裏ワザというものは、それに目をつける人が増えるとお上に睨まれ、速やかに封じ込められる宿命にある。取材に応じてくれた資産家の一人はこう呟いた。
「かつては、資産管理会社以上に有利な活用が可能だったのが社団法人と財団法人。しかし、法の網がかかって封じ込められてしまいました。まさにお上との“イタチごっこ”ですね」
2008年、明治時代からの民法によって定められていた公益法人制度が大幅に見直され、公共の利益を目的としていなくても社団法人や財団法人を設立できるようになった。公益のケースとは区別して、それらは一般社団法人、一般財団法人と呼ばれる。
詳細についてはこのシリーズの最終回(第7回)で触れるが、一般社団法人と一般財団法人は容易に設立できるうえ、税制上の優遇(相続税の非課税)を受けられるため、富裕層が相続対策に活用するケースが目立った。そこで、2018年の税制改革で規制が設けられ、所定の条件を満たさなければ贈与税もしくは相続税が課されるようになったのだ。
したがって、国内だけに限定すれば、2018年以降の節税対策は資産管理会社を中心に考えていくのが基本と言える。ただ、適切に活用するためにも、そのメリットだけでなく、デメリットや注意点もきちんと把握しておいたほうがいいだろう。
こうした観点から、第4回ではあえて資産管理会社の難点について確認したうえで、富裕層の多くがそのスキームを通じて最終的に何をやろうとしているのかを突き詰めてみたい。つまり、彼らが目指している最終的なゴールを明らかにするのだ。
目次
あえて資産管理会社のデメリットにも目を向けてみると…
給与が増えない時代となったせいか、ごく一般的な給与所得者の間でも賃貸マンション・アパートへの投資が広まっている。そして、そういった人たちに向けて資産管理会社の設立を提案する業者も見かける。だが、残念ながら所得水準を踏まえれば、費用対効果的には微妙な人が大半であるのが実情だろう。言い換えれば、それなりの資産を有してキャッシュフローも潤沢な人でない限り、やみくもに資産管理会社をつくっても“コスト割れ”となりがちなのである。
多くの富裕層を顧客に抱える公認会計士事務所のパートナー税理士A氏は指摘する。
「法人を設立するわけですから、相応のコストがかかってくることになります。法務省への登記手続きでは、司法書士への報酬も含めて時に30万円程度の費用がかかります。帳簿もきちんとつけることになり、その作業を税理士や公認会計士に委託すれば、その分だけコストが増え、合計すると100万円程度の出費になるでしょう」
当然ながら、会計・税務処理の外注は毎年発生するコストとなってくる。また、今は資本金1円から株式会社を設立できるとはいえ、それなりの金額を積んでおかなければ、金融機関から融資を受ける際に差し障りが出てくる恐れがある。
つまり、失笑されない程度の資本金と初期費用を用意でき、毎年のランニングコストを大きく上回るキャッシュフローが得られる人でなければ、資産管理会社をつくる意味がないということだ。言わば、これが足切りの水準となってくる。
赤字でも年間7万円の法人住民税「均等割」が発生する
どうにか設立時の費用は工面できたとしても、ランニングコストの負担が重くて赤字続きとなってしまうのでは本末転倒なのだ。その一方で、税金対策として意図的に赤字化するケールもあるだろう。だが、そういった場合も住民税の「均等割」がつきまとってくる。赤字決算であっても法人住民税を納める必要があり、東京都の場合は資本金1000万円以下で7万円の負担となる。
思わぬ費用の負担と言えば、社会保険のことも忘れてはならない。前出の公認会計士事務所のパートナー公認会計士B氏はこう述べる。
「資産管理会社をつくった人にとって厄介なのは、社会保険への加入を求められることでしょう。社会保険事務所は登記簿謄本をもとに、新しく設立された会社をチェックしています。個人の場合は5人以上の従業員を雇用した場合に加入義務が生じるのに対し、法人の場合は強制加入となっているからです。社会保険事務が発生すると、会計・税務処理のコストもその分だけ高くなります」
社会保険の保険料は会社が負担することになり、それは給与や役員報酬の金額によって変わってくる。裏返せば、そのことが対策のポイントとなるわけだ。
「あえて役員報酬をゼロにするというのが一つの手でしょう。非常勤の役員なら、一銭も払っていなくても差し支えありません。また、業務委託報酬も払わないようにするなどといったいくつかの対策が考えられますが、ケースバイケースで有効な手が違ってきますから、我々もお客様の状況に応じたご提案を行っています」(B氏)
複数の法人の役員に就いている場合、社会保険料はそれぞれの報酬を合算したうえで決定する。どのように調整するのがベストなのかについては、なかなかシロウトでは的確に判断しづらいところだろう。
とかく税務当局から目をつけられがちな急所とは?
これまでの連載で繰り返し述べてきたように、資産管理会社を設立すれば大きな税金対策効果を得られる。当然、税務当局もそのことは熟知しているから、合法の範疇を逸脱した処理については目を光らせているはずだ。
「個人とは違って、法人の場合は3年に1度程度のペースで税務調査の対象となってくることも留意しておいたほうがいいでしょう。赤字であればそれを回避できますが、ごまかしや露骨な操作は禁物で、事と次第によっては『反面調査』まで実施されます」(B氏)
「反面調査」とは、調査対象者の取引先などに対して行うもので、その会社の帳簿をチェックするだけでは実情を把握できないと税務当局が判断した場合に実施される。脱税が発覚したケースはもちろん、不正の疑いを抱かれたり、税務調査に対して非協力的もしくは不誠実な対応を取っていると判断されたり、帳簿や書類に不備があったりすると、「反面調査」が行われることになる。
もしも何らかの不正に手を染めていたなら、こうした税務調査に踏み切られると「万事休す」となる。表現を換えれば、名目上だけでなく実態が伴ったかたちになっていることが大前提となってくるのだ。
たとえば、別の会社の給与所得者でない家族を資産管理会社の社員として雇用していることにすれば、給与所得控除を利用できるし、アルバイトとして単発的な仕事を依頼したことにすれば、その報酬を損金に計上できる。だが、実際にその家族が社員やアルバイトとして働いていた形跡がなければ、税務当局に見抜かれてしまう可能性が高い。
取得費用の減価償却や維持費の経費計上といったメリットに注目して、資産管理会社の名義で自動車を所有している資産家が多いとこのシリーズの第3回で指摘したが、それが2台以上に及んでいる人も要注意だという。なぜなら、「2台目以上は生活に通常必要ない(非業務用)」と税務当局が解釈しがちだからだ。
「気をつけたいのは、2台目以上を売却する際です。転売価格が下がりにくい一方で減価償却期間の短い中古の高級外車を転売したケースなどでは、税制に基づく計算では利益が発生したことになってしまい、売却時に税金が課されることがあります」(B氏)
「生活に通常必要(業務用)」とみなされた1台目は転売益が出ていたとしても非課税になるが、2台目からはそれが認められないのだ。法人での所有にしておけば購入時にかかる消費税が還付されることも第3回で紹介したが、中古価格の推移次第では、こうした得を上回る課税となる恐れもある。
“口利き”の謝礼を受け取る際も資産管理会社経由で
また、これは税務当局の調査に関わる話ではないが、株式会社よりも設立費用が14万円程度抑えられる点に着目して合同会社を選ぶ際にも注意が必要だ。合同会社の場合、役員は必ず出資者でなければならないという制約があり、後述する相続対策に用いる際に不都合が生じかねない。
とはいえ、前半で列挙してきたデメリットを超えるメリットが得られる人であれば、資産管理会社を設立しない手はないだろう。前述した注意点を念頭に置いた活用を心掛ければ、思わず足を引っ張られるようハメにも陥らないはずだ。
「資産管理会社をつくれば、貸借対照表(バランスシート=B/S)によって資産と負債が明確に仕分けられることになりますし、決算を毎年行うことでその状態にどのような変化が生じているのかも把握できます。税金対策ばかりに目が向けられがちですが、きちんと管理できるということにも大きな意義があります」(A氏)
特にオーナー企業の経営者の間では、自分の資産管理会社を持つことが常識となっているという。無論、その主たる目的は資産の管理で、不動産や株式のような有価証券を法人名義とすることが中心だが、さまざまな謝礼の受け皿としているケースもあるそうだ。
「経営者や資産家はさまざまなシーンで口利きを求められることが少なくありませんが、その謝礼を個人で受け取ると総合課税の対象となる可能性が出てきます。しかし、法人を通じて受け取ると、費用や損金と通算して処理できます」(B氏)
資産管理会社における最大の目的、それは円滑な相続
もっとも、こうした日々の税金対策はあくまで通過点にすぎないとも言えよう。結局、多くの資産家たちが資産管理会社を通じて最終的に成し遂げようとしているのは、円滑な相続とその際に発生する税負担の軽減なのである。
詳細は最終回(第7回)で明らかにするが、資産管理会社のスキームを用いれば将来的な財産移転を先行させることが可能であるし、相続税を算定する際の評価を引き下げることも可能だ。しかも、相続における手続きも円滑に進めやすい。
たとえば、1棟のマンションを複数の相続人で分け合うことになったとすると、それが個人名義の場合は何かと面倒が生じがちである。それまでは1棟全体を通した運営・管理が行えていたが、相続後は複数のオーナーが存在することで足並みが乱れかねない。 実はマンションの「共有持分」は、ほかのオーナーの承諾なしで売却可能だ。そういった行動に出る相続人が出てくれば、完全に他人の新オーナーが関わってくることになる。
しかし、資産管理会社の所有物件であれば、その株式を分け合うことで相続が遂行される。長男など、家業を継ぐものが一定割合以上の株式を確保していれば、それまで通りの経営を継承できるわけだ。
加えて、個人所有の場合はそのマンションに関わる契約がすべて亡くなった人(被相続人)の名義で結ばれているはずである。つまり、相続後は個々に再契約を行う手間が生じるのだが、法人所有ならその煩わしさとも無縁だ。
第4回まで読み進んでくれば、資産管理会社の効用についてかなりのことを理解してもらえたはずだ。次回では目先を変えて、海外の税制などに着目した資産管理の在り方について紹介したい。