーケティングの改善などを行なうことで、業績を向上させることに成功したのです(なお、ソフトバンククループは、2018年5月に同社をドイツテレコム系のTモバイルと合併することに合意しました)。
今後RIZAPが取り組むべきこと
M&A巧者の事例をふまえてRIZAPについて改めて考えると、今後は業績不振企業の立て直しが急務となるといえそうです。
2018年6月にRIZAPのCOOへと電撃移籍したことが話題になり、同年10月には突然のCOO退任&「構造改革担当」となったことで再び注目を集めた松本晃氏(前カルビーCEO)は、「事業領域は絞り込むほうが良い。(業績の)インパクトの強い会社から優先順位をつけて取り組む必要がある」(2018年11月15日付日本経済新聞朝刊)と述べています。
売上規模の大きいワンダーコーポレーションの再建を進め、フィットネスジム事業とのシナジー(相乗効果)が見込めない事業の縮小や撤退、売却の意思決定を行なうことで、事業のスリム化に取り組み、再び成長路線に乗せなければなりません。
以上、RIZAPの事例をベースとしてM&Aに伴うキャッシュ・フローの裏づけのない利益発生のメカニズムや、M&Aを成功させるための条件について解説していただきました。
このように、ファイナンスの知識を身に付ければ、会社の利益構造や企業価値評価の勘所、CFを中心とした「カネの流れ」が理解できるようになります。また「M&Aの相手として、この会社が本当に最適といえるのか?」など、実際のビジネスに活用することで仕事の幅を広げることができるでしょう。
本書はファイナンスの概念だけを掴むのではなく、事例を交えながら「実際に知識をどう活用できるのか」という視点で書かれています。ぜひ、お手に取ってみてください。
(提供:日本実業出版社)
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