はじめに

訪日外国人は、2018年に3,000万人を突破した。2018年9月に前年比▲5.3%と5年8ヵ月ぶりに前年を下回ったが、自然災害による影響が大きく、10月以降は回復に向かっている。また、外国人延べ宿泊者数(1)も2018年は前年比11.1%増加の8,857万人泊(2)となり、2年連続の二桁増となった。一方で、訪日外国人が多く訪れる地域では稼働率が高水準で推移する中、宿泊施設の不足感が高まっており、一部地域ではホテルや簡易宿所の建設が活発になっている。ホテルでは大阪府は4年連続で客室稼働率が最も高く、2017年は86.5%となった。大阪府のホテルは年中平日・週末を問わず混雑しているとみられ、すでに客室数が不足していると言える。一方で、茨城県や新潟県や長野県では旅館の稼働率は20%台での推移が続いており、インバウンド需要の恩恵が十分に及んでいない状況もみられる。先行きを考えると、訪日外国人の宿泊者数は増加が見込まれる一方、現在宿泊者の8割以上を占める国内旅行客は人口減少や旅行頻度の少ない80歳以上の高齢者の増加が下押しに効いてくる。本稿では、国内旅行客・訪日外国人の宿泊施設の利用動向から2020年、2030年の宿泊施設の客室稼働率を都道府県別に試算し、各宿泊施設の過不足状況を予測した。

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(1)宿泊人数×宿泊日数。
(2)1~11月は第2次速報値、12月は第1次速報値。

試算(需給予測)の概要

試算の概要を図表1に示した。宿泊施設は旅館、ホテル(3)、簡易宿所(4)の3タイプについて考慮し、各宿泊施設の2020年、2030年の都道府県別にみた客室稼働率を計算した。

需要サイドの利用客室数は訪日外国人と国内旅行客に分け、延べ宿泊者数を1部屋当たりの平均利用人数で除して算出した。訪日外国人の延べ宿泊者数は訪日外客数に宿泊日数を乗じて算出した。訪日外客数は政府目標である2020年に4,000万人、2030年に6,000万人を想定している。国内旅行客の延べ宿泊者数は、性別・年齢別の将来推計人口と宿泊日数を基に算出した。

供給サイドの総客室数は、2017年から固定した上で客室稼働率を算出した。その結果、稼働率が85%を超えた都道府県のホテルは客室数が不足しているとし、85%に収まるための必要な客室数(利用客室数÷85%-総客室数)を求めた。加えて、その都道府県について、2020年までのホテルのオープン計画(株式会社オータパブリケイションズ「全国ホテルオープン情報」)を加味した稼働率を求めた。また、オープン計画を加味すると、稼働率が大幅に低下する都道府県もみられた。

旅館、簡易宿所については稼働率が85%を上回る都道府県は現れなかった。ただし、旅館は廃業による客室数の減少が続いており、一部都道府県については、旅館の客室数の減少が続いた場合の稼働率について言及した。

宿泊施設の稼働率予測
(画像=ニッセイ基礎研究所)

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(3)リゾートホテル、ビジネスホテル、シティホテルなど。
(4)宿泊する場所を多数の人で共用する構造及び設備を主とする施設を設け、宿泊料を受けて、人を宿泊させる営業のもの(ベッドハウス、山小屋、カプセルホテルなど)。

【需要サイド】訪日外国人の宿泊動向

本章では、訪日外客数や宿泊日数の動向に触れ、2020年、2030年における訪日外国人の延べ宿泊者数を試算する。

●訪日外客数の動向

2013年に1,000万人を上回った訪日外客数は、2018年に3,000万人を突破した(図表2)。7年連続の増加となるが、伸び率は8.7%と7年間で最も低くなった。政府は2020年の訪日外客数4,000万人を目標にしており、目標達成には2019、2020年の2年間で年率14%の増加が必要となる。十分射程圏内にあるが伸び率は2015年をピークに低下しており、回復が遅れれば達成が遠のく恐れもある(5)。

宿泊施設の稼働率予測
(画像=ニッセイ基礎研究所)

また、政府は2030年に訪日外客数6,000万人を目指している。この達成には、2020年に4,000万人到達後、年率4%超の伸びが必要である。

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(5)内閣府「地域の経済2018(平成30年11月27日)」では、LCC航空便数が2018年以降毎年10%増加すれば、2020年に 訪日外国人数は3,770万人になり、毎年20%増加すれば2020年に4,210万人になると予測している。なお、LCC就航便数は2016 年、2017 年にそれぞれ 28.2%、25.7%増加しており、現状と同程度の伸びが続けば政府目標は十分に達成可能と分析している。

●外国人延べ宿泊者数の動向

2018年の外国人延べ宿泊者数は観光庁「宿泊旅行統計調査」によると、前年より11.1%増加し、8,857万人泊となった。2年連続の二桁増となり、高い伸びを維持している(図表3)。なお、同統計は旅館業法に基づく営業許可を得ている宿泊施設が調査対象となっている。民泊サービスについては、簡易宿泊営業として旅館業法上の許可を取得している民泊は調査対象だが、2018年6月に施行された住宅宿泊事業法(民泊新法)に基づく民泊や、国家戦略特別区域の特区民泊は調査対象から外れている(6)点には留意が必要である。

宿泊施設の稼働率予測
(画像=ニッセイ基礎研究所)

訪日外国人の平均宿泊数(延べ宿泊者数÷訪日外客数)をみると、2013年から2015年半ばにかけて3泊台前半から3.4泊まで高まったが、その後は減少に転じ、2018年入り後には2.7泊まで落ち込んでいる(図表4)。落ち込んだ時期は、ちょうど民泊の物件が増加し始め、民泊という言葉が話題になり始めた時期と重なっており(図表4)、訪日外国人の滞在日数が減少したというよりも、調査対象外となっている民泊の利用者が増加した可能性が高い(7)。そして、住宅宿泊事業法(民泊新法)が施行された2018年6月以降、宿泊数は増加に転じている。民泊新法施行を控え、民泊仲介サイトのAirbnbでは違法民泊の恐れのある物件の掲載を取りやめたことで、登録件数が2018年春時点の6.2万件から6月4日時点で1.38万件に急減(8)した。民泊を利用できなくなったことで、ホテルなどの宿泊に需要が流れているとみられる。また、民泊新法に基づく民泊は営業日数に制限(年間180日)があるほか、自治体によってはより厳しい規制を敷いている地域もあり、旅館業法に基づく簡易宿所を民泊として運営するケースもみられる。よって、民泊新法に基づく民泊の普及ペースは同法施行前と比べると緩やかなものにとどまると思われる(9)。

宿泊施設の稼働率予測
(画像=ニッセイ基礎研究所)

また、三大都市圏(埼玉、東京、千葉、神奈川、愛知、京都、大阪、兵庫の8都府県)より地方(三大都市圏を除く39道県)の外国人宿泊者数が伸びており、地方のシェアは2011年の33.5%から2017年には41.0%まで増え、初めて4割を突破した。しかし、その後は横ばいの動きとなっている。なお、政府は地方のシェアについて、2020年に50%、2030年に60%の目標を掲げている。

宿泊施設の稼働率予測
(画像=ニッセイ基礎研究所)

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(6)民泊サービスの法令上の定めはないが、住宅(戸建住宅、共同住宅等)の全部又は一部を活用して宿泊サービスを提供す ることを指す。民泊サービスを実施するには、「(1)住宅宿泊事業法による住宅宿泊事業の届出を行う」、「(2)国家戦略特別区 域法の特区民泊の認定を受ける」、「(3)簡易宿泊営業として旅館業法上の許可を取得する」場合が一般的としている。(厚生労働省HP「民泊サービスと旅館業法に関するQ&A」)
(7)また、宿泊を伴わないクルーズ船による入国者数が増加していることも、平均宿泊数の下押し要因となる。2018年(11月までの累計)の訪日クルーズ外客数は233万人と訪日外客数の8.2%を占めており、訪日外国人の平均宿泊者数を0.2泊程度押し下げている。
(8)「日本経済新聞」2018年6月4日
(9)実際、2019年1月時点で民泊受理件数は約1.3万件に達しているものの、2018年春時点で民泊仲介サイトのAirbnbで掲載されていた件数(6.2万件)の2割に過ぎない。

●外国人延べ宿泊者数の将来予測

外国人延べ宿泊者数の予測にあたっては、訪日外国人が政府目標通り2020年に4,000万人、2030年に6,000万人に達するとし、2020年に1人当たり3.2泊、2030年には民泊の普及を見込み2018年上半期と同水準の2.8泊とした。その結果、外国人延べ宿泊者数は2020年に1.28億人泊、2030年には約1.68億人泊となった(図表6)。また、地方への広がりも足元でみられるが、政府目標と比べると広がりは緩慢であり一部地域に偏っていることから、2020年の地方のシェアは2017年(41%)と変わらず、2030年には45%に到達するとした(政府目標は2020年に50%、2030年に60%)。

宿泊施設の稼働率予測
(画像=ニッセイ基礎研究所)

【需要サイド】国内旅行客の宿泊動向

本章では、性別・年齢別の将来推計人口や年間宿泊者数を基に、2020年、2030年における国内旅行客の延べ宿泊者数を試算した。

●国内旅行客の延べ宿泊者数と将来予測

国内旅行客の延べ宿泊者数は全体の84.4%(2017年)を占めており、2011年の95.6%から割合が低下したものの、国内旅行客の動向が宿泊施設の需要動向に与える影響は大きい(図表7)。国内旅行客の延べ宿泊者数は、ここ5年間約4.3億人泊前後で推移しており、人口減少下においても横ばい圏で推移している。

宿泊施設の稼働率予測
(画像=ニッセイ基礎研究所)

観光庁の「旅行・観光消費動向調査」から年齢別の国内旅行の年間宿泊数(2015年から2017年の3年平均)をみると、男性は30代が7.0泊と最も多く、女性は20代が3.9泊と最も多くその後は男女とも年齢が高くなるほど減少していく(図表8)。なお、20~60代にかけて男性の宿泊数が女性を大きく上回っているのは、出張・業務に伴う宿泊が多いためである。

宿泊施設の稼働率予測
(画像=ニッセイ基礎研究所)

先行きは、健康寿命の延伸によるアクティブシニアの増加や宿泊施設のバリアフリー化により、高齢者の宿泊日数が増える可能性があるものの、人口減少や高齢化が延べ宿泊者数の下押し圧力になると見込まれる。総人口は2017年の1.27億人から、国立社会保障・人口問題研究所の「日本の将来推計人口(平成29年推計)」によれば、2020年は1.25億人(2017年対比▲1.2%)、2030年は1.19億人(2017年対比▲6.1%)へと減少する見通しである。男女別・年代別の年間宿泊数(15-17年平均)と将来推計人口を基に将来の国内旅行客の延べ宿泊者数を予測すると、2020年は4.2億人泊(2017年対比▲960万人泊(▲2.2%))、2030年は3.9億人泊(2017年対比▲4,128万人泊(▲9.6%))と人口減少を上回るペースで減少していく(図表7)。