(本記事は、的場正人氏の著書『リクルートの営業コンサルが教える 自分で動く若手営業の育てかた』日本経済新聞出版社、2018年12月7日刊の中から一部を抜粋・編集しています)
「いつまでたっても若手が成長しない。仕事が任せられない」「指示待ちばかりで、能動的に動くようにならない」「自分で成長する努力をせず、不満ばかり言って、あげくに仕事を途中で放りだして辞めてしまう」―。
こうした、よく耳にするマネジャーのぼやきの背景には、若手を育成する体制や環境の欠如があります。そうした育成体制や環境を整えるために必要なステップを見ていきましょう。
目指す「一人前像」を明らかにする→育成ゴールの設定、目線あわせ
●先輩・上司によって「一人前像」がバラバラ
まず必要なのは、「育成で何を目指すか」という、ゴールの設定です。
もちろん、「新人や若手を一人前にする」ことがゴールなわけですが、育成する側で、目指す「一人前像」の意識あわせができているでしょうか?「そんなものは、一人ひとりちがって当たり前。意識あわせをする必要などないのではないか?」と考える人もいるかもしれません。
しかし、目指すゴールがバラバラだと、結局それぞれの若手に対して積ませる経験や教える内容もバラバラになってしまい、最初にたまたま付いた営業マネジャーの考え方によって、身に付けられるスキルや経験にばらつきが出てしまいます。
それに、上司や先輩たちがバラバラの方向を向いて育成をしているのでは、若手自身も混乱してしまいます。
たとえば、チームリーダーは「ていねいなヒアリングをしてお客様が抱える課題を探り、課題解決のお手伝いをすることが一人前の営業担当者として必要なスキル」と考えている一方で、課長は「営業は人間関係がすべて。難しいことを考えず、とにかくフットワークが軽くてマメにお客様先を訪問し、顔を覚えてもらえる営業担当こそが一人前」と言っている環境ではどうでしょう。
目指す像がちがうわけですから、おのずと若手に積ませる経験も異なってきます。前者はおそらく、ロープレや訪問前の準備を重視するでしょうし、後者はそれよりも、訪問数や名刺獲得数を重視するでしょう。
同じことをやっていても、評価が異なることも想像できます。課題解決重視型のチームリーダーの下にいた若手が、フットワーク重視型のチームリーダーのグループに異動したところ、「訪問準備に時間をかけすぎだ。仮説や課題解決を考える暇があったら、どんどんお客様に会いに行くように」と言われることになり、評価も下がってしまう。逆もまた然りです。
●育成される側が不安に
また、自分が隣のチームの同期とちがう育てられ方をしていたり、ちがう経験を積んでいたりすると、育成される側は不安になります。
「うちのマネジャーは、『とにかくフットワークが大事だから、何も考えずどんどん訪問件数を重ねるように』と言うけれど、隣のチームの同期のAさんは、外に出てお客様訪問をするだけでなく、先輩とロープレや訪問前の事前準備をしっかりやっているみたい。そのせいか、訪問件数では私のほうが多いけれど、受注件数はAさんの方が上がってきている。いまのままでいいんだろうか……」。
不安がつのると、本来であれば素直に受け取って取り組めることでも、疑いの気持ちが起きてしまい、まじめに取り組むことができなくなってしまいます。
一人前像の意識あわせができていない組織では、それぞれのマネジャーが、明確な「目指す一人前像」を持っていないことがほとんどです。 行き当たりばったりや、「なんとなく」で若手に経験を積ませていたり、自分が若手時代にマネジャーから言われたことを、そのまま伝えるだけだったり。
しかしそれは、現在会社が置かれた市場環境や、推進している事業戦略に、必ずしも合致しているとは限りません。
●育成ゴールを設定する
若手が安心して意欲的に仕事に取り組み、能力を発揮しながら効率よく成長できる環境をつくるためにはまず、会社・組織で育成関係者の目線あわせをして、育成ゴールを設定することが必要です。
「全社で同じ『一人前像』を設定し、若手をその姿に合致するように育てるのでは、画一的な社員をつくることになってしまう。多様性を重視するというわが社の方向性にも合わないのではないか」――。
私が、営業組織のコンサルティングを行ったお客様の中からは、実際にこのような声が上がることがありました。
しかし、ここで言う「目指す一人前像の意識あわせをする」ことは、若手の一挙手一投足を決まった型にはめ込むといったものではありません。
その会社の営業担当者が、何をどのレベルでできることが一人前なのか、方向性やあるべき姿を合意し、最低限身に付けておくべきスタンス、スキル、知識とは何かを明確にすることを指します。
特に環境変化の激しい業界であればあるほど、この重要性は高くなります。その一人前像の土台の上に、その人の個性や強みをどう乗せていくのか、どの領域の専門性を伸ばしていくのかは、ある程度の自由度があって然るべきでしょう。
●バラバラに見えて、本質は意外と同じ
最初に行うべきことは、「育成に関係するマネジャーたちが持つ、『目指す一人前像』を持ち寄り、目指す方向性の目線あわせを行うこと。そのうえで、すべての営業担当者が身に付けておくべき最低限のスキルや能力を洗い出して、共通項を見出すこと」とも言い換えられます。
実際、私が育成のコンサルティングを行う際、みなさんに対して「一人前の営業担当者とは、どんな状態でしょう?そのために最低限必要なスキルや能力は何でしょうか?」と聞くと、表面的なセリフは一人ひとりバラバラのことを言っているように聞こえるのですが、掘り下げていくと本当に大事な部分は思いのほか共通していることが多くありました。
「わが社の営業担当者としての一人前はこんな状態、そのために必要最低限のスキルや知識はこれとこれ。ここまでは、どのチームに配属されても、必ず身に付けるように育成する」―こうした共通部分を、基本的な土台として合意できると、組織として一定の育成品質が担保できます。
その土台の上にそれぞれの上司や先輩が培ったノウハウやこだわりの部分が加わると、さらなる強みとなって若手の武器となっていきます。
しかし、この土台の部分がしっかりしていないと、それぞれのマネジャーによって、バラバラなことを言っているように聞こえてしまうのです。適度なレベル感も大切です。
超ハイパフォーマーではなく、「提供価値の大きさ」×「提供できるお客様数(営業担当の人数)」の面積が最大になるようにレベル設定を行うことが大切です。この意識あわせは、多少時間がかかるかもしれませんが、非常に大事なところなので、ていねいに行います。
また、いきなりレベルの高い一人前像を提示すると、現状とのギャップが大きすぎて、できていない点にばかり目がいってしまいます。最初の半年、1年後、2年後、3年後……などのステップゴールを明確にしておくことも大切です。
ここも育成関係者間で目線あわせができていないと、人によっては3年後くらいのゴールをいきなり新人に求めてしまい、つぶしてしまうということもよく現場で起こっています。
では、どのようなステップを踏んで育成ゴールを設定するのでしょうか。具体的に見ていきましょう。
●【ステップ1】何年で「一人前」を目指すのかを決める
最初に合意すべき問いは「何年で一人前になることを目指すのか」です。これは、会社の規模や営業担当者の体制、扱っている商材によっても、さまざまでしょう。
たとえば、店頭の窓口などで、比較的安価な商品を来店者に販売する場合と、複雑な金融商品やシステム、高スペックの業務用機械などを法人向けに販売する場合では、一人前に到達するのにかかる時間はちがいます。
もちろん育成側としては、早く一人前になってもらえるに越したことはないわけですが、無理やり知識やスキルを詰め込んで、現場に放り出してもいけません。
後のステップでは、ここで設定した期間から逆算して、育成計画を立てていくことになるので、現実的な線を、育成関係者の間で話しあって決めていく必要があるでしょう。
金融業界や総合商社など、ひと昔前は10年かけてしっかり育成するというケースも珍しくなかったのですが、昨今の環境ではそこまで待っている余裕がなくなっているようです。
われわれが実施した企業アンケート結果によると、約7割の企業が3〜5年目で一人前を目指すと回答しています。
●【ステップ2】「一人前」のゴールの状態を具体化する
「一人前」という状態は何を指すのか、できるだけ具体的に落とし込みます。
「契約金額〇〇円レベルの規模のお客様を、一人で担当できる」レベルなのか、「同行なしでお客様訪問を行い、一人で提案から価格交渉、クロージングまでを行える」ところを目指すのか、「自律的に営業活動を行うことができ、目標を達成させるために戦略的に行動できる」ようになってほしいのか、など、いろいろなレベルが考えられます。
●【ステップ3】「一人前」までのステップと、各ステップのゴールを具体化する
ここからは、「いつまでに、こうなってほしい」というゴールから逆算し、何をいつ、どのようにできるようにしていくかを考えるステップです。
一足飛びに「一人前」になることはできませんから、到達するまでを段階に分けて、それぞれの段階に対するゴール、「ステップゴール」を設定していきます。3年目で一人前になることを目指すのであれば、逆算して1年目のステップゴール(あるべき姿)、2年目のステップゴールを考えます。
半年で一人前を目指す場合は、2カ月後、4カ月後、といった区切りを考えて、それぞれのステップゴールを設定します。たとえば、3〜5年後に「目標達成だけでなく、お客様が期待する価値を追求できるようになる」といった一人前像を設定した場合、1年目のステップゴールは「営業として成長する土台を築く」、2年目は「営業活動を自律して回す」などが考えられます。
●【ステップ4】各ステップにおける「重要経験」「スタンス」を具体化する
次に、それぞれのステップゴールを達成するために必要なのは、どのような「経験」なのか、どのような「スタンス」が求められるかを明らかにします。
たとえば、1年目のステップゴールが「営業として成長する土台を築く。集中してやり切る体験を通じて、営業の基本姿勢を身に付ける」だとすると、こうした状態になるために必要な経験としては、「自分には難しいと感じられるような目標や課題であっても、あきらめずにやり切り達成する」「簡単ではない案件に提案フェーズからかかわり、周囲の支援を得ながらも自力で受注する」「多くのお客様に積極的にアプローチし、会話する」「社内のさまざまな人と関わり学ぶ」などが挙げられます。
こうした経験を通じて身に付けるべきスタンスとしては、自分で考え、意思を持つといった自主性、困難を乗り越えられる力を持っているという自分に対する信頼、人のせいにせず、自分でできることに前向きに取り組む現実対峙の力などが挙げられます。
2年目のステップゴール「目標達成にコミットし、営業活動や商談プロセスを自律的に回せるようになる」の達成には、「目標達成計画を自ら立てて、主体的に上司への報告・連絡・相談を行いながら、目標達成に向けたPDCAを回す」「営業同行や勉強会を通じて、マネジャーや他の先輩の知識や考え方を学び、扱える商品の幅を広げる」などの経験が必要でしょう。
目標達成への責任感、お客様視点、周囲を巻き込み成果を出すための協働する力などのスタンスが求められます。
さらに3〜4年目に「目標達成だけでなく、お客様が期待する価値を追求できるようになる。周囲にも影響を与えて貢献できるようになる」といった「一人前」になるためには、「お客様の視点で見る訓練を反復して行う」「周囲の力を巻き込み、自分だけでは実現できなかった受注や成果をあげる」などの経験が求められます。
自分の意思を持って主体的に役割や価値を広げる力、組織貢献への意欲、成功体験に基づく自分ならではの価値観や軸、などのスタンスが必要です。
このような経験を積めるかどうかは、どのような仕事を任せるか、どのようなお客様を担当させるか、という仕事・顧客のアサイン、業務設計・役割設計がとても大切になってきます。
前述のとおり、成長につながる仕事を任せることが簡単ではない環境になっています。
その中で、任せる仕事のデザインが育成においていかに重要か、おわかりいただけたのではないでしょうか。
●【ステップ5】各ステップに必要な知識・スキルを具体化する
最後に、各ステップに必要な知識やスキルを挙げていきます。ステップ1からステップ4までがしっかりできていれば、このステップはそれほど難しいことではありません。
商品知識や、コミュニケーションスキル、マーケティングの基礎的な知識、仮説を構築する力など、それぞれの企業や扱う商品・サービスなどに応じておのずと決まってくるでしょう。